【第31話】玉座
俺は、全身の憎悪を込めて、重厚な扉を軋ませながらこじ開けた。
城の内部は、外界の紫色とは打って変わり、眩いほどに真っ白だった。
その中心を、血のように濃い赤い絨毯が、最奥まで一直線に敷かれている。
まるで、俺たちの血の道を辿れと誘っているようだ。
「へぇ! 魔神城って、もっと禍々しいかと思ってたぜ!」
バスティオが、驚いた声を上げた。
「意外と中は、格式高くて綺麗なんだな……!」
「静かすぎるわね……」
ノノイが、警戒した声で言った。
「この造りからすると、儀式的な空間よ。魔神はやはり、この道の先にある最上階にいるのかしら?」
「どうでもいい……奴がどこにいようと、辿り着けばいいだけの話だ。行くぞ」
◇ ◇ ◇
続く長い廊下と階段は、不自然なほどに静かだった。
まるで、血みどろの戦いを生き抜いた者に、一時の安息と栄光を約束するかのような、欺瞞に満ちた気持ちの悪い印象を俺の心に焼き付けた。
復讐の舞台である最上階。
俺たちの目の前には、細密な鳥の意匠が施された、荘厳で豪華な両開きの扉があった。
「……ここね」
ノノイが、静かに言った。
武者震いのような緊張が走る。
極度の緊張が、その場の空気を切り裂く。
俺の全身を駆け巡る血液は、今、憎悪という名の冷たい熱を帯びていた。
俺は、最後の扉をゆっくりと、しかし容赦なく押し開けた。
◇ ◇ ◇
その広大な部屋の両端には、威圧的な巨体の鳥の彫像が、等間隔で並び立っている。
そして、俺たちの視線は、その部屋の最奥、玉座に鎮座する『化け物』へと吸い寄せられた。
人型の胴体に、異様な鳥の脚を持つ。
背からは四枚の巨大な翼が生え、その羽根は一本一本が複雑な色彩を放っている。
二本の腕を持ち、鶏冠を持つ鳥頭の姿は、この世界を支配してきた絶対神であり、魔神そのものだった。
「……何だ、この化け物は?」
俺の復讐の対象は、神でも魔神でもなく、こんな、異様に飾り立てられた、ただの……
俺は、長きにわたる憎悪と、目の前の現実との乖離に、一瞬、思考を停止した。
「な、なんだ……なんだこいつは!?」
バスティオは、その巨体を微かに震わせた。
恐るべき威容に、純粋な驚愕を滲ませた。
「これが……私たちが倒しに来た、魔神なの?」
ノノイの声は、微かに震えていた。
◇ ◇ ◇
「ふむ。やっと来たか。テリアル、バスティオ、そしてノノイ」
「今回は特別に強化ドラゴンを二体、門番にしたのだが、まさか倒してしまうとは……実に素晴らしい!」
「是非とも、手合わせをしてもらいたい所だ」
その瞬間、俺の胸に湧いたのは、長きにわたる憎悪とは種類の異なる、強い違和感と、底知れぬ驚愕だった。
この化け物は、なぜ俺たちの名前を知っている?
「お前……なぜ、俺たちの名前を知っている……!?」
「見覚えも、会った覚えもないはずだ!」
「テメェ、どうして俺たちの名前を呼ぶんだ!?」
バスティオが、怒りを込めて言った。
「まるで、俺たちを前から知っていたみたいに!」
「貴方と私たちには、会った覚えはないわ! その名を呼ぶ権利は、貴方にはないはずよ!」
◇ ◇ ◇
「我が、お前たちが探し求めた魔神であり、絶対神ウプロンドだ。なぜ名前を知っているか、だと?」
「フム。テリアル。お前の両親、アリアとファーテルはとても優秀だった」
「だから、その息子であるお前には、特別な視線を送っていたのさ」
「貴様が勇者学校に入学したあの日から、昆虫型の監視の目でお前の人生をずっと追尾していたのさ。ほら、お前の服にくっついているぞ!」
服に目をやるとハエが止まっていた。
「はぁ!?」
俺は、驚愕した。
反射的に追い払おうとすると、ハエはウプロンドの方に飛んで行った。
「……俺を、ずっと見ていたのか?」
俺の全身の血液が、瞬間的に冷たくなった。
形容しがたい激しい怒りが、喉の奥から込み上げてくる。
監視されていたことへの、吐き気を催すような気持ちの悪さ。俺の地獄の人生の全てが、この鳥の化け物の退屈な暇つぶしだったのか?
そして、俺の全てを知りながら、なおニヤニヤと嘲笑っているその醜悪な姿。
俺の人生そのものを、まるで滑稽な芝居のように嘲笑しているこの化け物に、俺は全ての冷静さを失った。
「……殺してやる、醜い化け物め!」
俺は、憎悪を込めて叫んだ。
「神だろうが、鳥の化け物だろうが、お前が俺の全てを奪った元凶であることに変わりはない!」
◇ ◇ ◇
「ハッハッハッハ!」
ウプロンドは、トサカのある頭を仰け反らせ、全身の喜悦を込めたような、甲高い嘲笑を響かせた。
「フッ……直接、貴様の全てを奪ったわけではないのに、よくそんなことが言えるな?」
「思い出せ!!」
「両親が死んだのは、自ら望んで我と戦ったからだ!」
「貴様が虐められたのは、オベロンの八つ当たりだ!」
「愛猫が殺されたのは、バルストの個人的な恨みだ!」
「ロニアに裏切られたのは、貴様がその可能性を見落としていたからだ!」
「ミラサが虐めを助長したのは、貴様自身の責任だ!」
「どうだ? 思い出したか?」
「君の憎悪は、我への責任転嫁に過ぎない。憎しみは、自分の身勝手な同族に向けられるべきだろうに!」
◇ ◇ ◇
「ち、違う! 戯言を抜かすな!」
「両親の死、虐め、ユラの惨状、ロニアの裏切り、ミラサの拒絶」
「その全ては、お前が創り上げた憎悪と階級のシステムの結果だろうが!」
「お前は、人々の苦痛と絶望を悦びとする戦闘狂、全ての悪意の根源だ!」
「そうだ!」
バスティオは、激しい怒りを込めて、特大剣を力強く構えた。
「人を絶望させ、負のエネルギーを吸い取って楽しんでたのはテメェだろうが!」
その巨躯から、強い決意が伝わってくる。
「俺たちは、テメェが仕組んだ理不尽な世界をぶっ壊して、本物の平和を取り戻す!」
「もう、貴方のゲームには付き合わないわ!!」
ノノイは、一歩前に出た。
「貴方は、ヴェンじいが言った通り、倒せない魔神なんかじゃない」
「ただの物質化する生命体よ。私たちが倒して、この支配を終わらせる!」
◇ ◇ ◇
ウプロンドは、その四枚の翼をゆっくりと、冷酷な優雅さを持って開いた。
その動きは、舞台の幕開けを思わせるようだった。
「フム。利用し合う仲間、復讐という名の偽りの大義、友情、そして憎悪……」
「実に美しい。お前たちの苦痛と絶望が、我の最高のエネルギーとなることだろう」
「さあ、始めるぞ勇者たち、お前たちの命を賭けたゲームの、最終ラウンドだ」
「我に勝てば三つの願いを叶えてやるという約束は、今も有効だぞ」
「願いなど、お前の首をへし折ってから聞く!」
俺は、全てを終わらせるために、全身の憎悪と共に剣を強く握りしめ、玉座の異形に向かって、渾身の力を込めて跳躍した。
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【第31話 終わり】
次回:【第32話】紫の血
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