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ぎこちない者同士で、始動する

茉莉(まつり)が職員室に行くと、担任に先客がいた。

放課後、今日が日直だった茉莉は学級日誌を職員室に持ってきたところだ。

担任に渡すだけーーなのだが、割って入れるような雰囲気ではない。

入り口前で立ち止まり、茉莉は中に入るのを躊躇(ためら)った。


三十代前半くらいの女性の担任が話しているのは、茉莉のクラスメートの女子だ。休み時間はよく教室で勉強をしたり、茉莉と同じように読書をしている姿を見かける。

名前は確かーー


「あら、(たかむら)さん」


担任が茉莉の存在に気付いたらしい。担任と女子生徒の会話が中断されたため、茉莉は、失礼しますと言って担任の席まで行った。


「日誌ね、お疲れさま。ーーあ、ちょうどよかった」


茉莉から学級日誌を受け取った担任が、何か思いついたような声を上げた。

「篁さん、文芸部に興味ない?」

「文芸部……?」

突然の誘いに茉莉は思わず聞き返す。

この学校は部活動の強制はなく、また掛け持ちも出来るところだ。部活動に対する取り組みは比較的(ゆる)い。

茉莉ははなから部活に入ることを考えていなかったため、戸惑ってしまった。

「まだ部活としては成り立ってないんだけど、顧問は私が引き受けるから、後は五人以上人を集めればいいの」

「はあ……」

熱心に言う担任に曖昧(あいまい)な返事をした茉莉は、横目で女子生徒を見た。彼女は俯いていて、担任とは反対に気乗りしない様子に見える。

「で、今のところ二人集まったからーー」

「勝手に決めないで下さい」

決して大きくはないがきっぱりとした声で、女子生徒が言った。

彼女は余裕がない感じで、少し驚いた茉莉に気付く様子はない。

「私は関係ありませんから」

突き放してはいるものの根は真面目なのだろう、女子生徒は担任に一礼してから帰っていった。


           ※


「待って。ーー富田(とみた)さん!」


小走りで女子生徒を追いかけていた茉莉は、彼女の背中に向かって叫んだ。

職員室で会った女子生徒ーー富田は、止まることはなかったが明らかに歩く速度を落とした。

茉莉が富田の真後ろまで追い付くと、彼女はようやく歩みを止める。


「……何ですか?」


富田が、かけている眼鏡の奥の瞳を細めて聞いた。一つに低く束ねた髪、きちっと着こなしている制服。まるで校則の手本のような女子生徒だ。


「これ渡して、って(もり)先生が」


茉莉は冊子を差し出した。空色の表紙に『つばさ』とタイトルがついている。

富田に渡すよう担任の森に頼まれた、二十年前の文芸部の部誌だ。それだけの年月が経っているため多少変色はしているが、大切に保管されていたのだろう、状態はよい。


部誌を見た富田の目が輝いた。表情も緩み、さっきまでのピリピリとしたオーラも柔らかくなっている。

幼子(おさなご)のような純粋な喜びを見せる富田に、茉莉は微笑ましく思った。

が、富田ははっとした様子で、再び表情を硬くする。

「…………いりません」

まるで覚悟を決めたかのように言い、富田が顔を背けた。

「……いいの?」

それが富田の本当の想いなのかを問うつもりで、茉莉は聞く。

「この部誌もーー文芸部のことも」

富田が軽く睨むように茉莉を見た。茉莉は動じることなく続ける。

「これを見た時の富田さん、すごく嬉しそうだった。だからーー」

富田のため息が、茉莉の言葉を遮った。


「お節介なんですね、あなたも」

「え……?」

「私のことなんか、ほっとけばいいのに」


富田の物言いは、自身を卑下(ひげ)するようなものだった。辛そうに彼女は顔を歪めている。

でしゃばってしまった自分の反省と、それ以上にもっと彼女のことがほっとけなくなってしまった葛藤(かっとう)で、茉莉は言葉に詰まる。


「茉莉」


背後から風真(ふうま)が来ていた。

「……(なに)か、大事な話してた?」

風真は茉莉と富田の重苦しい様子を見て取ったのだろう。

「えっとーー」

