『リ・バース』第一部 第5話 Return with Reborns⑨
突き出されたウカノフの掌が青白く発光した。次の瞬間、そこから粘度を感じさせる紫色の奔流が迸る。それはさながら、ある種の植物系の魔物が使用する毒化魔術のエフェクトを思わせた。
その連想は、誤りではなかった。飛び散った液体の雫が近くを走っていたファタリテの兵士に掛かり、今し方のウカノフの掌と同じ青白い発光を生じて消える。その兵士はうっと呻き、金属防具に包まれた胸を押さえると、その場にがくりと頽れて悶え始めた。
その顔が、みるみるうちに青褪める。あっ、と思った時には、既に雫を浴びた兵士は息絶えていた。その様は、シュラの放つ瘴気が引き起こす「死に至る病」のようだった。
──猛毒。これが、ウカノフの固有降霊術か。
「リク──」
叫びつつ障壁因子を展開しようとしたライガだったが、リクトはウカノフのこの能力について事前に情報を持っていたのか、対処は冷静だった。
ヤーラルホーンを奏でて例の螺旋状の音霊を発生させ、肉薄する毒の奔流を巻き取る。それを遥か上空まで飛ばし、やがて点になって見えなくなるまで待ってから術を解く。
その時点でウカノフの降霊術は効力が切れたのか、それが再び地上へと落下してくる事はなかった。
なるほど、そういう事か、とライガは納得する。一滴浴びただけで即死するような猛毒だ、障壁因子などで防いだら飛び散り、周囲に大被害を発生させるだろう。迂闊な事をしなくて良かった、と心臓が竦む思いをしたライガだったが、それでは集団戦に於いて、リクト以外にこの攻撃を防げる者は居ないという事ではないか、と思った。
刹那、リクトが唐突にこちらを振り向き、
「ブラキオプネウマ!」
腕状霊魂を出現させた。それはライガを横抱きに抱え上げ、リクトとウカノフの頭上に浮き上がらせた。
「ガラル、君はそこで待っていてくれ」
リクトは言う。こちらの事を咄嗟に「ライガ」と呼ばなかったのは、さすがの精神力と言えた。
「この相手は危険だ。君を守りながら戦うのは、私でも難しい」
それは、ライガが正体を隠したまま──即ち使用する魔術を制限したまま渡り合える相手ではない、という意味だった。ライガは素早く察し、無言でこくりと肯く。正直なところ歯痒くはあったが、この相手との戦いならば自分よりもリクトの方が適している。
ウカノフの降霊術を防げるのが彼だけである以上、尚も自分が彼をアシストしなければ、などと考えるのは傲慢な事だった。
「スヴェル!」
ウカノフは微かに苛立ちを滲ませ、また古代魔術と思しき魔術を使う。空属性文法の吹雪を一点に集中させたような冷気の弾がこちらに飛来し、リクトに招喚された腕状霊魂を打ち砕こうとするが、
「プリズムライトレイ!」
リクトが七色の光線を放ち、それを相殺した。ウカノフが彼に視線を向け直す時には、既に剣技を発動しつつ飛び出している。
「彗星衝!」
「アームスヴァルトニル!」
──全体この男は、幾つの属性に適性を持っているのだろう?
今度は、どうやら闇属性のようだった。漆黒の水溜まりのようなエフェクトが展開されると共に、そこから無数の狼に似た獣の影が現れ、リクトの四肢に喰らいつこうとする。
リクトの振り下ろしたトゥールビヨンは、剣技をキャンセルしない絶妙な具合で狙いをウカノフからその獣の影たちに移していた。影たちの真ん中に光属性の剣技は叩き込まれ、それらの大部分を粉砕する。しかしその行動によって、剣技は発動を完了し、彼には技後硬直が残った。
そのタイミングを、ウカノフは狙ったようだった。
「トールスバーナ!」
それが、例の猛毒を射出する降霊術の名だった。リクトの剣技を繰り出す一瞬前に魔術を放ったウカノフの技後硬直は、既に終了している。剣を振り下ろしたまま、上半身の防備が皆無となっている彼に、毒化術の奔流が容赦なく襲い掛かる。
──リクトからは、手出しはするなと暗に告げられたばかりだった。しかし、この期に及んで黙って見ている事など、ライガには出来なかった。
あの猛毒も降霊術の産物であるのなら、元は霊力──霊魂だ。ならば、自分の手に負えないという事はないだろう。
(苦き死よ、来れ!)
