「ヘルのおつかい」前編
その朝、ヘルは朝食を食べながらユピテルとの話をルアに聞かせた。
「(ま、おつかいなんてぱぱっと終わらせちゃうから。それより、100億いつ手に入るのかな?とんでもないお金持ちじゃん)」
「うん。でもテーマパークの為に沢山使うけど」
「(え?さすがに3億くらいは自由に使えるでしょ)」
「3億?具体的。買いたいものでもあるの?」
「(何となくパッと思い浮かんだだけだよ。でも、沢山宝石売ればさ。テーマパークの復興が終わってもお金作れるでしょ。豪邸買っちゃう?)」
「うーん。豪邸より広い庭が欲しいな」
「(いいね)」
「パーッ」
「(だよね)」
「キュン」
最初にヘルとテノンとサファが向かったのはシーザーの居場所、大地の大樹。その日、そこではパーティーが開かれていた。ピクニックシートを敷いて、ペットのようにシーザリアンを連れて、数人が賑やかに過ごしていた。そこにシーザーの姿は無い。ヘル達の前にシーザーが現れたのは、ヘル達がパーティーしている人達から遠く離れた頃だった。
「(さっきの何のパーティー?)」
「さあな。人々が勝手にここに愛着を持っている」
「(いいの?)」
「大地の大樹を傷付ける者が来れば容赦はしないが、まぁ気にする事でもない。何の用だ」
「(あ、うん。あの頼みがあって。シーザーの霊気をちょっと貰いたくて。一応これ、お土産)」
そうヘルが紙袋を差し出せば、シーザーは紙袋に入っているものを取り出す。それはサンドイッチだった。
「(異世界の友達が作ったんだ。スターレオンのペーストとラフーナを混ぜてソースを作って、それをね、異世界の色んな生ハムとレタスと一緒に、パンに挟んだんだよ)」
サンドイッチにかぶりついたシーザー。黙ってもぐもぐしてからまたかぶりつく。どうやら美味しいらしい。そうヘルは満足げだった。シーザーと言えばお土産。だから何が良いか考えて、異世界の食べ物にした。
──少し前。
禁界の合同キャンプ場。
「(アンシュカ、おはよう)」
「あらヘルおはよう。見て見て?スターレオンとラフーナでソース作ってみたの。サンドイッチにしたら美味しかったわよ?」
「(ちょうどいいね。それ1つくれる?シーザーへのお土産にしたいんだ)」
「いいわよ」
それからシーザーは無言のままサンドイッチを完食した。
「(どう?美味かったでしょ?スターレオン)」
「あぁ。スターレオンとは何だ」
「異世界に散歩しに行った時、テノンが作ったオリジナルの木の実だよ?スパイスにするとすごく美味いんだよ」
「そうか」
第89話「ヘルのおつかい」
「(ボクが作った魔法のボールに霊気を入れてね)」
「霊気など何に使うんだ」
シーザーがそう聞いたのは、ヘルの魔法のボールが赤錆色に染まってから。
「(お父さんが研究で使うんだって)」
「お父さん・・・」
「(あ、人間のね)」
続いてヘルたちが向かったのはスンバ、サンジャラにあるホウ湖。宿泊施設「ホウ湖の真ん中」にやってくれば、そこには小さい島には相応しくないほどの行列があった。
「(あ~、来る時間間違えたかなぁ)」
そんな時だった、ヘルの下に見知らぬおばさんがやってきたのは。
「ヘルくんかい?」
「(え、うん)」
「エイシンさんに頼まれたんだ。ヘルくんが来たら渡して欲しいって」
そう言って優しそうなおばさんが差し出したのは、魔方陣のような幾何学模様の球体。それはまるでヘルがちょうど欲しいと思っていた、霊気の詰まった魔法のボールそのものだった。
「(くれるのは嬉しいけど、何でくれるのかな)」
「食べ物も特に要らないし、手伝って欲しいこともないって」
「(あら、聞きたいことも見透かされちゃってる。まぁいいや。ありがとうって言っといて)」
