4-2
あれから、頭を整理していた。何かを犠牲にしてでも自身の安息…、
安息というよりも安全や快適さ…だな。遠くに行くのに時間かけたくない、歩いて
いきたくない。もっと便利に、もっと快適に。その果てに、地球そのものを敵に回して
しまう。と言えばいいのか。その所謂、苦痛や苦労といった物から、
何かを犠牲にしてでも安息を得ようとする弱さ。それを悪と断定し、それのみを消し去ろう
とする組織、ノア。確か、ノアという人間が神の信託か何か受け、伝えるが家族以外に
聞く耳を持たず。結果的に…船に乗せた家族達・動物達を除いて全てが滅びたと。
…。人間と動物。まだ判らないが、水では無く、空。空が牙を剥くからそれを避ける為の船を
作ろうとしている。そう考えるべき…か。弱さを持たず、強靭な強さを…か。
ベッドに倒れ込み、考えるが結局。それも逃げる事に違い無いだろう。
自身が招いた結果から、逃げて安息を得ようとしている事に、何一つかわり無い。
そう思えなくも無いわけで。 ラナヴァルはそれに気づかず、善行をしているつもりで、
自身が嫌う悪そのものであると言う事に、気づいていないのかも知れない。
大きく溜息をつき、天井を見ながらカイリス達を考える。
それに気づき、何かは判らないが方法を見出したのだろう。それでラナヴァル達とは道を
違えた…と。現状判ったのは、こんな所か。
壁に立てかけてあるクリスに、その何かを尋ねると反応無し。全く、もっと教えてくれない
ものか。再び溜息をついて一つアクビをすると、ドアの叩く音、またリフィルか?
返事をすると、やはりリフィル…うん? 何か違う。
「余り、見るな」
両手を後ろに回して、照れた様な表情に少し身を捩り、
顔を俺から背け俯き、リフィルでは無い少女らしい何かがドアを開けて立っていた。
あの洋服屋の店主から貰った、豪華とはいえないがそれなりな白いドレスを着ている事。
馬子にも衣装などと言えば、俺は氷像にされるだろうから、冗談でも言わないとして。
やっぱ土台は宜しい様で、良く似合っている。細い、というよりもある程度鍛えられて
引き締まっている体。戦っているので仕方ないといえばそうだが、無意味に肥大したソレ
とは別である。モデルの人が美しく見せる為に鍛えた体のソレに近い。
肩と胸が開いた衣装からか、妙に色気も感じなくもないわけで、ディアナ程では無いにしろ
胸の大きさも…おっと、視線が怒り出したのであんまり見ないでおこう。
少し、ご機嫌でも取ろうかと、良く似合ってると言うと、嬉しそうに俯いて頬を赤らめている
が、うーん。あんまり褒めると、またよからぬ方向に爆走しそうだからなこの娘。
その辺りの加減が、非常に難しくも思える。
にしても、イレイザは本当に手加減無しでやっている様だ。顔を除いた部分の至る所に
アザが出来ている。で、俺はそんな珍しくも女らしい服を着たリフィルに何か尋ねる
と、外に行くぞ、と。今は大してする事も無く、頷いて彼女の後ろをついていく。
部屋のドアが均等に並ぶ通路で気づいたが、筋肉痛と打撲だろうかそれからくる痛みの
所為だろう、動きが何か機械的な程にギクシャクしている。
無茶してるなと思い、彼女の肩を軽く叩いて休んだらどうかと尋ねると、首を横に振り
やるべき事があるだろう。と、はて、やる事あったか? 首を大きく傾げると。
「馬鹿者が」
馬鹿言うな。と、苦笑いして彼女を見る。然し、ふと腰に目をやると、
コルセットで押さえているのもあるだろうが、細い腰だな。そこにやはりゼロブランドは
鞘に納まって吊り下げられている。ドレスに帯剣も悪くないものだと。
何となく彼女を見つつ、宿屋の外へ。 軽く周囲を見回すと、心なしか前より活気が
無くなってはいる。が、逆にわざとらしくも思えるが、元気に振舞う者もいる。
そんな中を広場の方へと歩いて…、彼女が俺の右腕にしがみついてきたので、何かと
顔を向けると、余程無理をしているのか、歩くのも辛そうだ。
俺は宿屋に帰って休んだ方が…と伝えるが、首を横に振る相変わらずの聞かん坊ならぬ、
聞かん嬢。一体何するものか軽く溜息をつきつつも、悪くない。そう思えた。
何故か? いやほら。右腕に胸の感触が直というかこう…むにっと。うん。
「顔が緩んでいるぞ」
モロに出ていたのか、彼女にそういわれ、顔を引き締めるが…気になるわ!
そんなこんな、広場にたどり着くと、赤いローブを纏った細い男。アルバートだな。
相変わらず、唄っている様であり…何? お前着ていたのか?
