「暴食の化身」後編
シルヴェルのチャリティーイベント、5回目の日。場所は近くに野外ステージもあるレンカ国立公園。5回目にして、初めてアーティストによるライブ公演がプログラムに織り込まれたこのチャリティーイベントは来場者数が1万人を超えた。“テーマパーク問題”が解決に向かうというニュースもあってか、テレビにも扱われて、寄付もイベント収益も増えた。ヘルは肉球に絵の具をベタッと浸けて、サイン色紙に手形を描いた。
「わーい、ありがとー」
子供がヘルのサインを嬉しそうに持ち去っていく。一方、とあるコーナーではテノンが作ったスターレオンアップルが並べられていた。一口サイズに切られてカップに入ったスターレオンアップルは人気だった。今回治癒玉を作っているのはルア。行列の待ち時間を減らす為、このイベントでは「治癒スペース」を作った。そこは訪れた人を“自動的に”治すエリア。待ち時間は無く、通りかかると同時に5つの治癒玉たちが目の前の人を治す。通りかかっただけで治して貰ったとある人は、治癒スペースの前で寛いでいるルアにお礼を言って、そのままイベントを楽しんでいく。
「・・・・・暇だなぁ」
そう呟いたのはイベント警備をしているアルタライザーのユテス。トボトボと歩きながら、ふとユテスは人の流れに目を留めた。それはアーティストのライブ会場に向かう人達であろう流れ。何故ならその人達はライブのロゴが印刷された服を着ていたり、バッグを持っていたりしているから。
「ユテス」
「あ、エテュオン。異常あった?」
「無い。道案内を3度頼まれた」
「そっか。今日はすごいね、来場者数」
「シルヴェル自身も収入から多額の寄付をしてるし、最近はシルヴェルのイメージがすごく上がってる」
「そうだよね。アルテミスの知名度も上がってるし。あ、そうだ知ってる?シルヴェルが政界に進出する噂」
「噂というより、期待なんじゃない?」
「確かに。もうすでにシルヴェル信者が居るらしいよ」
〈おいユテス、エテュオン警戒しろ!近くで暴動だ!〉
「デリス、方向、数は」
〈そこから北西に2キロ、数は恐らく1体だろう。カメラに映ってるのが1体しかいない〉
「私が向かう」
〈あぁ。ベリクロも向かったからな〉
ドカンッと空気を押し退けて飛び上がったエテュオン。飛んでいる最中にもリッショウを発動させ、それからあっという間に暴動が起こったとされる地点の上空に着けば、街を見下ろした。暴徒を見つけるのは簡単だった。何故ならその生物は向こうから近づいてきたから。まるで太陽のような気迫と存在感に引き付けられたように、岩のようにゴツゴツした尾状器官の拳はエテュオンに真っ直ぐ飛んできた。その瞬間、拳と拳はぶつかった。その衝撃音は、チャリティーイベント会場に居る半分の人達が何となく振り返るほどのもの。それからまたすぐの衝撃音で、暴徒は地面に墜落した。体長およそ3メートルくらいの、言い表せない異形の生物。ボルテクスのような腕もあるし、大きな翼もあるし、尾状器官が6本もある。そして何より、すぐに立ち上がるほどに頑丈だった。異形の生物を冷たく見下ろすエテュオン。
「ガアアアッ」
「人間ベースのウパーディセーサではないのか」
正体不明でも、迅速に拘束しなければ。そうエテュオンはクウカクを作った。それはまるで軍人の装備品にある大きな盾。飛び上がった異形の生物。スピードは脅威的だが、飛びかかるだけの戦い方はただの猛獣。だから対処は簡単。ドカンと異形の生物の拳が止められれば、直後にエテュオンはもう1つクウカクの盾を作った。それは背後から異形の生物を押さえつけた。もう1つクウカクの盾を作って、今度は頭を押さえつける。更に次は脚。そうして瞬く間に、異形の生物は空中で、見えない盾に体中を押さえつけられたのだった。
