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ほんの少しの味見と言った姉  作者: 夏見颯一


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1話【最低最悪な結婚式】


「君は誰だ?」


 ベールを上げた瞬間、婚約者様、この結婚式が終わったら夫になる予定のジェイク様は仰いました。

 誰だとは、初対面の私に対して随分なご挨拶ではありませんか?

 一気に私の中の何かが下降しました。


 あくまで私達の結婚は政略結婚。

 下手に交流をして互いに悪い感情を持たないようにとの配慮から、私とジェイク様は結婚式の宣誓式の場まで一度も会う機会がありませんでした。

 まあ、領地住まいが長い田舎貴族同士の婚約には良くある話です。

 交流する為に移動する費用は馬鹿にはなりませんから、私も文句は言いませんでした。


「お初にお目にかかります。私はマリーベル・ロアズ。今後とも末永く……」

「違う!」


 ジェイク様の叫びで和やかだった式の空気が一変しました。

 怒りに顔を真っ赤にして親の敵のように私を睨み付けるジェイク様ですが、私には何が何だか分かりません。

 立ち会い役の神官長様もどうしたものかと周囲を見回しております。


「違うと仰いましても……」

「君はマリーベルではないだろう! どうしてこんな真似をする。本物のマリーベルはどうしたんだ!」


 突然怒鳴りつけられた上、強い力で腕を掴まれ体を揺さぶられた私は恐怖で言葉も出てきませんでした。


「おい! 娘に何をする!」


 慌てて私に一番近かった父が駆け寄ってくるのが見えた瞬間、頬に走る強烈な痛みと共に私の視界は一瞬暗転しました。


 気が付くと私は床に倒れていました。

 呆然として動けなくなっている私を抱き起こしたのは母と、義理の母になる予定だった子爵夫人でした。


「貴方の息子はどうなっているの!?」

「ごめんなさい! でも、私も何が何だか分からないのよ!」


 混乱の極致なのか子爵夫人も泣き叫んでおられました。

 頬というか頭そのものがズキズキ痛みながらも、客の前ですから母達の喧嘩を止めようとした私の口から、言葉ではなく血がしたたり落ちました。

 母と子爵夫人が悲鳴を上げました。

 それを受けて更に父達の喧嘩もエスカレートしていくのが見えました。


 身分上、脇に控えて様子を見守るだけだった見習い神官達が、流石にこれ以上は危険だと思ったのでしょう。

 「申し訳ありません」と一言告げると素早く私と母達を抱きかかえ、殴り合いになりかけている祭壇前から距離を取ってくれました。


 運ばれた場所は参列客の様子もよく見える位置でしたので、完全に式が台無しになったのがよく分かりました。

 戸惑う参列者の方々と、権限を持つ者を待つ神官達。

 父と義父になる予定だった子爵はジェイク様と激しく怒鳴り合い胸ぐらを掴みかかって、参列者の何人かの男性達が止めに入ろうとしているのが見えました。

 その中には姉の夫のリシス公爵の姿もありました。


「マリーお姉様!」


 青い顔で駆け寄ってくれたのは、従姉妹のベリンダです。

 繊細な叔母様はどうやら倒れられたのか、叔母一家の席の辺りに何人か集まって介抱しております。


「おい、マリー! しっかりしろよ! 治療してくれる神官を連れてきたからな!」


 この声は兄です。

 父達の罵り合いに参加せず治療を担当する神官を連れてきた兄の方は、家族の中では割と冷静であったのでしょう。

 余程急かされたのか、息切れも激しい神官様でしたが、無理に兄が引っ張ってきた事も怒らず倒れている私の横に膝をつくと、直ぐさま私に治癒魔法をかけて下さいました。

 ゆっくりと私の頭の痛みは治まっていき、私もこの時だけは少し安心しました。


「治療が終わったら直ぐに移動しましょう……!」


 ただ、状況は安心出来る状態ではありませんでした。

 私達から少し離れた所からも、他の参加者の方々を祭殿の外へ誘導する声が聞こえてきました。

 混乱が収まる様子はありません。


 叔母様のように新婦の私が思い切り殴られた瞬間を目撃して倒れた方や、ショックのあまり動けない人や泣き叫んでいる人も少なからずいらっしゃるようです。

 神官様達が一人一人根気よく説得したり抱えるようにして外に連れ出す姿を私はぼんやりと見ておりました。


 私の結婚式、無茶苦茶になっちゃったわね。


 会う事はおろか、手紙のやり取りさえも禁止されていたとは言え、私だって結婚式を楽しみにしていました。

 どんな人が夫になるのだろう?

 格好いい人だろうか、優しい人だろうか?

