【第44話】分断
俺は、この偽りの勝利を刻みつけるため、新たな暦を制定した。
『明界暦0年』
これは、新しい鎖の時代の始まりだ。
俺は、黄金の玉座に深く沈み込み、腕を組んだ。新しい時代には、新しい統治機構を設けなければならない。
モニター越しに、中央広場が見える。庶民たちが、笑顔で抱き合っている。
子供を肩車した父親が、空を見上げて叫んでいる。「魔神が消えた!」と老婆が、涙を流しながら天に祈りを捧げている。
その全てを、俺は鼻先で笑った。
彼らは主権が自分たちにあることすら忘れている。
「まず、自由という名の檻を与えよう」
俺は玉座の間で呟き、立ち上がった。
支配の鉄則──「分断、恐怖、依存、情報統制、思考の固定化」を礎とする新体制を敷く。
その第一歩として、俺は一つの事件を思い出した。
モニターに、数週間前の映像を映し出す。
【未解決の時】
街頭の大きなモニターには、速報が流れていた。
【速報! 連続男性失踪事件、未だ解決せず!】
庶民たちは、恐怖に怯えていた。
「また被害者が出たらしい……」
「怖いわね。貴方……いくら強くても一人きりにならないでね」
「天帝王様、早く犯人を捕まえてください!」
不安と恐怖が、街全体を覆っていた。
犯人はミラサだ。そして、俺もちょうどこの時に彼女の行方を捜していた。
【解決された時】
数日後、俺は全国放送で宣言した。
「民よ。連続男性失踪事件の犯人を、この俺が捕らえた」
モニターには、拘束されたミラサの姿が映し出された。
庶民たちは、歓喜に沸いた。
「ついに捕まったぞ!」
「天帝王テリアル様、ありがとうございます!」
「これで安心して暮らせる!」
涙を流して喜ぶ者、安堵の表情を浮かべる者。
彼らは、俺に心から感謝していた。
俺は、その映像を冷たく見つめた。
恐怖を与え、それを取り除く。
これが支配の基本、だが今回のは偶然だった。
庶民は、恐怖から救ってくれた者に依存する。
そして、その者が全てを解決してくれると盲信する。
ミラサの事件は、俺にとって都合が良かった。
あの女は、俺を裏切った。
そして今、俺の支配の道具として、完璧に機能している。
◇ ◇ ◇
「これより、天帝国は新たな統治体制に移行する」
俺は、民衆に宣言した。
「天帝王直轄の『統治機構』を設立する」
ざわめきが起こった。民衆は戸惑い、聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「統治機構?」
「何だ、それは?」
「各地域を統治する行政機関として、明側の国には明統治機構、暗側の国には暗統治機構を置く」
彼らが理解するのは、時間の問題だ。統治機構とは、すなわち──天帝王の意志を実行する、新しい組織のことだ。
【数週間後】
モニターを三つ並べる。
◇ ◇ ◇
左の画面──中央広場。巨大な掲示板に、新たな国々の地図が映し出されている。群衆が、食い入るように見つめていた。
『明側の国──新天地で、新しい人生を!』
ある赤髪の男が、興奮した様子で妻に言った。
「行こう! ここより広い土地がある!」
妻は頷き、幼い娘を抱きしめた。
中央の画面──移住申請所。長い列ができている。係員が、一人ひとりの髪の色を確認しながら、国を割り振っている。
「赤髪の方は明側へ」
「金髪の方は暗側へ」
「緑髪の方は北へ」
ある金髪の若者が尋ねた。
「俺、赤髪の友達と一緒に行けないんですか?」
「申し訳ございません。各国の定員がございますので」
◇ ◇ ◇
若者は、残念そうな顔をした。しかし、すぐに笑顔を取り戻す。
「まあ、いいか。またいつか会えるだろ!」
右の画面──出発準備をする家族たち。荷物をまとめ、隣人たちと別れの挨拶を交わしている。
「元気でな」
「また会えるかな」
「きっと、良い国になるよ」
誰も疑問を持たない。
誰も、国境の意味を考えない。
