3-6
あの二体に怯えたのか、コロッセオに次から次へと入ってくるヤマアラシの
化物が途端に止んだようだが、それ以上に強く厄介な事が矢継ぎ早に。
望まない力。俺の未来を奪い去った力、その力で二体の内、一体を容易く片付けると、
気が付いたイレイザが、戦闘中でも全く彼女から感じられなかった殺意・殺気。
それが、明らかに俺へ武器と共に向けられている。
乾いた暑い風に、リフィルが起こしたのだろう凍気の屑、ダイアモンドダストが舞っている
中、イレイザは恐らく、俺とガイアスを勘違いしているらしく。
それを察したのか、リフィルが俺の前に立ち、イレイザに向けて白い剣、ゼロブランド
を向け人違いだと言う事を告げるが、聞く耳持たず。ゆっくりと歩み寄ってくる。
「完全に我を失っているぞ。どうする、ユタ」
剣を身構えながら、俺に視線を向け尋ねてくるが…どうしようも無い。
彼女自身が気づいてくれない事には…。互いに顔を見合わせている隙をついて、
彼女が一足に飛び込みフレイルを左上から振り下ろす所をリフィルを抱えて
彼女の左前へと回り込み回避するが、相変わらず全身に目でもついてるのか
と、そう思える反応の速さ。振り下ろしたフレイルを右足で蹴り軌道を無理矢理
左に回りこんだ俺の腹へと、抱えていたリフィルが剣の腹で受けるも、
フレイルの性質上、受けは通用せず、受けたリフィルの頬を掠め、僅かに血が流れた。
「貴様…邪魔をするな!」
風鈴の様に涼やかで物静かなイレイザはそこには居ない。最早別人と言っていい程に
豹変した彼女は、一度間合いを取り直し、リフィルに激昂する。
「落ち着け。ユタは、違う!」
抱きかかえる俺から身を乗りだして、否定はするが、それは届かず。
再び間合いを詰める彼女に対し、俺はフランヴェールの腹で彼女の胴を薙ぐ、
身体的性能差は天と地程の差はあるだろう。あの時の俺とガイアス。
フイルドと俺達の戦いから考えれば。然しどうやって感じ取っているのか、
彼女は軽く跳ね、両足を剣の腹へつけ、フレイルを俺の顔へと打ち込み、
払われる剣の勢いを利用して、俺の剣の間合いから飛びのいた彼女。
それに行動に対し思わず出た剣と言葉。リフィルを傷つけるなら、容赦はしない、と。
リフィルは驚いて俺を見上げている様だが、そんな余裕も時間も無い。
次の攻撃に備える為、彼女を降ろし後ろへとかくまうと、少し前に出て
身構えるが、彼女が後ろからやめろと言ってくる。
止められるなら止めたいが…、そうはいかないらしく。
当の本人は殺るき満々と言った所で、その表情はあの時のガイアスの様に、
歪な笑みを浮かべている。互いに一歩ずつ歩み寄り、武器の制空圏という奴だろうか、
それが触れるや否や、彼女のフレイルが右上より振り下ろされ、
受けが通じないならと、彼女の右へと回り込むが、またアレだ。
フレイルを左足で蹴り無理矢理軌道を変えてくる、一度見た事もありそれを
屈んで避け様とする俺に向けて、一瞬彼女が笑んだ様に見え、
今度は全身の力で跳ね、またしてもフレイルの軌道を無理矢理変え
頭上から俺の頭目掛けて振り下ろしてくる。 余りの変幻自在っぷりでどこで
どう軌道が変わってくるのか判らない。そんな渾身の一撃が頭に命中してしまう。
だが、さしたる痛みも無く。自分が既に人では無いと再認識させられた事に心が痛む。
「どうした、狼の魔獣。あの血に飢えた殺気はどうした」
彼女は奥で首が無くなった虎の化物の方を見て、百獣の覇王を瞬く間に殺せて何故
私は殺さない。何故、私だけ生かした。貴様はどれだけ私を苦しめる、と。
後ろから、リフィルが半ば怒りながら違うと言っているが、まるで聞いていない。
いや、俺にしか意識を集中していないのだろうか。
そんな、どうしようも無い現状を割って入る様な吼え声、どうやらフイルド。
百獣の王のご帰還の様だ、後方で鈍い着地音が聞こえた途端、
リヴェルト達が時間稼ぎに戦っているのだろう。ハザトの槌が地面を穿つ音、
弾かれたのか、ナイフが地面に落ちる音が聞こえる。
ゆっくりと立ち上がり、後ろが気になりつつもイレイザを止めない事にはと、
視線は彼女から離せずに身構えた直後、全身に痛みが走り時間が尽きてしまった。
余りに激しい痛みの為、地面に這い蹲るの頭の上から影が落ちる。
くそ…。痛みで動く事も出来ずにいる俺の頭に、
何の躊躇いもなく突き下ろされるフレイルは、真横からリフィルの剣によって弾かれ、
そのまま、リフィルはイレイザを突き飛ばし俺の前に立ち、イレイザを止め様とする。
何かリフィルが言おうとしたのか、判らないが、それを遮る様に俺は後ろから何かに掴まれ、
同時にイレイザまで掴み、上空高くへ跳躍すると先程開いた穴へと投げ入れられ、
落ちる最中、イレイザを抱き止めて頭を俺の胸元へと押し付ける。
少なくともまだ元には戻っていない。叩きつけられた衝撃は俺なら耐えられる筈。
穴へと落ちる瞬間、リフィルの叫び声が聞こえるが、追う様に後ろから迫ってくる
フイルドの蹴りに遮られた。
鈍い音と共に、再び乾いた冷たい風が漂う薄暗い地下へと叩きつけられ、
視界は舞い上がった砂煙で遮られる。 なんとか間に合ったらしく、背中から
落ちはしたものの、生きてはいる様だ。イレイザも無事。
それを確認した直後、俺達の目の前に奴が降り立ち、歯を食いしばり両腕を広げている。
一体…。
「イレ…イザ、早く」
自我が半ば残った…そうか。さっき落ちた衝撃で彼の自我が僅かに勝ったのか…。
彼が自身に埋め込まれた獣の細胞を精神力で抑え付けているのだろう、
食いしばり耳まで裂けようかという口から剥き出しになった歯の隙間から血が垂れ、
血涙すらも…目? そういえば…どう言う事だ?
