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第14話:姫との馴れ初め

「お、俺が話す!」


 ヒューゴが慌てたように横から割って入ってきた。


「いいわよ、どうぞ」


 ディアナがくすくす笑う。

 ヒューゴが咳払いをした。


「えっとだな、初対面でうっかりやっちまったんだよ。ローゼンダスク騎士団にいたとき、団長と一緒に戦果の報告に城に来て、俺は厩のそばで待機していたんだ」

「従騎士だったとき?」


「ああ。五年前だからまだ騎士見習いのときだ」

「ふふ。あなたは初々しかったわね」


 当時のことを思い出したのか、ディアナが微笑む。


(十六歳のときのヒューゴ……。どんな風だったんだろう……)


 屋敷を出たあとのヒューゴの八年間をアイリスは何も知らない。


(いつか聞きたいわ……)


「俺は王城も初めてで……ふらふら近寄ってきた相手が姫って知らなかったんだよ」

「ちょうど城内を散歩していて、すごく綺麗な馬がいたから見に行ったの」


 ディアナが屈託のない笑みを浮かべる。


「黄金色の馬で素晴らしかったわ」

「団長の馬で、西方の珍しい馬だ」

「私、すごく怒られて……」


 ディアナがくすっと笑った。


「馬に近づくな、って怒鳴られて、慌てて謝ったわ」

「団長の大事な馬にわけのわからない小娘が近づいてきたから思わず……」


 ヒューゴが当時のことを思い出したのか、苦い表情になる。


「なのに、こいつと来たら目を輝かせて馬について尋ねてきて……」

「だって、とても珍しい馬だったから。それに私、嬉しくて……。同年代の男の子に、ざっくばらんに話しかけられるなんてなかったから」


 ヒューゴが自棄(やけ)になったのか、焼き菓子をバリバリ食べる。


「それ以来、城に行くたびに話しかけてきやがって……」

「ふふ。ローゼンダスク騎士団がいつ来るか、ちゃんと把握していたの」


「姫と知ったときにはもう二年も経っていて……」

「騎士の叙任式のときの驚いたヒューゴの顔、まだ忘れられないわ!」


 ディアナが楽しげに笑う。


「ずっと楽しみにしていたの。あなたをびっくりさせるのを」

「おかげで記念すべき叙任式だっていうのに、ほとんど上の空だったんだぞ」


 むくれるヒューゴを、ディアナが愛しげに見つめる。


(仲がいいんだな……)


 もう五年来の付き合いと聞いて、改めて二人の親しげな様子に得心がいった。

 ディアナがアイリスを見る。


「二人の馴れ初めも聞きたいわ!」

「えっ」

「二人はどうやって知り合ったの?」


 興味津々にディアナが見つめてくる。


「えっと……」


 どう説明したものか、とアイリスが口ごもると、ヒューゴがあっさりと言ってくれた。


「昔馴染みだよ。俺の元主人」

「主人!?」


 ディアナが驚いたように目を見開く。


「どういうこと? 彼女の方が年下よね?」

「俺は十一歳のときに、こいつに買われたんだよ。知ってるだろ。俺が元奴隷で貴族の屋敷にいたって」


「え、ええ。でも、あなたを買ったのは侯爵だと聞いていたわ」

「金を出したのは実質侯爵でも、俺を『買う』と言ったのはこいつだ」

「そうなの……」


 ディアナが驚いたようにアイリスを見つめる。


「俺がパンを盗んで殺されそうになったのを助けようとしたんだ。俺は元罪人で奴隷なんだよ、姫さん」

「ヒューゴ……」


「あんたにゃふさわしくない、ってこと! 一国の姫だと自覚を持ちなよ」

「わかってるわ……」


 ディアナの顔から笑みが消えた。

 まるで花が(しお)れるかのように、しょんぼりとするディアナは痛々しかった。


 恵まれた出自に容姿、誰もが憧れるであろうディアナが急に哀れに思えた。


(彼女は何でも持っている。でも自由だけはない……)


 姫ともなれば、その婚姻は国政に関わる。

 自由に相手を選べるわけがない。政治的な婚姻となるのが必然だ。


 他国との絆のために嫁ぐか、有力な貴族と結婚して国力を上げるか――だいたいはその二択になる。


(まるで見えない鎖に繋がれているみたいに……)


 ディアナが気を取り直したように顔を上げた。


「でも、好きだと思うのは自由でしょう?」

「ダメだ。あんたは政治の道具で強力な切り札。成り上がりの騎士なんぞにかまけるのはトラブルの元だ」


「で、でも……。ヒューゴは爵位を持ったし、このまま出世街道を歩んで英雄になったら……可能性はゼロじゃないでしょう?」

「ゼロだ。こんな育ちが悪い人間の血を王家に入れられるわけないだろ。よしんば家臣を選ぶとしても、由緒正しい血筋の男でないと」


 ディアナが再びうつむいてしまう。


「それに何度も言っているが、俺には婚約者がいる」

「じゃあ、せめて友達でいて……」

「……」


 ディアナが無言のままに訴えかける。

 その必死な姿は姫ではなく、ただの女性の姿だった。


「いいでしょう? 皆、私から一歩引いてしまうの。あなたみたいに率直に話してくれる人なんていない!」

「いや、俺よりもっとふさわしい奴なんていくらでも――」

「あなたがいいの!」


 きっぱり言い切るディアナが眩しい。


(この人は自分の気持ちが明瞭で、まっすぐだわ……)


 流されるままにこの場にいて、これからどうしたいかもわからない自分とは全然違う。

 絶対に引かないという意志のみなぎったディアナに、ヒューゴが観念したようにため息をついた。


「チッ……わかったよ。でも、外向きにはちゃんとしてくれよな」

「わかってるわ。でも、今みたいな時間をたまに作ってほしいの。私が姫じゃなくて、ただのディアナになれる時間を」


「……善処する」

「絶対よ!」

「はいはい、わかったよ。姫様」


 ディアナが満足げに微笑む。


「彼って時々すごく意地悪でしょ?」


 ディアナに問われ、アイリスは思わず力強くうなずいてしまった。


「おい」

「でもね、彼はちゃんと約束は守ってくれるのよ」


 ディアナがアイリスに近づいてきた。


「私、あなたがとても羨ましいわ。私、あなたになりたかった……」


 ずきん、と胸が痛む。


(こんな……奴隷にまで落ちた私なんかに……)

(それほどヒューゴが好きなのね……)


 アイリスは何も言えなかった。


「言っておくが、俺はいずれこいつと結婚する。不貞を疑われるような真似はしない。あんたと二人きりになるのは無理だからな」

「わかっているわ。でも、アイリス嬢も一緒なら構わないでしょう?」


 ディアナがにこりと微笑みかけてきた。


「同い年なんですってね。お友達になってくれたら嬉しいわ」


 あまりにディアナが眩しく、アイリスは思わず目を伏せてしまった。

 あんなに恋い慕う男の婚約者にも笑顔を向けられる胆力の強さは、とても真似できない。


「喜んで……。ディアナ様」


 アイリスは心から言った。

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