「うん」
霊気のボールをポーチにしまうヘル。中立的な立場を貫いてるだろうけど、とても協力的。エイシンって普通にいい人なんだな。そう思いながら、そしてパッと消えた。
「キューン(良い匂い。ちょっと行かない?)」
「(そうだね。何だろう)」
「パーッ(犬はすぐお腹空くんだなぁ)」
ヘルたちがやって来たのはホールズの1国であるスレイシニク、その最早ファティマの国と囁かれている街ネーイス。来た途端、ヘルたちはすごく良い匂いに鼻を刺激された。だから向かったのは何だか野次馬もマスコミも集まっている場所。そこは公園で、その中にある広場では何やらとんでもない大きさの木が立っていた。
「(すごい。でかい木。ボンたちが作ったんだろうけど、何の木だろ)」
「キュンキュン(あの木から出来てる大きな果実、見たことない。けどすごい匂い)」
「(だね)」
「パーパー(家くらい大きな果実。何人分なんだろう)」
「(とりあえずファティマに会いに行こう)」
そんな時だった、ヘルの目の前にブンッと檸檬色の治癒玉が飛んできたのは。シュシュッと上下に揺れる治癒玉。
「(あ、久しぶり。元気そうだね)」
はしゃぐ治癒玉に案内されて、それからヘルがファティマの下に行けば、真っ先にボンとギンが尻尾を振って歩み寄ってきた。
「(やあ)」
「ワウワウ(ちょうどいいところに来たね。もうすぐ出来るよ。オーケストラ)」
「(ん?オーケストラって?)」
「ワン(あれだよ)」
ボンがそう言えばヘルたちも広場の真ん中に立つ大きな木を見上げる。
「ワウワウ(代わりばんこでじっくり育てて、今はコンがエネルギーを注いでるんだ)」
「(ヒュンは?)」
「ワウワウ(今日は普通のシーザリアンフルーツ当番)」
「ガウガウ(ニュース見て来たの?)」
「(ううん。たまたまファティマに用があってね。紹介するね。こっちはサファっていうの)」
「キューン(よろしくねー)」
「(こっちがテノンだよ)」
「パーッ(ボクだってオリジナルの木の実作ったよ)」
「ワウワウ(おー、そうなんだ。せっかくだし分け合おうよ。オーケストラ、もうすぐ出来るからさ)」
「パーッ(いいよー)」
「高さ50メートルを越える大木から実る、オーケストラ。えー只今、バリトーン公園では、今か今かとその完成と味を求めて沢山の人が集まっています。この瞬間にも、この場には芳醇で包み込まれるような、幾重にも重なったような甘く爽やかな香りが広がっています」
その瞬間、大勢の眼差しに見守られている超巨大な果実を吊るす、重機のように強靭な木の枝がみしみしと音を立てた。このままあの家のように大きい果実が落ちたらどうなるのだろうと、ヘルはそんな不安を大勢の人達から感じた。するとその直後、ボンが果実の方へと走っていき、果実の真下の地面から新たな木を生やした。その木は上に伸びるものではなく、横へ横へと伸びていき瞬く間に籠のような形となった。
「ワウワウ(来てたんだ)」
「(あ、ヒュン。うん。もう出来たのかな)」
「ワンワン(そうみたい。熟したから落ちてくるよ)」
固唾を飲んで果実を見守る大勢の人々。ヘルも、静かにヒュンとギンの下へやって来たファティマも見守る中、そして果実は落下した。大波が崖にぶつかるバサンッというような音と共に木の網枝に受け止められた果実を、大勢の人が拍手で迎える。とても良い匂いが辺りに充満していて、ヘルにとってはもうそれだけで微睡みそうだった。
「テレビの前の皆さんに、この香りが届かないのが残念でなりません。只今、ボン、コン、ヒュンの3匹がオーケストラをカットしています。これは一体何人分なんでしょうか」
