28話
ダレスの従者という希少な経験をしてから20日が過ぎ、季節が春から夏へと変わり始めた。ローディスは一年を通して過ごしやすい国だが、それでもある程度の寒暖の差はある。今は昼間少し動くと汗が滲んでくるくらいの気温だった。
「最近、暑くなってきたわね。そろそろ夏かぁ」
そう言ってフェリシアは読んでいた本を閉じて、扇でするようにパタパタと扇いだ。今日の彼女は袖のない橙色のドレスに薄い布でできた白色の肩かけをしている。
いつもと同じ庭園にいるのだが、フェリシアが座っているところには日除けの幕が張られている。
「姫様、扇をお使い下さい」
「いいじゃない、誰も見てないんだし。それより、第三騎士の二人が無事ノディークに着いたって。彼らを船でノディークまで送った第一騎士が帰ってきたそうよ」
第一騎士団は水上での戦闘を得意とする。当然、船を扱う腕は彼らが一番だ。
「はい、存じております」
「え、ほんと?私だって今日の朝にお父様から聞いたばかりなのに」
「先ほど城内でダレス様とお会い致しましたときに、教えて頂きました」
広い広い城内でダレスと偶然会うなど、滅多にあることではない。廊下を歩いているときにこちらに向かってくるのが見えたので、端に移動し一礼をしてダレスが通り過ぎるのを待っていると、向こうから話しかけてきたのだ。話しかけられるとは思ってなかったので、ライカは少し驚いた。
「ダレス様と会ったの!? へええぇぇ、そうなんだ。うふふふふ」
ライカがダレスと会ったことを聞くと、フェリシアの声が楽しそうなものに変わる。
「?どうかされましたか?」
「ううん、何でもないわ。マール、また手紙を書くから後でお願いね」
「わかっております、姫様」
マールまでもが、にこにこと嬉しそうにしている。
(マールの笑顔がいつもと違うような……それより二人は一体何の話をしているのでしょう)
何故ダレスと偶然会った話をしただけで、二人が楽しそうにするのかがライカにはさっぱりわからなかったが、何となくこのままではいけないような気がしたので、話題を変えることにした。
「姫様、話は変わりますがそろそろ剣闘祭の時期でございます」
「あぁ……そうだったわね。今年もやっぱりやらなきゃ駄目?」
「当然でございます。あれは姫様にしかできないのですから」
「ライカも出来るじゃない。貴方の方が上手だし」
「そういう意味ではございません。「戦の護」としての役目だと申し上げているのです」
「はいはい、わかってます。ちょっと言ってみただけじゃないの」
そんなに怒らなくてもいいじゃない、とフェリシアは不貞腐れる。
「私もキールも姫様のあれを毎年楽しみにしてるんですよー。だから今年もお願いしますー。城下で流行りのお菓子を毎日買ってきますから」
マールが目をキラキラさせながら、胸の前で両手を組んでお願いしている。
「うーー……降参だわ。やる、やるわよ!」
フェリシアは自棄気味に了承の意思を示した。マールのお願いには弱いようだ。
三人があれと言っているのは、5日間行われる剣闘祭の初日にフェリシアがしなければいけない剣舞のことだ。剣闘祭とは年に一度、夏に王都で開かれる祭のことで国内外から大勢の人が集まってくる。城下でも様々な催しが開かれるが、多くの人の目当ては王都のすぐ横にある闘技場で行われる剣武大会だ。騎士部門と一般部門の二つがあり、それぞれの優勝者は王と「戦の護」より直々に言葉を賜ることができる。その大会の開幕式で、「戦の護」は剣舞を披露しなければならないのだ。
何故そんなことをしなければならないのかはよくわかっていないが、一説によると最初の「護」が剣舞が得意でよく民に披露していたから、ということらしい。
あまり得意ではないフェリシアにしてみれば迷惑な話なのだが、代々受け継がれているのものなので諦めてもらうしかない。頭ではわかっていてもやりたくないフェリシアと、やってもらわなければ困るライカとの間で、毎年似たような会話が繰り広げられるのだった。
「講師が来たら練習すればいいのよね。じゃあ今日は一日のんびりしてもいいのかしら」
「はい、特に予定も入っておりませんので問題ございません。私は聖堂に行かねばなりませんのでしばらくお傍を離れさせていただきます」
「そう言えばそうだったわね。あなたの手が必要になりそうな出来事なんて最近なかったと思うけど」
「私には何とも。陛下より命が下りましたら、すぐに戻ってまいりますので」
「ここで待ってるわ。行ってらっしゃい」
「行ってまいります。マール、後をお願いします。……そう言えばエルの姿が見当たりませんね」
「エルなら庭園の奥の方にいるはずですよ」
「……エルは暑さに弱いですから。マール、彼に冷えた果物水を持って行ってあげてください」
エルは夏になると庭園の奥の茂みからあまり出てこなくなる。城の中で比較的そこが涼しいのだそうだ。
「は~い。ライカ様行ってらっしゃいませ!」
「行ってきます」
フェリシアに一礼して、ライカは聖堂に向かった。
地の民は毛がふさふさなので、暑いのは苦手なのです。




