41話【妖精と魔法使いのどちらが愛を知り得るか】
あの時何があったのか。
騎士団の公式の記録には何も残っていないそうです。
学園の事を伏せたので関連する騎士団の記録も封印されたとロウリスは言っておりましたが、実際には全く違う理由で封印されたのかもしれません。
「……知らない。私の方も逃げ回っている身だった。アルメイダの事を探す余裕などなかった」
「まさか『魔法使い』である貴方からそんな冗談を聞くとは思いませんでしたわ。あれ程仲の良かった婚約者をよりによって貴方が探さないなんて、寧ろ知っている態度だと思っておりましたわ」
クレア様とデューイの事情は良く分からないのですが、『魔法使い』ですか……。
フランベルが『妖精』で、噂ではセルーア侯爵夫人が『魔女』と呼ばれていて、『王太子妃』のクレア様に……聞いていると何だか御伽の世界に迷い込んだような気になってきます。
「流石に買いかぶり過ぎですよ。あの事態を防げなかった時点で、やはり私は『魔法使い』ではなかったと分かったでしょう?」
「あら、あれは防ぐも防がないもなかったのでは? 何としてでも前のアレを排除したかった貴方達があの事態になるよう仕向けたのですもの。予定通り、前のアレはやらかして廃嫡だけでなく死罪となった」
寒々しい北の応接室は外の気温よりも一段と冷え切っており、リシス公爵家の使用人の方が私に膝掛けを持ってきて下さいました。
斜め向かいの席に座るリシス公爵は私と同じスタンスで、静かに傍聴人に徹しておられます。
「……我々は確かに前の王太子の排除を画策した。しかし、死罪となったのは貴女が隣国の王太子と一緒に戻ってきたからだ」
「私が戻ってこなかったら前のアレは厳重注意だけで終わっていたでしょう。現に私がいなくなった後、前のアレは何か明確な処分を受けましたか?」
普通にこの王都と隣国の王都を行き来するだけでも、大体二ヶ月程度時間がかかると聞きます。
その間に前の王太子がどう扱われていたのかは調べておりませんでしたが、やはりたった一人の王子だったと言う事でしょうか。
「なら、王太子を殺したかったのは貴女の方になるな」
「当然でしょう。前のアレが限られた時間を謳歌したいが為に、騎士団を動かして私を殺そうとしたのですもの。こちらも本気で対応するに決まっております」
ところで私はそこら辺の裏事情を聞いていて良いのでしょうか?
盛り上がっているクレア様達はともかく、リシス公爵も腕を組んで目を閉じているだけで、私はどうしたら良いのか分からず、取り敢えず身動きを最小限に沈黙を続けます。
「……あれは王太子が?」
「他に誰がいるというのです? 私を排除したかった層が便乗しただけとしても、追放と発言した前のアレの責任ですから。簡単な話です」
「そうか……」
何か違和感を感じる会話です。
口を挟んではいけない雰囲気なので黙っておりますが、これはもしかしてデューイはあの時……
「やはり貴方は私の断罪時にいなかったのですね? 隣国の公爵の殺害を止める為に動いていたから」
その時、クレア様とデューイ、どちらもチラリと目だけで私の顔を見ました。
私は無関係ですよ?
無関係、ですよね?
隣国の公爵家。
最初に聞いたのは追放されたクレア様を助けた人物として、次は私が幼い頃に水門を本当に壊した人物として。
大きな行事もない頃に隣国から何人も公爵が来る事はないでしょう。それを考えると同一人物の可能性が高いとは思うのですが、
「そんな偶然あります?」
私はつい口にしてしまいました。
この国は狭い訳ではないのですよ?
そこまでの偶然、流石に出来すぎだと思うのです。
「偶然な訳ないでしょう。そこの『魔法使い』が計算した結果よ。その時一番良い結果になるように物事を整える。惜しむらくは一つに集中すると他が見えなくなる事ね」
「私は貴女を保護した公爵とは関係なく……」
「じゃあ、何故ロアズ伯爵令嬢の事を気にするのかしら? 貴方が巻き込んでしまったからでしょう。後、向こうの公爵は私の親代わり。何も聞いていないとは思わない事ね」
「私だという証拠はありませんよね?」
「あら、ここにロアズ伯爵令嬢がいらっしゃるのに、貴方はそのような事を?」
突如水を向けられた私は……その辺りの記憶が、ありません。
どうしましょう……。
母から水門の話を聞いた時にもピンと来ず、今も何も欠片も思い出す事はありません。
滅茶苦茶焦ってしまい全てを誤魔化す笑みなど浮かべられず、私は極端に無表情になっているでしょう。まあ、これはこれで誤魔化せると思いますが、さて、どうしたものか。
それに思えば、それこそ大体の事がロウリスさえ一緒なら大体防げたか、早い段階で片付いた事が多いのに、何故今回までもアクセサリーを購入する際にロウリスを呼ばなかったのか。
今はあまり関係のないどうしようもない後悔だけが頭の中をループします。
いえ、ロウリスなら水門の事を覚えている筈?
