「色褪せたもの」後編
禁界にて。ヘルはテノンが育てる小さな苗木を眺めていた。30センチほどの苗木はやがて2メートルくらいになり、木の実を実らせた。ヘルは魔法の手でそれを摘み取る。
「(出来たぁー。これが魔法のスパイス、スターレオン。へっへっへ)」
そこに歩み寄るアンシュカ、テリッテ、グズィール、アルツ。
「へー。ぼくが見つけた変な木の実、よく分かんない海藻の遺伝子が混ざって新しい美味しいやつになったのかぁ」
食べたもの、それらの遺伝子を混ぜて新しい食べ物を作る。それはシーザーじゃなくても出来るみたい。そうヘルは満足げだった。
「(早速使ってみよう)」
ヘルがそう言えば、アンシュカは木の実を磨り潰してペーストにし、テリッテは丸いパンをスライスする。焚き火の上に設置してある金網にパンを置いていき、良い感じにパンに焼き目が付いたら、そしてアンシュカはスターレオンのペーストをパンに塗った。パンにかぶりつくヘル達。
「(んーっ。すごい、想像通りだ。うま辛が特徴のスターと、海の旨味たっぷりの海藻レオンとの融合。木の実の油が良い感じのペーストにしてくれて、海の味とうま辛がちゃんと混ざってる)」
「美味しいわね」
「テノン、ありがとう」
テリッテがそう笑顔で向けると、テノンは嬉しそうに「パー」と返事。
「すごいんだね。蘇りし者の力って」
グズィールが感心してそう呟くと、アルツも頷いてパンを頬張る。
「これは良いスパイスになるわね」
今日は何となくテノンを連れて、ヘルは禁界の合同キャンプ場に散歩に来ていた。テノンにとっては初めての禁界。だから食べ物に興味を持った。だから食べれば、当然のように自分で育てた。それをアンシュカが見た事で、新しい食べ物を作ってみたら?と提案したのだった。それからヘルがふと眺めたのは、禁界の入口となっている山の道。
「(結構進んだよね。トゥマーレの設置)」
「そうね、もうそろそろ半分じゃないかしら」
「パーパー」
「(んっとね。翼人っていう人達の力が無いといけない場所なんだけど、今は力が無い人達でも通れるようにしてるんだよ)」
「パーパー」
「(そう?じゃあもっと色んなもの食べないとね。そう言えばガンニアーどうしてるかな)」
「ガンニアーはカンディアウスさんとプライトリアに居ると思うよ?」
そうテリッテは微笑む。
「(へー。何で?)」
「アポロンさんが、カンディアウスさんをアポロンさんの特別親衛っていうことにしてるんだけど、昨日、ガンニアーもそうなったって言ってた」
「(特別親衛。何か凄そう。でも大丈夫なのかな、兵士なんて)」
「嬉しそうではなかったけど、退屈よりマシって言ってたよ。何か自分の世界には戻りたくないみたいだし」
「(そうなんだ)」
「やあヘル」
そんな時にやって来たのは、なんとユピテルだった。ここは色んな匂いがある場所。しかも今は食事中。だからって全然気が付かなかったとにヘルは自分でびっくりした。
「(お父さん!何でここに)」
「最近ちょくちょく来てるんだよ。禁界は前から興味はあったからね。最初はカンディアウスくんの遺伝子が欲しくてアポロンくんと会って、話の中で禁界の磁場を弱める機械を作ってるって聞いてね。俺も一応科学者だし、何か出来る事はないかなって。それで今は禁界の磁場を魔法のエネルギーにする研究をしてる」
「(禁界の磁場の魂子で魔法をって事?)」
「おお、よく分かったね。禁界の磁場も世界の法則から逸脱してる訳じゃない、特殊な魂子の集合体というだけ。ならそれをコントロールする方法だってあるはず。ドルタスくんが開発したトゥマーレで、いづれ禁界に入れるようになるけど、そもそも禁界で生きてる者達のように、自然と禁界に入れるようになる方法があるはずだと思って、俺はそっちを研究してるんだ」