茉莉が答えようとする一方、富田はこの場から離れていこうとしていた。茉莉は慌てて叫ぶように言う。


「富田さん! 私ーー文芸部に入る」


茉莉のこの言葉に驚いたのは風真で、富田は一瞥(いちべつ)をくれただけだった。


「茉莉、文芸部ってーー」

「だから富田さんも興味があったら言って」


風真の話を聞く余裕もなく、富田を引き留めようと茉莉は早口で一息で言い切った。


「別に……興味なんてない」

「あっ、まい〜」


富田の素っ気ない声とは正反対の、弾んだ声。見ると、向こうから運動着姿の一人の女子生徒がやって来る。

彼女は手を大きく横に振りながら小走りで、満面の笑みだ。そして彼女が茉莉達のもとへと来ると、その場にいる三人の顔を見回した。


「えっと…(まい)のお友だち?」

「ちがっーー」

「はい」


富田ーー下の名前は『舞』が否定しようとするが、風真が肯定した。

舞はもちろん、茉莉も驚く。

自分は本当は友達を作るべき人間じゃないから。幼い頃ーー颯馬と風真と初めて出会った日、思わず友達になってと言ってしまったけれど。

舞を文芸部に誘っておきながら、友達という発想が今の茉莉にはなかったのだ。


女子生徒が嬉しそうに元気よくお辞儀をする。彼女のポニーテールが弾む。


「舞の姉です。妹がお世話になってます!」


舞の姉だと言うこの女子生徒は、中肉中背の舞に比べて背が高く、Tシャツやバスケットパンツからほどよい筋肉がついた腕や足を覗かせている。

健康的なスポーツ少女というタイプだ。

茉莉はどこかで、彼女を見た覚えがあった。


改めて女子生徒が茉莉と風真をまじまじと見る。それからびっくりしたような顔をした。


「舞ってば、こんな有名な子たちと仲良しなの?」

「そんなわけ……」

舞が答える中、女子生徒があっ、と声を上げた。


「もしかしてそれ、文芸部の部誌?」


女子生徒は茉莉が持っている部誌に視線をやっている。


「舞、これ見た? 舞読みたいだろなーって思って、森センセに頼んでおいたの。あ、お友だちも文芸部に興味ある?」


舞を、それから茉莉の方を見て女子生徒が聞いた。


「舞の好きな作家さん、昔うちの文芸部に所属してたんだよねー。その部誌がその作家さんがいた時の。でも今は文芸部がなくて、あと三人いれば作れるんだけど」


女子生徒があいてる方の茉莉の手を取った。


「だからもし興味あれば、入ってほしいな」

「ちょっとお姉ちゃん……勝手に話を進めないで」


女子生徒の勢いに茉莉が気圧(けお)されていると、舞が言った。


「篁さん困ってるし、私は文芸部に入ってない」

「舞……」


女子生徒が少し困ったような表情を見せた。


「大体お姉ちゃん、バスケ部は? 生徒会は?」

「もちろん、そっちもちゃんとやるよ」

「そうだね、お姉ちゃんなら出来るか。私と違って」

「ーーあの私、文芸部に入りたいです」


茉莉は姉妹の会話の邪魔をした。舞が棘のある言葉で自身を武装しているのを見かねたからだ。


「僕もいいですか?」


続いた風真の言葉に女子生徒はもちろん、茉莉は驚いた。


「ほんと!? ぜひぜひ、大歓迎だよー」

「風真?」

「本を読むのは嫌いじゃないので。久世(くぜ)です、よろしくお願いします」


その言葉は嘘ではないだろう。嫌いじゃないーーでも、特別好きでもないはずだ。

自分の付き人だから自分が文芸部に入るとなると、風真も従うしかない。

こういう時、早く風真を自由にしなければと焦る。

高校だって自分がここに行くから風真もここに来た。風真の成績ならもっと上を目指せたのに。

自分のせいで風真の選択肢が少ない、いや、ほとんどないのだ。

それは自分の、そして颯馬の望みではない。


「こちらこそよろしく、篁さんと久世くん。私は富田ーーって舞と同じだから『(れい)』って呼んで」

「よろしくお願いします……玲先輩」


挨拶しながらも、茉莉はこそばゆい気持ちになっていた。

今まで友達すらまともにいなかったのだ。当たり前だが親しい上級生もいなかった。こんな風に名前を呼ぶなんてーー


「うん、二人ともありがと。これであと一人。私も張り切って探してみるね」


