21【悪夢と呼んだ呪縛】
前の王太子の年齢は偽りでした。
実年齢は公表されていた年齢の二つ下、フランベルやクレア様の一つ下。
元王女とも一つ下だったとしても、偽った事で前の王太子の立場が変わる訳でもありません。
今回も謎に満ちた前の王妃の行動に、私達は首を傾げるしかありませんでした。
取り敢えず、無意味に見えるものであったとしても、何かしらの理由や当事者にしか知り得ない事情があるものです。
王城に直接問い合わせるのは難しいので、神殿で前の王太子の件を担当している神官に前の王太子の年齢が偽られていた話を相談すると、早速過去の記録を調べて下さいました
「前の王太子が祝福の儀を受けた記録はなかったね」
祝福の儀とは、一生に一度、神々の祝福を受ける為に行われる神殿の儀式の事です。王侯貴族なら生まれて直ぐに受けるものでもあります。
話とは無関係と思える話が出てきたので、私は首を傾げました。
「祝福の儀? 出生記録ではなく」
「出生記録は申告制なんだ。偽ろうと思えば簡単に偽れてしまうんでな。なら絶対受けている筈の儀式から逆算出来ないかと思ったわけだが……」
そこで担当の神官の神官は一度口を閉ざし、次の言葉を待っている私に困ったように眉を下げました。
「ここだけの話……前の王太子達の出生に、そもそも神殿は関わってないとか。前の王妃は出産の際の神官の立ち会いを拒絶されたとか。言い訳っぽくなるが、生国で『妖精』扱いを受けていた前の王妃は余程自国の神殿から冷遇されていたとかで、当時の神殿は随分気を遣っていたとか……」
「『とか』が多いわね」
「話を聞いた私からしても疑問だらけの話なんで、どうしても『とか』って言いたくなる」
疑問というか、最早ただただ変な話でしょう。
今更困惑はしませんが、当時の貴族達が前の王妃を存在しないものとして扱ってしまった気持ちは、私にも分かるような気がしました。
「まあ、いくら神殿側が遠慮していたとは言え、前の王妃が子供に祝福の儀を受けさせていない事はかなりの問題だ」
「問題なんてあるの?」
「大ありに決まっている。結論だけ言うなら、祝福の儀を受けなければ神殿の利用が限定される。致命的なのは、結婚式も葬式も出来ない事だ」
思わず反論しかけた私でしたが、前の王太子が最終的に罪人として処刑された事を思い出しました。
罪人は神殿で葬式を挙げられません。祝福の儀を受けていたかどうかも、遺体があるなしも最早関係のない事で、十一年前に誰も気が付かなかったのは仕方ない事でしょう。
前の王太子の事は調べきったと言っていた担当の神官は、神殿にある意味残っていた痕跡を見つけられなかった事に苦々しい顔をしておられました。
「……成人してからも祝福の儀は受けられるって聞いた事があるわ。単に後にしただけじゃないの?」
「後なんてないねぇ。王侯貴族の子供が生まれて一年以内に必ず祝福の儀を受けるのは、受ける事で病魔などの目に見えぬ悪しき存在から守られるからだ。王侯貴族は常に死と隣り合わせの人生だろう。親が受けさせないって言うのは、虐待まではいかなくとも、少なからず子供の生死がどうでも良かったように見える」
「まして、子供が男児では?」
「全く以てあり得ない!」
担当の神官は「新しい情報も訳が分からねぇ……」と小声で溢しました。
私にも分かりません。
幼少期の死亡率が高い男子が生まれると、親類の王侯貴族は一刻も早く祝福の儀が受けられるよう奔走するものです。
前の王妃が亡くなった後、前の国王は祝福の儀を受けさせることも出来たのに怠った事も、割と訳が分からない話でしょう。
「二年ずらした意味は分かりますか?」
「ずらしたって言うか、二年経ったら偶然男子が生まれたってだけなんじゃないか」
