第一話 いきなりだけど、小説家になろうと思う
受賞記念で書いてみました!
全7話構成です。
気軽に見ていただけると嬉しいです。
「いきなりだけど、小説家になろうと思う」
玄関を開けてから、まだ10秒も経っていなかった。
水城ミナは靴を脱ぎかけた姿勢のまま、俺の顔を見上げている。
年齢は23歳。
肩口で切り揃えた黒髪に、動きやすさを優先したパーカー姿。腰には、探索者協会から支給された小型の護身用魔導具をぶら下げている。
見た目だけなら、ごく普通の若い女だ。
ただし彼女は、都内第三ダンジョンを主な稼ぎ場としている三級探索者――世間一般では中級と呼ばれる立場にある。
ゴブリン程度なら素手でも殴り倒せるし、俺程度なら5秒以内に2回は殺せる。
そんな女が、たっぷり3秒ほど沈黙した。
「……何の用かと思って来てみれば、どうしたんすか、急に」
「急ではない。2週間ほど市場調査をした」
「市場調査?」
「ああ」
「小説家になるために?」
「そうだ」
「…………」
ミナ黙った。
こいつはいきなり何をいっているんだろう、そう頭で処理する時間に5秒必要だった。
「橘さん」
「なんだ?」
「あんた、コンサルの仕事どうするんすか?」
「もちろん続けるぞ」
「じゃあ、趣味で小説を書くってことっすか?」
「いや」
俺は首を横に振った。
「一山当てる」
「何言ってるんすか、この人!?」
玄関先に、ミナの声が響き渡った。
隣室との壁はそれなりに厚い。多少騒いでも苦情は来ないはずだ。
だが玄関口で騒がせてもしょうがないので、俺はミナをリビングへ案内した。
テーブルの上には、あらかじめ用意しておいたノートパソコンと資料が並んでいる。
・市場規模。
・読者層。
・人気ジャンル。
・投稿作品数。
・書籍化件数。
・映像化および漫画化された作品の傾向。
ミナは資料の山を見て、露骨に顔を引きつらせた。
「なんで小説を書くのに、プレゼン資料が用意されてるんすか?」
「何事も事前調査が重要だからだ」
「小説家を何だと思ってるんすか?」
「文字を使った個人向け娯楽コンテンツの製造業者」
「全国の小説家に謝ってください!」
俺は橘直人、33歳。
企業向けの業務改善や新規事業支援を主な仕事とするコンサルタントだ。
会社の経営状態を調査し、問題点を探し、改善案を提示する。
場合によっては、新商品の市場調査から販売戦略まで請け負うこともある。
簡単に言えば、他人の商売に口を出して金をもらう仕事だ。
そして現在の日本で、最も金と注目が集まっている市場は何か。
答えは明白だった。
「世の中は探索者全盛時代だ」
俺は資料の一枚をミナの前へ滑らせた。
国内にダンジョンが出現して、すでに27年。
現在では、探索者は子供の憧れの職業であり、探索配信は毎晩のように数10万人を集めている。
魔石を使った新製品が次々と開発され、人気探索者はテレビ番組や広告にも出演する。
>探索者専門の情報誌
>探索者を題材とした映画
>探索者同士の恋愛番組
果ては、人気探索者の使用済み装備を競売にかける番組まで存在する。
「ダンジョン、探索者、配信、覚醒スキル。世間には探索者関連のコンテンツがあふれている」
「まあ、それはそうっすけど」
「つまり、需要がある」
「…あるっすね」
「需要がある場所には市場が生まれる」
「……そうっすね」
「ならば乗らない手はない」
俺は腕を組み、ソファの背にもたれた。
「俺は探索者小説で一山当てる」
「いやいやいや、なおさら意味分かんないっすよ!」
ミナがテーブルを叩いた。
「探索者が流行ってるなら、自分で探索者になるとか、ダンジョンTuberをやるとかあるでしょうが! そっちがど真ん中の職業じゃないっすか!」
「何言ってんだ、お前。普通に死ぬだろ?」
「即答!?」
「俺は運動が苦手だ」
「知ってるっすよ! 駅の階段で息切れしてましたからね!」
「しかも痛いのも嫌いだ」
「探索者向いてなさすぎるっす!」