私が黙っている事を二人がどう捉えたのかは分かりませんが、クレア様は私ににっこり笑って、
「ロアズ伯爵令嬢、慰謝料代わりにサンドラ先生の鞄一つ分貰っておきなさい。貴族令嬢を傷付けるなんて本来なら死罪よ。安いくらいだわ」
「私の命より鞄の方が価値があるから!? いくら何でもそれやったらサンドラ商会に迷惑がかかるから!」
「では、せめて真実を言う事ね。大義の為でもおかしいのに、幼い令嬢が貴方の失敗の犠牲になるところだったのよ? 傷は消えても痛みは消えないわ」
うん?
何でしょう……水門の事件の後は、確かショックを受けて部屋に閉じ籠もっていたような?
私は必死に考えるのですが、見事に何も出てきません。何か大事っぽい事すっかり忘れているなんて、もう私自身がどうかしてますね!
仕方ないのでクレア様のお話に乗っかる形で沈黙と無表情を続けます。視界の隅でリシス公爵の唇が上がって俯いて震えておられますが、そこは私の考えを読まなくてもいい所です。
「ロアズ伯爵令嬢、言いたい事があったら言っても良いのよ?」
そう言われましても……
「あ、私、クレア様がお持ちのブローチと良く似た物を預かっております」
不意に思い出し、慌てて私はポケットから小箱を取り出しました。
「……それは?」
「私の婚約者のロウリスが縁者の男爵夫妻から預かった物なのですが」
箱を開けて丁度机の上に置いてあったクレア様のブローチと並べると、まるでそっくりに作られたように同じ形でした。
まずクレア様が手に取って確認した後、デューイが受け取ってブローチの裏表や小箱を何度も確認しておりました。
「『魔法使い』……本物の魔法を前にしてどうかしら?」
「……私はもう、何にも言えないよ。アルメイダの痕跡がこんなところから出てくるとは思わなかった」
デューイはブローチの裏側の一点を私に示すと、
「これは防御魔法が込められている印だ。これを作れる者はアルメイダしかいない」
「え、でも魔法って……」
「廃れているだけで使える者がいないわけじゃない。本物の魔法使いは存在する。お伽噺のような魔法は使えないけどな」
二人の魔法使い。片方は技術と知識で魔法使いと呼ばれ、片方は本当に魔法を使うから魔法使いと言う。
「出て来られないだけでご存命なのね……良かった」
「無駄に宝石店回りさせやがって……まあ、あいつも逃げ回っているなら仕方ない」
あー……クレア様が宝石店を見張っていたのも、デューイが宝石を扱っていたのも全部、このアルメイダ様の印がある物を探していたと言う事でしょうか。
……何かバックヤードでこっそり売っているような驚愕の値段のアクセサリーっぽいのですが、私、ポケットに杜撰に入れてきてしまいました。落としていたらと思うと怖いのですけど!
今更焦る私に対し、クレア様は憑き物が落ちたような顔をして、
「これでアルメイダ先生の無事は確認出来ました。ですが、私の養父を殺しかけた相手についてはまだ分からぬままです。サンドラ先生、止めに行った貴方なら誰が主犯なのか知っておりますね?」
じっと真新しいブローチを見ていたデューイは、そっと箱にブローチを戻してクレア様に向き直りました。
「どうせ分かっていると思うが、学園長だ。本来王太子の愚行と隣国の公爵の殺害の二つを同時に行って王族達を排除する計画だった」
「杜撰な計画に聞こえますが、隣国の関係者も協力していたのね?」
「ああ。学園長は同時に事を起こして王家の責任を問い、隣国の一部の貴族達は邪魔な公爵を消す事で互いに利益があった。その前提なら戦争も起きないなんて、机上の空論は怖いとしか言い様がない。影で殺されたとしても、自業自得だ」
クレア様の偽断罪事件の真の黒幕は学園長だったと言う事ですか。
あの謎の寛容の方針からして不自然でしたから、黒幕だったとしても納得はいきます。ただ、学園長の発想は良く分かりません。
一施設のトップでしかない学園長が王家の責任を問い質したとして、一体何が起こるというのでしょう?
「理想家と空想家は紙一重ね」
「空想家ならただ考えているだけだから無害だ。言うなれば妄想家だな。隣国の公爵を殺したのが誰か、向こうは追及してくるに決まっている」
だからデューイは隣国の公爵の殺害を止めに行ったのですね。
そこは分かります。分かりますが、その殺害を止める事と私がどう関係しているのか……ここまで話が進んで、今更知らないから説明して下さいは言えません。失敗でした。
ただまあ、隣国の公爵の殺害阻止に私も何処かで関係している?
「……クレア様。クレア様からいただいたアクセサリーの一部は、もしかして隣国の公爵家からですか?」
「ええ。あの時、水門を開けるように言った貴方への御礼だそうよ」
ごめんなさい、そこまで説明があってもさっぱり思い出せません!
取り敢えず、次があるなら絶対にロウリスと一緒に行動する。
次があるのは嫌なのですが、私は強く決意を固めました。




