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薄幸少女の青春  作者: 一ノ瀬梨央
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第六話 新しい家族

一言で抜け出すといっても、それなりに準備は必要なわけで。荷物はひとまず置いておくとしても、せめて着替えなければならない。


いくら何でも部屋着状態で窓の外から脱出するなど、色々と問題がありすぎる。


数馬がいる前で着替えたくはない。とはいえ、着替えない訳にもいかない。


そんな葛藤の中、ちらりと彼を見れば、未だに熟睡中のようだった。


_____大丈夫……かな。


正直、彼に着替えを見られる心配がない訳ではない。いつ起きるか判らないし、最悪の場合下着姿を見られる危険だってある。


しかし、先刻の通り着替えない訳にもいかない。


「仕方ないか……」


覚悟を決めるように小さく呟き、手近にあったタンスから適当に服を取る。


早々に済ませてしまおう。見られたら死のう。


起きるな、そして絶対に振り向くなと胸中で数馬に向かって念を送りつつ、上着を脱ぐ。


音を立てないように慎重に、かつ素早く着替える。それこそ、相手に気付かれないように。


もはや、気分は暗殺者だった。


しかしそんな健闘も虚しく。


「……ん…」


「!?」


起きた、こいつ起きやがった。


思わず語気の荒くなる私の内心を他所に数馬は辺りに視線を向け始める。


やばい、取り敢えず服を着ないと。


慌てて服を手繰り寄せた私の努力は、次の瞬間綺麗に無に帰した。


「…寝てたのか、てかあいつ、どこ行って____」


おもむろに振り向きながら言った数馬の台詞は、最後まで紡がれることは無かった。


数馬は振り向いた。何の躊躇いも無く。


それがどういうことか。


「______きゃあああああああああ!!!!」


取り敢えず全力で悲鳴を上げる。見られた?いや見られて無いわけあるか。


「………は」


「は」はこっちの台詞だ。正直、もう一回叫びたかった。


完全にフリーズしている数馬は、目を逸らすこともなく、何なら瞬きもしていない。


頼む、そこで思考停止するな。せめて目を逸らしてから停止してくれ。


かなり切実に願いながらも、一先ず服を着ることにした。乱雑ながらも上着を身に付け、そして窓に向かう。


______見られた、死にたい。


そんな思いがあったのも事実だが、何より逃げようと取った行動であった。窓枠に手を掛け、ぐっと身を乗り出す。


しかし、そう易々とは逃がしてくれなかった。


思考停止していた数馬が、戻ってきたのである。


「お前、何してんだよ」


だからこっちの台詞だよお前何着替え見てんだよ。


そんな全力の抗議を飲み込み______そもそも彼には何の悪気も落ち度も無いのだが_____それでも彼を鋭く睨み付ける。


「出て行くの」


「は!?……判った、判ったから取り敢えず落ち着け。あと見たのは、その…………悪かった。」


肩を掴まれながらも、決まり悪そうに謝る彼に、少し警戒心が和らぐ。何より、掴まれた肩は少しも痛いと感じなかった。


「………………」


「………と、とにかく下に行くぞ」


黙り込む私と空気の重さに耐えかねたのか、まだ少し目を逸らしながらそう言う彼。


しかし、私は反射的に返事をした。


「いっ、嫌!行かない」


「…は?いや、梨乃が落ち込んでたぞ。何で、そんなにあいつらのことを嫌うんだよ」


怪訝な顔でそう問う彼に、少し気まずくなる。


別に嫌っている訳ではないのだ。ただ、受け入れ難いというだけで。


そもそも、私は昔のいざこざで同年代の女の子が苦手なのだ。


しかしそんなことを彼に話す気にもなれないし、どうすべきか。


_____そうだ、話したくない。受け入れたくなんてない。誰も、誰にも。


どうせ憐れまれて終わるのだ。録に理解もされず、ただ与えられるだけの憐憫の言葉。


そんなものを貰うくらいなら、私は。



小学校二年生の春。


私はある女の子から相談というものだった。……いや、それは果たして相談と呼べるものだったか。


「みねはちゃん。あいかね、ゆうたくんのことが好きなんだ」


唐突に言われたその言葉。それに面食らう暇も無く、彼女は話を続けた。


「………だからね、協力してほしいの」


幼いながらも友人の恋心。邪魔する気も無かったし、協力できることならするつもりだった。


何より、私は「ゆうた」という子に全く興味も無かったから。


「うん、わかった」


本当に、嘘では無かったのに。


放課後、教室に何人かの女子が集まっているのが見えた。丁度私はその時廊下を通りかかり、話を聞いてしまった。


「…みねはちゃん、ひどいよね」


「ゆうたくん、みねはちゃんのことが好きだったんでしょ?」


「それで告白断られるなんて、あいかちゃんかわいそう」


意識して聞くつもりはなかったが、自分の話題だったこともあって、耳に入ってしまった。


「みねはちゃんもきっと、ゆうたくんのことが好きだったんだよ!だからあいかちゃんのじゃましたんだ!」


「そんなの、ひどい」


違う。私は本当に協力しようとしたのに。


話を聞いて愕然としていると、不意に数人の女子の内の一人が、こちらに気付いた。扉に隠れていた訳でもなかったので、あっさりとバレてしまった。


それからは、言いがかりの嵐だった。


あいかちゃんを筆頭に、関係のない筈の周りの女の子まで私を責め立てた。


泣いても、何度弁解しても誰も聞いてはくれなかった。


極め付けは「無視」という行為だった。本当に誰も聞いてはくれなかった。誰も頼れなくなってしまった。


私が最初に人を苦手になった日の出来事だった。

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