第13話:ディアナ姫
二人が案内されたのは、広々としたバルコニーのテラスだった。
近衛兵と侍女によってテーブルと椅子が運ばれ、てきぱきと茶会のセッティングがされていく。
いよいよ姫との対面だ。
アイリスの緊張はピークに達した。
「あの、私もいないといけない? お邪魔だったら――」
逃げ腰になるアイリスをヒューゴが淡い金色の目で睨む。
「いいから、おまえはそばにいろ! 俺の婚約者だろう?」
「そうだけど……でも、姫のご機嫌をそこねるのでは……」
「関係ない。俺の婚約者はおまえだ」
「はい……」
どうやら逃げられそうにない。
アイリスはしょんぼりと椅子に腰掛けた。
しばらくして、テラスに一人の女性が現れた。
(わあ……)
誰に紹介されなくてもわかる。
見事なストロベリーブロンドの髪をした、輝くように美しいその女性がディアナ姫で間違いないだろう。
(美しいとは聞いていたけれど、これほどとは……)
まるで女神のような神々しさと、親しみやすい優しい笑顔が眩しい。
呆然と見とれていると、ヒューゴが立ち上がったので慌ててアイリスも続いた。
ヒューゴが胸に手を当て、優雅に礼をする。
「これはご機嫌麗しゅう、ディアナ姫」
アイリスも慌ててドレスの裾をつかみ、一礼した。
「久しぶりね、ヒューゴ」
ディアナは微笑んだが、その表情はほんの少し固い。
明らかにヒューゴの隣にいるアイリスの存在に動揺しているのが見てとれる。
それでも、ディアナは凜とした姿を崩さなかった。
「そちらが婚約者の方?」
「は、はい! アイリスと申します。以後、お見知りおきを」
アイリスは慌てて再び頭を下げた。
「可愛らしい方ね。それにとても美しいわ」
「過分なお言葉、恐縮です」
アイリスは輝くような美しさをもつディアナに圧倒されていた。
(確か同い年のはずだけど……私なんかとは全然違う)
(こんな素敵な方に見初められて、平然としていられるものなの?)
アイリスは驚きをもってヒューゴを見た。
ヒューゴはよそ行きの笑顔を浮かべ、ディアナの優美な姿に微塵も心を動かされている様子はない。
(信じられないわ。殿方なら誰しも心を奪われるような方なのに……)
逆にディアナの表情はどんどん暗く、切迫してきた。
もじもじと両手を絡み合わせる。
「あの、ヒューゴに話があるの。二人きりになれないかしら」
「で、では私はこれで――」
これ幸いと場を離れようとしたアイリスだったが、しっかと手首をつかまれた。
ヒューゴの大きな手はとても振りほどけそうにない。
ヒューゴはディアナを見つめたまま、笑顔を浮かべた。
「困りますね。私は婚約者がいる身です」
ヒューゴがまっすぐディアナを見つめる。
「誤解を招くような行動は慎むべきかと」
「……っ」
ディアナが明らかに傷ついた表情になった。
アイリスは二人の間でおろおろするしかなかった。
「では、アイリス嬢もご一緒に……。お茶を用意させるわ」
すぐさま侍女たちによってお茶とお菓子がテーブルに並べられた。
「……」
アイリスはそっとカップを手に取った。
(気まずいわ……私は完全に邪魔者よね……)
「もういいから、皆下がりなさい」
ディアナの一言に、周囲にいた侍女たちがテラスから出ていく。
その慣れた様子から、ディアナがいつも人払いをしているのだとわかる。
(ヒューゴは信頼されているのね……)
待ちかねたようにディアナが口を開いた。
「ねえ、ヒューゴ。いつものように話して!」
ヒューゴがティーカップを起き、大きくため息をついた。
「ご勘弁ください。私にも立場が……」
「め、命令……よ!」
ディアナが勇気を奮いたたせるように声を上げる。
そして、すぐ懇願に変わった。
ディアナがすがるようにヒューゴを見つめる。
湖水のような瞳は潤み、桃色の唇が震えていた。
「ううん、お願い……」
あまりのいじらしさに、アイリスは見てはいけないものを見せられている気分になった。
だが、ヒューゴは平然と菓子を口にしている。
必死にすがる美女を前に、なぜこんなにも平然としていられるのかアイリスには理解できなかった。
しばらくして、根負けしたのかヒューゴが口を開いた。
「わかったよ、困った奴だな」
「……!」
砕けた口調になったヒューゴに、アイリスはぎょっとした。
王族に対する言葉とは思えない。
だが、ディアナはパッと顔を輝かせた。
「ふふ……あなたはそうでなくっちゃ」
「ったく。ここは王城だぞ。あんたにこんな口利いてるとバレたら、俺の首が飛ぶ」
「大丈夫よ。父や側近はもう知ってるわ」
「は?」
「あなた、王族をなめているわ。私が誰とどんな風に話しているのか、筒抜けよ」
ヒューゴがふうっとため息をつく。
「参ったな……じゃあ、最初から?」
「ええ」
「……っ」
ヒューゴが頭を抱える。
「大丈夫よ。あなたは私に対して優しいし、戦果を積んできた立派な騎士よ。国に対して忠実であれば、咎められるようことはないわ」
「はあ……」
ディアナがアイリスに目を向けてくる。
その緑がかった青い目は優しかった。
「驚いたでしょう?」
「え、ええ」
アイリスは素直にうなずいた。
「あの、おふたりってどういう関係なんですか?」
「ただの騎士と姫だ!」
ヒューゴが慌てたように叫んだが、アイリスはディアナだけを見つめていた。
「ふふ、そうよね。不思議に思うわよね。ヒューゴから何も聞いてないの?」
アイリスが首肯すると、ディアナがにこりと笑った。
「そうね、馴れ初めから話したほうがいいかしら」




