第三十章『変貌(三)』
拓飛の白虎手によって饕餮はバラバラに斬り刻まれ、その身体はシューシューと煙を上げて崩れていった。
その様子を無言で眺めていた拓飛は、倒れ込む斉へ顔を向けた。
「斉、大丈夫か⁉︎」
「アカン、綺麗なおネエちゃんに介抱してもらわれへんと死んでまう……」
斉は脇腹を押さえながら軽口を叩いてみせたが、多量の出血で顔色は青ざめ、額には脂汗が浮かび上がっている。
軽くないと見た拓飛は、成虎に声を掛けた。
「オッサン、斉を診てやってくれ!」
「やれやれ、俺も怪我人なんだがな」
成虎が腰を上げると、煙の中から低くしわがれた声が聞こえてきた。
「ふ、ふふふ……、油断した。久方ぶりに肉体を得て、舞い上がったか……」
煙が晴れると、首のみを残した饕餮が他人事のように薄ら笑いを浮かべている。
「てめえ、結局なにがしたかったんだ……⁉︎」
拓飛が問いかけると、饕餮は笑みを収めて怒りに満ちた顔つきになった。
「……かつて奴らは、月娥は己の意にそぐわぬ仙人を『邪仙』と蔑み忌み嫌った。中でも俺とお前、そして残り二人の仲間を合わせて『四凶』と呼び、多勢をもって討伐に掛かったのだ……!」
「『四凶』だと……⁉︎」
「そうだ。仲間二人は討たれ、俺とお前も魂に大きな傷を負わされた。俺たちは月娥への復讐を誓い、数千年の眠りにつき力を蓄える事になった」
「…………」
「————しかし、十九年前、目覚めた俺たちは奴に再び敗れ、俺は悟った。『二人バラバラでは奴に勝てない』とな……」
拓飛に眼を向けた饕餮の首が徐々に霧散していく。
「俺は覚醒したお前の魂を吸収して力を得ようと思った……。だが、こうなっては仕方ない」
饕餮の表情が凶々しさを増していった。
「……檮杌よ、この肉体はまもなく消滅する。俺の魂を喰らい……お前が、月娥を討て……‼︎」
「なに……⁉︎」
「俺の力を吸収し、思うままに暴れ回れ……! お前は何者の命も受けず、退く事も知らず……死ぬまで戦い続ける戦神『檮杌』なのだから————……」
遺言のように言い残すと、饕餮は完全に消滅して、その跡には鳳凰の髪飾りと凶々しい色の氣の塊だけが残った。
「ふざけんな……! 俺は凌拓飛だ。てめえの力なんかで強くなってたまるかよ……‼︎」
拓飛は檮杌の左腕で饕餮の魂を掴むと、自らに言い聞かせるようにして握り潰した。
「拓飛……」
囁くような声に拓飛が振り返ると、一人の少女が立っている。
「凰華……」
二人は手を伸ばせば触れ合える距離に佇んでいた。互いに話したい事は山ほどあったが、胸が詰まってなかなか切り出す事が出来ない。
ややあって拓飛は鳳凰の髪飾りを凰華に放った。そして、ゆっくりと跪くと、凰華に向かって叩頭した。
「すまねえ、おめえの親父を死なせちまった」
「……あの人もきっと誰かに止めてもらいたかったんだと思う……。顔を上げて、拓飛……」
凰華は少し沈んだ表情で立ち上がるよう求めたが、拓飛は姿勢を崩さず、
「それにおめえを信じてやれねえで、すぐに追いかけてやれなかった……!」
「仕方ないよ、あたしが何も言わずに飛び出して行ったんだもん。それより……」
言葉に詰まった凰華は胸を押さえて、ようやく続く言葉を絞り出した。
「燕児さんと結婚おめでとう……」
「……してねえよ」
「えっ⁉︎」
「燕児にはフラれちまった」
予想外の返事に凰華は言葉を失った。その胸中には嬉しさと同時に腹ただしさが沸き起こった。
「そう……なんだ。それで燕児さんとの結婚が無くなったから、あたしを捜しに来たの……⁉︎」
「違————、いや……そういう気持ちが全くねえとは言えねえ」
拓飛はモゴモゴと言いながら顔を上げた。
「その……上手く言えねえけど、やっぱりおめえがいねえと何だか落ち着かねえんだ」
「……それって、どういう事……?」
「いや、だから、そりゃあ……、————ああ! もう、めんどくせえっ!」
立ち上がって拓飛は大声を上げた。
「————いいから黙って、おめえは俺のそばにいろ! もうどこにも行くんじゃねえッ‼︎」
叱責のような告白の声が広間に響き渡り、次第に小さくかき消えていった。
広間が静寂に包まれた時、凰華が震える声でつぶやいた。
「……あたし、拓飛に迷惑ばっかり掛けるよ……?」
「そんなの今に始まった事じゃねえ」
「それに……あたし、拓飛に何もあげられない……」
「もう、いっぺえ貰ってる」
拓飛の言葉に凰華は大きな瞳に涙を浮かべた。
「……あたしも……、あたしも拓飛の隣で、白髪のおばあちゃんになりたい……‼︎」
涙の雫が床に落ち、凰華は拓飛の胸に飛び込んだ。
「お、おい凰華! 離れろ、俺はいま腕が…………」
「もう離れない、拓飛に蕁麻疹が出ても離れないわ……!」
凰華は力を込めて拓飛の腰に腕を回した。拓飛も恐る恐る凰華を抱きしめると、左腕が人間のものに戻っていく。
二人は長い間、時が止まったように抱き合っていたが、
「あー……、二人だけの世界作ってるところホンマに申し訳ないんやけど、そろそろお暇せえへん? 一応、敵地の中やし……」
脇腹を押さえた斉が声を掛けてきた。拓飛と凰華が同時に顔を赤らめ、パッと離れると、成虎もニヤついた顔で近寄ってくる。
「待て待て、斉。離れ離れになってた牽牛と織女がようやく巡り逢えたんだ。声を掛けるなんざ野暮ってモンだぜ」
「せやけど、オッチャン。このまま放ってたら、コイツらおっ始めんで?」
「おっ始めねえよっ!」
凰華は恥ずかしさに顔を覆ってしゃがみ込み、拓飛は赤面しながら全力で否定した。




