『リ・バース』第一部 第6話 Claymore②
② ライガ・アンバース
「ウカノフ、お前は采配に徹しろ。聖光士を討つのは、この私だ」
赤峨王イスラフェリオは言い、副官を下がらせる。
彼の巨体の輪郭からは、ゆらゆらと陽炎のような揺らぎが立ち昇っていた。彼は魔剣士──降霊術者としての一面を持つ者でありながら、戦闘時に文法を含め攻撃魔術そのもので攻めてくる事は殆どなく、その能力は全て身の丈程もある大剣ドミナシオンを振るう為だけに使用された。
彼の固有降霊術は、纏鎧術と呼ばれるものだった。文法の無属性汎用魔術・強化の上位互換のような術で、霊力を身に帯び、身体能力と武器の威力を共に極限まで向上させる。
イスラフェリオが鉄骨程も重量のあるドミナシオンを軽々と振るい、一撃必殺の戦術を得意とするのはこの為だ。当然彼の斬撃は、こちらの剣で受け止める事は──たとえ同系統の両手剣でも──出来ず、出力を向上した防御魔術で防ぐか回避するかしかない。
「九年前までと変わっていないようだな、イスラフェリオ」
リクトが、低い声で彼に語り掛けた。
「どのような魔術をも、力で捻じ伏せて突き進む」
「帝国ではそれを、正々堂々と呼ぶらしいな。或いは、騎士道精神と」
イスラフェリオの言葉は、その存在を信じている者の台詞ではないように感じられた。禁術に手を染めた自分にその事を憤る資格などないが、ライガは騎士の中の騎士であるリクトが侮辱されたようでやや不快に感じた。
「根っからの軍人なのだな、貴公は。政治家──パフォーマーという柄ではない」
リクトは、あくまでも冷静に返した。
「強引に行うだけでは、政とは立ち行かぬものだぞ。ジフト・ビギンズから政権を簒奪した貴公の父が──ブラウバート・イスラフェリーがどのような末路を迎えたのか、先例を見ていながら」
「故に私は、雌伏の時を経ねばならなかった。真に長かった……まさに、一日千秋と呼ぶに相応しかった。その間に私は、公国の再興の為に力を蓄えた。人員を、技術を、領土を……カヴァリエリは決して大きな都ではないが、我々の反撃の時まで同志たちを養う土地にはなってくれた。
リクト・レボルンス、帝道を踏み外した男よ。貴様は九年の間に、随分と柵を背負い込みすぎたらしいな。貫禄が出て、狡猾そうになった。さすがは、親友すらも踏み台にして英雄となっただけの事はある」
イスラフェリオの台詞に、リクトが身を硬直させたのが分かった。
ライガは一瞬、彼が何を口にしたのか分からなかった。頭の中で情報を整理しようとし、はっとして眼下のリクトを見つめる。
失われた、ヴァイエルストラスの惨劇以降の記憶。その中から、ごく短い一部分だけが拾い上げられた。それは帰らずの地の深い森の中で、仰向けに横たわる自分がリクトに言い放った言葉だった。
──お前は、俺の人生を壊したんだ。
(俺……一体何を……?)
