俺は絶対に再婚してみせる・後編
テオフィルの王都での勤務先は『青馬隊』である。
警備の要で、騎馬隊と警邏たちを取り仕切りながら、現場を走る副長に任命された。
テオフィルの体の大きさや、北の大地で育んだ勇猛な武勇伝はすでに伝わっているようで彼らからは非常に歓迎された。
『女性にモテそうですね』そう言って新人の騎馬隊員が笑いかけた。昔のテオフィルなら鋭く睨み返していたこの言葉に、その日は笑顔で『そうでもないさ』とあっさり答えることができた。
自分の心が変わってきたことを自分で再確認したテオフィルは時間の薬はあるのだな……と痛感する。
北の大地では女気のない生活を送っていた。正確には、既婚者ばかりと交流を深めていた。彼女たちの逞しさや、家庭を守る姿勢にテオフィルは自分が得たい家族像がイメージできるようになっていったのだと思った。
仕事の滑り出しは順調で、隊員たちとも信頼関係がしっかりと構築できた頃。
休みの日だったがテオフィルは日誌を届けに隊長を訪ねていた。
「大変だ!馬車が横転したぞ!!」
大通りで声が上がりテオフィルは現場に向かった。
馬が大通りで泡を吹いて倒れているが隊長と配下の者たちが交通整理を始め、怪我人の確認に走り回っているとか細い悲鳴が聞こえた。
テオフィルが振り返るとそこに銀髪に鮮やかな青いドレスを身に纏った令嬢が涙目で誰かの名前を呼んでいる。
「大丈夫ですか?お嬢さん」
テオフィルはその令嬢と目が合った瞬間ゾワリと背中に衝撃が走り、彼女から目が離せなくなった。
北の戦地で教会に飾られていた女神の絵画そっくりな容姿に、リリーと同じ瞳。
しかし彼女はテオフィルのことなどマトモに見ていない。
「娘が!娘がいなくなってしまって」ロクサーヌは慌てて自分の状況を話した。
「わかりました。あなたはここに居て、わかりやすい場所で待っていてください」子供がいるのか、既婚者かと落胆しながらも彼女の美しさと、必死な表情に心が騒ぎ、妙に落ち着かない。
女神の話すことを少し上の空で聞いたままテオフィルはその場で部下に出す指示をさっと組み立てる。
大通りに出ると新人の青年がいたので彼に事情を話すと『わっかりました!』と軽い返事をして、同世代の青年七人の騎馬隊員を連れてきた。
テオフィルは女神の涙が溢れないようにしなければと、子供の捜索を優先するように伝え、馬車の事故をまとめる適任者を素早く決めた。
仕事をしながらも女神に向けて神経を尖らせる。
青い顔をしながら気丈にしているロクサーヌに「捜索は彼らが手伝います」そういうとすぐさま自分も探しに出た。
十分もしないうちに、果物屋の女性が幼女のご機嫌を取りながら椅子に座らせているのを発見する。テオフィルは彼女に礼を言うと果物を紙袋いっぱいに購入し、幼女を抱えた。
フレイラが店主の女性に渡されたリンゴを手に抱えたまま大人しくしているのをいいことに女性の元へ戻った。
「かあしゃマ!」フレイラは厳ついテオフィルに抱き抱えられても少しも泣く様子は見せず、ニコニコとロクサーヌに手を振った。
銀髪の女神、ロクサーヌはテオフィルの手を握り何度もお礼を言う。
『当然のことをしたまでです』テオフィルはそっとフレイラを手渡すと、ロクサーヌは大事そうに抱き抱えた。
(名前は聞けた。既婚者か……こんな素敵な女性は結婚していて当然だな)諦められない気持ちを隠しきれずに身元を確認しようとした時、騎馬隊がテオフィルを呼んだ。
『手が足りません!副長頼みます!!』駆け込んできた騎馬隊員に手を引かれ後ろ髪を引かれながらその場を立ち去った。
それからしばらくしてテオフィルのもとに肉缶詰が搬入されると連絡が入る。
どうやら先日の女神の家は商家だったらしく、お礼の品物を届けたいと先触れが届いた。
「あ!見たことあると思ったんっす。シーゲンターラー商会のお嬢さんだったんすね」
「お嬢さん?奥様じゃなく?」
テオフィルが聞き返すと騎馬隊員のノートンはワハハハと何がおかしいのか笑って
「あのお嬢さん、貴族の旦那様に捨てられたって噂っす。美人なんすけどね〜」と言った。
「どう言うことだ?子供がいるのに離縁されたのか?」