女子生徒ーー玲が胸元で小さくガッツポーズをした。

さっきの会話で思い出したが、玲は生徒会長だ。入学式の次の日に行われた対面式で、彼女は挨拶をしていた。


バスケ部の生徒だろう女子達が、廊下の先から玲を呼ぶ。彼女達に、今行くーと応えると、玲は再びこちらに向き直った。


「舞、今からみんなと帰るの? じゃあ気をつけてねー」


舞の答えも聞かないまま、玲がそう言って走り去る。

舞が額に手を当て、ため息をついた。


「姉の言うこと、気にしないで下さい。文芸部のことだって無理しなくていいですから」

「無理なんてしてないよ。本読むのは好きな方だし」

「……篁さん、いつも読書してますもんね。わりと純文学を読んでるみたいだけど」


舞の言葉に茉莉は目をキラキラさせた。


「見てくれてたんだ」

「…………………」

「私が読んでる本を気にしてたってことは、富田さんは本好きってことじゃない?」

「たまたま目に入ってきただけで……」

「富田さんの好きな作家さんの作品ってどれ?」


言って茉莉は部誌をぱらぱらとめくる。舞が少し覗き込むように前のめりになり、はっとしたように身体を戻した。


「……何で……」

「んー?」


部誌に視線を落としたまま、茉莉は応える。


「何で私なんかに構うんですか?」


茉莉は舞を見た。ああ、また彼女はーー


「私、ずっと態度悪いし。篁さんに対しても…お姉ちゃんに対しても」


苦しそうな顔をしている。


「気にしてないよ。ただ、富田さんがしんどそうなのは気になるけど」

「しんどそう……?」


舞が目を見開いた。少しの()彼女は黙り込み、おもむろに口を開く。


「……姉が、苦手なんです。姉は私と違って、明るくて何でも器用に出来て…私はいつも比べられる。だから…本当は違う高校に行きたかった……。でも、親は私が姉と一緒の方がいいみたいだし……。雪村(ゆきむら)先生が卒業した高校だから、結局ここにしたけど」


そこまで言うと、舞はやってしまったというような顔をした。

「ごめんなさい。どうでもいい話をべらべらと」

「ううん、そっか……富田さんのこと、教えてくれてありがとう。えっと、作家さんは雪村先生っていうんだね」

茉莉は舞に微笑むと、再び部誌に視線を落としてページをめくり始めた。

「あ、雪村っていうのはペンネームで、ここには本名で載ってると思うから」

舞が一緒に探すようにして部誌を覗き込んでくる。彼女の目は真剣でいきいきとしている。

茉莉は思わず小さく笑った。

「やっぱり、もしよかったら一緒に文芸部に入らない?」

「え?」

「富田さん、すっごく本好きなんだなぁーって思って」

舞が逡巡(しゅんじゅん)している様子を見せる。

「玲先輩は文芸部以外にも色々と忙しそうだし、富田さんがいてくれたら楽しくなりそう」

「……私がいたら嫌な思いをするだけですよ」

「富田さんと話してて嫌な思いはしてないよ」

これは茉莉の本心だ。あえて言うなら、舞の辛そうな表情を見るのは嫌だけれど。

「それに……私の方が富田さんに、嫌な思いをさせるかもしれない」

茉莉は伏し目がちに言った。篁家では(うと)まれ、腹違いとはいえ妹には嫌われている。ずっと一緒にいた幼馴染みも、自分から離れていった。

「そんなことは……」

茉莉の深刻な表情に何か思うところがあったのだろう、舞が押し黙る。

舞と同じように茉莉が同級生に対して壁を作っていることに、彼女は気付いたに違いなかった。休み時間に茉莉は風真と過ごすことが多いが、それ以外の人とはほとんど関わっていないのだから。


舞が同級生や姉に対して酷い態度を取っているというなら、茉莉だってそうだ。壱和をはじめとした同級生に対しても、妹である京華に対しても。


「……私が、文芸部に入っても…いいんですか?」


うかがうように舞が聞いた。


「うん、いいに決まってる」

「じゃあ……よろしくお願いします」


小さく頭を下げる舞に、茉莉は声を弾ませた。


「こちらこそよろしくね! 富田さん」

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