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『リ・バース』第一部 第8話 Gjallarhorn⑦


          *   *   *


「カタラフィーディ!」

 ライガの放った霊力(オーラ)の鞭を受けると、狼の姿をした魔物ワーグは空気が漏れ出したかのような唸り声を上げて倒れ伏し、動かなくなった。「弱すぎる……」と呟き、術を解除する。

 気のせいではなかった。森に生息する魔物たちは、この間合同訓練で戦った時よりも明らかに戦闘力が落ちている。あたかも、弱体化(ウィークニング)──六つに分類されるステータス全てを、魔物学(グリモロギア)的な指標で数値化した時の通常(ノーマル)から半分に下げる魔術──が施されているかの如く。

 いや、さすがに通常時の半分以下、というのは誇張しすぎかもしれないが──。

(魔術に()らなくても、瞬間的に強さが落ちる事はある)

 ライガは、ジオス・ヘリオヴァースに於ける戦闘の基礎中の基礎を心の中で繰り返した。

 人間に対してはあまりそうと見做す事のない状態異常(バッドステータス)として、大きなダメージが短時間で蓄積された時に発生する「怯み(フリンチ)」がある(人間にはあまり使わないのは、戦闘職以外の者でも日常生活の中でしばしば発生させる”感情”である事、戦闘時に於いては魔物に対しての人体の脆弱性から、そこまで大きな損傷を肉体に受けると大抵の場合即死する事が理由だ)。一瞬の硬直を伴うものだが、これの行動遅延(ディレイ)と異なる点は瞬間的な全ステータスの低下だ。

 実戦では本当に一瞬の現象なので、怯みは長い間状態異常とは見做されず、それが起こっている間に魔物の状態がどう変化しているのかも考えられた事がなかった。近年になって、研究熱心な専門家が生物実験を行い、測定に魔導具(リゼルヴァス)までを使って初めてこの事が明らかになった。

 先程からライガがアパデマクたちと共に相対した森の魔物たちは、その「怯み」が瞬間的ではなく、長時間に渡って続いているような状態だった。考えてみれば、攻撃の積極性も失われていたようだ。

 ライガは辺りを見回し、短時間で蜂蜜溜まり(ミエル・ルーシュ)で呼び寄せて倒した魔物たちを再び眺める。先日も多く討伐したワーグやアックスビークは、既に合計で十匹前後が仕留められていた。

 普段騎士団がするような狩りであれば、単なるラッキーで済ませられただろう。しかし、先日のシャンタクの出現という前例があるだけに、ライガには「またこの森で異変が起こっているのではないか」といった嫌な予感をどうしても拭い去る事が出来なかった。

(普通じゃない魔物の出現っていうのは、有り得なくはない話だぞ)

 やはり何かを感じているのか、頻りに警戒するような低い声を零し続けているアパデマクたちに視線を移し、ライガは思った。

 魔物たちの本来の性格が、人間の敵対者として存在するというプログラム的な役割から(あまね)く獰猛であり、プライドや縄張り意識が強いものである事は今更言うまでもない。それだけに魔物が怯えを見せる事は、自分たちよりも確実にステータスの上で(まさ)った相手に対してしかない。

 アルフォンス曰く、先月帝連領内で起こった異常な霊的災害の件数は、調査完了の報告が上がったものだけでも二百を超えていたらしい。自警団や現地の軍が処理する小規模なトラブルを除いて、明らかに平時であれば起こらないような事案だけで二百件だ。これらの統計と、前回この森で起こった異常としてシャンタクを倒した時からの期間(スパン)を鑑み、ここでもまたそれらに連なる魔物の発生があったとしても何もおかしくはない。

 そのような事を考えていると、

「おい、そこの者!」

 不意に、木立の奥から声が飛んで来た。

 ぎょっとしてそちらを見ると、騎士の鎧に身を包んだ青年が二人、こちらに向かって歩いて来るところだった。二人とも、蛍光色(フルオレセイン)のマントを靡かせている。フェート騎士団の魔剣士だ。

「ギルドの承認を受けた冒険者か?」

「俺?」

 ライガはそこで、自分が今身に着けているものが私服だという事を思い出した。

 咄嗟に脳内で、謹慎中に無断外出をしている事が露見するリスクと、冒険者だと偽って冒険許可証(クエストフォーム)の提示を求められるリスク双方を秤に掛けた。後者の場合、当然ながらライガはそのようなものを持っていないので、何故嘘を()いた、などと問い質される事になるだろう。

 そこで改めて事情を説明しても、関係各位に確認が取られ、騒ぎが面倒な事に発展するだけだ。そう判断し、ライガは「違います」と答えた。

「俺は帝連軍、フォルトゥナ騎士団ですよ! 今はその、あー……えっと、休暇中です。それで、自主トレーニングをね」

「ふむ……」

 フェートの騎士二人はやや訝しげにアパデマクたちに視線をやったが、すぐにこちらに向き直って「ならば」と言った。それは、疑いを晴らしたというより、今ここで余計な事にかかずらっている暇はない、というかのようだった。

「ならば、別の場所でやってくれ。今この森は、我々フェートが作戦行動中だ。危険な目に遭いたくないのなら、すぐに立ち去るように」

「作戦?」

「知らぬのか。ユークリッド市内の一般人にも、追加の連絡があるまで森には立ち入らぬようにと警告が行っているはずなのだが。しかし、まあいい。貴様が怠慢で情報を聴いていまいが、これで今は知ったな? ならば、そういう事だ。只今森は立ち入り禁止だ、直ちに出て行け」