やがて地面から生えた無数の枝が、まるでウェイターのように手のひらサイズに切り取られた果実を人々に運んでいく。1人の男性は、自分の下にやって来た枝を見て直感した。その枝の先端はなんとフォークのように三又になっていて、しかも枝そのものが切り離せてフォークになるということを。その男性が枝を掴めば、まるで枝の方から手を離すように枝のフォークだけを残して去っていく。それから果実を食べた人々から、笑顔が咲いていく。その笑顔が広がっていき、広場には笑顔の花畑が広がっていく。
「(あ、来た、わーい)」
ヘルは魔法の手で自分とテノンの分を受け取ると、果実をかじった。目を見開くヘル。衝撃だった。まるで無数のフルーツを1度に頬張ったかのよう。まるで全ての旨味を1度に頬張ったかのよう。何の味ということではなく、あえて言うなら──。
「(こりゃ・・・大地と海の味だ)」
「パー(あんなに巨大になるまで果実を育てたんだし、そりゃあすごい旨味になるよね)」
「ガウガウ(美味しい。みんな喜んでる)」
「そうね。成功して良かったわね」
「すごい!もう・・・なんと言えばいいんでしょう。色んな味と旨味がものすごく凝縮されていますね。言葉に言い表せないくらい、色々な味が混ざって、けど調和が取れていて、口の中に広がります。お近くにお住まいの方や、近くに立ち寄っている方は、ぜひ食べにきて下さい。以上、現場から中継でした」
中継が終わった後も、アナウンサーの女性がシーザリアンフルーツ「オーケストラ」に夢中になっている一方、テノンは地面に降り立ち、木を育てる。
「それでヘル達、何しに来たのかしら」
「(うん。今ボク、蘇りし者の人達から霊気をお裾分けして貰ってるんだ。だから、ファティマにもお願いなんだけど、霊気、分けて欲しくて)」
「ふーん。まぁ良いわよ。ヘルには治癒玉貰ったし」
「(うん、ありがとう)」
何だかとにかく沢山の人が来た。警察官が交通整理を始めるほどで、新しくやって来た人達は皆一様に笑顔を咲かしていく。その内野生のシーザリアンたちもふらふら寄って来て、ボンたちは野生のシーザリアンたちにもオーケストラを分けていく。
「(うーん、すごいな、今霊気検索で匂いを嗅いでたら、10キロ先までオーケストラの匂いが飛んでってるみたい)」
そんな時だった、ヘルが振り返ったのは。ヘルが振り返った先に飛んでいく檸檬色の治癒玉。ヘルにとっては覚えのある匂いだった。お互いに肩を貸し合い、とぼとぼと歩いているのは、怪我だらけのエメリスとレグリムだった。檸檬色の治癒玉に治療されている2人に歩み寄っていくヘル。
「(何しに来たの)」
「あんたには関係ない」
その直後、エメリスの腹からぐるぐると音がなり、エメリスは戸惑いながらもオーケストラのある方に顔を向ける。
「良い匂いで、気が付いたら来ちまった」
「(そっか。おーい、ボン。この人にもオーケストラ分けてあげてよ)」
直後に何十メートル先のボンたちの居る場所からスルスルと枝が伸びてきて、エメリスとレグリムにオーケストラの欠片を届けた。すると2人はゴクッと生唾を飲み、一心不乱にオーケストラにがっついた。
「(そんなにお腹空いてるの。向こうの世界じゃどんな生活してるの)」
「こんなんじゃ足りない」
「(だよね。ファティマ、食べ物持ってきてあげてよ)」
「しょうがないわね」
パッと行って帰ってきたファティマが持ってきた色んなシーザリアンフルーツに、またがっついていくエメリスとレグリム。
「・・・・・こんな美味いもん、生まれて初めてだ」
「(もしかして、蘇りし者の誰かに戦いを挑んで負けたとか?)」
「・・・いや、オレらが負けたのは、カンディアウスと、何か銀色の奴」
「(あぁ、ガンニアーだね)」