「詳しくは俺は知らんすよ。でも母さんが言うには『男子が産めないなら出ていけ』って言われたって聞きました。まあ、田舎の貴族って結構エグいことしますからねぇ」と腕組みする。
テオフィルはそれを聞くとゾワリとまた何か鳥肌がたった。
胸が苦しくなり彼女の姿を思い浮かべると鼓動が速くなる。
「彼女は今結婚してないってことか?」
「そうじゃないっすか?いっつも乳母さんと街を歩いてますが旦那さんは見たことないっすから」
さすが街の警備をしているノートンだ。ポヤーっとしているかと思いきや、美人の情報を欠かしていない。
テオフィルは彼女が一緒に青馬隊の詰め所に来てくれるのではと期待して髪を梳り、シャツの襟を正したが残念ながら現れたのは乳母と荷運びの馬丁であった。
しかし、茶と菓子を並べて礼を言うと彼女たちは急に元気よくシーゲンターラーの家の事情を話し始めた。
ノートンの聞き出し方も上手いのだろう。
ミナコという乳母に
「あんな綺麗な女性とよく旦那は離婚したよねえ」といえば彼女は
「そうでしょう!ロクサーヌ様は不運であったとしか思えないくらい美人で気立が良くて、雇っている従業員にまで良い方です。ただ運命の巡り合わせですねぇ。男児が産めないんじゃ妾を家に入れるしかないって大奥様に言われたそうでね。私たち庶民からすりゃ受け入れ難い話ですけど。
ロクサーヌ様は自分一人が我慢すりゃいいなら受け入れるつもりだったみたいですよ?けど、フレイラ様の扱いがかなり悪かったからこれじゃあ娘が不幸になるってんで離縁を決意なさったそうですよ」
と涙ながらに語った。
テオフィルはそれを聞くともう彼女に会いたくてたまらなくなった。
既婚者なら諦めた。
だがそうでないのならもう一度会いたい。
ノートンはテオフィルの気持ちが分かっているのかは謎だったが
「お礼を貰いすぎですよね!こんなに沢山良いもんもらっちゃ、せめて俺たちもお礼くらい言いに行かなきゃっすね。副長!!」と良いパスを投げてきた。
それに乗っからないほど馬鹿じゃない。
テオフィルはすぐにミナコたちに住所を聞き、次の約束を取り付けれる段取りを始めた。
最初に言っておくがテオフィルは女性に対して前向きだったことは殆どなかった。
恋愛に対して憧れていたのに、一番多感な時に兄たちのことがあり、まともな結婚生活が送れなかったことで『愛の深さ』にいつも思い悩んでいたのだ。
誰かを好きになりたい。その希望が叶う前に女性の強引さに自分が引いてしまう……
だから自分自身に驚いた。
テオフィルは確実にロクサーヌに一目惚れし、恋に落ちていた。
あの瞳、滑らかな銀髪。フレイラを見た時の明るい表情。
全てが愛おしかった。
商会に礼を伝えに行くと父親が出てきた。
商人らしく抜け目のない雰囲気の男は、華美ではなく整った顔立ちの細身な中年だった。
彼はテオフィルがロクサーヌに缶詰の感想を伝えるために会いに来たと告げると、様子で何かを察したようであった。幾つかの会話のラリーが続いた後
『娘が表に立つと男性には刺激が強いようでして、何度かトラブルに巻き込まれたのですよ。今呼びます』そう言ってやっと呼び鈴を鳴らした。
(そうか、あれほどの美人だ。子供がいても当たり前のように声をかける奴はいるのだな)
テオフィルは澄ました顔で聞き流しつつ、腹を括る。どうやらライバルは何人かいるらしい。
「先日はありがとうございました。娘のフレイラを助けていただき感謝しております」
ロクサーヌは、仕事用の濃紺のワンピースで膝を折る。その姿は凛としていて美しく、若い令嬢たちのような浮ついた雰囲気はない。
仕草は貴族を相手にも全く問題がない。さすが、王都で評判の商会だと納得する。
「先日は仕事として当たり前のことをしたまでだ。なのに過分なお礼をいただき感謝する。調理法まで教えていただき早速部隊で試したんだ。その感想を伝えたくてね」
そう言うと多少警戒していたロクサーヌの頬が緩み嬉しそうな瞳に光が宿る。
「まあ!副長自らが感想を教えてくださるのでしょうか?実は私の発案なんですがお味などはいかがでしたでしょう?」
