3話 雪空
サイボーグのイリーナとバディを組むことになったメリッサ、彼女と協力し、目的地であるツングースカへと出発すことになったのだが…
<ゴゴゴゴゴゴッ>
心臓に響くような低い音に気付き、メリッサは目を覚ました。
「何かあったのかしら…、まさか攻撃されてる?そんなことはないはずだけど…。」
メリッサが周りを見渡すと、部屋は明るく、窓のシャッターからは朝日が差し込んでいた。
「っ!!」
ベッドから降りると、なにか嫌な予感が頭をよぎり、急いで扉に駆け寄り手をかける。
<<ガチャリ>>
「目覚めが悪いのかメリッサ」
「あっチャリオット大尉」
扉を開けるとそこにはチャリオット大尉が立っていた。
「ははは、何故か今日はスピーカーの調子が悪くてな、直接私が起こしにきたんだ。」
大尉は胸に付けた勲章を指でいじりながら笑みを浮かべていた。
「ええ、あそうでしたかこれは失礼…って、こんな時間!」
メリッサは昨日何か悪い夢をみたような曖昧な記憶が頭をよぎったが、それを気にするほどの余裕がないということに気づいた。
「安心しろ、装備はもうスーツに積んであるぞ」
「倫理プログラムは!?」
「スーツのA記憶媒体に導入済みだ」
「ありがとう大尉、それじゃ行ってくる!」
ドッグダグとレコーダーチップを手に取ると、メリッサは大尉に手を振りながら駆け足で部屋から出て行った。それを大尉は角を曲がって見えなくなるまで、メリッサを笑顔で見届けていた。
「どうかいつまでも、その笑顔を、忘れないでいてくれ…」
大尉はそう呟くと、部屋の奥にある写真に目を向け、静かに深くため息をつき、それから扉を閉めた。
外では朝日とともに幾つもの弾道スーツがそれぞれの依頼遂行のため、はるか上空に打ち上がり、まるで雪雲のテーブルを支える柱のような煙を作り出していた。
メリッサが東棟の発射口に着くと、そこにはスーツ上部に乗り込むイリーナの姿があった。
「ごめん、遅れちゃった」
メリッサがそう言いなら発射口の扉を閉める。
「遅れてないけど時間がないわ、早くスーツに乗って!」
「いまやってるって」
イリーナはスーツの扉を閉め、無線通信に切り替える。メリッサもスーツの下部に乗り込み、扉を閉めて無線に切り替えた。この弾道型潜入スーツは、特殊な装甲と独自開発の複合エンジンにより、駆動音を最小限に抑えつつ驚異的な推進力を兼ね備えてることに成功した偵察用機体の一つである。
”” チャンネル固定、無線、視界、ともに安定… ””
”” ふふっ、空からロシアに潜入するなんて、まるでどこかの英雄みたいね ””
”” 冗談言ってる暇は無いのよメリッサ、これだから生身の人間は…、それにあれロシアじゃなくてソ連だし… ””
”” あっ、イリーナさん知ってるの? ””
発射口のハッチがゆっくりと開く、雪の混じった白い光がスーツを照らし出し、それと同時にスーツ後部にある光子エンジンから重々しくも甲高い機械音がうなり始めた。
”” 時間が無い、レコードチップは離陸しながら再生するわ ””
”” 了解 ””
メリッサは操縦席にあるパネルを操作しながら、レコードチップをスーツの端末に挿入した。すると画面にハワード博士とツングースカ周辺の地図が表示され、音声が再生された。
”” 任務の詳細を説明する、ツングースカに潜入し、ターゲット<クラウン>を救出後、ツングースカ基地を爆破、速やかにスーツで大気圏外へ離脱しろ、地上600㎞で彼を回収する… ””
”” 600km…、案外早く終わりそうね ””
イリーナは白い光が差し込むハッチの外を見ながら、軽く笑みを浮かべた。エンジンの音が次第に大きくなり、スーツが振動を始めた。
”” 今回の任務を遂行するにあたり、ある勢力に協力を要請している。東ロシアを中心に活動している<エジプティアス>という宗教団体だ。彼らはかつてのエジプトの錬金術士の末枝で、独特な宗教活動を行っているそうだ… ””
ハッチ付近にある赤いライトが点滅を始めた。スーツの窓が耐熱装甲で閉じられ、外部カメラの映像に切り替わる。
”” 離陸する、加速時の衝撃に備えて ””
発射レールのロックが解除され、スーツがレールに固定される。メリッサは、離陸時の衝撃のために身構えながら、任務内容の無線を聞いていた。
”” …エジプティアスが信仰の対象にしているのは、あのツングースカの爆発跡の中心部そのものだ。決して中心部には足を踏み入れるような事はするな。彼らエジプティアスは、中心部周辺のロシア基地を無力化する事を条件に、君たちのクラウン救出の任務を全力でサポートすると宣言している。彼らと敵対する様な真似は絶対に避けろ… ””
