第22話:思わぬ再会
翌日、王城にヒューゴと連れだって来訪したアイリスだったが、すぐに一人になることになった。
ヒューゴが気を利かせたのだ。
「王へのお礼と婚約報告は俺がしてくる。それでいいな?」
「ええ、お願い」
王との対面など想像するだけで気が重くなる。
情けないとわかっていたが、すべてヒューゴに任せることにした。
「では、控え室で休んでいるといい。暇なら中庭を散歩したらどうだ。王の自慢の美しい庭園がある」
「そうさせてもらうわ」
ただじっと座って待っているのも気詰まりなので、アイリスは廊下にでた。
中庭のある回廊に向かうと、さんさんと光の降り注ぐ庭園に出た。
「わあ……すごい……」
丹精込めて育てられた色とりどりの花々が咲き乱れている。
中庭にはベンチもあつらえてあり、アイリスは腰掛けるとじっと花々を見つめた。
静けさに満ちた穏やかな時間が流れる。
アイリスは静かに目を閉じた。
ようやく体から力が抜け、いかに自分が緊張していたかわかる。
(婚約パーティーではずっと気が張っていたから……思ったより疲れているのね、私)
改めて思い返すと、ヒューゴと再会してから想像もしていなかった日々を送っていた。
(ヒューゴと形だけとはいえ、婚約して城主の女主人になって……)
(侍女がいて、美しい服を着て、王城を訪ねたり。信じられない。ついこの間まで、屋敷で罵声を浴びながら下働きをしていたのに……)
アイリスはふう、と息を吐いた。
(私、これからどうなるんだろう……)
自分のために使ってくれた百万ギニーを返す目処はたっていない。
(何かできることを探そう……)
思っていたよりも疲れていたのか、アイリスはうとうとしてしまった。
ハッときづいたアイリスは慌てて立ち上がった。
(どれくらい寝ていたのかしら。早く戻らないと!)
アイリスは早足で廊下に戻った。
急いで控え室に向かっていると、一人の男性とすれ違った。
「アイリス!?」
いきなり声をかけられ、アイリスは驚いて振り向いた。
「テオ様!?」
見覚えのある穏やかそうな顔、茶色の髪と目。
そこには二年前、結婚を申し込んできたテオ・リーブスが立っていた。
八歳年上なので、今は二十七歳のはずだ。
凜々しい騎士服を着ており、腰に携えているのは立派な長剣だ。
(そうだわ、この方も騎士だった……)
「なぜきみが王城に?」
テオが戸惑うのも無理はない。没落した令嬢が、王城などに来るとは夢にも思わないだろう。
「あ、あの私、婚約をして、それで王にご報告を――」
「婚約!?」
テオがフッと笑う。
爽やかな表情は消え失せ、どこか嘲けるような笑みが浮かんでいる。
「……っ」
不穏さを感じたアイリスは、反射的にじりっと後ずさった。
「奴隷のきみが?」
アイリスはびくっとした。
なぜテオがそのことを知っているのだろう。
だが、答えはすぐに出た。
「見ていたよ。闇オークションできみが百万ギニーで競り落とされる様を」
「あ……」
黒い仮面をつけた闇オークションの客たち――その中にテオもいたのだ。
おぞましさに鳥肌が立つ。
テオが距離を詰めてくる。
「キャラダインに競り勝った大金持ちはいったい誰なんだい?」
「……っ!」
ぐいぐいくるテオから逃れようと、アイリスは踵を返した。
だが――。
「あっ!」
強く手首を握られ、アイリスはうめいた。
「放してください!!」
アイリスが救いを求めるように周囲を見渡したときだった。
「何をしている!!」
マントをはためかせ、足早にこちらにやってきたのはヒューゴだった。
テオが驚いたようにアイリスから手を離す。
「ヒューゴ・ナハト……! まさかきみが!?」
「テオ・リーブスか。我が婚約者に何の用だ?」
凄まれて、テオはハッとしたようにアイリスから離れた。
ヒューゴが険しい目で見つめると、テオがにやりと笑った。
「まさかきみが百万ギニーなんて大金を?」
ヒューゴはすぐさま事情を察したようだ。
「おまえもいたのか、あの場に」
「意外だな……。爵位をもらったばかりの若造が……! また王から褒賞を賜ったのか? ご機嫌取りは得意だものな!」
テオが吐き捨てるように言い放つ。
「おまえはてっきりディアナ姫を手に入れ、王宮入りを企んでいると思ったが……」
テオが嫌な笑いを浮かべる。
「まさか没落した令嬢を買い取るとはな……! 言っておくが、その女はもう聖女の力は持っていないぞ」
「気安く人の女を指差すな、ゲスが」
火を吐くような勢いでヒューゴが吠えた。
だが、テオは怯まなかった。
それどころか、顔を真っ赤にしてわめき始めた。
「おまえがなぜ、伯爵なのだ! 本来ならその爵位と領地は僕がもらうはずだったのに……!」
アイリスはハッとした。
テオは男爵で領地を持っていない。
更なる高位の爵位を手に入れようと目論んでいたのだろう。
「俺がふさわしいと王が判断なされたんだ。悔しければ、貴殿も武勲を立てるといい」
ヒューゴの冷ややかな言葉に、テオがぎりっと歯をくいしばる。
「この平民上がりの野良犬が……! 馬鹿な男だ! 聖女の力を手に入れてのし上がろうと思ったようだが、計算違いだったな!」
テオはアイリスをまっすぐ指差した。
「その女は無能! ただの貧乏令嬢だ!」
勝ち誇ったテオの頬に、白い手袋が叩きつけられた。
「なっ……!」
テオだけではなく、アイリスも目を疑った。
「ヒューゴ……!」
「我が婚約者を侮辱した罪は重いぞ、テオ・セオドア!」
アイリスはごくりと唾を飲み込んだ。
(手袋を顔に……それって……)
「は! 決闘か! いいだろう!」
テオが屈辱に顔を歪める。
相手の顔に手袋を投げつける行為は、決闘の申し込みを意味するのだ。
「決闘!?」
「決闘ですって!」
「ヒューゴ様とテオ様よ……!」
騒ぎを聞きつけた侍女や使用人、兵士たちが集まってくる。
「すぐに王にお知らせして!」
「立合場の準備だ!」
一気に城内が騒がしくなる。
「リ、ヒューゴ……! 決闘なんてやめて!」
ヒューゴはすがってくるアイリスの手を払った。
「婚約者を侮辱されたんだぞ! そのツケは払わせる!」
「で、でも、テオ様も強い騎士で……!」
王国屈指の三大騎士団の一つ、ハイマウンテン騎士団の副団長を務めていたはずだ。
「おまえの名誉は俺が守る」
「そんな……っ! いいのよ、私の名誉なんて――」
言いかけたアイリスの顎を、ヒューゴがそっとつかんだ。
「おまえはそのままで価値がある! 俺が証明してやる!」
ヒューゴの燃えるような金色の瞳に圧倒され、アイリスは口をつぐんだ。




