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100.メイン・ストーリー

 竜の筆、早朝の大広間。窓辺に植木鉢が並んでいて、まだほとんど熟してはいない実をつけた植物が生えている。でんえんの暖簾をくぐって現れたヨモギが、市場で買った安い黄色のジョウロを手に窓辺へ足取り軽く近づくと、その実にそっと指を添える。ジョウロから、さらさらと水をかけて、ヨモギはにこっと微笑んだ。

 ヨモギの後ろでは、机にいくつかの、やはり植木鉢を並べるミツカがいた。ミツカの方も宙からジョウロを取り出す。ヨモギのものとは違い、れっきとした魔具であり、ミツカの魔力を用いて使うのである。ミツカが並べた植木鉢へ水をかけると、たちまち植物たちが勢いよく成長した。

「ミツカさんのそれ、いつ見ても凄いですね」

ヨモギがミツカの肩越しに今しがたの光景を見ていて、自らが持つ安物のジョウロを指さすと、「これだと、2か月くらいかかっちゃう」と笑う。

ミツカは、まだ赤ん坊のようにぐずる、大きな口のある花が生えた鉢をあやすように抱き上げて笑い返す。

「わたしのは、戦いのための武器でもあるから。愛情と時間をかけて育てた実にしか出せない強みがあるわ。例えば、料理の材料に使うとか」

ヨモギが、少し頬を赤らめる。

「そう、ですかね。だと、いいな」


 ライムは竜の筆の図書室にて、今しがたシンリュウから聞かされた話をやっとの思いで整理していた。横にはトラヒコが天井を睨んで座っていて、向かいには、眠気と疲れと情報処理が追い付かないこととが重なって机に突っ伏すユウヒと、反対に眠気と疲れとに抗いながら鳥の巣頭を抱えてぶつぶつと呟くネガがいる。ジャンベはあの「7」の冒険譚と、今回手にした「7」と同じ雰囲気があるという冒険譚とを持って、1人鑑定士室へと向かった。

 少し離れたところにシンリュウが、窓から差し込む朝日に目を細めつつ、どこか遠くをみつめている。


 数刻前。まだ夜も明けないうちから、ライムたちはシンリュウを囲むようにして、薄暗い図書室に集まっていた。

「それじゃあ、お願いします」

ライムが、そしてトラヒコ、ユウヒ、ネガ、ジャンベも、じっとシンリュウをみつめる。

「そうだねえ・・・」

シンリュウが、何から話したものか、とばかりに首を捻って顎に手をやり思案する。

「大事なこと、なんでしょう?出来れば全部、聞きたいところですけどね」

トラヒコが迫る。ユウヒもネガもジャンベも、前のめりになった。シンリュウが、大袈裟に姿勢を正すと、すぐに肩の力を抜いて、溜息をつく。

「ちょっと、おっさんの昔話に付き合ってもらってもいいかい?」

誰も返事はしないが、かといって誰もシンリュウから視線を外さない。ライムが、静かに頷いた。シンリュウが「ありがとう」と微笑む。

 「俺は、ブジンカで生まれたんだ。15歳までそこで育った。それは、もう君たちも知っているんだろう?」


 シンリュウは幼い頃から、手のつけられない暴れん坊であった。親の言うことを聞かず、学び舎でも落ち着きなく、喧嘩っ早く相手の強さなど関係なく飛び掛かっていく子どもであった。ゆく先々で揉め事や騒ぎを起こすシンリュウは、はっきりと疎まれるようなこともあったが、剣の才だけは抜きんでていた。道場の指導者たちでさえも、シンリュウが13歳を迎える頃には、1対1の立ち合いでは打ち負かされることもあった。

 唯一、シンリュウを抑えつけることが出来たのは、幼馴染のヒイラギであった。ヒイラギはシンリュウに並び立つ程の剣の才があるだけでなく、学問にも秀でていて、おまけに人格も優れていた。大人たちはヒイラギに、シンリュウのお目付け役を任せていたのである。

 そんな、シンリュウとヒイラギの2人が国を立ち、修行の旅に出たのが15歳を迎えた頃であった。ブジンカの国柄もあるだろうが、強さを追い求める者たちが武者修行の旅に出ることはそれほど珍しくはなかった。名のある家柄の者には護衛がつき、派手に出国しては、そう長くもない旅を終えて帰ってくる。しかし強さを求め旅に出る者は、せいぜい道場の名簿に記録が残る程度で、静かに旅立った後はもう帰って来ないことも珍しくはない。シンリュウも、この国に戻ってくることはないかもしれないと、おぼろげに感じていた。しかしヒイラギの方は、剣の腕を磨き、外の世界で見識を広めて、いずれはブジンカに戻り国の役職にでも就くのだろうと、これまたおぼろげにシンリュウは考えていた。