「ライガは……隕命君主は、あの時死んだ」
リクトは、動揺を噛み殺すような籠った声で応えた。
「彼は、もう報いを受け終えた。これ以上、死者の平穏を奪うような事はやめろ。何故、彼をそっとしておいてやらない?」
(リクト、お前は……)
「『灰』のある限り、彼の罪は真の意味で世界に許される事はないだろう」
ウカノフに続き、イスラフェリオもまた謎の「灰」という言葉を口にした。
「だが、我々はその罪も含めて、彼を欲しているのだ。リクト・レボルンスよ、貴様は耳当たりのいい言葉を並べ、自己正当化を図っているな? 貴様は、その剣を以て彼を呪縛から解き放ったと自らに言い聞かせているのではないか? 死後も『灰』となり、周囲に死を撒き散らした彼の怨念から弊目して──」
「黙れ!!」
唐突なリクトの怒声に、彼を見守っているライガすらもびくりとした。
彼はきっと視線に殺気を込め、イスラフェリオを睨みつける。日頃温厚な彼の激しい怒りに、ライガの鼓動はどくどくと速まった。
何がそれ程、彼を怒らせたのだろう──。
「お前に、彼の何が分かる!? 彼がどんな気持ちで、死んでいったのか……彼が僕に、何を残したのか。たとえこの場で僕を追い詰める為だとしても、彼の死を貶めるような言動は僕が許さない」
ここまで激情を露わにしたリクトを、ライガが見た事がなかった。それは昔、確かに自分とリクトは、当然のように感情をぶつけ合うような喧嘩をした事もあった。だが、この彼の怒りは、そういった事とは全く異質なものだった。
「……お喋りは終わりだ」
イスラフェリオはやや意外そうに彼を見た後、矢庭に声を低めた。
「なるほど聖光士、貴様の中では今でも、かつての貴様が死んでいないと見た」
「確かめてみろ、赤峨王」
リクトは言うや否や、イスラフェリオが動くよりも先に剣先を突き出した。そのまま飛び掛かるかと思われたが、そこはやはり感情的になっても、決してそれに呑み込まれて判断を誤るような彼ではなかった。
彼はトゥールビヨンを相手に向けたまま、詩文を詠唱した。
「熾光よ、陸離と綾成し、この一太刀に宿らん! ルミナスブレード!」
光属性文法の、斬撃系統技だった。対するイスラフェリオは、肉体と剣の輪郭を縁取る霊力の光を強め、剣技の構えに入る。
「怨神傾山斂!」
大剣ドミナシオンが、上段に振り被られた。彼らよりも遥か上方に居るはずのライガにも、それは振り上げられた勢いでこちらの身を両断するのではないか、という危機感を抱かせる。無論幾らドミナシオンが巨大だからといって、さすがに間合いがこの距離──地上五メートル弱──まで及ぶ事はないのだが、それでもそう感じさせる程の迫力があった。
リクトの光の剣が放たれた瞬間、イスラフェリオの斬撃がそれを粉々に打ち砕いた。あたかも、本物の剣をその重量で叩き折るかのように。
魔術破壊。敵の魔術に自らの魔術をぶつけて行う通常の相殺ではなく、一方的に相手の魔術の効果を打ち消す技術。それは、修得した者であれば魔術のみならず、自らの剣技や体技でも行える。
最初にリクトはイスラフェリオの戦闘スタイルについて、「どのような魔術をも力で捻じ伏せて突き進む」と表した。それは、彼の纏鎧術によって強化された斬撃に魔術破壊の効果が付与されている事を示すものだった。ジフト戦役の際には、彼は属性魔術の最高技ですら通常出力では破壊可能だった。
しかし当然、リクトは彼が魔術破壊を行うであろう事は予測していたようだ。文法が破壊されるや否や、彼は振り下ろされたイスラフェリオの剣に対してヤーラルホーンの音色を奏でた。
五線譜が、ドミナシオンの刀身に巻き付いた。その音色を構成する霊力が、纏鎧術のそれとぶつかり合い、じわじわと相殺する。
イスラフェリオが、おや、というように眉を潜めた。その隙にリクトは、右手のトゥールビヨンを振り被っている。
「虹依殿・月宮!」
三連撃技。左右の袈裟斬りと、垂直斬り下ろし。
それだけでは、思い切りドミナシオンに叩きつければ砕け散るのはトゥールビヨンの方だっただろう。しかし、リクトは更に、三撃目に入る寸前までに魔素の出力向上魔術を使用し、詠唱を完結させていた。
「ダイナミックヒート!」
──英雄の呼び名は、伊達ではない。
ライガは改めて、そう感じさせられた。リクトの繰り出したコンボは、文法→降霊術→剣技(片手直剣)→再び文法──という流れだった。攻撃のカテゴリが異なる技は、技後硬直の制限を突破して連続で放つ事が出来る。理論上はそうだが、それを現実に可能とする事は難しい。リクトがその一繋ぎの流れを成立させた時間は、最初に彼が光の剣を発動してから僅か十秒程度だった。
彼のセンスには、自分の知らない間に一層の磨きが掛かっている。しかし、その上でイスラフェリオも、黙ってやられはしなかった。