「翼の力じゃなくてって事?」
「そう。エニグマと、そしてイビルと呼ばれる動物達には翼の力は無い。でも禁界で生まれ、生きている。その遺伝子を解明すればきっと良いヒントになると思ってね。言わば禁界用トゥマーレは、磁場を無力化させるもの。でも俺の研究は、磁場を有用化させるもの、という事かな」
「(さすがお父さん)」
「実はもうほぼ出来てるんだけどね。それをドルタスくんに話そうと思って」
「ドルタスなら、自分のテントよ」
アンシュカがそう言えばユピテルは微笑んで頷き、颯爽と歩き出す。だからヘルはついていった。だってとっても気になるから。
「ドルタスくん」
ユピテルの呼びかけにドルタスとジヴォーフが出てくれば、ドルタスはキョトンとした。何故ならユピテルだけではなく、そこにはヘルとアンシュカも居たから。
「ユピテルさん。実は僕も話したい事があって」
それからドルタスのテントのすぐ側で、ユピテル達は椅子に座る。
「ユピテルさんが教えてくれた、禁界用トゥマーレのAI化なんだけど、トゥマーレの磁場に通信が遮られたりしないのかな」
「確かにプライトリアの技術だけでは遮られるだろうね。だからこそ俺の方でも対策を考えてた。トゥマーレのAI化には俺の研究が役に立つだろうから、それを含めて話そうと思って来たんだ。先ずAI化に不可欠なのは、デュープリケーターの遺伝子さ。ドルタスくんも知っての通り、デュープリケーターたちは君のトゥマーレのお陰で、禁界に対応出来る生物として生まれた。それをトゥマーレに応用すればいい」
「そっか、そうだね」
「(トゥマーレ、何かアップデートさせる感じ?)」
「あぁ。トゥマーレを半生物化させて、自分の判断で禁界の磁場を解析、有用させていく。その方がより広い範囲で磁場を無力化出来て、その制御もしやすくなる。故障した際の自己再生機能もつく。生物化といっても決められた事だけをするAI。そんなトゥマーレにしたらどうかってドルタスくんに提案したんだ」
「(へー。何かすごい。でもエニグマが接近してきたら食べられたりしないかな?)」
「なるべく穏便に、エニグマを刺激しない存在にした方がいいだろうから、地中に埋められる部分は埋めるのも1つの手だと思う。後は、こっちの世界で考えるのは動物が嫌がる音や臭いを出すという手もある。もし小型化が見込めるのなら、木の上に設置する事も出来るかも知れないね。それで、今日持ってきたのは、その半生物化トゥマーレの為のベースのボディー」
ユピテルがアタッシェケースを開ければ、そこには一見何の変哲もない、機械の塊があった。
「禁界の磁場の魂子を基に、鉄のように硬いもの作る魔法で部品を作った。見た目は普通の機械だけど、物質的な構造は禁界の磁場の中に存在する植物や動物と同じ」
「え、それって、禁界でも動く電子機器って事?」
「そう」
「すごいやユピテルさん!でも何でそんな事出来たの?禁界の磁場は霊気だって遮っちゃうのに」
「あぁ。禁界における長年の問題はそこだよね。だから俺は、禁界の磁場の、霊気を拒絶した際の反応を観察したんだ。そこで分かったのは、磁場が霊気を拒絶する際、複数の種類の霊気がものすごく複雑に入り乱れて反射しているという事」
「磁場って・・・霊気なの?」
「あぁ。だが複雑に絡まった霊気のせいで特殊な磁場が生まれて、霊気を細かく反射させて消滅させていた。だから俺は禁界の磁場の霊気の種類、そのそれぞれの性質を特定して、それぞれの霊気の活動を止めた。そうする事で磁場の中にある禁界の魂子を取り出す事に成功した」
「そんな発想があったなんて!」
「禁界の魂子自体も特有の性質を持っていてね。禁界の魂子で作った魔法は、禁界の磁場をすり抜ける。厳密に言うと、禁界の魂子と禁界の磁場は共存関係で、磁場は霊気を反射しない。だからこの機械は、禁界の中でも動く、という事さ」
