12話【誰が誰に惑わされた】
ラドリク様達夫婦を保護した次の日、兄は慌てて帰ってきました。
思ったよりも婚約者の実家に滞在していたので、まだジェイク様との婚約周りの片付けに追われて事情を知らない私は、
「こんなにも親交を深めるのが大変でしたか?」
「私と彼女は問題ないな。ここだけの話、あちらの家の跡継ぎがギャンブルにのめり込みかけていてね。元々誘惑は女性だけではないが、この時期では正直に白状しても女性問題を疑われると言う事だ」
「ああ……」
面倒な時期に面倒な事をする人って何処にでもいますね。
兄の婚約者の兄弟も何も出なくても何も出ないからこそ疑われて時間がかかったのでしょう。
姉もジェイク様以外との不貞は今のところ出てきておりませんが、まだ騎士団は他の相手がいたかどうか調べるそうです。
「お兄様、手紙の……」
「私にフランベルの話を聞いても無駄だよ。仲が悪かったからね」
「そうなのですか? 王都で一緒に生活していたのでしょう」
「マリーが思っているより交流はないよ。私は後継としての勉強に忙しく、フランベルは学園で婚約者を見つける事で忙しかった」
よく知らないような事を口にしながら、兄はとんでもない事を言いました。
「え? リシス公爵は……」
「どうやって出会ったのかは知らない。少なくとも入学した前後で知り合った訳ではないな」
よく考えなくても当たり前の事でした。
いくら姉達が濃密な三年間を過ごしていたとしても、出会いがないと何も始まりません。
婚約者を探していた姉は学園で様々な出会いをしていた。
私は思わず兄をじっと見ました。
「つまり一般的に婚約者がいない人は学園で探していたのですか?」
「そう言う意味も学園にはあったらしい。普通に出会った所で普通は婚約者を奪おうとは思わない。普通に相手のいない者を探して、普通に問題のない相手と普通に婚約するんだ」
兄が強調するように、普通は奪うなんて事しません。
それが何故か姉達のいた時には不自然に何件も起きたとも言えます。
「……お兄様、コラント辺境伯夫人が学園で不貞が発覚して婚約破棄になった事は御存知ですか?」
「知っている。これは流石に結構知っている人が多い話だし、今の国王が即位したのもそれが切っ掛けだ。王家の醜聞だから教える事を避ける家庭教師もいるが、間違えるとなかなか問題になるから覚えておくように」
「え!? そんな事あったなんて記憶にありません!」
「元王太子と元王女が連続して異性問題を起こした結果、新王が誕生して……祝えるか? 前王は元王太子達の行いに病が悪化し、弟であった今の国王に代替わりを頼んで直ぐに亡くなって……祝えるか?」
兄が珍しく私に圧をかけてきました。
当時田舎にいた子供の私はともかく、王都にいた兄は何かしらあったのかも知れません。
……偶然ですが、すっかり頭から抜け落ちていた王家の不始末の責任の取り方が判明しました。
そうなると、今は誰も隣国との付き合いが問題だと口にしないのは、完全に王家が入れ替わっていたからだと説明もつきます。
「……となると、コラント辺境伯夫人は王家とは微妙な関係ですね」
「夫人は離婚しても王家には戻れない。普通は不倫をしない筈だよな……」
元王女の行動は疑問しかありません。
何というか、どれも矛盾しているような。
「本当は婚約者だったリシス公爵の事が好きだったそうです」
「ますます分からない話だな。コラント辺境伯の夫人の溺愛は有名なんだが」
夫が溺愛していたとしても、夫人の方は何を考えていたのかが問題でしょう。
考えても分からない元王女の気持ちに今はただ、私も兄も首を傾げておりました。
兄が帰ってきてからはラドリク様達の件は早く進みました。
誰に相談して、何処に話を持っていくのか。キビキビ指示をして動く兄は頼りになりましたが、これもリシス公爵と縁を結んだ姉のおかげで出来た伝手と経験だと知ると、何とも複雑なものです。
ラドリク様の奥様の実家が請求された法外な慰謝料は金額に根拠がなく、沈黙を続けるばかりのラドリク様の義兄が貴族家当主として不適格だと他貴族家当主達連名の訴えを王家に出したり……兄とラドリク様が忙しくしている間、ロウリスも自分の親を説得しに行っておりました。
そして、何故か両親までもが毎日のように忙しく外出しております。
どうやら姉の件で何処かに呼び出されているようで、心配もあって両親に尋ねるも、やはりそれに関しても両親は事情を伏せてきました。
最早両親達にとって隠すとは何かの習い性なのでしょうか。
「今はあまりお聞きにならない方が宜しいですよ」
ラドリク様の奥様と刺繍をしている時、奥様が仰いました。
「どうしてですか? ひょっとして何か御存知なのですか」
「恐らく神殿に呼び出されていると思います。酷い不貞は神殿の嫌う所ですから」
姉の場合はまして神殿での結婚式の最中に発覚したのですから、確かに神殿も黙っていられないかも知れません。
「それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「……はっきりしない事はお伝え出来なかったのでしょう。神殿関係は難しい所がありますから」
「そうなのですか?」
「こう言っては何ですが、王都の神殿の方が迷信に囚われているんですよ」
そんな話は聞いた事があります。
人が多い分、迷信に凝り固まった者達が集まる事は容易く、他では失われている迷信すら都会では生きていると田舎の司祭様が嘆いておられました。
「はあ。面倒な所に面倒な事が重なるものですね」
「面倒ごとってそう言うものですから」
この時の私は笑って流しました。
私は何も知らなかったのですから、仕方ない事でした。
ラドリク様の奥様はそれ以上話すのは間違っていたら失礼だと口を噤んだ事はともかく、兄も薄々気が付いて、両親はまさしく神殿で突きつけられていたのに、私に誰も警告すらしなかったのは怠慢だと言っても良いと思うのです。
何度目かの姉の荷物を運ぶ私には、それまでついていてくれた女性騎士が外れました。
騎士団前で騒ぐ者が少なくなり、周辺の者も女性騎士の身内と誤解した時点で護衛は終了しても良いと判断されたそうです。
まだロアズ伯爵家の馬車は手前まで乗り付ける事は出来ないと言われ、護衛の者も控えて女性騎士の身内の顔をして騎士団に来て欲しいと言われました。
収監されかかっている者の身内ですから、仕方ないと言えば仕方ない事でしょう。
当家の護衛は悔しげに、
「離れてしまいますが、お気をつけ下さい」
「騎士団の近くでは何も起きないわよ」
普通なら起きません。普通なら。
私は普通ではない事ばかりが起きている事を普通に忘れておりました。
馬車から降りて一人で歩いていた私が、騎士団の訓練所玄関の姿を確認したときでした。
訓練所玄関は表通りに近い本部玄関とは違い、人気の少ない裏通りにありました。
「『妖精の取り替え子』の分際で……!」
離れた距離で隠れていた護衛達が走ってくるのが見えました。
次に何が起きたのか、私は知りません。
気が付いた時には部屋に寝かされており、遠くから父だけでなく兄が怒鳴りつけている声がしました。