「こちらエテュオン。暴徒生物を拘束した」
〈速いな〉
「恐らく人間ベースじゃない。ただの猛獣」
その直後だった、異形の生物の6本の尾状器官が暴れ出したのは。クウカクの盾の隙間を縫って出てきた尾状器官はその先端を砲身にして、エテュオンにではなく無差別に衝撃波を発射し始めた。対処する間もなく、衝撃波は建物、街灯、地面を破壊していく。
「しまった」
エテュオンが尾状器官の先端に作り出したのはアイスブレード。極低温の炭素の剣で、それを振り下ろせば、異形の生物の尾状器官はスパッと切り落とされた。するとその直後に異形の生物の2本の尾状器官の先端が3本指の手に変わり、エテュオンに掴みかかった。アイスブレードの尾状器官を掴まれたエテュオンはもう1本の尾状器官にもアイスブレードを作り出す。しかしすでに、異形の生物の尾状器官の1本が巨大化し、エテュオンに殴りかかっていた。
「くっ」
ダメージはとても小さい。ただ視界が遮られて、エテュオンは思うように動けない。しかもその最中、エテュオンは目を留めた。切り落としたはずの尾状器官が再生し始めていた。
「ふう」
エテュオンはようやく本気を出した。体中から極低温の冷気を放出した。触っていれば危険だと判断したのか、パッと手を放していく異形の生物の尾状器官。それからエテュオンは全身に氷の鎧を作り出した。それは触れるだけで凍傷を起こし体組織が壊死する鉄壁の鎧。6本の尾状器官はすぐさまエテュオンをターゲットにして衝撃波を乱射する。まるで今すぐにでも恐怖を払おうとしているみたいに。それでも衝撃波なんかでは微動だにしないエテュオンはクウカクの壁を更に作り出す。それは異形の生物を完全に包囲するクウカクの球体。
「エテュオン!」
「ベリクロ、もう拘束した」
「遅かったかぁ。まぁでも速いに越した事はないよね。オレは安全確認してくるよ」
「うん」
ベリクロが街に降りていったのを見届けてから、エテュオンは異形の生物を観察した。異形の生物は動かず、クウカクの球体にもたれ掛かっていた。
「・・・眠ってる?」
氷の鎧を解除したエテュオンは首を傾げた。違和感だった。あれだけ暴れて、さほどダメージも与えていないし、ましてや魔法なんてかけてない。でもまぁいい、このまま拘束していれば、脅威ではない。そうしてエテュオンが安心したように、少し破壊された街並みを見下ろしたその時だった、エテュオンも気付かないところで異形の生物がそっと目を覚ましたのは。瞬間、異形の生物の瞳孔が開いていく。
「ウガアアアッ」
振り返るエテュオン。暴れ出した、そう思ったと同時に異形の生物は更に変化した。こめかみからは禍々しく曲がった角が生え、翼はより大きく、腰から生える尾状器官の2本は岩石のように大きく鋭利に、もう2本はより太い砲身に、そしてもう2本は細くしなやかな“漆黒の口”となった。それから体格も5メートルほどまで大きくなり、そんなドラゴンのような生物は直後、暗く深い紫色の光を爆発させてクウカクの球体を破壊した。
「・・・何だ、この生物は」
ギョロっと、異形のドラゴンはエテュオンを睨む。ただの猛獣とは思えない、清らかな殺気だった。
「ベリクロ!」
カエルが舌を飛び出させるようにしなやかに、漆黒の口はエテュオンに噛みついた。同時にエテュオンは全身から冷気を放出する。しかしエテュオンは振り回されて投げ飛ばされた。空中でピタッと止まるエテュオン。全身に氷の鎧を纏ったものの、理解していた。自分の腹には穴が空いている事を。──・・・食われた。
「エテュオン、何だよあれ。さっきと違う」
「警戒レベル最大。とにかく制圧」