「さすがユピテルさん。やっぱり科学者ってすごいや」
「はは、ありがとう。これで禁界の謎は解けた。俺自身も嬉しい。ま、同時に研究対象を1つ失ったから寂しいけどね。ただまだ疑問なのは、何故ロードスターの人達は、禁界で活動出来ていたのか。確かに魔法を使えば色々な事が出来る。でもロードスターは、純粋な科学力だけで禁界で活動していた」
「聞いてみたらいいんじゃないかしら」
「いや、俺のような一般人に簡単に教えられるような情報じゃないはずだ。誰にでも教えられるものだったら、今頃色んな国が禁界の中で活動してるさ。人間は情報を独占したがる生き物だからね」
「(何だっけ、雷雲発生装置だよね。それで向こうから来てた)」
「雷雲・・・積乱雲?確かに翼人は雲から来るけど、積乱雲じゃない雲からだって翼人は世界を越えられる。ん?そうか。もしかしたら仮説が立てられる。禁界の磁場は、複数の霊気の複雑な反射が常態化している中で発生したもの。それはまるで、水や氷の粒が集まった雲のように。もし禁界の磁場が、別の世界の、水滴と日光の反射によって生まれる空間に、霊的に共鳴しているとしたら。それがゲートとなって、禁界に適応している人達は世界を往来している、という仮定が出来る。入口と出口の詳細な繋がりは何とも言えないけど、何かしらの共鳴が発生している事は事実なんだろうね」
「(禁界の磁場と、ボク達の世界の雲が、何かしらの共鳴って事?)」
「あぁ。ただそれは霊的なものだけどね」
「(証明、難しそう)」
「はは、科学者としては楽しいさ。とにかくドルタスくん。これを使って、トゥマーレをアップデートしてみたらいい」
「うん、ありがとう」
「それでヘル。その鳥は、シーザリアンかい?」
「(え、うん)」
するとユピテルはゆっくり頷き、何となく不気味な微笑みのまま、ヘルの頭の上に立つテノンを見つめる。
「(も、もしかして)」
「ちょうどいい、ヘルにミッションを与えよう」
「(え、ご褒美ある?)」
「勿論あるさ。俺達の世界の蘇りし者達の全ての霊気を採取してきて欲しい。シルヴェルの遺伝子と霊気のサンプルはあるけど他のは無いからね。頼んだよ」
「(分かったけど、集めてどうするの?)」
「別の研究に使うんだ」
ヘル達がシルヴェルの家に帰っていった後、それからユピテルはプライトリアの隣国、アマバラに戻った。そこには「ニルヴァーナ」がある。アマバラにあるニルヴァーナは、ルア達の世界にある科学研究機関ニルヴァーナの“異世界支部”。以前はそこの名前はザ・デッドアイだった。けど“しがらみ”が解けたので、物騒な名前は取り払った。
「お帰りなさい」
「あぁ」
アマバラの人間も研究員として働いていて、ユピテルを見かければ気軽に挨拶をする。
「ドルタスさん、どうでした?」
「喜んでたよ」
自分のデスクに戻れば、ユピテルはコーヒーを入れた。アマバラはコーヒー豆を栽培していないので、アマバラにコーヒーというものはない。だからコーヒー豆とコーヒーメーカーは自分の世界から持ってきた。それからユピテルが立ったのは、ケースの中に寝かされたギガスの前。アマバラの文化においてのギガスとは、死体。フィルターの役割を果たす霊匣や霊器を使わず、強い魔法を使った人間はその魂を焼かれて失ってしまう。そして魂を失った死体を精霊が操ることがある。でも目の前のこのギガスは、どこかの知らない浮浪人のギガスを引き取ってきたもの。本来、ギガスの処分は焼却に限る。だがシンプルに言えば、ホームレスのギガスなど葬儀屋はいちいち受け入れたがらない。だから森からホームレスギガスを持って帰ってきても、アマバラの政府はいちいち目くじらを立てない。そしてその時、そのギガスは目を覚ました。
