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「お先に…失礼します…」


聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で挨拶をし、事務所から出て行く男。

その後ろ姿は背を丸め怯えているようだった。


「熊ちゃん相変わらず声ちっせぇなぁ。」


ヘルメットを脱ぎ、タバコに火をつけ吸い始めた中年の男。

錆び付き軋む椅子に深々と座り、先程出て行った男の事を言い始める。


「体はデカいのに声は小さいってまじウケるっすよね!あの体格で蚊の鳴くような声って…ぷぷっ。しかも、顔は極悪人!ギャップ萌え!」


作業服から私服に着替えながら笑う若い男。

笑ってる顔に侮蔑の色はなく、言っていることは冗談なのだとわかる。

中年の男は若い男を嗜めるように目線をくれる。


「お前みたいになっても五月蝿いが、もう少し元気というか活気というか…。あれじゃあいつまで経っても現場を任せられん。」


中年の男は腕を組み紫煙をゆっくりと吐き出した。



―――



「あー、今日の現場もハードだったなー。いくら僕が力あるからって重たい物は全部僕担当。瀬川さんてずるいというかちゃっかりしてるというか…。」


げっそりとしながらぼやく大男。

彼の名は熊神太郎。通称熊ちゃん。


熊神は現場仕事を終え帰宅途中であった。

疲れはそのまま足取りにも現れ、牛歩の歩みになっていた。


「こんな日は百合子さんに癒してもらおう…。」


7時に開いて11時に閉まるのが名前の由来であるセブンなイレブンのコンビニに入っていく熊神。


「いらっしゃいまひっ!!」


笑顔で出迎えようとした店員の顔が引きつり怯える。

店内にいた客も熊神を見てそっと気配を消しつつ、外に出て行く。


いつものことだ。

熊神のその顔は頬に大きな傷があり、それのせいで生来凶悪な人相が更に倍プッシュされているのだ。

人は常に熊神の顔とその大きな体を見て勝手に怖がり逃げる。


熊神は無意識にフードを深く被りなおした。


"百合子さんに会ったら沢山癒されよう!"


現実逃避をしつつ、先程よりも幾分か軽やかな足取りで買い物をすませる。



「あ、ありがとうございました…またお越しくださいませ…。」


引きつった笑顔の店員に見送られ、コンビニ袋をぶら下げる熊神。

向かう先は帰宅途中にある小さな公園。


「ゆ、百合子さ〜ん。いますかー?」


恐る恐るといった様子で声を出し、誰かを探す。

僕は不審者じゃないですよー!と心の中で叫びながら。


「百合子さ〜ん?」


ガサガサとコンビニ袋の音が公園に響く。

長身を屈めベンチの下を覗いたり、草木を掻き分ける。


「呼んでもこないなら…」


袋から缶詰を取り出し、蓋を開ける熊神。


パキュッ


その音と共に木の上から何かが降ってきた。


「ようやく来てくれたね、百合子さん!」


嬉しそうに笑う熊神だが、端から見たら獲物を見つけ歓喜してる殺人犯にしか見えないのが残念である。


「うなぁーん」


気だるげに鳴くのは真っ黒い猫。

しなやかな体にスラッと長い尻尾を優雅に振るわせ、その目は猫にしておくには勿体無い色気が宿っている。

この黒猫こそ熊神がいう百合子さんである。


「今日も嫌な事沢山あったから百合子さんに会いに来ちゃったんだ…。」


缶詰を百合子に差し出し、木にもたれかかり語り始める。

その表情は暗く悲しげであった。


「僕は何もしてないのに皆怖がるんだ…。唯一怖がらないのは監督と瀬川さんぐらいだよ…。あ、百合子さんもだね。」


小さく笑いながら、百合子の食事の邪魔にならない程度に背中を撫でる。


「動物って顔とかで人を差別しないから好きだなぁ。いっその事動物しかいない世界に行きたいや。」


「んなぁ〜」


「ははっ、冗談だよ。別な世界に行っちゃったら百合子さんに会えなくなっちゃうもんね。」


「なぁぁん!」


「え?缶詰が貰えなくなるから困るって?僕に会えなくなるのは寂しくないの?ひどいなぁ百合子さんは。」


誰もいない小さな公園で1人と1匹の静かな交流が続く。

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