国境を増やし、時間をかけて隣国同士が互いに殺し合う構造を生み出す。人種ごとに国を持たせれば、差異が激化する。人種、言語、文化、宗教──争いの種はいくらでもある。
より多くの分断を生み出せば生み出すほど、庶民は互いに争い、大元である支配者に目を向けなくなる。
◇ ◇ ◇
俺は、モニターに目を戻した。
画面の中で、赤髪の人々が明側へ向かう馬車に乗り込んでいた。金髪の人々が暗側へ、緑髪の人々が北へ。
友人たちが、手を振り合っている。
「また会おうな!」
「絶対だぞ!」
彼らは知らない。
その「また」が、やがて訪れなくなることを。
そして──彼らは知らない。
もし彼らが、ヴェンの村のように気づいたら、支配は終わることを。
もし彼らが「国境なんて、支配者が勝手に引いた線じゃないか」と思ったら。
もし彼らが「俺たちは、人種が違っても同じ人間だ」と気づいたら。
もし彼らが、国境を越えて手を取り合ったら──
この支配構造は、崩壊する。
【3ヶ月後】
ウプロンドが、突然現れた。
「テリアル、お前は見事な支配構造を作り始めている。だが──庶民が気づき始めたらどうする?」
「その時は、マッチポンプ、ガス抜き、フォーカス外しで対処する」
「マッチポンプ──恐怖を与え、解決する」
「ガス抜き──不満が溜まったら、小さな満足を与える」
「フォーカス外し──重要な問題から目を逸らさせる」
「完璧だ」
◇ ◇ ◇
「しかし、テリアル。覚えておけ」
ウプロンドは、真剣な表情になった。
「どんなに完璧なシステムを作っても、抜け道は存在する」
「抜け道?」
「一人一人の自立。固定概念を捨てること。報せを冷静に見る意識を持つこと。そして──庶民同士が助け合うこと」
「ヴェンの村のように。もし庶民が調和を選んだら──お前の支配は崩壊し、我はこの星から去る」
【半年後】
ミラサが、娘を産んだ。
俺は、リアと名付けた。
いつ、どのようにして妊娠したのか──それは、もう重要ではなかった。
この子は、俺の血を引く者として生まれた。
自分の子供が女の子だからか、ミラサの複雑な感情を監視の目越しで見て取れた。
まずは約一年、母親として育てさせよう。ミラサがリアに深い愛着を持ち始めた頃合いを見計らい、娘を取り上げる。
◇ ◇ ◇
【1年後】
ロニアが、息子を産んだ。ルアロと名付けた。
そして──俺は、多くの妻を迎え入れた。
各人種から、何名かずつ。
やがて、俺の血を引く子供たちが、各国へ散らばる。神官として、大企業のトップとして、政治家として、工作員として。
これからの時代は、新しいリーダーを庶民が決められるようになる。
庶民は自分達に『選択肢がある』と思い込むだろう。
しかし──どれを選んでも結局、最終的に行き着く先は同じだ。
なぜなら、全ての選択肢の裏に、支配の意図があるからだ。
別のモニターには、市場の様子が映っていた。
新しい食材が、山のように積まれている。人々が見たこともない果物、色鮮やかな野菜、大きな肉。
◇ ◇ ◇
ある母親が、果物を手に取り、目を輝かせた。
「これ、食べたことない!」
隣にいた老人が、孫に語りかけていた。
「いい時代になったもんだ。魔神がいなくなって、こんなに豊かになった」
孫は、大きな果物にかぶりついて、笑顔を見せた。
一度豊かさを味わわせておけば、後でそれを奪った時、庶民は耐えられなくなる。
数百年後──この豊かさは意図的に奪われる。そして、配給制が導入される。
俺はリアを取り上げにミラサのいる独房に行った。
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【第44話 終わり】
次回:【第45話】私がいる
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