「うん?」
「いやさ、未来に生まれる子供の性別なんか分かる筈もないだろ。精々、生まれた男児の為に二年前の発表を使ったっていうくらいの話なんじゃないか」
……前の王太子を軸に考えすぎていたようです。今この瞬間まで時系列という単純な事が私の頭から抜け落ちていました。
この問題で一番最初に起きたのは、偽の王子誕生の発表です。その後に元王女が生まれ、次に前の王太子が生まれたと言う事です。
「もしも男子が生まれなかったら……?」
「それこそ男子は幼少期に命を落としやすい。突然死した事にして誤魔化すつもりだったんじゃないかな」
では何故、先んじて王子誕生を発表したのか……なんて話は考えるまでもなく答えは出ています。
私も担当の神官も、既に苦虫をかみつぶしたような顔になっています。
「生まれてもいない時点での王子の誕生の発表は、前の王妃の妹へ撹乱を仕掛けたと言う事かしら……」
「他にないだろうな……。そして、二年後、生まれた男の子を撹乱の収拾を付ける為に、もしくは再度の撹乱を狙って、第一子と偽った」
「更に或いは、前の王妃達が何もしなかったら、周囲が勝手に生まれた子を第一子の位置に置いた」
「やべぇ……。発想も何もかもが、やべぇ……」
普通、そんな事はやりませんよね。
ヤバいヤバいと繰り返す担当の神官は、頭を抱えていました。
同じく普通はやらない事をやってきたセルーア侯爵夫人には称賛を覚えましたけど、整合性が完全に欠落している前の王妃の行動には言いようのない恐怖と狂気を感じました。
「自分の子供を本当に愛していたのかしら……?」
人ぞれぞれの愛の形がある事に異論はありませんが、私個人の感覚としては前の王妃の愛を認める事は出来そうにありません。担当の神官にしても、
「祝福の儀は後からでも出来るんだけどさ。歴代の王子は誕生と同時に王都で盛大に祝われてきたのに、前の王太子は誕生を誰からも……」
その呟きに返す言葉など、誰も持ち合わせてはいないでしょう。
母に手紙を送るかどうか考えている間に、母の方から手紙が届きました。
生まれも嫁ぎ先も高位貴族家であったにも関わらず、母は用事がなければ一切手紙を書かない人です。執事に渡されたその場で慌てて読むと、兄の様子を確認する為に王都に来るので部屋を用意して欲しいと書いてありました。
未だ本調子ではない兄を連れて領地に帰るか帰らないかもありますから、ノエリア様が母達に現状を伝えたのでしょう。
執事に部屋の準備をするように命じてからロウリスの元へ行きました。
数日後、母がアルマ伯爵家にやって来ました。
私達に断られると欠片も思っていなかった母は、手紙を出して直ぐに馬車に乗ったそうです。
「隠居って思った程のんびり出来ないって聞いていたけど、本当よね」
引き継ぎもなかったアルマ伯爵家のあれこれがありますので、母に直に会うのは一年ぶりです。
変わってませんね、と言いかけた私は、目にはくっきりと隈が出来、やつれた感のある母を前にして、
「それ程心配しなくても、お兄様は今は体力がないだけで……」
「違うわよ。あの子ったら、私の目を盗んで一人娘のベリンダを継嗣である嫡男と婚約させたそうよ」
しばらく叔母一家の話を聞かないと思っていたのですが、噂がないのは何も起きていない証拠ではありませんでした。
ほほほほほ……と笑う母は、寧ろ笑うしかないのでしょう。
「まあ、愚妹の話は明日からで良いでしょう。それで、離宮のゴミ共の話はどうなったのかしら」
「お母様、置物ならともかく、ゴミと呼ぶと案外伝わってしまいますから……」
ノエリア様は何処まで何を母に伝えたのでしょう。
取り敢えず、私の仕事部屋に気が立っている母を連れて行き、ここまで見聞きした事を掻い摘まんで話しました。
