ロクサーヌが再婚するって知ってるか?
サクッと読める2話構成ですが、余裕がある時に3話目上げるもです。
クリスには王都に来た際に必ず立ち寄る社交場がある。田舎の領地から一年に一度か二度訪れるときはいつもその店に足が向く。
その店は表の間口は狭いが、中はゆったりとした空間が広がり、高級な調度品を揃えた貴族のみが出入りを許される、選ばれし者の場所だ。
王都の学園時代の友人や繋がりのある貴族の一人や二人は必ずそこでカードゲームを楽しんでいたり、ワインやウイスキーを嗜んでいるため、王都の新しい情報を仕入れるのにもちょうどいい。
領地が田舎すぎて、王都から馬車で七日はかかるクリス・ハイボルト男爵の唯一の楽しみでもあり、今の生活の息抜きにもなっていた。
ちょっと財布は気になるがいつもの酒よりランクを二つほど高い一杯を頼む。
紳士のみんなはパリッとしたノリの利いたシャツに緩めたネクタイで談笑している。やはり王都は違うなぁと都会の雰囲気を満喫しようと店内の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
ウエイターにグラスを渡されるとクリスも賑わっている男達の仲間に入るために周囲を見渡した。
見覚えのある赤毛が目に入り近づく。それは王都の学園で同級生だったマリオ・サンドリオ男爵だ。
彼は大きな体を揺らしながらカードゲームを切り上げたばかりで、離席のタイミングであった。
「マリオ!」クリスが声をかけると渋面であったマリオがアッと声を上げ破顔する。
二人は申し合わせたようにハイテーブルの席へと一緒に向かい談笑を始めた。
「元気だったか?クリス。新しい奥方の抱き心地はどうだい?」マリオはニヤニヤしながらクリスを揶揄った。
だが気心の知れたマリオの言葉にクリスは苦笑いを溢すだけだ。本気で揶揄う訳ではなく、その言葉は
『十歳若い妻を迎えてお前は羨ましいよ。新しい若い妻はどんな感じだい?』ということだ。
「ビビアンヌかい?まあ、ロクサーヌに比べたら料理も美味いし、掃除もできる。妻としちゃまあまあだ。母もいい子供が産めそうな体だと褒めていたがな」
「おお!いいことじゃないか。羨ましいぜ。十八歳のピチピチの女と再婚できるなら俺も妻を捨てちまいたいくらいだがな」
そう言われるとクリスはニマリと笑う。
「どっしりした尻はロクサーヌにはなかったからな。顔は愛嬌があるっちゃあるかな?
女としての見た目の点数は六〇点だが、妻という立場で考えりゃ問題ない。早く男を産んで欲しいものだ」
カランとグラスを傾けクリスは満足げに言う。
クリスは二年前に七年間結婚していたロクサーヌと離縁し、一年前に再婚したばかり。今度は貴族の娘を結婚相手に選んだ。母は『平民のロクサーヌより男爵家のビビアンヌの方がやっぱり品もいいし、気立てもいいわ』と褒めていた。
三十歳の男が十八歳の娘と結婚できただけでも悪くないし、ビビアンヌはいつもクリスに頼っているところも可愛らしい。彼女はクリスに見合いの時から惚れているのだ。田舎育ちのビビアンヌは元嫁のロクサーヌに比べると見た目は見劣りするし鈍臭い印象もあるが、縋ってくる頼りない女らしさをクリスは気に入っていた。
三十路だがクリスは男前の部類に入ると評判の美男子だ。領地の酒場では今でも女性が擦り寄ってきて持て囃されている。そんな自分だからこそ若い妻と再び結婚できたのだと思っているのはマリオには秘密だ。
マリオは嫁のことを話すクリスに『いいな、いいな!』と言いながらムクムクした指でグラスを掴むとグッと飲み干した。
「ところでお前の元嫁のロクサーヌ再婚するらしいな?」マリオは笑いながら言った。
「は?そうなのか?」
「知らないのか?」
マリオの方が驚いた顔をした。
普通は離縁した仲でも子供がいる場合は交流があるものだ。
だがクリスとロクサーヌにはほとんどその手段がなかった。
いや、こちらから『連絡は二度とするな』と言い含めていたので縁が切れていた。
