「アルタライザー」前編
一瞬、全てが真っ白になった。眩しいというほど強烈ではないが、心地良いというほど暖かくもない。それが光だという事は何故か理解出来た。倒れた輸送車から這い出て、呆然と空を見上げるサウサン。相変わらず街は雪と残骸に支配され、空には青空が広がっていた。無線機から漏れるノイズと声に我に返れば、急いで歩み寄る。
「サウ──司令──応答──ます!・・・サウサン司令官!」
「あぁ聞いている」
「こちらから観測する限り、先程まであった白銀の霧や兵隊が、全て消滅しています。そちらではどうなってますか?」
「同じくだ。ただ私にも何が起きたのか、全く分からない。これは、奇跡としか言いようがない」
白銀の大爆発によってイシュレの光壁でさえ破壊されたそこで、軍人達が驚きながら、でも喜び始めた傍らで、何とか立ち上がったジェクスとイシュレも呆然と辺りを見渡していた。
「何だ、今の光。どうなってんだよ。イエン、じゃなさそうだが」
エストーンやレヴァクも呆然と顔を見合わせる一方、ルアとヘルはイエンの下へと何とか駆けつける。
「イエンがやったの?」
しかしイエンは首を横に振りながら掌に乗せた濃縮魂子ボールを見せた。
「(すごい光だったけど。もしかしてディンクルスがガルゼルジャンをやっつけたんじゃない?)」
「やっぱり、そうなのかな」
「ううん。ガルゼルジャンの気配、まだあるよ」
「(えっ)」
そうイエンが遠くを眺めれば、ルアとヘルもその向こうへと顔を向けていく。
「(おい、どうなってんだよ!急に全部消えたぞ。せっかく修業中だったのに)」
「ヒーター、大丈夫?」
「はい」
騒ぐアーサーとは対照的に、テリッテとヒーター、アポロンは冷静に顔を見合わせたり、辺りを見渡していく。
「何かの前兆かも知れない。警戒はしておくべきだ」
「そうですね」
一瞬、全てが真っ白になったその瞬間、ディンクルスは振り返った。何となくどこから来たか、その方向だけは分かった気がした。辺り一面の白銀が消え、ガルゼルジャンという巨人も消えて、ディンクルスは剣を構えた。それが何か、誰がやったのか、そんな事よりもただ“戦の軸”を見上げていた。
「何が起こった!我の力が、消えただと」
上空でただ立ち尽くすガルゼルジャン。一瞬、確かに光を感じた。それが力を消し去ったのは理解した。それは確かに“忌まわしい、似て非なる力”だ。しかしそれを考える間もなく、紺碧の力を輝かせた剣士が遥か地上から飛びかかってきていた。だから大斧を作り出し、思い切り振り下ろした。しかし白銀の爆発と共に、大斧は粉々になった。
「クッ!・・・」
そして、青空に向かって紺碧の光が突き上がっていった。
第65話「アルタライザー」
「サウサン司令官」
やって来たその輸送車はサウサンの迎え。戦場は“鎮静化”したから、状況確認の為に軍隊が押し寄せてきた中、サウサンは輸送車に乗り込んだ。
「道で倒れていた男です。白銀の兵隊は全て消えたので、ガルゼルジャンの手先ではないはずですが、何故白銀の被害地域にいたのかは不明です」
身元不明の気絶している男を後にして、サウサンはイシュレ達に歩み寄る。
「エルフの方々。被害を受けた人数は、160万を超えているそうだ。これほどの人数を一気に蘇らせてくれとは言えないが、どうか救ってくれないだろうか」
イシュレはジェクスを見て、ジェクスは重たい溜め息を吐く。
「まぁ、ペース配分は必要だが、出来るだけ早く蘇らせてやるよ」
「感謝する。当面の間、生活の拠点や食糧はこちらで用意する」
「お、そうか」
「ねえ、その人は?」
イシュレが指を差したのは、気絶した男が保護されている輸送車。見えてはない角度だがそう言ったイシュレに、サウサンも振り返る。
「ここに来る途中に保護したそうだ」
「気になるのか?」
