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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第三章 黒竜と白龍
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53.混沌の中をさ迷って

フィリップは椅子に深く腰掛けて話し始めた。


「おれは人間たちと別れたあとすぐに、自分自身に死の呪いをかけた。元々竜であることに未練なんてなかったからな。転生はうまくいくはずだった。

だが、白龍とは違って、おれには生命力を操作するだけの力がなかった。白龍は自分の生命が他に影響を出さないようにうまくやっているみたいだが、おれはてんでダメで、生命力の塊があちこちに噴き出していた」


フィリップは自嘲するように笑う。


「全部で二百はあったか。そのなかでもおれは人間と同じ形に生まれ、記憶も引き継いでいた。切れ端どもを探し集めて体に取り込んで行ったのさ。

そして、ある程度力が戻ったところで、この学校を建てた。拠点を作って、あとは向こうから情報が集まるようにした方が、効率がいいからな」

「学校を作った?」


アレクシアの問いに、フィリップは頷く。


「ああ、赤の騎士団の話は覚えているか? この学校がそれだ。ここの教員は全員おれの血を分け与えた赤の騎士団だ。

情報収集を目的に結成したんだが、学校としての知名度が広がりすぎてしまって、本来の目的を果たせなくなってしまった」

「赤の騎士団って、全員そうなのですか?」

「まあ、全員じゃなくて古くからいる教員だけだ。彼らにも個人的な事情があるから、詮索はよしてくれよ?」


いたずらっぽく笑い、サイを見る。


「そこの彼は気がついていたみたいだけどね」


サイは首を振る。


「気がついていたと言うほどのことじゃない。証拠もないし、勘でしかなかった。一番気にかかったのは、クレイ学校長の彼に対する態度だ。まるで部下のような接し方は違和感があった。

それにもうひとつ、竜学なんてものを教えているのはこの学校だけなんだ。その理由も学校が竜の関係者であると考えれば納得いく」


「それだけの情報で感づいたのは君が初めてだよ」

「嬉しくないね。そんなことよりも、実際の歴史と人間の伝聞とに差があるのはなぜだ。それを正そうとはしなかったのか?」


「やったさ。人間たちの間では、竜は悪いものであるという認識で広まっているのはおれも気持ちよくなかったからね。だが、そうしなければならない事情もあったんだ。

人間が悪い竜から勝ち取ったという物語がなければ、必ずこの世界を竜に返そうって考えるやつらが出てくる。そんな争いの火種は、おれもごめんだからな。おれたちが悪者になるだけで防げるなら、それが一番いい。

まあ、悪あがきとして、竜学なんてもので正しい歴史も教えているが、それほど広まってはいないね。

おれから説明できるのは、そんなところだ。他に何か聞きたいことは?」


アレクシアが手を上げる。


「ひとつ、どうしても聞いておかないといけないことがあります。フィリップさんはほとんど力が戻っているのに、なぜ私たちに任せたのですか?」

「それはおれが行っても黒竜相手じゃ力になれないからだって――――」

「違いますよね?」


アレクシアはフィリップの言葉を遮って、少し興奮気味に言った。


「あなたはシロさんを殺してほしかったのでしょう

? さっきの生まれ変わりの話から考えれば、シロさんをもう一度殺して、今度はしっかり記憶を持った状態で生まれてきてほしかった。

もっともらしい理由をつけて、私たちだけを行かせたのは、簡単に言えば、私やサイ、ホルンは死んでもよかったから。間違っていますか?」

「……いや、だいたいあっているよ。一か所だけ訂正させてもらうがね」


非を認めるような素振りではなかったが、筋書を身に駆れたことに対する驚きのようなものは見て取れた。


「彼女が記憶をなくしていることに気がついて、おれはどうするか考えた。記憶喪失の原因は、ひとつの器にふたつの人格が入っていることだった。一度失った記憶は二度と戻らないが、このままでは体の方に影響が出るのも時間の問題だ。たとえ、昔の白龍とは違っていても、おれにとっては白龍だ。どうにかして生き延びさせたい。そう考えたから、主人格のホルンの方を殺してもらおうと思ったのさ」


