チャーシュー
この世の中はチョロく出来ている。
それが俺が40年間生きてきて得た感想だった。仕組みを知ってしまえば金なんか簡単に稼げた。
その結果、天井の高い高層マンションの高層階に住み、今日は特別美味く感じるワインを飲みながら窓から下を覗き込んでいる。この瞬間が俺は好きだ。なにも知らずに汗水垂らして働いている無能な奴らを見下ろし悦に浸れる。
先週あるラーメン店とトラブルになった。例の伝染病の対策でマスク着用を義務化していた店側から、マスクを付けてない俺は注意を受けた。当然納得いかなかったので、マスク着用時と未着用時のリスクを説明してみせろだとか、どうせ食べる時は外すのに意味あるのか?とゴネたら入店拒否された。
苛立ちと共にこれはチャンスだと思った。今後出される雑誌のインタビューや講演、広告収入型の動画等が何件かあるので、この機会に存在感を増しておこうと思った。いわゆる炎上商法だ。SNSにて店が特定されるかされないかのギリギリのラインで画像とコメントを出した。
すると早速ラーメン屋は特定され、ラーメン店へのSNSに誹謗中傷の書き込みが増えて時には電話を掛けて中傷しにいくバカもいた。店は休業に追い込まれた事を俺に責任転嫁してきたが知らぬ存ぜぬを通した。さらにラーメン作ってみた、的な動画を出しあの店より美味いんじゃないかと煽った。計画通り通り更に炎上し動画の再生数や雑誌の売上が上がった。俺自身の株は下がったが、これからちょっと良い事を言ったり、ボランティアでなにかやれば取り返せるだろう。なんなら、ラーメン店の店主と対談してもいい。
ふと視線を上げると窓に反射した俺の姿が目に入った。髪はさっぱりしているが顎と首が同化してる様なラインや出っ張った腹、身長が低い事もあり某アニメの青タヌキを連想させる。だが別にどうにかしたいとも思っていなかった。ダイエットや筋トレは時間の無駄だと思っている。どうしても必要になれば美容整形でいくらでも痩せられるだろう。それに高飛車で高慢な女モデルも札束で叩けば喜んで咥えてきた。そう、世の中は金だ。金なのだ!愛だの友情が大事だと思っている様な愚民共はそうやって這いつくばっていればいいと、ワインを飲みながら見下ろす。
そこに、鈴が転がるような、だが聞いた事がない声が響いた。
「やあこんばんは。気分良く飲んでる所すまないね」
「っ誰だ!」
振り向くとすぐそこに少女が立っていて、その美しさにまず唖然とした。白銀の髪、感情表現豊かそうな勝気な大きな二重の目、スッと通った鼻筋、小ぶりだがふっくらとした口。まるで彫刻を見ている様だが、うっすらと微笑んでいる口元は少女は確かに生きていると物語っている。パーカーをかぶっていて帽子の部分に猫耳がついていてなんとも可愛らしいが…、そこで俺は突然の闖入者なのだと思い出し、慌てて転びそうになりながらも後ろに下がり距離を取った。
「なんだ、お前は…」
「あら、私を知らないのかい?まぁ成り上がり者だからしょうがないね」
聞きながら思案する。テレビ番組のドッキリなどはありえない。話しぶりから知り合いの線も薄いだろう。どうやって入って来たのかは後ほど聞けばいい。いま重要なのはこの美しい少女と二人きりという事だ。その考えが至った時、自分でも分かるくらい顔がにやけたが手で口元を隠した。
まだ10代半ばだろうか。大方厨二を拗らせた若者が俺を発見し、正義感からか不法侵入を犯して問い詰めに来たのだろう。
だが、経験の足りないガキは少し恫喝してから優しくすれば簡単に落ちる。なに、事の後に金でも握らせれば黙るだろう。具合が良ければ囲ってやってもいい。そう考える程、少女は魅力的だった。パーカーの上からでも分かる大振りの双丘も欲望を刺激した。
そうと決まればまずは脅すフェーズだ。憤怒の表情を作り、大声を出した。
「おいガキ!お前ここはどこか分かってるのか!俺の家だぞ!お前がやってる事は不法侵入っていう立派な犯罪だぞ!名前はなんていうんだ。学校は!親は!!なんとか言えよオラァ!」
「まぁおち」
「お前がやっちまった事で、両親は莫大な金を俺に払う事になるんだぞ!そもそもなんだその恰好はふざけてるのか?コスプレかなにか知らんが派手に髪を染めやがって、非常に不快だ!今すぐ警察を呼んでやってもいいんだぞあぁ!」
少女が何か言おうとするが遮りとにかく罵倒する。表情は見えないがさぞ顔を青くしているだろう。更に近づいて言い募りとどめを刺そうとした。
「何とか言えやこらぁ!」
声と共に右足を踏み出すと、少女が腰からなにか抜いたのが見えたと同時に出した右足がとてつもない衝撃で弾かれ、体制を崩し転んだ。
「がっ!な、にが起こった?っがああぁ!」
転がりながら右太ももを見ると穴が開いており、そこから赤い液体がこぼれていた。それを認識すると猛烈な痛みが脳を貫いて叫び声をあげてしまった。