「・・・だって、同じ根源」
「え?」
それから歩み寄ってちゃんと男を目で見たイシュレ。瞳を虹色に光らせる様子を見守るジェクスと、途端に男に警戒を抱くサウサン。
「この力、さっきの光」
「・・・え、じゃあ、白銀を全部消したのはこいつなのか?」
「うん」
真顔のイシュレ、首を傾げたジェクス、驚きの眼差しのサウサンは一様に見つめた。気絶している、ただの男を。
ルアとヘルとイエンはジェクスの下に戻ってきた。しかしそこにイシュレの姿は無かった。
「イシュレは?」
問いかけるルア。
「サウサンを連れて、ガルゼルジャンを倒した奴のところに行った」
「(えっ誰だろ。何で分かったの?)」
「イシュレが、ガルゼルジャンの気配が消えたって言って、サウサンが、誰が倒したって聞いたら、イシュレが連れてった」
「(へー。ガルゼルジャン、やっつけたんだ。でもその前に白銀が消えたっぽいんだけど、どういう事なんだろう)」
「白銀を消したのはそいつだ」
ジェクスが輸送車を眼差しで差せば、それからルアとヘルとイエンはキョトンとして気絶している男を見つめた。
「(え、誰)」
アポロンはテリッテ達を連れてパッとやって来た。アポロン達に振り返ったカンディアウスは、人間の姿で立ち尽くしていた。
「カンディアウスさん。応援に来てくれてありがとうございました」
「惜しかったが、退屈は凌いだ」
「そうだ、俺達と戦ってくれよ」
「ん?何故だ」
「お前じゃないと修業の相手にならないからだ。暇だろ?」
「持て余してはいるが、いいのか?」
「何がだよ」
「我のような者が、まだ居るのだろう。こういう戦は、また起こる」
「あぁ。だからこそ、もっと強くなりてえ」
それから3日後。ゼーレ帝国では大々的に記者会見が開かれた。その主役はディンクルス・イコア。ゼーレ帝国にとって、この時よりディンクルス・イコアは英雄となった。
「聞いたか?白銀を消した奴。まだ目覚めないんだと」
記者達のそんな話を小耳に挟んだのはブレン。
「奇跡を起こしたのはその男だが、ディンクルスが偉大なのは、その奇跡というチャンスを確実に掴んだ事だな」
「サクリアも鼻が高いだろう」
「その“奇跡の男”だが、まだ身元を特定出来てないんだと」
ディンクルスの記者会見は世界中でニュースとなり、それに関連して、昔の偉人が蘇っている事象も浮き彫りとなった。だからこそ、“奇跡の男”に関しての情報が飛び交った。
ゼーレ軍基地、新アンゼルジ支部。といってもただの強化プレハブの列で出来た臨時基地。
「サウサン司令官。奇跡の男の、伝説というか史実に関して気になる点があります」
やって来たのはサウサンの部下である女性軍人、リクアイン。
「約600年前、ホールズ地方にて、天の声を聞いた奇跡の戦士と呼ばれた者が居たそうで」
「天の声を聞いた、奇跡の戦士か。あの男の力は少なくとも、蘇りし偉人の力を打ち消すもの。確かに奇跡だ──」
思い出したのは、光に包まれた瞬間の事。何も感じなかった。暖かくもなく眩しくもなく、それは本当に光なのかと思ってしまうくらい、ただただ真っ白だった。
「この戦争において、重要なカードになる」
サクリア、ケンセン城跡地。そこは相変わらず軍が包囲しているが、その外側では常に人集りになっていた。「英雄ディンクルス」というプラカードを掲げていたり、「英雄にケンセン城跡地を使わせろ」と主張する人も居る。
「見回り、問題無いっす」
旧ケンセン城。銅の力を持つバルヌクにブレンが軽く返事する傍ら、ディンクルスはあれからずっと“自分の部屋”に居た。でもブレンはそんな事など気にせず、何となくお菓子を漁る。
「すごいっすね。あの記者会見から、ディンクルスさんの力が欲しいって奴がわんさかっすよ」
「あぁ、でもその分規制が厳しくて、結局仲間増えてないんだよなぁ」