ロクサーヌはソワソワしたように上目遣いでテオフィルの顔を覗き込む。きっとあの肉の缶詰に並々ならぬ思いを込めて作っているに違いない。
テオフィルはそんな仕事に打ち込んでいる様子がわかるロクサーヌにより関心が高まる。
「あれはロクサーヌ婦人が作られたと聞き及び私も感心した次第です。干し肉と違い、運搬の重さはあるが、幅の広い調理法と、常温で食べてもしっかりとした味が堅パンを食べやすくしてくれる。煮汁の活用法も良かった!かなり画期的ですよ」
ロクサーヌはテオフィルの言葉に頬を染めて興奮した面持ちで話し始める。
何故あのような商品を考えたのかや、これからの長期に及ぶ保存方法のメリットを熱く語った。
その日は簡単に仕事を絡めた話で済ませたがテオフィルは夜眠れないほどロクサーヌのことを思い抱いていた。
(こんなに胸がときめくなんて初めてだ。俺は恋をしているのだろう)
彼女の声も表情もテオフィルの気持ちを昂らせた。
きっと離婚の話を聞く限り彼女は男性に興味はあまり持てない状態なのだと察する。
何せ自分がそうだったからその気持ちは想像に難くない。
情報をかき集め、警備の時にロクサーヌが立ち寄る場所に重点的に向かい偶然を装って三回も会うことに成功した。
ロクサーヌは驚いていたが、何度か顔を合わせる度に会話を増やし、三回目にお茶に誘うことに成功した。
会うと当たり障りのない会話はするのだが『それでは』とサッと引こうとしてしまう。
テオフィルの気持ちに気付いて欲しいがそんな少し鈍いところも良かった。
テオフィルは少しずつ距離を詰めてロクサーヌに自分の気持ちを丁寧に伝えていった。
ある、晴れた日。王家の園遊会の警護を手伝っていたとき、ダブリエ侯爵に声をかけられた。
「私はロクサーヌに対して自分のリハビリをしているように見えるかもしれない。だがこの気持ちは本物なんですよ」
ダブリエ侯爵には情報は隠せないらしい。改めてロクサーヌのことを聞かれた時テオフィルはそう答えた。
ただ、爵位のある男がちょっかいを出しているように見えるのかもしれない。だが、お互い良い年齢である。この恋が成就すると言うことは彼女の人生の責任を取ると言うことだと考えていた。
フレイラのことを愛せるのかや、彼女たちの将来を自分が面倒見て行く時にどう拘っていくのかも想像したタイミングだった。
わずかな時間であったが言葉を噛み締めるようにダブリエ侯爵と話した。
「そうか……私は心から応援している。もし彼女に爵位が必要ならば言ってくれ。私が後見になろう。その方が平民の彼女を妻に迎えるときに君の負担が減るだろう」
侯爵の言葉に素直にテオフィルは喜んだ。
この人との築き上げた関係が正しいものだったのだと改めて思った。
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ロクサーヌと結婚を前提に交際が始まったのはその直後であったがその後、初めて元義父が慌てて自宅にやって来ることになる。
理由がロクサーヌの血筋に関してのことであった。
彼女はソレイン王国、ルカノワ侯爵家の長女の娘だったのだ。駆け落ちした長女の忘形見がこの国にいるとあってそこからは大騒ぎとなった。
ロクサーヌは血筋は紛れもなく高貴な家のもので、しかもソレイン王国でも指折り資産家の家であったから王家も巻き込んでの外交が始まった。
ゴードン・シーゲンターラーの過去や、ロクサーヌの母親との恋愛。
テオフィルはロクサーヌの手を離さないようにすることで手一杯であったが、その結果結婚に結びつけて行く事ができた。
穏やかで恋愛感情の起伏が少なかったテオフィルの人生を懸けたその半年は目まぐるしかった。
テオフィルは後にダブリエ侯爵にこう話した。
「簡単に積み上がったものは簡単に壊れてしまうし、浅い関係しか築けない。だが、真剣に手に入れようとした結果のこの生活は苦労を幾重にも重ねてきたから喜びも何倍もある。きっとこれから困難なことがあっても二人でこの時のことを幾度も思い出して乗り越えていけると思います。尽力いただき心から感謝いたします」
ダブリエ侯爵はその言葉を聞いて心から微笑んだのだった。




