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マキシさんの口元から笑みが消え、昨夜のあの鋭く冷たい空気が小屋の中を包む。

最初は喉に刺さった小骨のような違和感があった。

昨日の夜の散歩で今後の人間への対応を考えている最中にようやく違和感の正体に気付いたのだ。


マキシさんと出会った時にあの百合子さんが声をかけられるまで気づかないなんて有り得ないことなんだ。

どんなに気配を消したって人間なら呼吸をし、心臓が動いている。

人間なら掻き消すことが出来ないそんな些細な音すら百合子さんは聞き逃さない。

あの出来事でショックを受けていても。土砂降りの雨の中でもだ。


それに僕自身が百合子さんから説明をされただけですんなりマキシさんという存在を受け入れていた。

人間に全て壊されたのに人の姿をしているマキシさんには嫌悪も憎悪も湧かず、彼が作る料理を口にした。

僕も百合子さんも素性も知らぬマキシ・ダヒデという人物を信頼してしまっているのだ。


「ようやっと気付いたんか。そんなんじゃルゥナ以外の神獣に会ったら簡単に騙され痛い目にあわされたり、

最悪殺されてしまうで?それ以前に人間にやられてまうかもな。自分達以外の存在を疑うようにせなあかんよ」


あからさまに嘲笑の笑みを浮かべるマキシさん。

着流しの袖から煙管を取り出し、漂う紫煙。


≪ちょっと!神獣様を呼び捨てなんてアンタ失礼すぎるわよ!≫


百合子さんが怒りを露わにする。

僕も昔「ルゥナさん」と呼んだらギルさんに神樹の枝に逆さづりで吊るされ、魔獣達のサンドバッグにされたことがある。

ルナの森に住むエルフと魔獣にとって敬い崇める存在をさん付け、ましてや呼び捨てなど以ての外なのだ。

マキシさんはその様子を鼻で笑い切り捨てる。


「わしの正体を知りたいなら残り4体の神獣に会ってからやな。そん時に教えたるわ。≪神の箱庭≫の意味とかもな」


漂う紫煙の量が急激に増え濃くなる。

≪ちょっと何なのよ!?≫と百合子さんの狼狽える念話が聞こえる。

逃げるつもりだと思った僕は咄嗟にマキシさんの座っているであろう方向に手を伸ばすが、何も掴めず空を切った。


「いい暇つぶしが出来て感謝するわー。ほなまたな、百合子はんと≪太郎君≫」


その言葉と共に紫煙は少しずつ薄まり、僕と百合子さんがお互いの姿を認識できるようになった頃にはマキシさんの姿はなかった。

僕は混乱する思考を必死に整理する。

今≪太郎君≫って言ったよな?

何故マキシさんは僕の前世の名前を知っているんだ?

当てずっぽうでたまたまた当たった?

僕の前世の知り合い…いや、現世の僕の姿は前世と変わっているはずだから僕が熊神太郎だとは分からないはず。

何故…。

僕が思考の海に沈んでいると頭に衝撃が走った後顔面が床に沈んだ。


≪タロウってアンタのこと?どういうことなの?しっかり説明してちょうだい≫


仁王立ちのように堂々と立って僕の頭を踏みつける百合子さん。


「えっとですね…どこから説明すればいいのやら…。というか信じてもらえるかどうかも分からない話になっちゃうんだけど…」


踏みつけられたまましどろもどろになりなる僕。

ギロリと見下ろしてくる百合子さんは問答無用と言わんばかりに踏みつける足に力を籠める。


≪御託はいいからさっさと吐きなさい。アタシ達は相棒よ?全部知る権利があると思うの。だ・か・ら!全部言いなさい!≫


軋む床と頭蓋骨。

このままでは脳みそが耳から出そうなので大人しく話すことにした。

僕が前世の記憶があること。そこでは僕は熊神太郎(くまがみたろう)という名前で生きていたこと。

ある日案内人と名乗る少年に強制的にこの世界で転生したこと。

ついでに百合子さんの名前の由来も教えた。


≪ふーん、そうだったのね。だからアンタは小さい頃からしっかりしてたのね。納得したわ≫


あっさり信じてくれる百合子さんに拍子抜けする僕。


「え、信じてくれるの?」


≪当たり前じゃない。アンタがおチビの頃から知ってるのよ?そんなしょうもない嘘をつくような子じゃないってことは知ってるわ≫


やれやれと首を振り、僕の頭から手を退けた。

百合子さんもその場に座り考え込む。


≪もしかしてアイツはその案内人とかって名乗ってた奴と同一人物とかはない?≫


ぽつりと独り言のように零れた言葉に僕は記憶の糸を辿る。

ぷっくりとした桜色の唇は弧を描き。

楽しそうに輝く瞳と上気する頬はほんのり赤みがかり可愛らしかった。

最初は黒髪だったが、最後は白髪に変化した。

そして悲し気に笑う表情を思い出す。


「確かに少年は最後白髪になっててマキシさんと同じ白髪だった。だけど、違う気がするんだ。

彼は何と言うか案内人という役目を無理に楽しんでいるような感じだったんだ。

対してマキシさんはそういう感じはしなかった。もっと深い考えがあるような…」


そこまで言って言葉に詰まる。

言葉では言い表せられない微妙な違いがあるのだ。

急に百合子さんが勢いよく立ち上がった。


≪とりあえず案内人のこととアイツのことは置いておきましょ。考えても分からないわ!

今は先に進むことを優先しましょ。アタシ達には引き返すという選択肢はないんだから≫


そう言い切って百合子さんは小屋の扉を開ける。

朝食を食べてから意外と時間が経っていたのか太陽は既に高い位置にある。


≪アイツの言うことを聞くのは癪だけどまずは人間の街に行くわよ≫


振り返る百合子さんは男らしかった。

僕も立ち上がり百合子さんの傍に立つ。


「マキシさんに近くの街の場所を聞いておけば良かったかもね」


顎の下を撫でると気持ちよさそうに目を細める百合子さん。

2人で一緒に外へ踏み出し歩き出す。

数日間お世話になった小屋を振り返ると軒下に袋と紙が落ちていた。


「ちょっとそこで待ってて」


百合子さんに断りを入れ走ってそれらを拾いに行く。

袋の中には金貨が1枚と銀貨が10枚入っていた。

紙はマキシさんからの手紙だった。


「十一で貸したるわ。ここら辺の地図を書いとくからマークしてる街で冒険者と従魔登録済ましとき」


そんな短い文章の下には現在地と周囲の地形が書かれた簡易な地図があった。

結局またマキシさんにお世話になってしまった。

最後まで正体は分からず、掴み所のない人だ。

僕はその場で頭を下げ小さく「お借りします」と呟き、百合子さんの方に走って戻っていくのであった。

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