「一方、小説ならダンジョンに潜る必要はない。魔物とも戦わなくていい。必要なのはパソコンと時間だけだ」
「その考え方がすでに小説家を舐め腐ってるんすよ!」
「大丈夫だ」
俺はコーヒーを一口飲んだ。
「俺なら、いけるいける」
「その根拠のない自信はどこから出てくるんすか!?」
「根拠ならある」
「あるんすか!?」
俺はノートパソコンをミナの方へ向けた。
画面に表示されているのは、国内最大級の小説投稿サイトだった。
その名も――。
『なろう!! 小説家に!!』
通称、なろ小。
誰でも無料で小説を投稿でき、誰でも無料で作品を読めるサイトだ。
登録作品数は150万作以上。
利用者の多くは一般人だが、このサイトで人気を得た作品が出版社の目に留まり、書籍化やコミカライズに至る例も珍しくない。
ミナは画面に表示されたサイト名を読み上げた。
「なろう……小説家に……?」
「正確には感嘆符が4つ付く」
「そこはどうでもいいっす」
「良い名前だろう。目的が一目で分かる」
「圧がすごいっすね、このサイト」
俺はランキングのページを開いた。
現在の上位作品には、探索者やダンジョンを題材にしたタイトルがいくつも並んでいる。
『Fランク探索者の俺、ゴブリンしか倒せないと思われていたが、実は倒した相手のスキルを奪える』
『追放された荷物持ち、無限収納に目覚めたのでS級クランより先にボス報酬を回収する』
『売れない底辺配信者だった俺、ダンジョンで拾った少女が災害級の魔王だった』
ミナが眉間にしわを寄せた。
「……探索者が実在してるのに、探索者の妄想小説なんて読むんすか?」
「医者が実在していても医療ドラマは見る」
「それは…まあ」
「刑事が実在していても刑事ドラマは見る」
「それは、そうっすけど」
「むしろ実在するからこそ、読者が予備知識を持っている。ダンジョンとは何か。探索者とは何か。魔石やスキルがどんなものか。長々と説明する必要がない」
「……なるほど。たしかにその通りっす」
「そして現実のダンジョンは臭い」
「…臭いっすね」
「そして暗い」
「…暗いっす」
「…当たれば痛い」
「魔物から攻撃喰らったら普通に痛いっすね」
「そして、死ぬ」
「運が悪ければ、普通に死ぬっす」
「一方、小説のダンジョンでは死なない」
「登場人物は死ぬんじゃないっすか?」
「読者は死なない」
「そりゃそうっすけど!」
「安全な場所から、探索者の興奮だけを味わえる。しかも無料だ。需要がないはずがない」
ミナは腕を組んだまま、画面をにらんでいる。
どうやら完全に納得したわけではないが、反論材料を探しているらしい。
「でも、橘さん。小説なんて書いたことないでしょう?」
「うむ。ないぞ」
「文学とか詳しいんすか?」
「まったく」
「好きな小説家は?」
「特にいない」
「最近読んだ小説は?」
「業務マニュアル」
「絶対無理っすよ!!! ってか業務マニュアルは小説じゃないっす!!」
ひどい言われようだった。
だが、文学に詳しくないことが必ずしも不利だとは思わない。
少なくとも俺が目指しているのは、文学史に名を刻むことではない。
読者にクリックされ、続きを読まれ、人気を獲得し、商業化される作品を作ることだ。
そのために必要な条件は、これから調べればいい。
「すでに上位作品を120作ほど調査した」
「2週間で!?」
「タイトル、あらすじ、第一話の構成、更新頻度、文字数、評価数、ブックマーク数を表にまとめた」
「怖っ……」
ミナが少しだけ身を引いた。
「小説を書く前に、他人の小説を表計算ソフトに突っ込んだんすか?」
「傾向を調べるには最適だ」
「小説家じゃなくて、何か違うものになろうとしてないっすか?」
「…調査した結果、いくつか分かったことがある」
「無視かよっ!! 流すなっ!!」
俺はランキング上位作品のタイトル一覧を映した。
「人気作品の多くは、タイトルを見ただけで内容が分かる」
「長いタイトルが多いっすね」
「長いか短いかは本質ではない。重要なのは、一目で読む理由が伝わるかだ」