ハッチのライトが青く点灯する。
”” 彼らはその中心部に、人類の<進化>を生み出す神が宿ると信じている、
その神の名称は…
<<…アルトタス…>>
「 アルト…タス… 」
”” アルトタス!! ””
<<キュィイイイインンッ グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!>>
”” 発進っ!! ””
エンジンの騒音と共に、後ろから物凄い勢いで押し上げるような衝撃が背中に走り、メリッサは我に返った。暗かった発射口の中は一瞬で過ぎ去り、真っ白な光の中にサルバシオンの全体が白く霞んで見えてた。
”” …メリッサ? ””
”” … ””
”” ねえ、メリッサ! ””
”” …ん? ””
”” ボーとしないで任務中よ ””
”” うん ””
”” 生身のくせにらしくないわね、ほらもうすぐ大気圏外よ ””
雪の降る白銀の世界から一変、雲をすり抜け、スーツのモニターには薄暗い紺色の空が映っていた。
下に広がる雲を見ながら、メリッサは深くため息をついた。
”” ねえ、イリーナ ””
”” 何?メリッサ ””
自動操縦で移動するスーツの外には、残酷なほどの無音の世界が広がっている。
”” アルトタスってどっかで聞いたこと、ない? ””
イリーナは外の景色を見ると、少し笑みを浮かべた。
”” いいえ、聞いたことないわ ””
”” そう… ””
メリッサはモニターの任務画面を切り、窓の外の静寂な世界に目を向けた。
”” どうしたの ””
”” いや、以前聞いたような気がしたの、ただの気のせいだけどね ””
”” そう…、まあ何かあったら私に相談してよね、バディなんだから ””
”” …ありがとう… ””
”” あぁそうだ私も知ってるわよあの英雄の話、こう見えても私生身の頃はよくゲームやってたのよ ””
”” ほんと?良かった!サルバシオンで趣味でゲームしてるの私だけかと思ってた!それでさ… ””
スーツに乗り込むと、外部からの影響を遮断してしまう、無線も同じ機体の搭乗者のみ共有できるので、外部には漏れ出すことはない。スーツが目的地に着陸するまでの間、傭兵とサイボーグの奇妙なガールズトークは3時間以上続いたのであった。
…サルバシオン本部屋上…
雪の積もった屋上で、雲を貫くように伸びた煙の柱を、チャリオット大尉はコーヒーを飲みながら一人静かに眺めていた。
「こんなところにいては風邪をひきますよ、大尉」
大尉が振り向くと、傘を持ったコート姿のハワード博士が白い息を吐きながら立っていた。
「行ってしまいましたな…。」
ハワード博士がそう呟くと、大尉は軽くため息をしてから、また雪空を見上げた。
「悔いはない、この日のために私は、彼女を育ててきたようなものだ」
大尉は雪空の遠いところを眺めた。
「悔いはない…か…」
その手に持ったコーヒーカップに湯気は立っていなかった。
登りだした朝日の光は、降り積もる雪と広大な白い丘陵に反射し、雪国独特の白き景観を作り出していた。
”” 着陸するわ、衝撃に備えて! ””
”” 了解ぃ! ””
スーツに乗ったメリッサとイリーナは、雲を突き抜け、エヴェンキ自治管区のツングースカ川に隣接するエジプティアス野営地への着陸を始めていた。エジプティアスの野営地はサルバシオンのような雪原地帯と違い、広大に広がる針葉樹林の一角を切り開いたような立地であった。
”” 無線切るわ ””
”” 了解イリーナ ””
窓の耐熱装甲を外し、外部カメラのモニターを切ると、地上の方にAKを持った白いベレー帽姿の軍人が3人立っているのが見えた。スーツが雪を巻き上げながら着陸すると、メリッサとイリーナは扉を開け、軍人達の前に立った。
「イリーナ、メリッサ、ようこそ我が野営地へ」
一人の凛々しい軍人が前に出てた。
「丁重な歓迎ありがとうございます、貴方がダニール司祭ですね」
「そうだ、私がこのエジプティアスを率いる部隊の隊長、ダニールだ。」
ダニール司祭が手を差し出し、メリッサも手を差し出して握手をしようとしたその時、ダニール司祭の背後で鋭い眼差しが見えた。
「っイタッ、あぁ痛いってだから、っ痛いぃ!」
「あらごめんなさい、手が滑ったの」
見ると、ダニール司祭の後ろ髪を、見知らぬ女がまるで引き抜くような勢いで引っ張っていた。
「おっと、挨拶を忘れていたわねごめんなさい、私はこのエジプティアスのリーダー、ライサよ、主にここの部隊の指揮を務めているの、宜しく。そしてこの役立たずのクズが…」