「まぁオレ的には?不良集団になるよりマシだと思う」
そう言ったのは銅の力を持つレンザ。“乾麺風お菓子”を口に流し込みながらふとブレンが顔を向ければ、レンザはそそくさと城を出ていった。ケンセン城跡地の敷地内をドシドシと歩くジャガーノート。それは何となくの散歩。大きな花畑もあれば、池もあるし、生け垣で作られた迷路もあるし、意外と退屈はしない。ふとジャガーノートは木に止まる野鳥を見上げる。それからやって来たのは正門。あれから正門では紺碧の騎士が“24時間”番をしている。その完璧なロボット警備兵はマスコミも取り上げるほどで、意外と人気がある。
禁界の合同キャンプ場。そこにスティンフィーはやって来た。エルフ達と一緒に昼食を取っていたルアはふとかけられた声に振り返る。
「聞いたわよ。そっちの世界の、すごい戦い。大変だったわね」
「うん。でも運良く何とかなった」
「もうあれね。蘇った昔の人間達。ハザードね」
「・・・ハザード?」
「レンジャーが認定する、危険な存在だよ」
男性エルフが少し真剣な表情でそう言えば、ルアも冷静に頷く。
「でもハザードの中にも色んなのがいるよね」
女性エルフの言葉にスティンフィーも微笑みを返せば、ルアはキョトンとする。
「単に強い力を扱う者って意味でもあるから、ルアもそうよ?」
「えっ。そっか」
「この戦いはレンジャーとしてしっかりレポートしなきゃいけないわね。名前はそうね、ウォー・ゲーム・オブ・ハザーズね」
ルアは微笑んで頷き、そしてふと思った。何かカッコイイと。
「しかも2つの世界で同時に起こってるから、複雑よね。あたしも食べようかしら」
スティンフィーも寸胴鍋に入った野菜スープをお椀に注ぎ、それからまたルアはのんびりとした。これはウォー・ゲーム。私もその波の中にいる。独立自警団として調査して止めるとか、もうそんな状況じゃないのかも。
「あ、スティンフィー」
「あら、元気そうねドルタス。ジヴォーフも」
「まあね」
「今何かレポート書いてるの?」
「えぇ、例の蘇った人間達の事よ」
「そっか。大変そうだね」
「そうね。そういえば、濃縮魂子ボールのレポート、出来たわよ?これでもう規定はバッチリね」
「ありがとう」
合同キャンプ場から10キロ離れた名も無き平原。そこではアーサーと合体したテリッテがカンディアウスと戦っていた。虎となったカンディアウスがリッショウをして纏う、ダークグリーンの嵐。それはとても良い修業相手。
「(大分良い感じになってきたぜ)」
「お前達は、蘇りし者を全て把握しているのか?」
「いえ、してません」
「そうか」
「何か気になる事があるんですか?」
「この世界で、昨日、気配が増えた」
「(マジか)」
「小さき気配故、居場所までは把握出来ないが」
「(まさかカルベスの奴も蘇ったりしねえかな)」
「そ、そんな事・・・あるのかな」
「カルベス?」
「(お前らの、元の力を持った奴だ。お前らはカルベスの力で作られたんだ)」
「なるほど」
「(ていうか、蘇らせてる奴、クラウンだったよな。捕まえなくていいのかよ)」
「じゃあ、この力が完成したら行く?」
「あぁそうだな」
ゼーレ軍基地、新アンゼルジ支部。その中に出来た、エルフ達の為の生活拠点。ジェクス、イシュレ、エストーン、レヴァク、イエンが交代で160万人の死者を蘇らせている中、休憩中のイエンはふと“破壊し尽くされた街”を眺めた。それはまるで轍の街のよう。
「力って、何だろうね」
「フルーピス」
キャンプチェアに座るイエンのそばに、パカパカとフルーピスが歩み寄れば、イエンはそのフワフワな体毛を撫でていく。
「この悲惨な感じの過去には、シエネイラの轍の街があって、その前にはシューガーのギガスがあって、その前には・・・」