 ブジンカ国を出て、ニマール国、マクル国、コルアール国と、魔物を討伐したり腕に覚えのある者と試合をしたり、他にもそれなりに色々な経験を積んだ。3年程経った頃、再びニマール国へと戻って来て、互いに確かめ合いはしないがヒイラギはこのままブジンカ国へ戻るのだろうとシンリュウは感じていた。だからこそ、ライオンタウンに立ち寄り、そこでエレンド・・・竜の筆というギルドに所属する冒険者の青年に自分が誘われた時、「お前はもう、俺のお目付け役なんかしてないで、自分の道を行けよ」とヒイラギの背中を押した気でいた。

 今思えば、大きな間違いだったのかもしれない。

 エレンドは、ヒイラギを除いては、シンリュウが全力で向き合える初めての同年代であった。また、ヒイラギのように冷静にシンリュウをいなすことはなく、エレンドは真向からぶつかってくるタイプであった。以降、何度もぶつかり合うことにはなったが、エレンドとの間には親友と呼べるような絆が生まれた。それから、ハクビという、これまで出会ったこともないような美人に一目惚れもした。ヒイラギと同等か、分野によってはさらに物知りなジームドンクの頭脳にも衝撃を受けた。そして、お調子者のルンポとは、明らかに自分より弱い相手と初めて対等な友人関係になれた。旅の中での成長というよりも、このギルドに入ってからの成長が大きかったのかもしれない。

 シンリュウは当時のマスターであったリアイとは、他のギルドメンバーに比べて関係が薄かったのだが、それでも葬式の時には目頭が熱くなるくらいの恩を感じていた。しかし、シンリュウにとってのマスターは、やはりジモングの方がしっくりとくる。訓練場で、エレンドとまとめて何度も打ち倒された。こんなに強い人に初めて出会った。やはり俺は、ライオンタウンに残って良かったとシンリュウは思った。

 それから、なんだかんだと色々あって、シンリュウたちはジモングと「とある極秘任務」の完遂を目指すことになった。ジモングとしては、シンリュウたちを巻き込むことは不本意な様子であったが、少し前に負った大怪我のせいでやむを得なかったのだろう。また、自分の代で任務の完遂が不可能であると悟り、シンリュウたちに引き継ごうとしたのかもしれない。実際に、現在に至るまで、その任務は継続中である。


 「それは、メイン・ストーリーに関わることですか?」

トラヒコが、椅子の背にもたれて腕組みをしていた姿勢から、ぐっと前のめりになる。

「流石だねえ。その通り、メイン・ストーリーを探して、ショウノジンさんに鑑定してもらって、そしてメイン・ストーリーに入り内容を把握すること」

「内容を・・・把握?完結とかじゃなくって?」

ユウヒが、首を傾げる。

「メイン・ストーリーは、普通の冒険譚みたいに完結がないってことっすか?」

ネガの問いかけに、シンリュウは小さく拍手をした。

「そう、完結がないというよりも、もともと内容が決まっていて、通常の冒険譚のように冒険者が完結を目指すというスタイルじゃないんだ」

シンリュウの言葉に、ライムが言葉を1つ1つ考えながら口を開く。

「冒険者が、自分たちでどんな完結の仕方をするかを決めない、ということは・・・それはノーツァルパントが変えて欲しくない物語、もしくは変えることが不可能な・・・事実?」

全員の視線に、シンリュウは微笑みを返す。

 「メイン・ストーリーは、ノーツァルパントの自叙伝だよ」


 「じ・・・自叙伝?」

一同、ぽかんとした顔になる。ジャンベが、「自叙伝って、なんですか?」と首を傾げる。

「自分に起きた出来事だとか、人生なんかを振り返って綴る物語・・・みたいなもんっすよね?」

ネガがそう言うと、シンリュウが大きく頷いた。

「その通り」

ユウヒが、ずっこけるようにして「え、それって、ただの武勇伝とか自分語りみたいな?」と呆れたような声を出す。

「それじゃあ、マスターやシンさん、それに先代、先々代と、何10年もかけて1人の人物の自叙伝を探してるってことか」

トラヒコは、腕組みをしたまま鼻で笑う。

「でも、メイン・ストーリーと呼ばれるくらいだから・・・何か重要なメッセージがあるとか、でしょうか」

ライムの言葉に、シンリュウは「さあ、どうだかね」と苦笑する。

「ただし、このノーツァルパントという男の自叙伝について、最初から最後まで内容を把握していないと、エピローグに辿り着くことは出来ないそうだ。そしてエピローグに辿り着いた者が、何かしらの大きな決断を下すらしい」