お前は光学迷彩かステルス能力でもあるのか!!
誰も話して居ないというのに、タルワールでの出来事をある程度改竄した詩を唄っている。
「おお、タルワールに眠りと安らぎを与えた白銀の凍姫様が、お目見えの様で…」
俺達に気づいたのか、立ち上がり左手に持った竪琴を脇に抱え、右手を胸に深く畏まった。
彼の唄を聴いていたのだろう人々が、リフィルの周囲を取り囲み口々に尋ねてくる中、
俺は押し飛ばされてしまうワケで…まぁ、いいか。少し離れて見ていると、
中には、縁者も居たのだろうか、跪き涙を流して両手を組み、感謝を述べる者までいる。
子供達は感謝というよりは、憧れだろう。彼女に近寄って白いドレスの裾を引っ張ったりと。
様々な感情や言葉が飛び交う中、リフィルはあの氷が溶けた時に、改めて弔ってやってくれ、
そう言うと、すまなさそうな顔をしているが、あれだけ馬鹿でかい永久凍土にありそうな
氷が、いくら温暖な気候だからといって早々溶けるか? と思いつつも、
黙ってそれを見ていると、内の一人、名も知らぬ女が彼女の着ているドレスはどこで?
そう尋ねられたリフィルは、広場の一角にあるあの洋服屋に右手を差出し、
あそこの主人から…と。 ああ、成る程。その様を見て理解した。
その場に居た、町の年頃の女がこぞってその洋服屋へと。
タダで貰った礼…だろうな。律儀なことで。 言ったら悪いが、かなり寂れていた洋服屋が
瞬く間に大繁盛。と言った所か。店主がカニの様に泡噴きそうな勢いで手足を動かし、
対応している。まぁ、判る。ファッション雑誌に載っている人の真似や、その人が行く店で
買い物したくなるのは良く判る。
ある程度、対応も収まったのか、比較的静かになりリフィルもその場を去ろうとして、
俺に近づき、また腕を胸に…やわらか…じゃない。そんな困った事態に悩んでいると、
聞こえてきた俺に対してだろう言葉。誰あれ?的な言葉に、
内心傷つきながらついて行くと、どうやら、酒場の様で中に入る。
酒場の店主は笑顔で迎え入れてくれ、何も言わずともあのブドウのジュースが並々と入った
木製のジョッキを両手に持ち、木製のテーブルの上に中身が少し飛び散るほどに強く置く。
ここは相変わらずだな。と、思いつつあの渋みの後に甘みがくるブドウジュースを飲む。
あれからすぐに、町の人には伝えておいたので、毒入り果物というかまぁ化物化の原因。
それを街から全て排除したので安心といった所。だが…川にでもその薬品だろうか、
あれを流されでもしたらたまったものじゃないな。 ラナヴァルの方も余り長く放っては
おけない。それは良く判るが、現状かガイアスに太刀打ち出来るとも思えないワケで。
先ずは西では無く、東に向かうべきか。それが正しい選択なのか判らない所ではある。
酒場で店主と話をして、リーエンドの事をある程度教えてもらうと、
深い森に囲まれた所で、そこの部族は余り外の人とは接触を好まない…と。
ううん、まぁ。敵意は持っていないらしいので、行って敵に回る事は無さそうだ。
結局、それ以上の事は得られず、用事も済んだ様で、宿屋の寝室に戻ると、
彼女は、自分の部屋に戻るかと思えば一緒に入ってきて、ベッドに座り黙り込んでいる。
「私は、弱いか」
ん、何だ唐突に。俯いたままポツリと呟いたので、何でいきなりそんな事をと聞くと。
どうもイレイザにはっきりと言われたらしい。 話にならない、と。
バッサリいくなぁ、あの人。んだがまぁ、そうでも無いと俺は言う。
何故か、それは簡単。フイルドに真っ先に狙われたのは俺だからであって、
あの場で一番弱いと認識されたわけだ。実際そうなのだが。
「だが、結局あの二体を倒したのは君だ」
結果的にそうなるが…。そうでも無い、特に獅子の方を倒したのは誰でもない。
フイルド自身だと伝える。正直、フイルドの自我がなければ、
倒せたかも判らないぞアレは。リフィルもそうだが、俺も強くならないといけない。
武器が強いからといって、強くなれるか。それは違うだろうな。
いくら性能が良い武器を持っても、使い手が駄目だと木の棒や木の弓と変わらない。
それを告げると、少し表情が明るくなったのか顔を上げて頷いたが…ええい。
ころころと良く表情変える娘だな。今度は頬赤らめて…なんだ全く理解出来ない。
「あの時は、嬉しかった」
そう言うと、立ち上がり少し俯いたまま、おれとすれ違い扉の方へと行き、
出て行く直前で立ち止まり、私にも分がある事は判った。 と。
足早に出て行った彼女の背中を見送り、大きく首を傾げ考えたが…分がある?