「私?」
「ううん。精霊が記録するなら、ダーク・コーカス、かな。でもまだ前があるよ?えっとね、ザ・デッドアイ」
「あぁ、うん。今どうしてるのかな」
「何もしてなかったよ?」
「え、見たの?」
「ちょっとね、調べるついでに」
「ふーん」
「不思議だよね。何かどこかで繋がってる」
「うん」
「最初は小さかったのに。今はこんなに。力って、やっぱり危ないね」
「何とか出来ないのかな」
「どこを?」
「だってこれからも、どこかの街がこんな風になっちゃうんでしょ?」
「そうかもね。力の波が、ちょっとずつ大きくなってく。でも大丈夫だよ?」
「え?」
「みんなついてるから」
フルーピスがそういえばウリネックとエターがひらひらとやって来て、フルーピスの背に乗った。
「そうだよー」
「オレたちみんなでやれば、何とかなる」
「うん」
禁界の合同キャンプ場。それからルアは翼の力だけで訓練していた。ヒーターやマスカット達と。プリマベーラを使わず、ペルーニものんびりしている、そんな時だった、ルアの手の中に儚い光が灯ったのは。真っ先に声を出したのはクロム。
「え?」
「やったじゃん」
「・・・え?これは」
「自分だけの武器が出来る兆しだよ」
「ほんと?」
思わず笑みを溢すルア。しかし直後にパチンと光は消えた。
「あともうちょっとだから、楽しみだな」
「うん」
ルアは想像した。どんな形になるのだろう。基本的に女性は弓矢になる確率が高いって聞いた。テリッテみたいなのかな。
「ルア」
「え、あ、グラバードさん」
カルベスの事がきっかけで今回の事が起こったと説明すれば、グラバードは冷静に頷いていく。
「合点がいった。ゼーレ帝国のあの被害規模は、そういう事か。しかもディンクルスもエイシンも。なら、ベンダンのアミセル、ホールズ地方のシーザーもそうかも知れない」
「ベンダンにも?」
「と言っても、3000年前の、コウという国の若き女帝だ」
「どんな人なんですか?」
「その昔、アミセルは18歳の姿で150年生きたとされ、古代文明の神器である遡上の護鏡を持ち、生と死を操っていた」
「生と死・・・ごきょう?」
「鏡だ」
「今はどんな動きを」
「特に目立ってはない。自らそう名乗り出た為、こちらも認知したというだけだ。問題なのは、シーザーの方だ。こちらの調査によると、600年前に存在したジエス帝国の皇帝、シーザー・ジエス・ガルデウス。ケルタニアの首都、ジエスで出現し、そいつも自らそう名乗り、同時に周囲にモンスターを生み出した。現在、ケルタニア軍が対応している」
「モンスターって、あれ、600年前って、あの人も。あの、名前は分からないんですけど、ゼーレ帝国が保護している人も、600年前の人なんです」
「そうか。まぁホールズはロードスターやサクリアがあるエリクシア大陸とはほど遠い。こちらまで脅威が及ぶ事はないと思うが、カルベスの力となると、『アルタライザー』だけじゃ厳しいかもな」
「それって、確か、ホールズ地方のデュープリケーター」
「あぁ。ホールズの国々が技術を集結させて作り上げた。ウパーディセーサベースの軍用生物」
「でも、様子は見に行きます」
「なら情報提供を頼む」
「はい」
それからヘルを呼んだルアは転移した。西ホールズに位置するケルタニアにやって来た。その首都であるジエスでは確かにモンスターが街を歩いていた。人気はなく、厳戒態勢という空気がひしひしと肌を擦る。モンスターは分かりやすく、赤錆色だった。
「(でかい蜘蛛。2メートルくらい?)」
「気色悪いね」
「(どこかな、アルタライザー。うわ気付かれた)」
ルアを乗せてヘルは飛び立つ。するとガシャガシャと建物を踏みつけながら赤錆蜘蛛が追いかけてきて、ルアは光矢を撃った。そんな時だった、ヘルが振り返ったのは。