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貴族の結婚では珍しいことではあるのだが二人の間に生まれた子供が『女』であったことから母は
『ハイボルト男爵家は女に継がせることはない』と手切れ金を渡して絶縁した。親権ももちろんロクサーヌに渡している。ハイボルトの実権を握っている母は男児が生まれる前提でクリスの娘を切り捨てた。
もっと詳しく言えば母もクリスもガッカリしたのだ。
「可愛い子供だな……そうか女か……また授かるまで頑張るか……」
生まれた赤子の顔を見ながらクリスは落胆した。だから口を衝いた言葉は落胆したままの声で、決して感じの良いものではなかったと思う。
祖父母と、母から早く後継を!と急かされてきたのに生まれてきたのは女児。
可愛いな、という感情より、『また俺は家族中から早く子供を作れと突かれ続けるのか』
と思うとうんざりした気持ちが強かった。
そしてもっと態度が悪かったのは母である。
ハイボルト男爵が亡くなってクリスが後を継いだ時から後継についてかなり必死になっていた。
だから母親のメイナード・ハイボルトは赤子を見て酷く険しい顔をした。
「女というだけでも出来が悪いのに、クリスの色が全くない。貴女まさか他の種を仕込んだなんてないでしょうね?」
労いの言葉もなく母の言葉は低く怒りに満ちていた。
その場ではロクサーヌはその言葉に酷く傷ついた顔をし、夜は赤子を抱きしめてそっと涙を流していたようだった。
それから一年も経たないうちに離縁が成立し、ロクサーヌは屋敷を出ていった。
祖母は『一人産めたんだから焦らないでも良いんじゃないの?』と声を掛けたらしいがロクサーヌは乳が出なくなるほど衰弱しかけていたのでその言葉は届かなかったようだ。
母は離縁を言い渡した後
『ロクサーヌさんは悪い嫁ではなかったけれど、子供を授かるのに時間が掛かりすぎるわ。もっと多産の家系のお嬢様が良いのではないの?』と俺に言っていた。
そんな離縁の結果であったからロクサーヌから再婚の知らせなどくる筈もない。よくよく考えれば結構酷いことをした自覚もあるためクリスは苦い思いが込み上げた。
クリスはロクサーヌのことを心底嫌って離縁した訳ではない。
学園で知り合い、美しく聡明なロクサーヌと恋愛し、そして結婚に至ったからだ。
だが彼女を王都から実家に連れて帰ってみれば家事全般が全くできない女性であった。
平民だからある程度はわかっていると思っていたこちらにも落ち度はあるが、それにしても酷かった。
その上家計を預けることもあまり出来ない。
とんでもないところに金をかけてしまうので母が仰天して最初の頃、ロクサーヌに厳しくすることが多々あった。
例えば下着ひとつ靴下ひとつ彼女は庶民じゃ手が届かないような、王都の高級品を買ってしまったりもする。一度注意すれば理解はするのだが平民だからか、貴族を誤解しているようで、お金が無限にあると思い込んでいる節があった。
親戚の子供の誕生日の祝いの品を任せたらとんでもない高級品を持参し、相手の家が恐縮して連絡が来たこともある。
ハイボルト男爵家では『ロクサーヌさんは平民だけど家事も何も母親から学んでこなかったのね。こちらで教育するしかないわ』という風に捉えられていた。
恋愛している時代には、少し箱入り娘として育った様子が可愛らしい……と思っていたのに、ロクサーヌのアラが見える度にクリスは心が痛んだし、彼女の姿に落胆した。
そして二人には中々子供が授からなかった。五年近く妊娠の兆しがなかったので母と祖父母は色々とクリス夫婦に声をかけるようになった。
妊娠しやすいお茶があると聞けば取り寄せたり、季節限定で妊娠に関わる食べ物を教えてもらったり。最後は閨で行うことにまで口を挟むようになった。クリスは流石に許せず本気で怒りを爆発させそうになったこともある。
だが、せっかく授かった子供も女児。ハイボルトの家にロクサーヌはすっかり居場所を無くしてしまった。