 強引な言い方に、ライガはややむっとした。

「事情を説明して頂きたい。それもなしに出て行けでは、一般人に対する勧告であっても横暴の誹りを免れませんよ」

「何だと──」

 片方の騎士は呟くと、眉を潜めて睨みつけてきた。

「貴様、本当に帝連軍か? だとすれば、本作戦の実施について知らないのは自己責任だ。軍律に(まつろ)う者として怠慢であるとすら言えよう。皆、昨日の時点で通達されている事なのだぞ」

 ならばくどくどと言わず、一言「作戦」とやらの内容について教えてくれればいいではないか。ライガはそう思うと同時に、憤るべき相手が違うと分かっていながらも腹が立ってきた。

 ──怠慢だって?

 無意識に、剣の柄を握る拳にぐっと力が込もる。

 まさか「作戦」とやらの実施について、参加しない者にまで全員にHMEでの連絡が行ったとは思えない。恐らく、城の掲示板か何処かに貼り出されたのだろう。それを自分は、見なかったのではない、見られなかったのだ。ここ一週間、自分はずっと軟禁されていたのだから。

 不当な処罰だ。そして誰も、それを止めなかった。にも拘わらず、そのせいで軍内の「皆」が知っていて当然の事を知らなかった──否、()()()()()()だけで、何故怠慢呼ばわりされねばならないのだ?

「分かりましたよ」

 ライガは、乱暴に言い捨てた。「邪魔にならなければいいんでしょう」

 アパデマクたちに「行こうぜ」と呼び掛け、身を翻す。先程考えた通りなら、この森にはまた強力な魔物が発生しており、フェートの者たちが行おうとしているのは大方その討伐だろう。気に食わない(あしら)われ方ではあるが、わざわざ彼らの口から説明して貰うまでもない。

 が、その時、

「何だ、その態度は!」

 自分たちの方から立ち去れと言ってきた癖に、一人の騎士はそう言って呼び止めてきた。

「はあ?」

 振り返った瞬間、籠手(ガントレット)を装着した手で肩を掴まれた。

「貴様、新人だな? 上官に対する口の利き方を教えてやる」

 そして、思い切り頰を殴られる。背が低く、身軽なライガは不意討ちに足を踏ん張る事が出来ず、一瞬宙に浮かされて湿った土の上に仰向けに引っ繰り返った。

 (かろ)うじて、受け身は取る事が出来た。アパデマクたちはぎょっとしたように跳び退(すさ)ってから、フェートの二人に向かって低く唸り声を発する。ライガは、よせ、と彼女らを諫めた。

 さすがに使役獣(ブリード)が騎士を襲ったなどとあっては洒落にならない。その点はしっかりと理性を働かせながら、心の中では軍人のテンプレートのような事しか言わない騎士たちに呆れていた。このような者たちに「上官」を名乗られるのか、と考えると馬鹿馬鹿しくなってくる。

 言い返す気は、殴られた瞬間からとうに失せていた。彼らは倒れるライガを蔑むように見下ろし、きびすを返した。

「こりゃフォルトゥナの教育係にも、指導要領の見直しを要求しなきゃいけないかもしれんな」

 捨て台詞を残し、騎士二人は去って行った。

「クウー?」

 大丈夫か、と尋ねるように、アパデマクたちが鼻を摺り寄せてくる。撥ねた泥を舌先で舐め取られ、そのくすぐったさに思わず笑みが零れる。それで、荒んだ気分が幾分か和らいだ。

「メルシー、アン、デュー、カトル。……全く、酷い連中だよな。なまじっか位の高い立場に居ると、やたら下に対して威張りやがる」

 先日オルフェに私刑を加えていたイェスネットの息子たちの事を思い出し、ライガは顔をしかめた。

 起き上がり、少し考える。それから、「そうだ」と手を打ってアパデマクたちに顔を寄せた。

「なあ、いい事を思いついた。俺たちで、さっきの連中が倒そうとしている魔物を先に狩っちまおう。この先、この間のシャンタクみたいな強い魔物がどんどん出てくる事になるっていうなら、今のうちに練習しておくに越した事はない。俺さ、もうセプトみたいな事が起こるのはごめんだからさ」

 そうだろ? と尋ねると、アパデマクたちは──やはり意味を解した訳ではないだろうが──「グルルルッ!」と鳴いた。

「よし、じゃあ手分けしよう。カトルとデューは西側を、アンは俺と東側を捜索しながら森の奥に進む。目標を発見したら、遠吠え(ハウル)で知らせ合う。お前たちなら、仲間の遠吠えの聞こえた座標を正確に把握する事が出来るからな。

 それと、カトルとデュー。もし俺が居ない場所でそれらしい魔物を発見しても、絶対に先に攻撃はするな。茂みとかに隠れて追跡しながら、俺とアンが合流するのを待つんだ。……というより、捜索中もなるべく姿は隠すように意識しろ。フェートの連中に見つかったら、野生と間違われて狩られてしまう可能性もあるからな」

 当然ながらアパデマクはこの森には生息していない魔物だが、現在は従来の魔物の分布情報は当てにならない。

 カトル、デューは「了解した」というように一声鳴くと、ライガの指示した方向へと勢い良く駆け出した。ライガはアンを見下ろし、

「じゃ、俺たちも行こうぜ」

 と促した。

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