【第43話】壊れた
【重要な注意】
この話には、拷問、精神崩壊、殺害の描写が含まれます。
特に精神的負担が非常に大きい内容ですので、苦手な方は読み飛ばすことを強くお勧めします。
(感謝? 火山での拷問を極限まで与えた後のこの言葉は……。)
俺は、ウプロンドの言葉を思い出した。
「最終的には、拷問官を心から愛するようになる」と言っていた……ロニアの精神は、既に屈服し、この歪んだ支配を愛と錯覚し始めたというのか?
いや、待て、この言葉も嘘かもしれない。
「ロニア、ここはもう、お前の家だ。好きに過ごすと良い」
その後、数日間、ロニアは部屋から出てこなかった。
俺は、彼女を放置していた。
◇ ◇ ◇
五日後。
俺は、何気なくロニアの部屋の前を通りかかった。
扉の向こうから、微かな嗚咽が聞こえた。
「……チッ」
俺は、扉を開けた。
「ロニア。お前は、まだ俺を恨んでいるか?」
ロニアは、窓の外を見つめたまま、答えなかった。
長い沈黙――
やがて、ロニアがゆっくりと口を開いた。
「……テリアル。私ね、あの火山で考えたの」
◇ ◇ ◇
「灼熱の中で、死ぬかもしれないと思った時、走馬灯のように色々なことが頭を駆け巡ったわ。勇者学校で、初めて貴方に会った時のこととか」
「貴方が一人で訓練している姿を見たとき、私……本当は声をかけたかったの」
「あの時の貴方は、誰よりも真剣で、誰よりも孤独そうで……でも、私は怖かった」
「バルストに捨てられたら、私も標的になる。そう思って、貴方を見て見ぬふりをした」
「私は……私は保身のために、貴方を裏切った。あの火山で、私は理解したの」
◇ ◇ ◇
「貴方が、どれだけ深く傷ついていたか。貴方が、どれだけ孤独だったか」
「そして、私がどれだけ貴方を傷つけたか。火山の熱よりも、もっと熱いものが私の胸を焼いたわ」
「それは……後悔と、罪悪感と、そして……貴方への、想い」
「私は本当に最低な人間よ。貴方を裏切って、貴方を傷つけて、それなのに……それなのに、貴方を好きだったなんて」
「でも、それは真実なの。だから、私は決めたの」
「この先、何があっても、二度と貴方を裏切らないって。貴方の隣で、貴方の痛みを共に背負うって」
◇ ◇ ◇
「恨んでいるか、ですって? 私は……私は貴方を恨めない」
「なぜなら、貴方を裏切った私自身が、何よりも許せないから。貴方が私にしたことは、私が貴方にしたことの報いなのよ」
この言葉は、赦しではない。彼女の自己を正当化するための、歪んだ愛だ。
だが、その狂気に満ちた献身は、俺の孤独を埋める。
これは……共依存だ。
「テリアル。貴方は今、憎しみに囚われている」
「その憎しみが、貴方を満たすことは永遠にない。でも……いつか、貴方がその憎しみから解放される日が来ると、私は信じたいの」
「その日まで、私は貴方の隣にいるわ」
◇ ◇ ◇
俺は、黙って部屋を出た。
だが、心の奥底で、何かがわずかに揺れ動いた。
それが何なのか、俺には分からなかった。
俺は、偽りの平和を作るために民を使い、それと並行してバルストに拷問を続けた。
この宇宙に存在する、ほぼ全ての拷問を試した。
幸い、超高度な医療技術もある事で、それらは順調に進んで行った。
─────
数週間後。
そこにいたのは、かつてのバルストではなかった。
床に崩れ落ちた何か。
人の形をした、壊れた何か。
髪は抜け落ち、皮膚は異様なほど青白く、目だけが――虚ろに見開かれた目だけが、かろうじて「生きている」ことを示していた。
◇ ◇ ◇
「……バルスト」
俺が名前を呼ぶと、その物体が、わずかに動いた。
「……テリ……アル……」
一音ずつ、絞り出すように。
長い沈黙の後、バルストの唇が震え始めた。
「……わかった……んだ……お前が……天帝王に……なって……」
呼吸。
「お前は……本気……だったんだ……魔神……討伐……」
バルストの目から、涙が流れた。
「俺が……バカで……ちっぽけな……プライドで……」
声が裏返る。
「裏切られた……と……思い込んで……お前を……追い詰めた……」
床を拳で叩く。力のない、弱い音。
◇ ◇ ◇
「信じれば……よかった……一緒に……行けた……かも……」
バルストの全身が、激しく震え始めた。
「英雄に……皆で……なれた……かも……」
泣き崩れる。
「俺の……せい……だ……全部……俺の……」
床に額をつける。声が聞こえなくなる。
俺は、その姿を見ていた。
どれだけ時間が経ったのか、分からなかった。
やがて、バルストがゆっくりと顔を上げた。
その目は、完全に虚ろだった。
しかし、その目が――俺を見た。
「……テリアル……全部……受け入れる……謝っても……足りない……」
バルストは、微かに笑った──いや、笑おうとした。
壊れた人形が、笑おうとしているようだった。
「……でも……許し……は……いらない……」
その言葉と共に、バルストの目から光が消えた。
まだ生きている。
呼吸している。
◇ ◇ ◇
その瞬間、俺の胸に、何かが込み上げてきた。
熱い。苦しい。息ができない。
バルストの壊れた姿が、虚ろな目が、何もなくなった表情が、俺の中の何かを、壊した。
俺の目から、涙が溢れ出した。
止まらない。
その場に、崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
「許せ……」
誰に言っているのか、分からなかった。
涙が止まらなかった。
やがて、俺は立ち上がった。
バルストを見た。
「……」
俺は短剣を抜いた。
「……バルスト」
返事はない。
「……終わらせてやる」
バルストの目が、わずかに動いた。
俺は、短剣を──
それから、俺は数日間、部屋に閉じこもった。
復讐に身を焦がした自分が、こんな感情になるとは。
思いもよらなかった。
個人的な復讐は、もはや消化すべき残務を終えたに過ぎない。
バルストの最後の言葉が、まだ耳に残っていた。
しかし──
まだまだ、やらなければならないことがあった。
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【第43話 終わり】
次回:【第44話】分断
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