「そしてそこにいるババァが…」
「誰がババアですって!この浮気野郎がぁ、ああん?」
「痛い!ああぁやめろ、って痛い!」
「この生意気な髪の毛全部抜いたろか、ええ?…あっ抜けた」
「…、え?」
メリッサとイリーナが呆れた顔で二人の喧嘩をを眺めていると、三人目のヒゲの生やした老兵が前に出てきた。
「私はアダンと申します、すまんなぁ二人とも、あいつらはいつもこんななんじゃよ、ささ、わしがここを案内します、こちらへ」
メリッサとイリーナはアダンに野営地の案内をしてもらった後、簡易型テントの仮司令部でミーティングを始めることになった。
「で、私たちはどう支援すればいいのかしら」
腕を組んだライサが笑顔で横目でダニール司祭を睨むと、ダニール司祭は震えて縮んでしまった。
「明日の朝、ツングースカ川の反対側から奇襲を仕掛けてもらいたいのです」
イリーナはそう言うと、ポーチから書類を出しライサの前に置いた。ライサはそれを手に取ると、内容をまじまじと見つめた。
「なるほど、いい作戦だ、我がエジプティアス部隊が陸側から奇襲、ロシア軍が警備を陸側に向けたと同時に川沿いの給水施設から潜入、ターゲットを確保しつつ管制室を爆破、司令部を失ったところをアダン率いるエジプティアス装甲部隊が叩くってわけだな」
ライサはその書類を隣のアダンに渡した。
「だがこの書類には、脱出に関する記述に、ちと無理があるんじゃあないか?」
アダンがそう言うと、イリーナはコップの水をを飲み干した。
「脱出する際にターゲットを運び出すための必要な運搬車両を一台要請できないだろうか」
イリーナがそう言うと、ライサはしばらく黙った後、得意げそうな顔をしてダニール司祭に視線を送った。
「ふふ、それならいいものがあるぞ、ダニール案内してやれ」
「えっサぁ、サーイイェッサー!どっ、どうぞぉーこちらへ!」
そう言うとダニール司祭は帽子を締め直し、一度深呼吸した後、司令部のテントの外へ出た。
メリッサとイリーナも外へ出るとダニール司祭は安心した顔で二人の方を向いた。
「はぁ、緊張したぁ…、ごめんね二人とも、あいつの前で何か喋るといつも暴力振るってきてさぁ…、まこっからは俺の専門みたいなもんだから、かっこいいとこみせてやりまっせ!」
「私もきてるわよ」
「ってあんたも来るんかい!」
「私も見てみたいわぁ〜、君のかっこいいところ」
ライサはニヤリとした顔でダニールの後ろから呟いた。
「私も見てみたいねぇ」
「アっアダンさんまで…」
ダニール司祭は帽子をまた締めなおした。
「…ああぁ、もうわかったよ、さあさあこちらですよー」
そう言うと、ダニール司祭は野営地の北にある白いテントの前まで、全員を案内した。
「おっお先にどうぞ…」
ダニール司祭はそう言って扉を開けた。扉は四角く天井の低いテントの方ではなく、地下深くへと続いていた。
「野営地にこんなところが…」
深く続く階段を覗き込みながらメリッサが呟いた。
「フェイクよ、ここは野営地に見せかけた駐屯地なの」
そう言いながらライサが入り口の電源を入れると、ライトが点灯し、遥か下に堅く閉じたシャッターが見えた。
「ロシア軍は私たちが巨大な勢力になるのを恐れているの、横に勢力を伸ばそうとすると、その度無人機が空爆で一掃していく…、そして毎回同志たちが無念にも命を落としていった…」
ライサはそう言って階段を下り始めた。メリッサ達もその後に続いた。
「そう、だから私たちは横へ広がるのをやめた、そして下に広がることにしたのだ」
アダンがそう言うと、ダニール司祭が帽子を締めなおした。
「そう、そして俺たちが勝ちとっ…」
「私たちが勝ち取ったもの…それがこの先にあるの」
「えっ」
「さあ、開けて」
「ソコフツウオレノセリ…」
「いいから早く!」
「あ〜はい分かりました」
<<ゴゴゴゴゴゴ>>
ダニール司祭がボタンを押すと、その重々しいシャッターが開き、その隙間から赤い光が差し込んだ。
「…これは…!!」
「我々エジプティアスの技術の結晶、そしてその最高傑作…」
「…!!」
イリーナとメリッサはそれ見て驚愕した。そこにあったのは、水槽に浮かんだ巨大な、そして両手足の無い2体の胎児だったのだ。
「そして今、こいつを応用して我々作り出した究極の戦略型兵器…」
「ロシアが恐れていた原因…」
「それが…この白い要塞… SDTー2だ…」
奥にあるその巨大な白い兵器は、赤い多数のサーチライトに照らされ、恐ろしいほどにその存在感を露わにしていたのであった…。
続く…。
次話もすこし先になりそうです。