ベリクロは全身に電気を纏った。超高圧の電流はパアッとベリクロの体を光らせる。それは触れただけで体組織が焼き切れる鉄壁の鎧。ベリクロに襲いかかる漆黒の口。するとベリクロは体を回転させてそれをかわし、同時にクウカクで作った刀で逆に漆黒の口を斬りつけた。尾状器官、背中、脇腹から生やしたクウカクの刀。空を飛びながら電気を纏う刀で回転しながら相手を襲うスタイルは、まるでプロペラのよう。そしてベリクロは瞬間的に加速した。雷の速さで突撃するプロペラ。それが異形のドラゴンを掠めていくと、異形のドラゴンが振り返るより速く、岩のような尾状器官の1本が宙を舞い上がった。異形のドラゴンがベリクロに注目している間、エテュオンはアイスブレードを作り、突撃した。しかしその瞬間に漆黒の口がエテュオンに噛みつき、異形のドラゴンの尾状器官の砲身が深紫のレーザービームを撃ち出した。駐車場に墜落したエテュオン。その衝撃で1台の車が巻き添えを食らってぺしゃんこになる。
「見てないのに。いや、魔法の類いか」
ふうっと深呼吸。アイスブレードを両手に作り出せば、エテュオンは異形のドラゴンを見上げた。恐らく死角は無い。死角を守る自律起動の黒い尾状器官が2本もある。先ずはあれを何とかしないと。尾状器官から衝撃波を出して飛び上がったエテュオン。クウカクの床を作ってそこに立てば、今度は尾状器官を異形のドラゴンに向け、極低温の冷気の衝撃波を発射する。冷気の爆風は全てを急速冷凍する。生き物の動きなどすぐに鈍くなり、やがて止まる。そのはずだった。異形のドラゴンの体は確かに凍りついていた。でもそれは表面だけで、その体は深紫のオーラに覆われて守られていた。──さっきの猛獣とはまるで違う。何故急に、姿も変わり、知性も進化した?
そこにベリクロが突撃する。しかしベリクロの軌道は逸らされた。超速のベリクロを逆に攻撃したのは、深紫のレーザービームだった。
「うわっ・・・と。反応速度が増してる?」
レーザービームの乱射。その攻撃にベリクロが逃げていく最中、エテュオンは真下から異形のドラゴンに斬りかかった。異形のドラゴンの死角、漆黒の口たちの死角、それは真下。そうエテュオンは判断した。バチンッと激しく揺れる漆黒の口。つまり、漆黒の口は切り落とせなかった。──何て硬さ。1番細いのに。漆黒の口だけ、細胞の構造が違うのか。
反撃してくる漆黒の口。エテュオンは戦いの中、漆黒の口を1番に警戒していた。今1番、触れてはいけないものだと。
「うわっ」
「ベリクロ!」
レーザービームに撃たれて吹き飛んだベリクロ。その瞬間に翼が振り下ろされてきたのでエテュオンはアイスブレードで斬りかかるが、翼は切れなかった。だからエテュオンは飛び出した。クウカクの床を足場にして飛び出して斬りかかったのは砲身の尾状器官。その瞬間、エテュオンは目を留めた。深紫のオーラ、それは異形のドラゴンの表面ではなく、体内に巡っているのに。
「そうか」
斬りかかってすぐ離れたエテュオン。アイスブレードで砲身の尾状器官は切り落とせなかった。そこにベリクロが突撃していくが、ガツンとぶつかる音と共にベリクロの軌道はまたもや逸らされた。ベリクロを逸らしたのは岩のような尾状器官の拳だった。そしてその直後、漆黒の口はベリクロの後ろ足に噛みついた。振り回されて投げ飛ばされたベリクロ。
「ベリクロ!」
「くう・・・そんな、脚が」
空中で何とか止まったベリクロは、左後ろ足を失っていた。
「クウカクで止血して」
「うん。その内治るからいいけど、それより、何だよあの生き物」
異形のドラゴンを見上げるエテュオンとベリクロ。ベリクロが切り落とした岩のような尾状器官はもうほとんど再生していて、その眼差しは知性的な殺気に溢れていた。
「きっと、深紫のオーラが、細胞に染み込んで、皮膚そのものになってる。そう推測すれば、あの硬さは納得出来る」