夫婦の会話も減り、子供を見るのも辛かったクリスにロクサーヌも気を病んでいた。
そして母が『そんなに苦しいなら実家にお帰りなさい』と言ったことが発端で離縁へと繋がった。
離縁までの決断はあっという間で、ロクサーヌとはゆっくり話す間もなかったように思うが後のまつりだ。
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そんな昔の記憶に耽っていたが隣のマリオは只管陽気に喋り続けていた。
クリスは我に返ると少し苦い顔をしたが、逆に平民のロクサーヌが再婚することを貴族のマリオが知っていることに疑問を抱く。
「なあ、なんでロクサーヌの再婚をマリオが知ってるんだ?彼女は貴族と再婚するのか?」
クリスは王都の新聞で取り上げられた可能性を考えマリオに聞く。貴族と結婚するなら新聞には載るだろう。
マリオは笑いながら
「田舎にいるとやっぱり情報は取りにくいよな」と愉快そうに言った。
「ロクサーヌの結婚相手は有名なテオフィル・ジェット伯爵さ」
そう言われてもクリスはピンと来ず首を傾げる。
「年齢は三十五歳。おいおい知らないのか?有名な男だぞ?」
「相手は伯爵なのか?!」クリスは爵位が高いことに驚きを隠せない。
平民のロクサーヌがなんの伝手でそんな高位貴族に嫁ぐというのか。年寄りの後妻かと思いきや想像よりずっと若い男性だということがなんとなく面白くない。
「ジェット伯爵は十年前に奥方と死別している男だが王都騎士団で青馬隊の副長だ。前妻との間に子供もいなかったから見合いはかなりの数きていたらしいが、ロクサーヌを見初めて結婚まで運んだらしい」
クリスは寝耳に水といった情報に目を見開くばかりだが、相手の男の経歴が立派すぎてどうにも『おめでたいな』という一言が出てこない。
「へぇ〜青馬隊の副長か……そいつは随分と出世している男だな。ロクサーヌとは不釣り合いなようにも思うが」
そう言うとマリオはハハハと乾いた笑いを浮かべる。
「まあ、離婚歴があって子持ちの女って言われたら条件が悪いようにも思うがロクサーヌの後ろ盾は凄いじゃないか。俺だってあんな親がいるって知ってりゃプロポーズしたぜ。お前はあっさり離縁しちまったが俺だったら手放さんよ。あれ?クリス。そう言えばなんで離婚したんだっけ?」
マリオに言われて『え?』とクリスは考える。
ロクサーヌの後ろ盾?そんな話は聞いたことがない。
クリスの知っているロクサーヌの家族は平民出身の片親で結婚式には父親だけが参列していた。
母親はロクサーヌが十歳の時流行病で死んだと聞いている。
貿易商を営む父親はロクサーヌを貴族も通う学園に入れさせることが可能なくらいには裕福な男であったが、物腰柔らかな義父は(元義父だが)社交界で目立つ存在でもなかったように思う。
そんな義父が大きな後ろ盾など持っているなど結婚当時は聞いたことがない。
ということは死んだ母親の方なのか?と思い彼女を思い出そうとする。
ロクサーヌは父親とは容姿が異なり、この国では珍しい銀髪に翡翠の瞳の女性だった。
黒髪や焦茶の髪色が多い我が国や領地で彼女は少し浮いた見た目であったのは間違いない。今考えれば海を渡ったソレイン王国の要素は多かったようにも思えるが……
黙り込んだクリスにマリオが説明を始めた。
「王都から離れていたから社交界を去年賑わせた話を聞いてなかったんだな……でもロクサーヌに一度も何も聞かされなかったのか?」
そう言われるとクリスは不機嫌になる。夫婦に隠し事はなかったと思うがロクサーヌとは結婚後どんどん会話が減ったのは事実だったからだ。
結婚当初から彼女の実家と幾度も手紙のやり取りがあったのは知っていたが、クリスはロクサーヌへの気持ちが冷めていくと父親や、彼女の親戚に興味を持つことはなかった。
クリスの様子を見てマリオは腕組みをし、ちょっと悩んでから話し始めた。