「フイルド!」
俺の両腕を払い、一息に彼の首を叩き折ろうとしたのだろうが、それも空しく
全身全霊を込めたフレイルの一撃が彼の太い首を捉えた瞬間、砕け散る。
ようやく痛みが治まり立ち上がると、小声でクリスに迫撃の準備を頼むと、
それに反応したのか、例の対凍結対衝撃ジェルが体を包んでいく。
「フイルド…すまない。私は…私は!」
成す術も無くなった彼女は地面に拳を打ち付け、ただ怒りをぶつけているが、
どうやら俺に対して意識がそれて彼へと向けられている。
俺は、意識があるフイルドに対し、今、楽にしてやると。
それに気づいたのか、イレイザが俺を殴りつけてくるが、対衝撃ジェル
の所為か全く効きやしない。こういう使い方もあるのか…。
その一撃の大きさを悟ったのか、フイルドは右手を大きく払い、彼女を奥の壁へと
叩き付け、彼女の方を少し見て気絶したのを確認すると、俺の方に視線を戻し両腕を広げ、
誰かは判らないが、代わりに彼女をその力で奴から守ってやってくれないか、と。
…。奴、というのは痛い程に誰か判る。何より、他人とは思えない彼の頼みを断れる
筈も無く…、頷いた。
「充填100%…撃ち方、始め」
剣を鞘に納め、上下が開き、口の様に開いたクロスボウを両手で構え彼へと向ける。
ふと、気になった事があり最後に彼に尋ねると、体が化物化した際に
彼もまたあらゆる物を奪われた事を知る。
イレイザとの幸せとはいかないだろうが…、添い遂げられる未来。
そのイレイザの目を奪った事に対する、自身への戒め。
奪われた戒めの代わりに押し付けられた望まぬ力と…視力。
望まぬ力と視力が見せた、彼女を傷つけてまで守った妹を、
自ら喰い殺す惨状を抵抗すら出来ずに見せられ。
それから続く罪悪感に苛まされる地獄の日々。
…。
「今…楽にしてやる」
歯を食いしばり、溢れ出る感情を必死に抑え、トリガーを引き、
恐らくは空へ向かって一直線に貫いただろう。
射出口から放たれた白い光は周囲を瞬く間に凍結させ、打ち砕き天井を大きく穿つ。
正面から発生したエネルギーと衝撃波で俺は大きく後方に飛ばされるが、
白い閃光に飲まれ逝く彼は穏やかな笑みを浮かべている様に見えた。
…。激しく壁に衝突したが、対衝撃ジェルのお陰でなんとも無い。
が…、打ち出した威力が余りに大きく、この場所では耐え切れなかったのか、
鈍い音が、段々と大きくなり、地響きが起こり出す。
それに気づいたのか、気絶したイレイザが立ち上がり周囲を見回したその顔に力は無く、
開かない目から涙を流し、彼の名を呼び続けている。
ここも長居出来そうに無い。 立ち上がり彼女へと駆け寄り掴もうとするが、
掴もうとした左腕は打ち払われ、怒り…いや、憎しみか。それが俺へと向けられている。
「貴様は…貴様という奴は…。こ…これは」
何か急に彼女は迷いが生じたのか、俺に対して何故、左腕があると。
ああ。そういやアイツの左腕はリフィルが…。
チャンスとばかりに、戸惑う彼女に、俺もフイルド同様、あらゆる物を奪われ、
あんな化物の力を無理矢理与えられた、と。
「…そうか。そうだったのか…」
俯く彼女の頭上目掛けて、崩れた天井が降り注いで来るのに気づき、
彼女を抱きしめ大きく前方に飛び込むが、間に合わなかったのか…くそ。
左足を瓦礫の下敷きにしてしまったが痛みはある。潰れて切れたりはしていない
様だ…。
「ユウタ! 待っていろ」
全身の力で押しのけ様としているが、重量が重量。無理だろう。
然し、この程度の瓦礫をどける事は容易いのは良く判っている。
慌てる彼女を余所に再び、頭の中で狼を描くと次第にあの内臓をこねくりまわされている
かの様な痛みが走り、それが次第に収まり、再びなりたくも無い姿へ。
大きな瓦礫を容易く跳ね除け…どうも本当に人間から遠のいたらしい。
骨が砕けているだろうと思っていた足が治っている。
そのまま、彼女を抱きかかえ、崩れていない安全な所へと運ぶと、