「魔法で強化された細胞か」
「ベリクロ、応援呼んで」
〈それには及ばないよ〉
突然声がした。スピーカーなど無いのに、無線機でもなく、まるで目の前で話しているように。その直後、目の前にパッとヘルが現れた。
「ヘル」
「(治癒玉)」
エテュオンとベリクロの周りを治癒玉がクルクルと回る中、ヘルはすぐさまシュナカラクと合体し、翼を解放し、フェニックスソウルを纏った。
「(さっきから見てたからさ。危なそうだから助けに来たよ)」
「うん、ありがとう。助かった」
「気を付けて。魔法で強化された生物。特に黒い尾状器官に」
「(分かった)」
ヘルは純粋に感じていた。異形のドラゴンからは殺気しかない。迷いも無いし、それはむしろ自分達を“食べ物”としてしか見てないという殺気。
「(動きを止めたら眠らせるからね)」
「分かった。援護する」
「(フェニックスフィスト!)」
獲物に食らいつく猛獣のように、漆黒の口はヘルに襲いかかったが、それは淡く白い炎の手で逆に捕まえられた。
「(あわわ)」
すると頭をクルッと回し、漆黒の口も負けじと淡く白い手に噛みつく。
「(熱くないの?)」
漆黒の口をギュッと握り締める淡く白い手。鉄だったらとっくに熔けている温度なのに、びくともしない。それでも逆にチャンスだからと、ヘルが魔法の手で漆黒の口を掴んでいる間、エテュオンが2本の尾状器官から極低温の衝撃波を放った。しかしそれは岩のような尾状器官によって叩き払われてしまう。それでも別方向からはベリクロが尾状器官から超高圧の電気を帯びた衝撃波を放ち、異形のドラゴンを背後から襲う。
「そんな、直撃してるのに大してダメージ無いのか」
「(フェニックスブレード!)」
淡く白い一閃が放たれた。それを睨みつける異形のドラゴン。脅威的な反応速度で繰り出され、一閃を受け止めた岩のような尾状器官だったが、それはスパッと切り裂かれた。
「(フェニックスブレス!)」
追い撃ちをかけていく淡く白い光弾。それは連続的に異形のドラゴンに直撃していき、爆発の1つ1つが鉄をも熔かす光ととてつもない衝撃によって、それからその巨体からだらんと力が抜けた。
「(鎖!)」
スルスルと宙を舞う光の鎖が、先ず最初に縛り上げたのは2本の漆黒の口。それからあと4本の尾状器官。これで異形のドラゴンはほぼ無力化出来た。あとは眠らせるだけ。そうヘルが一瞬、安心したその時だった、異形のドラゴンの口から深紫の炎が溢れ出したのは。悪あがきだった。どこでもいいから、強烈な炎を吐き出したい。そんな悪あがき。炎が吐かれたら街に大きな被害が出てしまう。ドラゴンの顔が向いた先に向かったのは、エテュオンだった。尾状器官からの深紫のレーザービームよりも勢いのある衝撃。それをエテュオンは身を呈して受け止めた。吹き飛んでいくエテュオン。
「エテュオン!」
「(眠!)」
ヘルの魔法がふわっと異形のドラゴンの顔に直撃したと同時に、ベリクロはエテュオンを追いかける。何十階相当の高層ビルでも一瞬で粉砕しそうな爆発に吹き飛んでいったエテュオンは地面に墜落していた。
「エテュオン!」
動かないエテュオン。ベリクロは前足でエテュオンの肩を揺らす。
「エテュオン!」
「・・・・・問、題・・・無い」
「良かったぁー」
光の鎖に吊るされて空中で眠っている異形のドラゴンを通り過ぎ、ヘルがエテュオンに治癒玉を出している傍らで、とある男は異形のドラゴンを見上げていた。そして誰にも聞こえる事のない笑い声をあげた。
読んで頂きありがとうございました。
広い世界で、“奇跡的に”誰がどんな力を授かるか分からないという緊張感。また1人、誰かが何かを成し遂げたようです。