何? 俺と戦う気? 何で何がどうなってそうなった!?
何か対抗意識でも今度は芽生えたのか、俺より強くなると言いたいのか。
女心と言うものは、良く判らん。晴れたと思ったらいきなり雨。
雨が降ってきたかと思えは、突然晴れる。
妙な悩みに苛まされつつ、ベッドに戻り座り込み、軽く溜息を一つ。
そんな猪突猛進でコロコロ変わる彼女ではあるが、一つだけ確かに判った事。
彼女自身気づいているのか、それは判らない。
だが、確かに彼女はカリスマという物に特化した隻眼の女王の娘であり、
人の上に立てる人間である、と。
もっとも、その下で彼女の無茶を支えてやる必要は当分ありそうだが。
ふと視線をフランヴェール。片刃でやや反りのある真紅の剣。
隻眼の女王と共に在り、今は次なる役目のその時まで眠っているのだろう。
その剣に、尋ねる。お前も苦労したんじゃないか? と。
「彼女は、プライドが非常に高い。
彼女に気に入られる様にしないと、力はおろか声もかけてくれませんよ」
どこぞのお姫さんかよ。立て続けに弱いままの俺では当分は無理だろうと。
あっ…アンタ何かアタシに釣り合わないんだからね!
とか言って力貸してくれたり…。しないよなぁ。
ガックリと肩落として溜息…、何かリフィルうつって無いか俺。
少し、外の空気が吸いたくなったなと、俺は宿の外に出て、海岸沿いへと。
海岸に沿って突き出ているやや鋭利な黒と灰色の中間の色といえばいいのかそんな岩。
良く見ると、食べられそうな平たい貝が無数にへばりついている。
焼いて食ったらうまいか?などと考え、ぼーっと海を見ている。
それからふと周囲を見ると、どっかで見た…あ、ディエトか。
どうす…ん? ぶ! 思わず身を岩に隠し、腹を抱えて笑い転げた俺。
何でか?いや、何でって、何か手に持ってイレイザに言い寄ってたが、
近寄った瞬間に海にフレイルで払い落とされた。
本当にアイツは何がしたいんだ? 彼女の好感度あげられるチャンスを
自ら棒に振ったかと思えば、アレだ。 自力で宝は手に入れないと気がすまないのか?
そうなのか? 判らん。お、海から這い上がってき…酷いな。
岩にかけた手をフレイルで突かれ、再び海中に転落したのだろう。水しぶきがあがった。
暫くそんなやりとりを見ていると、飽きたのかイレイザがその場を去り、
ディエトが海から這い上がり、頭に昆布だろうか?海草が乗ってるのに気づいてるのか、
気づいて無いのか、座り込んでいる。
余りに不憫に思えて、歩み寄り声をかけると、かなり機嫌が良い様だ。
…ドM? ますます判らんこいつの性格。そんな彼が海を見ながら一言。
輝く宝石こそ奪う価値がある。と、何か満面の笑みで納得している。
流石に判らなく、尋ねてみると、俺の方へ振り向き次はどこにいくのか、と。
何だ? まぁ、リーエンドに用事があると言うと、イレイザも行くのか尋ねられ、
そりゃ勿論来るだろうな。そう伝えると立ち上がり俺の両肩を濡れた手で掴んできた。
やめてくれ服が傷む!などとは言えず。
「よーし!俺も行く」
おい! 今度は即決かよ。何だ一体コイツ、首を傾げると彼は、イレイザが俺達と居ると
宝としての価値が上がっていると言い、だからついて行くと。
コイツは人すらも宝として見ているのか。脳内メーカーでコイツの名前いれたら宝で
埋め尽くされてるぞ絶対。いや、ど真ん中に秘が一つだけありそうだが。
理由を聞くと、海に振り返って、そこにお宝があるからだ…と。
何か格好良い事いってるが、いまいち意味判らん!
にしても、海から揚げられた魚になるから駄目じゃないのか?と、肩をすくめると、
大きく笑い出し、一つ話しをしてきた。
「確かに魚じゃどうしようもねぇ。が、魚は魚でも俺は鮫だ。
鮫は陸にあがっても人間を容易く食い殺すもんだ」
成る程。確か鮫は陸にあげられても結構長いこと生きているんだよな…確か。
詳しくは知らないが。何か良く判らないまま、ディエトも来る事になり、
あの動きを見る限り、相当な戦力になる事は確か。
彼が俺達にどういう利を見出したのか、まだ判らないが良しとするか。
そう無理矢理納得し、頷く俺の肩を軽く叩いて、背を向けて入り江の方へと
数歩歩くと立ち止まり、思い出したかの様に、イレイザは俺に対して礼は言ったか?