「痛えっ!いったい何が」
「うるさいなぁ。人の話は最後まで聞くことって先生に教わらなかったかい?ふふっそれにしてもそうしてると豚ちゃんみたいだね」
バカにされているがそれどころではない。傷をなんとか押さえて後ずさりソファの背面を利用して上体を起こし少女をみると手で握っている物の先端から煙を吐いているのが見えた。
「な…なんでそんな物が」
「あぁ、これかい?世界で初めてのフル強化プラスチック樹脂で出来た拳銃だよ。私は鉄の方が好きなんだけどねぇ」
なにかではなく、なぜこの平和な国にそんな物があるのか聞きたかったが拳銃のスライドを引いて排莢口を覗いたりマガジンを取り出し横のテーブルで解体して戻して見たりしていて質問に答える気はなさそうだ。
激痛に耐えながら聞いた。すると少女は考えながら答えた。
「なにが…目的なんだ」
「ふうむ、目的は君の命だね。とあるお方から依頼があってさ、これから5分後に君は薬物を吸った上で拳銃で自殺する事になっているんだ。あ、ちゃんとした鉄の銃だよ?」
「な!俺は薬なんてやった事ない!それに銃なんて撃ったこともないぞ!」
「大丈夫。薬はワインに混入させていたから、瓶を変えてしまえばわからないだろう?それに銃の入手経路はもうダミーを用意しているから問題ないよ。まぁなにかあったら偉い人が金の力でなんとかするんじゃない」
「なんで、俺がこんな目に」
「理由は想像ついてるんじゃない?民衆を扇動して争わせて利益を貪り、払う物は払わず、都合が悪くなれば雲隠れする。諺に憎まれっ子世に憚るってあるけど何事もバランスがあるんだよ。豚ちゃんはやりすぎたのさ。…さて、あなたの人生の残り時間はあと1分だ。なにか言い残す事はあるかい?普段はこんなサービスしないんだけど、最近良い事が起きてね。非常に機嫌がいいんだよ」
そう言うと銃を新体操のバトンの様にクルクルと回し始める。
「待て!金ならあるんだ。助けてくれっ!」
「残念ながらそれは出来ない。それにあなたの死後、脱税によってあなたの財産はこの国に差し押さえられる予定だからね。本当かどうかは知らないけど生きていたとしても一文無しになるだろうね」
「母親が病気なんだ!俺が」
「ふふっ嘘つき。両親ともご健勝じゃない。まあ今後はあなたの残した負の遺産でどうなるかはわからないけど。じゃあ名残惜しくもないけれど、そろそろ時間だ」
少女は回していた拳銃を天井スレスレに滞空時間が長くなるように真上に投げる。あれが再び手の中に戻った時、俺は撃たれるだろう。なぜかその動作を少女が失敗するイメージが湧かない。
時間がスローモーションに感じ、心臓が脈打つ。俺はまだ生きたいと思った。力を振り絞り痛む足を我慢して立ち上がる。
「うおおおおお!」
雄たけびを上げイチかバチか少女に突進しようとする。少女が天使の様な笑顔を向けている気がした。
だがしかし現実は無常だった。脂肪が重くのしかかり、思ったよりも前進しない内に少女の手の中に銃が戻った。あぁ、ダイエットしておけばよかった。
「ごちそうさまでした」
そう少女の声が聞こえた瞬間に銃声と共に俺の左側の前頭骨に打ち込まれ頭蓋と脳漿をまき散らしているのがわかる。下半身は前に進もうとしているが上半身は大きく仰け反り倒れるような恰好になった。もうすでに体に痛みとか寒いとか暑いとかの感覚はなかった。わずかに視覚と聴覚は残っているがすぐになくなるだろう。その聴覚で情報をとらえているがどの様に処理しなくてはならないのかが分からいそれをそのまま聞いていると
「BOSS、おつかれさまでした。新型の銃のうち心地はいかかでしたか?」
「ガドゥ、ご苦労様。銃は既存の玉だと軽い分発射時のリコイル制御が難しくて連射時の扱いは難しくなるんじゃないかな。連射するほど右上にずれて行ってしまう。まぁこれの本質は、3Dプリンターさえあれば、だれでも、いつでも、どこでも、拳銃が量産出来る仕組みだからね。安かろう悪かろうはしょうがない部分ではあるかな。いっそ銃弾も作れるようにしちゃって専用弾にしちゃうのもありかもだけど、そうすると火薬の問題が出て来るね。うーむ」
「わかりました。開発部にフィートバックしておきます。それと最後なのですが、相手がいくらド素人で足を怪我していたからってあの余裕の取り方はないんじゃないですか?万が一があれば一発、貰っていたかもしれなかったですよ」
「はいはい。ごめんなさい。大丈夫よ。ちゃんとマージンは取ってたもの。それに銃のバランステストも兼ねていたから無駄じゃなかったのよ?そんな事より早く帰りましょう。そろそろマスターが仕事から帰ってくる頃だから急がなきゃ」
ここで聴覚も視覚すらなにも見えず聞こえずの状態になり、思考も闇に堕ちる様に消えていった。