「俺が知っているのは新聞の情報と社交場でのゴシップであるから正確な情報じゃないからな。ロクサーヌの母はソレイン王国のルカノワ侯爵の長女だったらしい。ルカノワ侯爵といえば建国以来の名家だ。うーん要するに王家の血も混じった王国の貴族様だったんだな。ソレイン王国の王子が視察中にロクサーヌを見つけて、あまりに王家の親族と顔立ちが近いと驚いてお調べになったんだ」
「それはいつだ?」
「去年だな。ロクサーヌと、娘のフレイラ嬢はルカノワ侯爵にそっくりなんだと。調べてみたら駆け落ちした侯爵家の長女の忘れ形見に間違いない。ルカノワ侯爵はソレイン王国でも五本の指に入る資産家だからそりゃあニュースになったよ」
「知らなかったよ」
「……知ってたら離婚なんかしないよな」マリオはハハハと笑う。
クリスは答えることが出来なかった。
ロクサーヌを無価値だと判断し、娘ごと切り捨てたのはハイボルト男爵家全員だからだ。
大した品物じゃないと処分した骨董品の壺が、実は国宝だったんだよ、と言われているような気になる。クリスは急に酒の味がわからなくなった。
「で、離婚の原因はなんだっけ?まさかロクサーヌの浮気じゃないよな?」マリオの言葉に思わずカッと頭に血が上った。自分にベタ惚れだった妻が浮気するわけないじゃないか!と言いかけた。
だがそう言おうとした口で、自分たちがしたことはとんでも無く残酷なことであったことを認めてしまうように思える。
「俺の田舎がロクサーヌには合わなかった。子供もずっと授かれない上に産んだのは女の子だったから……母が後継問題を気にしてな……まあ、理由はよくある貴族の話だよ」
そう言って葉巻を注文する。
無性にムシャクシャしてきて普段手を伸ばさない煙が恋しくなる。しかしその言葉を聞いた途端マリオは眉を思い切り顰めていた。
「嘘だろ?今どきそんな理由で離縁したのか?」
瞳の奥に侮蔑の色が滲んでいることにクリスはイラついた。
「田舎の領地じゃ女は家を継ぎにくい。当然だよ」クリスはマリオが取る態度が気に食わず吐き捨てるように呟いた。
穏やかで人に厳しいことを言うことのないマリオでも、この一件は印象が悪いのはクリスも理解していた。
暫しの沈黙の後マリオはため息を吐く。
「……まあ、田舎の家のことは俺には分からんこともあるだろう。でも惜しいことをしたよな。学園時代の誰からもその連絡は来なかったのか?」
「…………」
クリスは学園時代の仲のよかった友人たちの顔を思い出すが彼らの誰もがこの件について連絡をくれなかったことを考える。思い返してみたら、離婚してから手紙も殆ど届いていないことにも気がついた。
(あぁ……そういえば手紙のやり取りはいつも字の綺麗なロクサーヌがしていたな……)そう思い再び胸に苦みが込み上げた。
クリスは忙しかった。
離婚とその後急かされるように準備された数回の見合いと結婚と……その大きな行事に埋もれて王都の友人たちとのやり取りから逃げていた。
「誰からも連絡はなかったよ」
マリオは何かを察したのだろう。『そうか……』と言い二人は暫く無言で酒を呑む。
「週末にオールハーツ大聖堂で挙式するって聞いている。まあ……王都にもう少しいるなら遠くから娘の成長くらいは見守ってもいいかもしれないな。テオフィル・ジェット伯爵家に嫁いだらもう簡単に会うこともないだろうから」
マリオは勘定を済ませるとそのまま立ち去って行った。
残されたクリスはもう飲み直す友人を探すこともせず、宿に静かに戻って行った。
深夜、ベッドの上で枕を高くしてクリスは大きく深呼吸する。
娘の容姿を思い出そうとしたが、フニャフニャと泣いていた赤子の声しか思い出せない。
ロクサーヌの小さな子守唄の歌声とベランダのカーテン越しに見えたシルエットが唯一の記憶だ。
マリオは娘のことを言っていたが、クリスはロクサーヌの輝いた笑顔や、結婚当初の姿ばかり思い出していた。
(あんな離縁の仕方をしてしまったが、再婚の知らせくらいくれてもよかったのではないか?)