沈黙。そして。

「シンさん、竜の筆はどの数字まで、メイン・ストーリーの内容を把握してるんですか?」

「竜の筆以外でもメイン・ストーリーを発見していたりするんでしょうか?」

トラヒコと、ライムが続けざまに質問する。

「竜の筆は、1から4まで把握している。それに、ジャンベくんの持っている7と、おそらくはその、もう1冊も。他のギルドや、他国がメイン・ストーリーを手にしているかどうか、それは分からないなあ。でも、それを少しでも知るために、今エレンドが、各国のギルドマスターたちへ探りを入れている。もうじき、大きな動きがあるかもしれない」

再び沈黙。そして。

「異譚渡りが、言ってたっす。始まりのプロローグ、10冊のメイン・ストーリー、そしてエピローグがあるって」

ネガが呟く。それを聞いて、ユウヒもはっとする。

「言ってた!それに、ノーツァルパントは『少女』のために始めたって。それって、メイン・ストーリーっていうか、ノーツァルパントの自叙伝?これも『少女』のために書いたってことになるのかな。だとしたら、単なる武勇伝とかじゃなさそう、かも」

ユウヒが、先程のずっこけを少し反省したような態度になる。

「ボク、この本、たぶん読めると思います。そして、こっちの『7』は・・・」

ジャンベが言いかけ、口ごもる。

「もう、誰かが読んでいるんじゃないかって、言ってたよね」

ライムが、ジャンベに寄り添うように後を続ける。

「はい。なんか、変なんです。ボク、思ったんですけど・・・『7』の冒険譚は、中身が真っ白なのに7の数字が刻まれていますよね?でも、こっちの冒険譚は・・・『7』の冒険譚と同じ雰囲気があるのに、数字がまだ刻まれていないんです」

ジャンベが、2冊の冒険譚の表紙を、一同に並べて見せる。

「確かに、そうだね」

ライムが頷く。トラヒコがじっと、2冊を凝視する。

「もう1冊の方も数字が出てくれればはっきりするのにね。どうやったら出るのかな」

ユウヒの言葉に、トラヒコが溜息をつくが、ユウヒが怒りだす前にネガが口を開いた。

「もしも、ジャンベの言うように『7』は表向きページが真っ白っすけど鑑定済みだとしたら・・・数字が刻印されるのは、鑑定が条件かもっす。それに、おいらたちは知ってるっす、1度書かれたあらすじが、消されてしまうこともあるって」

ネガの言葉に、一同が目を見開いて、答えに辿り着いた。

「梟の力・・・そしてそれを行使したのが、さっきシンさんの言っていた、ヒイラギって人の可能性が高い」

トラヒコの言葉に、シンリュウは悲しそうな笑みを見せた。

「ああ、そうだねえ。ヒイラギは、俺と別れた後に、どうやら真っ直ぐブジンカへ帰らなかったらしい。きっと興味深いものでも見つけて、寄り道をしていたんだろうさ。俺が次にヒイラギの消息を知ったのは、それから随分経ってのことだった。今、何をどんな思いでしてんだろうねえ、あいつは」

「梟の力に心当たりは?」

トラヒコが問い詰めるような口調になって、ライムがトラヒコの肩に手を置いた。

「今のところ、はっきりとしたことは言えないな。でも、おそらくは未知の魔具か・・・属性でいうと、何になるんだろうねえ」

「魔具・・・」とトラヒコが考え込む。「なんか、消しゴムみたいだね」とユウヒが冗談を言う。


 「ボク、この本を鑑定してみたいと思います!それに、ショウノジンさんにも話してみます」

ジャンベが2冊の冒険譚を持って鑑定士室へ向かった後、図書室には沈黙が漂っていた。

 窓から差し込んでいた光芒が段々と太くなり、すっかりと図書室を明るくしたところで、シンリュウが立ち上がる。

「それじゃあ、最後にこれ、かな」

棚の間を歩いて行ったシンリュウが、1冊の本を持って戻ってきた。ギルド史だ。

「あとで、ジャンベ君にも教えてあげてね」

シンリュウはそう言うと、ライムたちがそばに寄ったことを確認し、ギルド史のあるページを開く。そして、ドラグニ、リアイ、ジモング、エレンド、の名前を指でなぞる。歴代のギルドマスターだ。

 ふと、ライムの頭の中に、蘇る光景があった。レモンの論文、光る文字・・・。

 ライムの脳裏に浮かんでいた光景と、目の前の状況が重なる。シンリュウがそれぞれの名前をなぞると、ギルド史が輝き、ページの中に文章が書き加えられていく。

「1回読んだ後は、2度続けて同じ人間が名前をなぞっても反応しないからね。それじゃあ、俺はこれで。ちなみに、ザンデラのことは俺に尋ねられても答えられないから、エレンドにでも聞いてみな」

ライムは、まさにシンリュウへ質問しようとしていたことを、先に制されてしまったように思った。トラヒコも、ユウヒも、ネガも、開きかけた口を渋々閉じた。


 去って行くシンリュウの姿が見えなくなると、ライムたちはギルド史を囲んで、食い入るように読み始めた。

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