第21話:宴のあと
無事に婚約パーティーが終わり、来客を見送ると、アイリスはヒューゴに声をかけられた。
「明日、王城に報告に行くぞ。無事婚約パーティーを終えられたこと、贈り物のお礼を伝える」
「きちんとしているのね、ヒューゴ」
アイリスは少し驚いた。
爵位を持つ騎士として当然のことだったが、アイリスの中のヒューゴはどうしても幼い頃の面影が強い。
周囲に噛みつき、団体行動などとてもできない――そのイメージがこびりついている。
「当たり前のことだ。それに……俺は武勲続きで急激にのし上がった平民の成り上がりだからな。特にまめに王城に顔を出すようにしている」
「そうなの?」
「頻繁に領土争いを含む戦いが起こっているから、王としては強い家臣がほしい。だが、野望を持った家臣は危険だ。反逆するかもしれない」
「そんな――」
想像以上にシビアな答えに、アイリスは声をつまらせた。
「今はそこまで心配しなくてもいい。だが、治世が乱れ民衆の不満が募ったり、王位を譲るなど、大きな転換期には、何が起こるかわからない」
「……」
「王としては自分に忠実な家臣を増やし、しっかり手綱を握っておきたいんだ」
アイリスはごくっと唾を飲み込んだ。
ヒューゴがそこまで考えて行動していたとは思わなかったのだ。
言われてみれば、謁見したときも王は常にヒューゴを観察しているようだった。
「だから、呼び出しがあればすぐ馳せ参じ、まめに王城に顔を出しておくと信頼を得られる。こちらとしても、疑心で殺されてはたまらないからな」
怯えた表情のアイリスに、ヒューゴはくすっと笑う。
「大丈夫だ。俺は使える駒として利用価値がある。王とて、よっぽどのことがなければ俺を手放そうとすまい。たとえば――姫と結婚したいなどと野心を燃やさない限りは」
「ああ……そうなのね」
自分を婚約者として急いで紹介していた理由に得心がいった。
それほどまでに、ディアナ姫の恋心は誰から見ても危ういほどに燃え上がっていたのだろう。
王が気づかないわけがない。前回、牽制のような言葉を投げかけたほどだ。
「大変、ね……」
そんな間の抜けた返答しかできない自分が嫌になる。
(華々しい活躍をして重用された騎士――そんな一面しか見ていなかった……)
ヒューゴは想像以上に厳しい世界で、綱渡りをするようにして生きている。
(私は……本当にぬるま湯育ちで……)
つらい目に遭ってきたし、命の危険もあった。
だが、自分は流されるままだ。
(私も変わりたい……自分の運命を自分で切り拓きたい……)
アイリスはハッとした。
(もしかして、ヒューゴもこんな気持ちだったのかしら。私に買われて屋敷にいるときに……)
選択の余地はなく、言われるままに屋敷で働くことになったのも束の間、気まぐれで追い出された。
だからこそ、城に引き取られたのを契機に、騎士として必死で生きていこうとしたのだろう。
「あなたはすごいわね……」
「何か言ったか?」
アイリスの呟きはヒューゴの耳に届かなかったようだ。
アイリスは静かに首を横に振った。
「いいえ、何も……」
ヒューゴがちらっとアイリスの左手の薬指を見る。
「指輪、つけてるんだな……」
「え、ええ。ダメかしら?」
「いや、それは婚約の証だから……」
てっきり怒られるかと怯えたアイリスに、ヒューゴがため息をつく。
「おまえは俺が怖いんだな……」
「……っ」
思わずアイリスは言葉に詰まった。
ヒューゴが苦い笑みを浮かべる。
「当然だな。だが俺は……変わっていきたい」
ヒューゴがそわそわと視線をそらせる。
「……?」
「俺は……」
軽く息を吐き、ヒューゴがアイリスをまっすぐ見つめた。
「俺は、おまえとちゃんと婚約したいんだ」
「えっ……」
ヒューゴの目は熱っぽく潤んでいた。
(それって、もしかして……)
アイリスがドキドキしながら見つめ返すと、ヒューゴの顔が真っ赤になった。
「いや、いい。忘れろ」
ヒューゴがぷいっと顔をそむける。
「とにかく、明日王城に行くから用意をしろ」
早口で言うヒューゴに、アイリスはうなずいた。
「わかったわ」
アイリスは微笑んだ。少し、ヒューゴとの距離が縮まった気がした。