と、…なんだそりゃ。礼はリフィルを鍛える事でする。そうなった事を伝えると、
右手を軽く振り、ま、気をつけな。と。何か格好良い去り方したが…、
頭の上の海草が全てを台無しにしている彼と別れ、
海岸沿いを港町の方へと歩きながら、あの言葉の意味を考えているが、
何に気をつけろと。狡猾と言われる彼が、何かを危惧しているのか…。
その悩みはすぐに解決する事になり、帰りにまた海を眺めているイレイザと出くわし、
声をかける…何か考え事をしている様ではある。
海を見たまま、黙り込みただその場に立っているので、俺も少し眺めていた。
「…。ユウタ、貴様も愛する者を奪われて…どうだ奴が憎いか?」
海を見て考えていた事だろう、それを俺に尋ねてきた、まぁ、憎いわな。
うん。確かに憎い、必ず殺してやる。その意志は間違いなくある。
だが、それ以上にアリアとの約束の存在が大きいと。
彼女の背に向けてそう、答えると…体が少し震えている様に見えるが…。
「貴様と私は似たような境遇にあるが、少し違う」
俺の方ほ振り向いた彼女の眉間にはシワがよって、怒り…いや、戸惑いか。
そんな彼女が言うに、俺との相違点。守るモノの有無。
…右手を顎につけて軽く頷くと、彼女は自分の胸に右腕をあてがい、
歯を食いしばり、今度は恐れ…だろうか、そうだな、彼女自身がそう言った。
守るべき者を失い、あるのは憎しみのみ。何より、理由はどうあれ、
俺がフイルドを殺したと言う事に変わりなく。
時間が立つにつれ、彼の存在は大きくなり、そこに道理とかそう言ったモノの
介入する余地が無くなってきてしまっている。と。
再び、海の方に体を向け、水平線では無く、眼下に波打つ海中へと視線を向ける。
「いずれこの憎しみが、奴では無く、貴様に向くかも知れない。ならばいっその事」
待ておい。海へと一歩踏み出したイレイザを俺は抱きとめて、反対側へと押し倒し、
彼女の両腕を掴み流石に怒る。そんな事されたら俺どうすりゃいいんだと。
互いに何もいえないのか、重なる様に岩の上で押さえつけた俺の背に砕けた波の潮が
ふりかかってくる。
暫くして耐え切れなくなったのか、離せと声を荒げて身を振り乱し、また海へと。
彼女なりに、俺を想ってくれての事だろうが、これは迷惑だ!とばかりに
後ろから両脇を押さえて岩場から引きずる様に身を振り乱す彼女を引き離す。
「離せ!離してくれ…頼む」
そう言うと、今度は泣き崩れてしまい…女心は荒れ模様というかもう…嫌。
確かに彼女は俺と違い、守る…ん? あるじゃないかよおい。
それを伝えると、駄目な様だ。昨日初めて鍛えたが、感情を抑えきれずに
ヘタをすれば殺してしまうかも知れないと。…んがー。
なまじ感覚に優れているから、そういったモノが人よりも良く判ってしまうのだろう。
それが時として、化物染みた先読み性能にもなり、今みたいに自分を傷つける諸刃の剣か。
どうする、どうすれば彼女を助けられる。…何故か、考えても見なかった事が
意志とは裏腹に口から漏れ、驚いたのか、彼女は俺の方を見上げ暫く呆然とするが、
軽く鼻で笑って立ち上がり、なめられたものだ。と言って港町へと帰って行った。
何か、死亡フラグ自分でおったててしまった気がしなくもなく
背中で冷や汗がナイアガラの滝の様に流れているのを必死で隠し、強気な表情のまま、
港町へ戻っていく彼女を見送ったわけで…。
ん?何を言ったか?…殺せるものなら殺してみろ、俺もリフィルもそこまで弱くは無いと。
何かもう…自分で仕掛けた罠に自分ではまった様な、
リフィルを巻き込んで申し訳ない気分だがまぁいいと。
その時、俺は自分の性格がわりとお気楽である事を悟った。
同じく港町に帰る最中、横手に広がる水平線を眺めつつ、
彼女より強くなればいいだけの話だ、と、呟いた。
もっとも、俺達と今の彼女の実力差は月とスッポンどころか、太陽とゾウリムシぐらいあるが。
その差を埋められずして、ガイアスを倒す事など出来もしないだろう。
思わぬところから、強くなる決意を固める事となり、
もしかしたら、ガイアスはこれを狙って彼女に見向きもしなかったのか?
とも思えた。
そして、数日が経ち。新しくディエトを加えた俺達は、この大陸の東部、
リーエンドの森へと向かう事となる。