ライガは斜め下方向を目掛けて死霊化術を発動する。あとコンマ数秒でリクトに浴びせ掛けられるところだった猛毒は、それを施されるや否や空中でぴたりと動きを止め、やがて赤黒く変じながら紙が燃え尽きるように細かく分解されて大気中へと消えて行った。
リクトが動けないタイミングであった以上、ごまかしようがなかった。
ウカノフも一瞬驚いたような顔をし、すぐに今起こった事が何であったのかを悟ったらしい。ゆっくりと頭上に居るこちらを見上げてくる。
ぎりぎりで技後硬直が終わり、一か八かで防御を行おうとヤーラルホーンを掲げかけていたリクトが、はっとしたように彼の視線を追って顔を上げた。
「ガラル!」
まだ彼には、自分を「ライガ」と呼ばない自制心が働いているようだった。しかしそこまでが、彼の限界だった。
「君は、何もするなと──」
「聖光士よ」
ウカノフが視線を戻し、追い詰めたと言わんばかりに歯をちらつかせた。
「その層状孤児に宿った魂とは、やはり非忘却者のものなのだな? そしてその者の過去世は──死霊化者であった訳だ」
「リムゲイ・ウカノフ! お前は……!」
リクトが叫びかけた、まさにその時だった。
ドーデムらの戦っている辺りで、悲鳴と共に騎兵たちが馬諸共ばたばたと薙ぎ倒された。ライガもリクトもウカノフも、揃ってそちらを向く。
直後、爆発音と共に土煙がもうもうと上がった。ドーデムの駆るティシュトリヤは怯んだようにその場で足踏みをするが、騎手が動揺を表に出したのはほんの刹那の事だった。
ドーデムは自らを奮い立たせるかの如く吠え、馬を叱咤すると、蛮勇を振るって土煙の中へと突っ込んだ。
「樹花頭馘裂!」
彼の曲刀が、ペン回しの如く軽々と回転し、三日月型の斬撃を無数に飛ばす。地属性剣術の中では珍しい、軽さとスピードに特化した剣技。それは土煙を切り裂き、そこに居る者の姿を一瞬暴いた。
が、その者は途端に反撃を繰り出した。金属質な光芒が、風圧の中に混ざって巨大な車輪の回転を思わせる銀環をそこに出現させる。
その中に、聞き覚えのある声を聞いた。
「鳴動山禍!」
「何……!?」
ドーデムの剣技が、ことごとく弾き飛ばされた。彼は狼狽の声を上げ、それでも尚果敢に突進を掛けたが、相手は唸るような空気の震動音を響かせ、剣技の続きを繰り出す。それは、ドーデムの技が相殺すら許されず、一方的に蹂躙されたという事を意味していた。
ティシュトリヤが、防具に鎧われた太い首を刎ね飛ばされた。馬は自らが死んだ事にも気付かない様子で、その場で動揺したように後ろ脚だけで立ち上がり、やがて首の断面から噴水の如く血を噴き出して横ざまに倒れた。
ドーデムは落馬し、水飛沫を上げて川の中へと呑まれた。
「ドーデム様!」
エッガが叫んだが、彼も怯えているようで駆け寄ろうとはしない。ティシュトリヤを血祭りに上げた敵は、手にした得物をさっと振って血払いをすると、潮の引くように自分から離れて行ったファタリテの魔剣士たちの間を悠然とした足取りでこちらに進んで来た。
ライガにはその武器が、はっきりと見えた。ライガの背丈を優に超える大剣──彼の称号の由来となったもの。使用者に感応しているのだろうが、切れ味のまるで感じられない錆色の刀身を持つそれは、剣というより鉄塊のようだ。
「遊んでいる場合ではないぞ、ウカノフ」
徐ろにその口が開かれる。
「血が騒いでいる……なるほど戦いの愉悦とは、このようなものであったな。この間の私は、それをまだ思い出せていなかった。しかし──」
「現れたか……!」
リクトが、唇を噛みつつトゥールビヨンの先端を相手に向ける。
敵はウカノフのすぐ横まで進み出て来ると、恐るべき腕力で片手持ちした両手剣を一閃した。風圧がリクトの赤色のマントを靡かせ、ライガを宙に浮かせる腕状霊魂を後方に押し流しかけた。
「赤峨王……遂に出てきたな」
リクトが低い声で言うと、
「久しいな、リクト・レボルンス。そして……ライガ・アンバース」
ジフト公国第一皇子イスラフェリオ・イスラフェリーは、大剣ドミナシオンの切っ先を真っ直ぐこちらに向けた。
第五話「Return with Reborns」はこれで終了です。やはりこう人物が多いと、一度の登場から長い間放置状態になるキャラが出るのには仕方ないものがあります。現在は第九話の部分を執筆していますが、ライガたちはそこまでイブン、キルヒムと再戦しません。次回はイスラフェリオとの(ストーリー上の)第一回戦で、その後間にまた過去編が挿入されるので……
ところで、今回ウカノフの使用する古代魔術は、まだ「転生しない異世界シリーズ」の共通設定が固まらないうちに書いた『ブレイヴイマジン』や、キャンパスノートに書いた未公開小説で登場した特殊な魔法の数々を回収する為の設定です。基本的に、北欧神話関連の固有名詞がついた魔法は「古の魔法(本作に於ける古代魔術)」として扱われていますが、火属性系統の通常技に「神々の遺産」があるのは初期設定の甘さですね……ブレイマで、とある人物が「古の技」として「咆哮せし魔獣」を使用していますが、逆にすれば良かった。黒魔術に殆ど効果が同じ「深喰の歯牙」があり、古代魔術は「黒魔術にも等しい高度な術式」と書いてしまったのでもう直せません。
こうして整理してみると、『リ・バース』は藍原センシワールドの魔法的な設定について再定義するという性格を持った物語かもしれません。攻撃技以外であれば適性属性以外の魔術でも修得しやすい、といった事柄も、ふと「魔法設定をスターシステム化するなら過去作品に高位者が居すぎる事になるな」と思ったので設定に追加しました。とはいえ、ライガも後天的に全属性魔術を練習の末に修得しているので、適性がなければ絶対に使用出来ない、という事でもないのでしょう。この辺りはポケモンの「タイプ」と「わざ」のようなものだと考えて頂ければ。
例によって長い「後書き」ですが、この辺りで切り上げます。次回からも引き続き宜しくお願いします。




