婚約解消
短編にしようか、どうしようかと迷った結果、二万字いかない位ですが、七話の短めのお話にしました。
宜しければお付き合い下さい。
ここは王都で二番目に古い歴史ある教会。声が吸い込まれそうな高く美しい天井の下を、私達、ダグラス侯爵一家が歩いて行くと、良く響く声でゴードン侯爵家の一行が顔を向け挨拶をした。
「ダグラス侯爵、先月の会議以来ですね。お待たせしてしまいましたか?」
「ゴードン侯爵。まだ時間には早いですよ。司祭様ももうすぐ来られると。私達も先程、到着した所です。先月の会議での追加書類、有難うございました」
入って来た私達に見習い神官が挨拶をしたので、私もその場で立ち止まり、礼をすると、開いたままの奥の扉から別の見習い神官が入ってきた。
「間もなく、司祭様が来られます」
見習い神官が私達にそう告げると、お父様もゴードン侯爵家の方々も見習い神官に頷いて、「こちらへ」と言われるまま、ステンドグラスが良く見える位置まで移動をした。
「ディオーネ。久しぶり」
婚約者のルーカスが優しく声を掛けてくれた。いつも通り、明るく優しく微笑んで、最初の挨拶はいつも眼をしっかり合わせて声を掛ける。
今日も、いつもと変わらない。私もいつも通り、ゆっくりと礼をして、ルーカスの眼を見て返事を返す。
「ルーカス。お久しぶり、お元気?」
「うん、相変わらずだよ。ディオーネ、君も元気そうだね」
「ええ」
私達が挨拶を交わしていると父親同士は色々と情報交換をしていた。
「今日は良い天気でよかった。昨日までは雨がよく降ったものだったから、それにしても先月の会議。あの書類は非常に助かった」
「お気になさらず。ダグラス侯爵のおかげで我が家はここまで盛り返す事が出来たのですから。しかし、本当に、久しぶりの晴天ですね。昨日までのまとまった雨のおかげで南部は作物が助かったと商人達が話しておりましたよ。今年は豊作が見込まれると」
「それはそれは、しかし、西国では薬草の仕入れが活発だと。魔物湧きか戦の準備かと耳に挟んだが、何か聞いては?」
「おや、それは。西の方とは。東の商人が動いていると聞きましたよ。あそこの者達は耳が早い。東の動向も見ておきましょう」
「有難い。私もご連絡致します」
丁度話の区切りがついたところで、司祭様が扉を潜って入ってこられ、穏やかに私達を見ると、小さく頷いた。見習い神官が私達の所に来ると小さく礼をした。
「司祭様の準備が整いました」
両家の親達は司祭から手で後ろを差されると、黙って少し離れた席に座った。
「では。ダグラス侯爵令嬢、ゴードン侯爵令息、二人はこちらに」
司祭様はそう言うと、女神像の前まで私達を案内し、私達の方を向いて良く通る声で話し出された。
「ディオーネ・ダグラス侯爵令嬢。ルーカス・ゴードン侯爵令息。お二人共、心静かに、女神様の声に耳を澄ませ、自分の心に正直におなりなさい。よろしいかな?では、お二人共、こちらに手を」
シャランと杖を振る音がすると、司祭様は私達の方を向いた。私達が一歩、司祭様に近づき、頭を下げ手を前に出すと、「ふむ」と言った後に言葉を続けた。
「地の子供、ダグラス家の者。風の子供、ゴードン家の者、今、女神様の名の下に、この時を持って、二人の婚約を解消とする事を女神様に願います」
司祭様がそう告げ、続けて私達の前に鈴を鳴らした。
「地の子供、風の子供、二人のそれぞれの道に幸せが多くある事を願います。女神様、ここにいる二人の婚約の解消をどうぞお認め下さい。ゴードン侯爵家の印をここに。ダグラス侯爵家の印をこちらに」
「「はい」」
父に渡されていたリングを司祭様に渡すと、頷かれ、聖水に浸して、そして香油に浸して、リングの印を書類に押した。
私の心の声。婚約解消はしたくない。でも、皆を困らせる事もしたくない。それならば、婚約解消は致し方ない。
これからのルーカスの幸せを願いたい。
どうかルーカスが幸せになりますように。彼の未来に幸せが降り注ぎますように。
願いを伝え終わると、不思議と手は震えずに、リングを持つことが出来た。
隣のルーカスを見ると、ルーカスもリングを持って私を見ていた。
「よろしいかな?」
「「はい」」
私もルーカスも、ゆっくりとリングを押した。その瞬間に婚約証書は強く一度光るとすぐに輝きを無くした。
「宜しい。二人共、さあ、女神様に感謝を」
「「はい」」
教会のステンドグラスから色とりどりの光が降り注ぐ主祭壇の前で私、ディオーネ・ダグラスとたった今、元婚約者となったルーカス・ゴードンとの婚約は解消された。
「うむ」
司祭様がサインをした紙を私達に見せるとルーカスは頷き、私も同じように目を伏せた。
「では、何もなければこれで」
司祭様がそう言われ、後ろに立っている両家の両親達も頷いた様子が分かった。
「……ふう」
あっという間に私とルーカスの婚約は解消された。
本当に簡単に終わってしまった。
私はふっと息を吐いて、隣に立つルーカスを見ると、ルーカスも同じように私を見ていた。なんだか困った様に、でも、ニコリと笑っていた。
そんな風に笑った顔を見ると胸がツキンと痛くなってしまう。
「ディオーネ。元気で」
「……。はい……ゴードン侯爵令息様も」
私がそう言うと、ルーカスは一瞬、「あ」という顔をして、またニコリと笑った。
「うん、有難う、ダグラス侯爵令嬢」
そうやって、ぽりぽりと頬を掻く仕草は初めて会った時からちっとも変わらない。
私は元婚約者となったルーカスを眺めながら私達が初めて会った時の事を思い出していた。