 ……そんな風に会う日を夢見ていた事が馬鹿みたいに思えてきました。


 ただ、残念な現実を前にして、不思議と涙は出ませんでした。

 あまりにも目の前の光景が酷すぎて、まだ十分に感覚が追いついていないのかもしれません。


「フランベル! 早く行くぞ!」


 治療を終えた私が母と子爵夫人に支えられながら立ち上がった横で、兄が姉を呼びました。

 振り返ると、姉はたった一人、姉夫婦に用意された席で座ったままでした。


「あ……ああっ……!」


 祭壇の方を向いて、真っ青な顔をして大粒の涙を流す、年の離れた姉のフランベルは兄の声が聞こえていないようでした。

 何を思ったのか、兄はかなり強引にフランベルを立ち上がらせると、私達と合流して新婦の為に控え室に向かいました。


 私達の背後からは怒声が続いています。

 部屋を出る私達と入れ替わりに、神殿所属の騎士達が入って行きました。


「あれは私の会っていたマリーベルではない!」


 ジェイク様の叫びは私には理解出来ません。

 いえ、ジェイク様以外は私がマリーベルだと知っている人か信じている人ばかりですから、ジェイク様がいくら叫んでも誰にも意味が分からない事でしょう。


「じゃあ、誰がマリーベルだと言うんだ!」

「彼女ですよ! 何故、本物のマリーベルの方が参列者の席にいるんだ!」


 ジェイク様が指差した先にいたのは、何故か私達でした。

 再び私に視線が集まるものの、悲鳴を上げて座り込んだのはフランベルでした。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 謝罪を繰り返しながらひたすら泣く、年の離れた姉の腕を兄が掴んで引き摺って行きました。

 何が起きていたのか、明らかすぎて誰も口にはしません。

 私も、何を言って良いのか分からず、黙って家族や子爵夫人とともに控え室に向かって歩き出しました。



 それが、ぶち壊しになった私の結婚式のお話です。


2話【未練はないが後始末は必要】


 しばらく父達が忙しくしている間、私は新居予定の屋敷に持ち込んでいた荷物を引き取るのに大忙しでした。

 ジェイク様があの様子では誰がどう考えても政略結婚として割り切って結婚生活をするなど無理ですし、私達の結婚を決めた父達もジェイク様の暴力を見てしまった以上、縁を結ぶ事は完全に諦めたそうです。

 大きな家具はその内に商人を呼んで売り払うと母が言っておりました。


「あの場で全部暴露状態になったなんて、今考えても爆笑ですね!」


 私付きのメイドのプリシラはドレスを元のクローゼットに戻しながら、いい顔をして笑っております。

 職場の話としてならば、私の婚家について行く予定だったプリシラも十分出戻りでしょう。

 ただ、プリシラが笑い飛ばしてくれるので、私の方も幾分気が楽になります。


「本当笑ってしまうわね。人の名前を使って浮気をしていたそうですけど、しれっと姉の顔で参列していたのですものね」

「自らの身に火を付けに行ったと言う事で宜しいではありませんか」

「それもそうね。自分の夫も横にいるのに、何を考えていたのかしらね」


 私を、貴族女性を殴った罪でジェイク様が駆けつけた騎士達に捕縛され、父達の喧嘩はそこで一旦幕を下ろしたのですが、その後には姉夫婦の修羅場が待っておりました。

 当たり前ですけど、私の名前を使ったとしても姉がしたのは正真正銘浮気です。

 平然と義兄と並んで結婚式に参列出来た姉の心理は到底理解出来るものではありません。


 本格的に姉夫婦が喧嘩を始める前に私達は実家に帰されたので、その後は何があったのか正確には知りません。

 ただまあ、何と言いますか。公爵家にまで嫁いだ身でありながら、浮気は浮気でもよりによって妹の婚約者を寝取った浮気。私の名前を名乗ってジェイク様を騙した事もあります。

 色々倫理観の著しく欠如していた姉には帰る場所はなく、今は神殿に身を寄せているそうです。


 そもそもあの結婚式が無事に終わったとしても、姉はどうするつもりだったのかしら?


 年が離れており、私と姉はほとんど交流はありませんでした。

 正直あまり姉の事は知りません。

 一応、姉は公爵家に望まれる程度に賢い女性と周囲からは聞かされており、特に疑う理由もなく長年信じておりました。


 その姉の、はっきり言ってあまりに頭の悪い不倫。

 私はこれまで姉が受けていた評価そのものの真偽を疑ってしまいます。


「お嬢様、リシス公爵からお見舞いの品が届いております」


 ドアのノック音の直後に執事の声が聞こえました。

 ここずっと毎日姉の夫であるリシス公爵からお見舞いが来ております。

 私とプリシラは顔を見合わせると、プリシラはにっこりと笑った。


「では、私は受け取りに行ってきます。今日は何処のお菓子でしょうね?」

「お菓子とは限らないわよ」

「ふふふ……女性に気を持たせない時の紳士の贈り物はお菓子と相場が決まっております。消え物万歳ですからね」


 言われてみると、確かに食べてしまう菓子だけでしたら、受け取る女性も誤解出来る部分はほとんどないでしょう。

 やはり公爵だと気の使い方が違いますね。

 どこぞの知り合いの貴族令息などは自衛の為と言う事でしょうか、手紙もなく剣のみをポンと送ってきた事を考えると……いえ、比較してはいけないでしょう。


 考え事をしていると、また扉がノックされました。


「お嬢様、奥様がお茶を一緒にとのことです」

「あら、分かったわ。悪いけど、行き違いになるといけないから、私は母のところに行ったとプリシラにも伝えてくれる?」

「プリシラは奥様が連れて行かれましたよ」

「じゃあ伝言はいいわ。ありがとう」


 扉を開けないままやり取りしている間に身支度を簡単に整えた私が外に出ると、扉越しに声をかけてきたメイドが待っていた。


「どうしたの?」

「フランベルお嬢様に警戒しろと命令を受けておりますので」

「……もしかして、お姉様はこの家に帰ってきてるの?」

「それはありません。フランベルお嬢様は一歩も屋敷内に入れないようにと命令されております。ですが、旦那様は警戒しておくようにと」


 もしかして剣は必需品だった?

 異様なまでに姉が警戒されている理由は私には分かりません。




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