「読む理由?」
「誰が、どんな目に遭い、どこで、何を手に入れ、最後にどうなるのか」
俺は画面に表示された一作を指差した。
「この作品なら、Fランクとして見下されている主人公が、敵の能力を奪う力に目覚め、成り上がる話だとすぐに分かる」
「まあ、タイトルだけで分かるっすね」
「つまりタイトルは、作品の入口だ」
「入口?」
「どれだけ内部に財宝があっても、入口が土砂で埋まっていれば誰も入らない」
ミナは少しだけ考え、頷いた。
「ダンジョンと同じってことっすか」
「そうだ。まず入口を見つけてもらう必要がある」
「……ちょっとだけ、それっぽいこと言い始めたっすね」
「だから、俺は売れる入口を作る」
「中身は?」
「……それはあとで考える」
「一番大事なところを後回しにするなっす!」
ミナの声が再び部屋に響いた。
実に良い反応だ。
彼女を呼んだのは正解だった。
そんなミナを横目で見つつ、俺はテーブルの上に置いてあった一枚の紙を差し出した。
「というわけで、協力してほしい」
「嫌っす」
「まだ何も説明していないぞ?」
「説明されなくても嫌な予感しかしないっす」
「探索者としての体験を教えてくれればいい。ダンジョンの内部、魔物との戦闘、探索者同士の関係、業界の慣習。俺には現場の知識がない」
「取材ってことっすか?」
「そうだ」
「報酬は?」
「書籍化したら焼き肉をおごる」
「成功報酬が安すぎるっす!」
「驚くなよ? 今回は高級店だ」
「そういう問題じゃないっす!」
ミナは渋々ながらも紙を受け取った。
表題には、こう書いてある。
――探索者小説制作プロジェクト。
その下には、役割分担を記載してある。
企画、市場分析、執筆、投稿管理――橘直人。
探索者監修、現場情報提供――水城ミナ。
「もう私の名前が入ってるじゃないっすか!」
「実は言ってなかったが、2週間前から予定していた」
「本人の許可を取る前に!?」
「君以外に探索者の知り合いがいない」
「友達少なすぎるっす!」
「仕事に必要な人間関係は足りている」
「なんて嫌な考え方っ!!」
ミナはしばらく紙と俺の顔を交互に見ていた。
やがて、大きなため息をつく。
「……一回だけっすからね」
「何がだ」
「取材に応じるのは一回だけっす。どうせ3日くらい書いて、思ったより大変だからやめるに決まってるっす」
「ふふん。俺は途中で仕事を投げない」
「小説は仕事じゃないでしょうが」
「今から仕事にする」
「まだ一文字も書いてないっすよ!?」
俺は『なろう! 小説家に!!』の新規登録ボタンを押した。
>メールアドレス
>パスワード
>ユーザーネーム
少し考えた末に、名前欄へ文字を入力する。
――小狐。
「何すか、その名前」
「作家名だ」
「かわいさ狙ってるんすか?」
「親しみやすさは重要だ」
「33歳の男が!?」
「作者の実年齢など読者には関係ない」
登録完了。
画面上に、真新しい作者ページが表示された。
投稿作品、ゼロ。
評価ポイント、ゼロ。
ブックマーク、ゼロ。
当然だ。
まだ何も始めていないのだから。
「見ていろ」
俺は空っぽの作者ページを眺めながら言った。
「ここから半年で、賞を取る」
「無理っす」
「書籍化もする」
「もっと無理っす」
「漫画にもなるかもしれない」
「夢を見るにしても、順番ってものがあるっすよ!」
「大丈夫だ」
俺は笑った。
「俺なら、いけるいける」
このときの俺は、小説を書くという行為を完全に舐めていた。
タイトルを考え、あらすじを整え、読者が好みそうな要素を並べれば、作品など簡単に作れる。
本気でそう考えていた。
まさか最初に書いた作品が、ほとんど誰にも読まれないとは思っていなかったし。
タイトルを変えれば読者は来ても、話がつまらなければ全員帰ってしまうことも知らなかった。
そんな状況の中で3ヶ月後。
本当に賞を取り、別に書いた作品まで書籍化されることになるとは――。
この部屋にいた俺たちは、まだ知る由もなかった。