静かに聞いていた母は、最後に大きなため息をつきました。
「赤子の内に祝福の儀を子供に受けさせる理由の一つが、『妖精などの悪しき存在から女神に守って貰う為』です。そんなに妖精に怯えていたのなら、子供にきちんと受けさせるべきだったでしょうに」
「前の王妃が恐れていたのは妖精ではなく、あくまで妹だったからなのでは?」
「あの姉妹はどちらも相手を『妖精』と罵っていたから一緒なのよ」
普段は紅茶に砂糖を入れない母が珍しくスプーンに山盛りの砂糖を入れ、ぐるぐるかき回し始めました。
「あのゴミが今現在、生きていない事が幸いだわ。若いときの話だけど、私が今と同じく愚妹に頭を悩ませていたら、あのゴミ、『排除したら?』なんて頭のわいた事を言ってきたのよ」
「御自分が排除出来なかったのに」
「ゴミの言う事は所詮価値もないと分かっていたけど、本当に思い出したくもない屑だったわ」
これまた珍しい事に、色々細かい性格の母が甘い紅茶を一気に飲み干しました。前の王妃の話には、相当ストレスを感じているのかもしれません。
話を変えるべく、適当な話題を探していると、
「……ゴミが生きていたら、フランベルの件は貴女が悪い事にさせられたでしょうね」
「私が、ですか?」
母は私ではなく、何処か遠くを見つめていました。
目の前にいる筈の母が遠い場所にいるような。母の中でどんな感情が渦巻いているのか、娘の私でも検討がつきませんでした。
「だって、フランベルは『姉』ですから」
『姉』という括りなら、確かにフランベルも入ると思いますが……。
書類上の立場だけのフランベルは、母や前の王妃と同じグループに入れてはいけません。フランベルは離れて暮らしていたので、私達の『姉』なんてやってません。当然、姉としての苦しみなんて存在する筈もありません。
母も知っている筈ですが、叔母のやらかしに今の年齢になっても姉としてフォローして回らなければいけない現実に、相当疲れ切っているのでしょう。
少し部屋で休ませて貰うと立ち上がった母が、不意に真っ直ぐ私を見ました。
「気をつけなさい。あの女の悪夢に呑み込まれた者達は、命令や願望で動いているわけではないわ。恐怖で動いているから、何をするか分からない」
そう言い残して母は私の仕事部屋から去って行きました。
「悪夢?」
この一連の話が終わった後に思い返せば、母の言葉は全てを説明した言葉でもありました。
ですが、私にはその悪夢が無縁であったので、母の言葉を理解出来るのはもっと先になります。
大嫌いだった。
気に入らないと喚き出す祖父母も、祖父母が亡くなるまで何度も頭を下げていた両親も、何も持っていない筈なのに何故か何でも持っている姉も、全部ずっと嫌いだった。
「そのビスケットをどうするの?」
「領地にいる妹に持っていこうと思って」
一番嫌いだったのは、姉の婚約者のロアズ伯爵令息だ。
何で一方的に貰うだけの弟妹にあげなければいけないのか、さっぱり分からない。
だから、使用人達に命じて、ロアズ伯爵令息が妹の分の生誕記念ビスケットを食べるように仕向けた。
成功したと聞けば、大いに喜び数日間は上機嫌のままだった。
だから、その後の事は知らなかった。
『フランベルの弟が、フランベルの妹の為に何か探しているぞ』
『何だそりゃ』
『遊びに出かけた仲間の弟妹だー』
『おい、それを選ぶなって』
領地にいて祭りを知らない妹の為に、レオンが別にプレゼントを選んでいた事を。
『フランベルは何かするのか?』
『遊んでるー』
『妖精だからな!』
レオンが生誕記念祭を伝え忘れた所為でただの土産となってしまったが、それは今もマリーベルの机や棚の上で目を楽しませている。




