友人達
レオナルド殿下はいつも楽しく優しい方だ。会議が行われる生徒会室はいつも明るい空気に満ちている。
簡単な確認が終わると、早い時間に殿下は会議を終える事を告げた。
「さ。今日はここまでにしよう。来週は全体役員会議の予定だ。以前渡していた、来年の予算案の締め切りだから、忘れないように宜しくね。ではまた来週、元気に会おう!」
「「「「「はい」」」」」
皆の返事を聞くと、パン、っと殿下が手を叩いて、会議は終わり、私達は挨拶をして生徒会室を出た。
生徒会室を出てすぐにシャーロットが話し掛けてきた。
「ディオーネ。まだ少し時間あるでしょう?」
「え?ええ」
部屋を出てから、いや、今朝からずっとクレアとシャーロットは心配そうに私を見つめていた。
「ディオーネ、やっぱり顔色が悪いわ。殿下も気づかれていたようよ。今日の会議はいつもより早く終わったもの。きっと貴女の事を心配したんじゃないかしら?元気に会おうっておっしゃってたもの。いつもなら忘れ物しないように、とか、お菓子を楽しみにしていてくれ、とかそんな感じなのに」
「そうね。化粧ではごまかせないわよ。隈がうっすらあるわ。貴女、今日は何か変よ」
「二人にはやっぱり隠せないのね」
休み時間にいつも集まる休憩場所に、友人二人を私は連れて行った。中庭に通じる少し奥まった場所にあるこの場所は、ベンチもあり、日当たりはあまり良くないが、他人の目がなく、ゆっくりと話しをしたい私達にはお気に入りの場所だった。
「話を聞いてくれる?」
「もちろんよ。ねえ、クレア?」
「ええ。私達に話すだけでも気持ちは楽になるものよ」
優しい二人を見つめると、昨日の事を急に鮮明に思い出してしまった。
「この目の下の隈は昨日は眠れなかったせいよ。どこか体調が悪いとかではないわ」
「眠れない?」
「何があったの?」
「予定通り無事に婚約は解消になったのよ。私の婚約は何もなかったことになったの。本当にあっという間に終わったわ」
「ああ!ディオーネ……」
二人は立ち上がると私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ディオーネ!」
「終わったの。綺麗に」
「ディオーネ……。貴女、泣かなかったのね?」
「ええ、だって、涙なんて流せないわ。婚約が解消される事は分かってた事だもの。予定通りなのよ」
私がふふっと笑うと、二人は私の手を握ってくれた。
「それでも、貴女の気持ちがあるでしょう?」
「そうよ。貴女のそんな顔を私は見たくないわ」
私は自分の頬に手を当ててシャーロットを見た。
「貴女の顔は好きよ。綺麗だわ。でも、そんな表情を貴女にさせたくないのよ」
慌てて、シャーロットも私の頬に手を置いた。
「こんな気持ちになったのは婚約を解消したからじゃないの。余計な事を知ってしまったからなの。そのせいで、胸がずっとモヤモヤしているの」
「余計な事?」
クレアが不思議そうに聞き、シャーロットも眉を動かした。
「帰りの馬車にゴードン侯爵令息と二人で一緒に乗る事になったの。婚約解消後にね。そこで、彼は私が好きだったと教えてくれたわ」
「まあ」
「ああ」
二人は悲しそうに頷いた。
「何故、終わってから言うのかしら。知らない方が良かった」
「ディオーネ……」
「後悔だけが残るでしょう?だって私達はもう婚約者ではないのに。今更なのよ」
「……」
「彼は一人で想いを吐き出して過去に満足してしまったの。私との未来は彼の中に無かったのよ。それは、私も同じね。私も動かなかったのだから。壊れるのが怖かったのよ」
私が微笑んで二人を見ると、二人は私の手をそれぞれギュッと握ってくれた。
「どうにか出来ないかって思ってたって。でも、どうしようもなかったって」
「貴女は……」
クレアが何か言いかけて止め、シャーロットも何も言わずに私の手を握っていた。
「私も好きでしたって言えばよかったのかしら。私も、どうにかしたかったって。でも、言ってどうなるの?綺麗な思い出になるのかしら?」
涙が溢れそうになるのを私は顔を上げて二人を見た。
「ルーカスは自分の想いを告げ、嬉しそうに笑っていたのよ、私、何を言えばよかったのかしら」
私は言葉に出すと胸のモヤモヤが少しずつ出て行くのが分かった。情けなく、声も震えて、そんな私を二人は何も言わずに待ってくれている。
「私は思い出にされたくなかった。でも、私も彼を思い出にしていたの。諦めていたの。私達に未来は初めからなかったのよ。だから悲しむなんて、こんな気持ちはおかしいの」
ポトっと涙がスカートを汚した。
すっと、クレアがハンカチで私の頬を抑え、シャーロットはゆっくりと立って、私を抱きしめてくれた。
結局、私もルーカスも同じだった。好きだったのに、何も行動を起こさなかったのだから。後悔だけが残ってしまった。
やり直しなんて出来ない。それは物語だけの事。現実は、この時も太陽が沈み、星が輝きだす。時は止まってくれないし、戻ってもくれないのだ。
「好きだったの。私も。言えばよかった」
二人の友人に気持ちを吐き出した後、私は二人に抱きしめれらながら思い切り泣いた。
二人は黙って、私が泣き止むまでずっと傍にいて、目が真っ赤になってしまった私に付き合って、午後の授業をさぼってくれた。
初めてのさぼり。
「こんな体験も新鮮よ!」
「そうよ。ディオーネ、これから、沢山楽しい事をしていきましょう!あ、サボりはこの一回だけにしましょうね。とりあえず、医務室に行って、具合が悪かったって言ってみましょうか?」
「そうね。きっと優等生の私達なら一度なら教授も見逃してくれるわ」
鼻も目も真っ赤にして、ふらふらの私を医務室に連れて行き、私達は叱られることもなく、無事にさぼる事ができた。
夕方、迎えの馬車に乗って屋敷に戻る頃には気持ちが幾分落ち着き、次の日から、私は学園生活を穏やかに過ごす事が出来た。