第12話:王の印象
「……っ」
あまりの王の迫力に、アイリスは反射的に体を固くした。
口の中は既にからからに乾いている。
だが、ヒューゴは想定していたのか落ち着いた様子で答えた。
「とんでもございません。私などとてもお眼鏡に適うような人間ではございません。王もお人が悪い」
「そなたのような英雄は姫を所望するのではないかと思ってな」
「お戯れを。とんでもないことでざいます。考えたこともございません」
ヒューゴは笑顔を貼り付けたまま、淡々と答えを返す。
アイリスは生きた心地がしなかった。
まるで虎と獅子の間に挟まれているかのようだ。
二人は笑顔で言葉を交わし合っているが、その内容のきわどさはアイリスにも重々伝わってきた。
王は見定めようとしているのだ。目の前にいる威風堂々とした青年が、王位を狙う逆臣なのかどうか。
王がフッと口元を緩めた。
「美しい婚約者が隣にいるのに冗談とはいえ不躾だったな。許せ」
「我が婚約者に対するお誉めの言葉、ありがとうございます」
ヒューゴは目を伏せ、深々と頭を下げる。
ヒューゴの殊勝な態度に、王が満足げにうなずく。
「では後ほど私からの祝いを届けさせよう」
「ありがとうございます」
「帰る前にディアナに顔を見せてやってくれ。もちろん、婚約者殿も」
「承知致しました」
アイリスはヒューゴの腕にしがみつくようにして謁見の間を出た。
足元がふわふわして、何も考えられなかった。
廊下に出ると、アイリスは大きく息を吐いた。
体から力が抜け、慌ててヒューゴの腕をつかみ直す。
思い切り寄りかかっても、ヒューゴの鍛え上げた体は揺るぎもしない。
「緊張したか」
「ええ、とても。……怖かったわ」
王の鷹のような目を思い出し、ぞっとする。
(大国の王って……あんなにも恐ろしいのね)
王の采配一つで自分の首など軽く飛んでしまうのだ。
返答一つ間違うだけでどうなるかわからない。
凄まじいプレッシャーに、アイリスは挨拶するだけで精一杯だった。
「そうか。慣れればどうということもない」
あっさり言うヒューゴにため息が漏れる。
彼もやはり、傑物だった。
臆することなく、堂々と王と渡り合っていた。
「それはあなたがすごいからよ……」
「そんなに消耗したか。まあ、直接会うのは今回くらいだ。今後は俺一人で拝謁する」
「お願い……」
情けないことだが、アイリスは根を上げた。
よれよれのアイリスを見たヒューゴがくすっと笑う。
「このあと、ディアナ姫にも会うんだぞ。しっかりしろ」
「え、ええ……。姫は父君に似ているの……?」
「安心しろ。全然似ていない。慈愛のディアナ姫、と言われるお優しく聡明な方だ」
「そう、よかった……」
とはいえ、相手は王が溺愛しているという姫だ。
失礼は許されない。
(ちゃんとしないと……)
アイリスは自分を奮い立たせた。
「茶と菓子を用意してもらおう。少しは気が紛れるだろう」
思いがけない言葉にアイリスは驚いた。
(なんでそんなに優しいの……?)
(しっかり婚約者を演じさせなくてはならないから?)
だが、今のアイリスはすがるものが必要だった。
アイリスはお守りのように、しっかとヒューゴの腕をつかんだ。