アレクシアは頬が引きつった。

できればアレクシアの推察とは違う答えを言ってほしかったのだが、彼が考えていたのは、想像通りの恐ろしい計画であった。

どちらが勝っても、彼が得するようになっていたのだ。


「……話てみて思ったけど、やっぱりあなたどこかおかしいわ」


怒りよりも、恐れが勝った。

やはり竜である彼は、根本的な部分で人間とは少し違うのだ、と思わされた。


「聞きたいことはこれだけかな?」

「……大事なことを忘れておるぞ」


静観していたシロが口を開く。


「これだけ説明しても、何が足りない?」

「……まったく、謝罪のひとつもできんとは。お主も長い間人間の中に紛れておるわりには、そういうところが身についておらんようじゃのう」

「おれの謝罪なんか必要ないだろう。こうして全員無事なのだからな」


彼は毅然とした態度でそう言った。

シロは呆れたように肩をすくめる。


「そんなことより、君の身体の方がまずいんじゃないか?」


フィリップに言われ、シロは目を伏せた。


「……限界が、来ておる」

「やっぱりな」


話についていけていないアレクシアはふたりを交互に見た。


「限界って、何ですか?」


そう聞くと、シロは服を脱いで背中を見せた。

ところどころ白い鱗が剥がれ、筋肉があらわになっている。


「傷の修復が、できぬ。妾の命令もホルンの命令も、体が受け付けなくなってきておるようじゃ。この傷を無理矢理魔術で治したところで、あと半年も生きられまい」

「それって――――」

「死ぬ、ということじゃ」


シロはあっさりと言ってのけた。


「妾がこの体を使ったことは数度しかなかったが、それでも案外早くきたのう」

「ホルンはこのことを知っているの?」

「うむ。妾たちは同じ体を使っておるからのう。すでに充分話した」

「なんで、そんな冷静に……」


アレクシアは愕然とした。

せっかくすべて綺麗に終わって、みんな無事にここまで帰ってきたのに。

これから仲良く色んなことをやっていけると思っていたのに。

もうすぐ死んでしまうなんてことが、信じられるはずもなかった。


「そう慌てるな。このままでは、という話じゃ。妾とホルンはすでに決めた」


シロは深呼吸をしてフィリップを見た。


「妾を殺せ、フィリップ」


淡々と、そう告げた。






気がついたのは、黒竜を倒し、血を洗い流している時だった。

体の表面の痛みがまったくとれない。

とくに、剥がれた背中の皮がどうにもならなかった。

今までにこんなことはなく、意識せずとも怪我は瞬時に治っていたのだが、それができなくなってきている。


(ホルンよ、まずいのう)