まだ600秒も経っていないというのに、全身に痛みが走り、元の姿へと戻ってしまう。
こりゃ一体…。 判らないが…どうにも脱出手段を失ってしまった様だ。
痛みが和らいできたのか、仰向けになり頑丈そうな天井を見て、大きく溜息をつく。
「ユウタ。すまないな、貴様も被害者だったのか…」
…。何故だろう。同じ境遇の末路を見た所為か? 俺も、俺を助けてくれる
強い者が欲しくなったのか? 判らない。意志とは裏腹に、
未来から来た事は除き、彼女に打ち明けてしまった。
暫く、崩れ往く音だけが響き渡り、それが収まったのか静寂が訪れる。
「…以前、話したな。人は牙の代わりに逃げる知恵を得たのでは無いかと…」
俺を抱え込んで、天井を見えない目で仰ぐ彼女は、
もし、逃げる知恵を持たない者が牙を得たとしたら、それは人では無く獣だ。
だが、己の意志で逃げる事を拒み、牙を持ったとしたら、それは何者だろうか…と。
そんな大層な者でも無いと軽く笑うと、彼女は俺へと視線を向け、
それはいずれ判る。逃げ続けた果てにあるだろう弱さと言う悪。
それを悪と断定した時、俺なら答えを出すのかも知れない…と。
余りに持ち上げられ、どう答えていいものかと、頭をかきつつ視線を彼女から
そらしていると、彼女は立ち上がり、手にしている壊れたフレイルを俺に向けた。
「誓おう、成すべき事を成した時、
これ以上苦しまぬ様、ユウタ、私は貴様を即座に殺す」
そう言うと、天井へと再び視線を戻し、それが私に出来る唯一の礼だ、と。
それに対し、ありがとう。と言うと、だけど、それは君の役目では無いが、
代わりにリフィルを鍛えてやってはくれないか、
彼女は気づいていない。いや、まだ教えては耐えられない。然し、それを行う義務
を背負っていると。
「白銀の剣。ゼロブランドを持ったが故に…か。判った。
見た所、鍛え甲斐のありそうな娘だ。それをもって礼としよう」
再び、礼を言うと、彼女に脱出はどうするのか、それを尋ねると、
この闘技場は、闘士と闘士が戦うだけでは無く、獣と罪人が戦う事もある。
看守の万一を考えて、出口は無数にあると。…成る程。
それを聞くと、立ち上がりイレイザの後をついて行くと、
無事、日の目を見る事が出来た。 遠くでは、残っている化物と戦いながら
俺とイレイザの名を呼んでいるリフィル達。それに答えると、
彼女達は駆け寄ってきた。
その後、数日をかけてタルワールの住人達全てを眠りにつかせる事に成功し、
町の入り口に立ち、ゼロブランドを構えたリフィルが、
俺達をいつもよりも遠くへと下がれと、相当広範囲に渡る凍結を行うのだろう。
50mぐらいか、それぐらい俺達は離れると、小さくなって余り良く判らないが、
リフィルが地面にゼロブランドを突き刺すと、周囲の熱を奪い取り、
瞬く間に町全体が氷に覆われていく。
この温暖な気候に見合わない巨大な氷の城。とでも言えばいいのか。
乾いた暑い風にのり、不釣合いなダイアモンドダストが舞う。
全員を埋葬している時間は無く、今はこれで…。全員が想っている
そんな中、リフィルがこちらに戻ってきて、俺は一つ、初めからこうすれば楽だった
んじゃないかと尋ねると…。リフィルに合わせて、イレイザと俺を除いた
皆が口を合わせてこう言って笑い出した。
「馬鹿者、それではイレイザが報われないでは無いか」
そういえば、そうだと自分で納得し、軽くイレイザに頭を殴れるも、
彼女は俺にまた一つ言葉を告げた。狼の牙は狙った獲物を逃さない。
それは飢えからであり、時として群れの誰かを奪われた時。
彼女は言う、獅子が百獣の王。虎が百獣の覇王と呼ばれるならば、
狼は餓王であると同時に牙王でもあると。
願わくば、俺に餓王にはならず、
奴の喉笛を喰い千切るまで追い続ける百獣の牙王となってくれ。
そう言って傍を離れていった。
そして、俺達は一路、ツェリカへと戻るが…予想すらしていなかった事態に巻き込まれ、
クリスに思いもしなかった事を告げられる事になる。
第3章 ビーストチェイサー 終