ふとそう思った瞬間、自分が再婚の知らせをしていなかったことを思い出す。
母はロクサーヌのことを嫌いではないと言った。ただ『田舎に合わない子だわ』そう称していた。
子供が授かった時、ハイボルト家は一緒に喜んで、妊娠期間は穏やかに過ごしていた。
その反動でフレイラが生まれた時の落胆は大きかった。
ハイボルト男爵家は『貴族』である。領地もあり、領民もいる。
後継問題は仕方ないことなんだとクリスは自分に言い聞かせた。
三日後。
クリスは仕事を終わらせ、王宮に提出する書類も官吏官に承認してもらい、仕事は順調に完了した。
ビビアンヌやハイボルトの屋敷の者たちへ土産を買えば宿は引き払っても良い状態だ。
大通りから少し奥まったところにオールハーツ大聖堂に続く道が見えたのでクリスは何気なく覗き込んだ。
すると結構な警備隊員が並んでいる。
クリスは知っているくせにわざと訊ねた。
「ここは明日何かあるんですか?」
すると若い警備隊員は元気よく答える。
「明日はジェット伯爵の結婚式なんですよ。だから王家に近しい貴族の皆様も参列されると聞いております。そのため前日からこのように警備を厳重に行なっているんです」
日差しを浴びニカッと白い歯を見せて彼は答えた。
クリスはそれはおめでとうございます、と言いながら自分たちとの結婚の差に愕然とする。
領地でささやかに挙げ、司教と町や村の役たちを呼んで行った披露宴とは格式が違うと気がついた。
クリスは急いで宿を引き払い大聖堂近くの高級宿屋に宿泊先を移した。
一人部屋で手狭な一室が偶々空いていたのだ。
(未練とかそんなんじゃない。娘の成長を一目見て納得したいだけだ)そう言い聞かせて、こっそりといつもの常宿より立派な寝具に包まり一晩を過ごした。
高級宿は部屋が全て2階以上である。道に多くの人々が立ち並んで混み合っているが宿のテラスからクリスは通りを眺めることができた。
ここに居れば恐らく馬車で移動していく新郎と新婦、そして娘を確認できるだろう。
朝食も食べず、クリスはじっと外を眺め続けた。
そしてその瞬間はやってきた。
昼前の鐘が鳴り響き、立派な六頭だての馬車が大聖堂から降りてくる。
クリスは目を凝らしその瞬間を待った。
人々は歓声を上げ馬車に手を振っている。
『『『おめでとうございます』』』『『『可愛い!!』』『『『綺麗!!』』
口々に祝いの言葉を人々が投げる中、背の高い男性が大きく手を振っているようだ。そしてその傍には見覚えのある銀髪が風に靡いている。
馬車はゆっくりと通り過ぎていく。カッポカッポというリズムに乗って宿のテラスの下を通り過ぎていく。
美しくも豪華なティアラが額を飾り、腰まである銀髪が女神の姿に見えた。
純白のドレスの輝きが太陽の光を反射しているからか、眩しすぎて直視できないくらいだ。
小さな顎と大きな瞳。抜けるような白い肌が目立っている。デコルテが広めに開いたドレスのデザインは今の流行なのか……
ロクサーヌは学生時代からの変わらぬ美しさを惜しみなく街道の人々に向けて微笑んでいた。
そして片手はしっかりと幼子の手を握っている。
ロクサーヌと同じ銀髪に翡翠の瞳の妖精のような可愛らしい少女。薄桃色のドレスを纏い、花冠を載せたその子は人間離れした愛らしさで、人々の拍手が鳴り止まない。
「フレイラ……ロクサーヌ……」クリスの口から二人の名前がこぼれ落ちた。
あまりにも豪華で美しく、近寄り難いほどの神々しさだった。
馬車が通った時は長かったような、短かったような。
瞬きは一度もできなかった。
クリスは急に虚しくなった。
自分のビビアンヌと挙げた幸せな結婚式が急に見窄らしく感じた。
心のこもった良い式だったと思っている。いや、思っていた。
なのに捨てた元妻と娘の晴れ舞台があまりに立派で、一瞬で何かが色褪せてしまった。
(違う!俺は俺の幸せがあるんだ!ビビアンヌのことだって愛している!)そう思っても目に焼きついた光景は離れない。
圧倒的に何かが違っているのだ。
自分は貴族で別に金にも困っていないし、普通に幸せを感じて生活している。
なのに……なのに何かが悲しくて悔しかった。
『母には言えないな』
クリスは独りごちた。
今日あの一瞬の光景でマリオが話していたことが全て腑に落ちた。
ロクサーヌは自分たちとは次元の違う生活圏に入ってしまったのだ。
だからもう会って話すことは難しいし、こちらから声をかけることも出来なくなったのだと悟った。
自分たちはロクサーヌをどこかで見下していたのかも知れない。
愛し合って結婚したのに。
領地ではいつも貴族のこと、男爵家のことを偉そうに言って聞かせていたが、完全に逆転してしまった。
クリスは捨てた娘のことを思うと胸が痛んだ。
「ロクサーヌは一生懸命あの歳までフレイラを育てたんだな……申し訳なかったな……」
クリスはあの美しい母娘の姿がもう自分の手の届かない人間だと思うと言いようのない気持ちになる。
高級な宿代を支払うために食事を切り詰めて、飲みにもあれから一度も行かなかったが、場所を取るために払った価値があったと思う。
人生で二度と二人に会う機会は持てないであろうから、この一瞬の値段はつけられないな、と感じたのであった。




