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寝込んだりしていて薄れかけていた人間への激しい憎悪が再び燃え上がる。
そんな身勝手な理由で僕の愛する者達を世界を壊したのか。
貧しくても国が成り立っていたのならそれで満足していれば良かったじゃないか。
欲に目がくらんだ愚王が!
思わず殺気立ち奥歯を強く噛み締める。
≪殺気立ってもそれをぶつける相手も国ももうないのよ。どこにもね≫
いつの間にか百合子さんが僕の方を向いていた。
だから戻ってきた時の百合子さんは落ち込んでいたのか。
それでも憎いな…。
でもこの感情をぶつける相手はもういない。
あぁ…泣き喚くさまを見ながら嬲って玩んで…ぐちゃぐちゃに引き裂いて、その汚い臓物を撒き散らかしてやりたい。
でもそれをぶつける相手はいない。
悔しくて握りしめる右手から血が流れる。
「百合子はんも坊ちゃんも随分お利口さんなんやね。わしだったら全部憎むで。憎む原因を作った張本人もその周りの人間も更にその周りの人間も。全ての人間という種を心の底から憎むわ。
人間という種がその憎む原因を作った張本人を生み出したんやから」
口調は軽いが、口元は笑ってない。
飄々としたいつもの態度はなく鋭く冷たい空気を纏っている。
お面で半分隠された顔からマキシさんの感情は窺い知れない。
僕と百合子さんはその空気に気圧される。
「何でそこで我慢すんねん。阿保ちゃうか。憎む相手がおらんので我慢しますぅってどんだけお人好しなん?あれか?憎しみの連鎖が云云かんぬんてか?んなもんどっかの偽善者が都合の良い綺麗な言葉並べて言い出したことやろ。あらゆる力でねじ伏せて叩き潰しゃええねん。それで解決やん?ってことでおやすみー」
マキシさんは言いたい事を言って満足したのかいつもの雰囲気に戻り、ゴロンと横になったかと思えばすぐに寝息が聞こえ始めた。
急激な態度の温度差とあまりの寝つきの良さに僕と百合子さんは互いに顔を見合わせる。
お互い何を言えばいいか分からず暫しの沈黙が続く。
先に言葉を発したのは百合子さんの方だった。
≪今日の所は寝かせてもらうわね。これ以上夜更かししたら毛並みが悪くなっちゃう。明日色々と話をしましょ≫
そう言って僕にウィンクをして百合子さんも眠り始めた。
気を使わせてしまったようで申し訳ないが、考えをまとめる時間が出来て有難い。
僕は照明に使っていた光の球を消し、静かに小屋の外に出た。
外に出ると気持ちのいい風が頬を撫でる。
深呼吸をして新鮮な空気を味わう。
空を見上げると地球の月よりも遥かに大きい月が夜空に君臨していた。
そっと小屋を離れ当てもなく歩き出す。
草を踏みしめる感触が懐かしく感じる。
深い草木の香りが肺を満たしていく。
朝まで時間はまだある。
じっくりとこれまでのことやこれからのこと、マキシさんが言っていたことを考えよう。
僕は仄暗い憎しみの火が自分の心に灯っているのを感じながら夜の散歩に繰り出すのであった。