「何があったか知らないけど、カンディアウスいきなり強くなってた。それでとにかく逃げて来てここに」
「(そっか。一応、魔法で怪我も治ったし、お腹いっぱいになったし、また戦いに行くの?)」
「当たり前よ。私達は、戦う事しか出来ない。戦う事が好きなの」
「(けど、ガンニアー達が覚えた魔法、相当強いでしょ。ボクも出来るんだ。だから次もまたボク達が勝っちゃうけど)」
「勝ち負けなんかどうでもいいわ。戦いたいだけだから」
「(えー。美味しいもの食べてる方が幸せだと思うけどなぁ)」
「幸せ・・・。力を使っている瞬間の高揚感、オレ達はその方が幸せだ。さて、借りだなんて思うなよ?今から返すんだからよ」
「(あっ。あのさ、頼みがあるんだけど。聞いてくれたら戦ってあげる)」
「何だ」
「(霊気を分けて欲しいんだ。ちょっと今、蘇りし者達から霊気をお裾分けして貰ってて)」
「フッ。私達に勝ったら良いわよ?」
遠く空の上。エメリスとレグリムの2人と向かい合ったヘルはシュナカラクと合体し、炎を纏った。
「フェニックスソウル!」
それはまるで光と炎が混ざった日光のような暖かみのある色の炎。しかし近付けないほどの熱の塊で、太陽そのものかのよう。
「くっ。それだ、その痛いほどの霊気。カンディアウスと同じってのは嘘じゃないみたいだね。けど、私達だって戦い方を変えたんだ」
そう言うと2人は鳥に変身し、エメリスはインディゴの、レグリムはシアンの色をした電気を纏った。
「千雷鎧!」
ヘルは頑張って目を瞑らずにいた。落雷のように眩しい閃光がエメリスとレグリムを包んだ。そして2色の電気はまるでヘル達が使う“魔法の鎧”のように2人に纏っていた。翼は4枚になり、体毛からは常に電気が迸る。それはまるで生きる雷かのよう。淡く白い太陽と、2つの雷が激突していく。そんな戦いを、ファティマやボンたち、テノンたちは見上げていた。やがて墜ちたのは、雷たちだった。ファティマは小さく溜め息を吐き下ろす。ついさっき怪我を治したのに。人間に戻ったエメリスとレグリムはボロボロで、肩を貸し合って立ち上がった。2人に飛んでいく檸檬色の治癒玉。
「(ふーっ。新しいフェニックスソウル良い感じ。どう?強いでしょボク)」
檸檬色の治癒玉が2人の周りを回る中、エメリスとレグリムはしょんぼりする。
「戦いは、好きだ。だからって、負けるのは好きじゃない。負け続けるのは、つまらないな」
「けど、どうしたって敵わないじゃない」
「(約束だよ。この魔法のボールに2人の霊気、ちょうだい?)」
2人は黙って手をかざした。すると水がコップに注がれるように、やがて2つの透明なボールはインディゴとシアンに染まった。
「(ありがとう。あのさ、魔法、教えてあげてもいいよ。その代わり1つ約束して欲しいんだけど)」
「仲間にはならないぞ?仲間になどなったら戦えなくなる」
「(でも、美味しい食べ物食べるの、幸せじゃないことはないでしょ?)」
「それは、まぁ。お前はどうなんだ──」
レグリムが向けた眼差しの先、それはファティマ。
「何故戦わない?力を持ってるのに、退屈じゃないのか」
「私はずっと戦ってるわよ?」
「え?」
「私のやり方で。私は守りたいものを守る。その為に力を使うわ」
「(仲間じゃなくてもいいからさ。殺し合ったって、何も幸せじゃないと思わない?)」
「・・・別に、私達は殺す為に戦いたい訳じゃないわ。どちらかが死んだらそれこそ退屈よ」
「(え?)」
「私達は戦い続けたいの、永遠に」
「(んー。そっか。アーサーなら共感するのかも)」
「魔法を教えてくれるのよね?なら教えて」
「(じゃ、じゃあ約束してくれる?悪意で戦わないって。味方じゃなくてもいいから、誰も殺さないって)」