『一体、何を言って――――』


ホルンも感じたように、口をつぐむ。

ホルンの声が遠く、雑音が多い。

おそらく向こうでも同じように聞こえているだろう。


シロは体を離れて、ホルンのいる精神の部屋へと入った。

体の半分ほどの鱗が剥がれて、その下の赤い筋繊維が剥き出しになっている。

ホルンは少し視線を背けた。


「情けないが、もう戻らぬようじゃ。体の見た目はできる限り魔術で取り繕っておるが、限界を超えておるのう」

「……どうしたら治るの?」

「……治らぬ」

「私が治癒魔法を覚えたら治せる?」


すがりつくようにして、ホルンがシロの手を握る。

シロは、首を横に振った。

どれほど優れた魔法でも、壊れた器の修復はできない。

死者をよみがえらせられないのと、同じ理屈だ。


「よく聞け、ホルン。妾は充分に楽しんだ。記憶がなくとも、お主たちと過ごせて良かったと本気で思っておる。だからこそ、決めておかねばならん」

「何を……?」

「まず、先に言っておく。フィリップは黒竜じゃ。妾たちと同じ体である可能性が高い。ここにいるこやつはそこから別れた生命力の塊じゃろうな」

「それって、私も白龍の……」

「そういうことじゃな。まあ、人間の生命力も混ざっておるし、そう単純な話でもないじゃろう。妾がいなくなれば、ホルンにこの体の力は全て使えるようになるはずじゃ」


シロが少し動くと、鱗が剥がれて床へ落ちる。

まるで花が散るように、白い欠片が足元に転がる。


「……妾はフィリップに頼んで、転生させてもらう」

「そんなことできるの?」

「黒竜の塊がこれだけ意思を持って生まれているのだから、不可能ではあるまい。とはいえ、あまり期待しすぎても良くないが……」

「どれくらいの確率なの?」

「三分、と言ったところかのう」


シロはそう言って笑った。

本当は奇跡に近い確率に違いなかった。

竜が死んで、初めてこの世界に転生したのがここ最近なのだから、また同じくらいかかるかもしれない。


「死ぬなら私も一緒にいく!」

「ならぬ」

「嫌だ! だって、離れたくない! シロは、私なんだよ! もうひとりの私なの! 死ぬまで一緒じゃないとおかしいよ!」


ホルンは泣きわめいた。

シロは彼女の頭を撫でながら、優しく言う。


「ホルンよ、妾も同じ気持ちじゃ。しかし、妾はホルンが共に逝くことを望まぬ。逆の立場であったなら、お主もそう言ったじゃろう? それに、妾には夢があるのじゃ」

「……ゆめ?」

「うむ。叶うなら、こんな狭苦しい部屋ではなく、広い空の下で会いたいではないか。アレクシアと、サイと、四人で食事でもして、語らって……。おかしいかのう?」


シロは自分の顔が火照るのを感じ、指先でかいた。


「変じゃない……。全然、変じゃないよ。私も、したいし……」

「そうか」


会話はそこで途切れ、シロはホルンが落ちつくまで、ベッドで一緒に座っていた。


「……ああ、そうじゃ。大事なことを忘れておった。妾はこの時のために、文をしたためておったのじゃ」


シロの手には、たたまれた一枚の紙が握られていた。


「直接渡すことになるとは思っておらなかったわ。目の前で読まれるのは恥ずかしいから、妾が無事にいなくなってから開くように頼む」

「……うん。わかった」


複雑な顔で受け取ったホルンは、机の引き出しへ手紙をしまった。






「――――本当に、いいのか?」


フィリップはソファに座ったシロへ聞く。

アレクシアとサイには退出してもらった。

フィリップの死の咆哮を使えば、うまくシロだけを生命の流れへと還すことができる。

そのあとは、運次第だ。


「うむ。世話になったこの体ともいよいよお別れじゃのう。名残惜しくもある」


頭の角へ手を伸ばす。

シロがいなくなれば、この角も取れてなくなればいい。

そうすれば、ホルンも気に病む必要なく、普通の人間として暮らしていけるだろう。


「あとは妾がすぐに人間として生まれ変わることができれば、万事解決じゃのう」

「すぐでなくとも、おれはいつまでもここで待っている。白龍が人間として、自分だけの体を手に入れるまで」

「ふん、お主と知り合いになるのなんぞ、二度とごめんじゃ」


シロが笑うと、フィリップも微笑を浮かべた。


「さあ、やってくれ」


シロが目を閉じ、体をソファへ預ける。

フィリップがまるで歌でも歌うかのように、静かに吠えた。

空気が震える。

シロの形が溶けていく。

意識が白く、濃霧に覆われていく。

目には見えない光の粒子が、体から立ち上っていった。






ホルンが目を覚ますと、アレクシアの屋敷にある客間だった。


「あれ、私……」


起き上がろうとするも、体がうまく動かず、ベッドから落ちてしまう。

自分の体が、重く感じる。

必死に起き上がり、なんとかベッドのふちに腰をかけると、大きな足音が聞こえて、部屋の扉が開いた。


「ホルン! ああ、よかった……」


アレクシアが勢いのまま抱きついて、支える力のないホルンは倒れ込んでしまった。


「……おはよう、アレクシア。どれくらい寝てた?」

「十日! 十日も目を覚まさなかったのよ! フィリップは穴を埋めている状態だから心配ないって言ってたけど、私、気が気じゃなくて……! 本当に、心配したんだからね!」

「ごめん。でも、もう大丈夫だから」


アレクシアは涙を袖でぬぐうと、懐から小袋を取り出した。


「これ、あなたの頭についていた角だって。シロさんがいなくなったら、とれちゃったって聞いたわ」


可愛らしい小袋の中から、純白の小さな角がふたつ、手の平に転がり出た。


「それに、背中の怪我も一晩で治ったみたい」

「そうなんだ。看病してくれてありがとう」

「いや、そんなの、当たり前じゃないの」


アレクシアは少し照れたように言う。


ホルンは話しながら、自身の胸に手を当てた。

シロがいなくなって味わっているこの喪失感は、いつか埋まるものなのだろうか。


「シロさんの代わりができるかわからないけど、私も頑張るから」

「そんなのやらなくていいよ。私はそのままのアレクシアが好きだから。そうだ、アレクシア。今から一緒に飲みにいこうよ!」

「え、え? あなた病み上がりでしょう?」

「魔術で治した! いこ!」


戸惑うアレクシアの背中を押して、ホルンは部屋を出た。


シロに次会う時には、色々教えてあげないといけない。

楽しいことをたくさん。

遊び方だって、知らないだろうから。


誰もいなくなったホルンの心の部屋には、装飾のついた木製の豪華な椅子と、開かれた手紙だけが残されていた。


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