「やあ、起きたかい?」
魂が焼け死んでどれくらい経ったのか、その死体は全身が真っ白だった。でも目を開けて、ギョロりと瞳を蠢かせる。起きた死体を、アマバラの人間達は不気味なものを見る目で眺める。
「ここは・・・」
「アマバラだよ。君がいつギガスになったのかは、精霊に見て貰えば分かるだろうね」
「ギガス・・・」
その男は一点を見つめて固まった。その脳裏に過ったのは、微かに覚えているような、いないような、森の中を彷徨う記憶。
「オレは、一体、誰なんだ。いや、それより、この・・・感覚は、霊気?」
「うん。君の魂を新しく作ったのは、とある強い霊気で、だから君はエルフでもなく、精霊でもなく、人間として強い魔法を使えるはずだ」
ユピテルの研究の1つ、それは“蘇りし者の転用”。
「原理はシンプルさ。蘇りし者は、単に強い霊気で魂が作られた者達だ。なら、それは“強い霊気の素”さえあれば俺達にだって出来る。ギガスになった死体は、精霊のルールでは生き返らせる事は許されない。何故なら、ゼロになったものを1にするのは蘇生ではなく創造だから。精霊は、自ら生き物を創造する事を許していない。人間の魂は輪廻の中にあり、その輪廻の範疇である蘇生なら許されるけどね」
「悪い、さっぱり、分からない。オレは、生き返ったのか?」
「まぁ。君が生前の記憶を持っているならそうなるだろうね。でも、どちらかというと、新しい別の人間として生まれ変わったという方が適当かな」
「別の、人間」
それからその男は精密検査を受ける為に移動していく。起きてから約10分、男の全身は少しだけ血色を蘇らせていた。精密検査の為の医務室。そこで男は目を見開いた。4床のベッドでは男女2人ずつ、自分と同じ“真っ白な人間”が過ごしていたから。
「ん?お前、まさかエンレキか?」
ベッドで過ごしてはいるが表情も明るい男がそう言えば、目覚めたばかりの男はただ戸惑う。
「ゴーテンの街で酪農してただろ?牛の。オレ、お前の牛を買ってた、料理人のリクスだ。覚えてないか?」
男は一瞬だけ頭がクラっとした。まるで分厚い泥から突然空気が吹き出したように、とある記憶が浮かび上がった。草原、牛、家族。
「分からない。だが、そうかも知れない」
そんな時だった、診察室へのカーテンがササッと引かれて医師が顔を出したのは。
「こちらへどうぞ」
男が診察を受けている一方、ユピテルはふらふらと歩いて、カンディアウスの霊気の結晶の前に立った。
「うん、問題無いね」
台の上に置かれた、5センチほどの大きさのダークグリーンの宝石。それはカンディアウスの霊気を圧縮して石化させたもの。つまり、霊気の塊。果たしてカンディアウスの霊気で蘇らせたギガスは、カンディアウスのような力の使い方が出来るのか。それもだが、蘇りし者達の力を使えば、何回でも蘇生出来るし、ウパーディセーサじゃなくても生物学的に次元の高い存在としてそもそも不老不死になれるのではないか。──この力なら、ウパーディセーサよりも強く高く、死を越えられるだろう。
それからユピテルは別の台の上にあるシルヴェルの霊気の結晶を前に、まるで飾られた宝石でも眺めるように見つめながら、コーヒーを一口。
「集まったらどうするんだい?」
ユピテルの隣でそう聞いたのはサハギー
「まぁ、そうだな。悪い人に取られないように大事にしまわないとね。不老不死自体はもう叶ってるし、ゆっくり考えるさ」
そうユピテルは白衣のポケットに手を入れ、緑色の霊気の結晶をコロコロして遊ぶ。
読んで頂きありがとうございました。
色褪せた登場人物としては、ユピテルがまた動き出しました。果たして善悪を超えた科学は、次に何を生み出してしまうんでしょうか。




