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ラティオ・レコード ~砕かれた薔薇と復讐の玉座~  作者: Muu-S


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【第28話】共振


 ヴェンは、全てを見透かすような瞳で、俺に問いかけた。


 その声は、深遠な知恵と、どこか茶目っ気を帯びている。


「……そんなの知るか。どうせ、こののんびりとした村の雰囲気のせいじゃねぇのか?」


「ほっほっほっ、半分正解じゃな」


「……そうかよ……」


 この老人の言葉には、いつも俺の核心を突くような不気味な正確さがある。


「リンティカ天帝国では、常にイライラし、辛そうに生きている者がほとんどじゃろ」


「そんな場所でずっと暮らしていたら、どんなに心優しい者であっても、その場の雰囲気に毒されていくものなのじゃよ。その逆もまた然りじゃ」


「雰囲気の共振というものは、それはもう強力なものなんじゃ」


「もちろん、共振しないようにすることもできるが、多かれ少なかれ、必ず影響を受けるものじゃな」


「逆に、それを意図的に使うこともできる。ピリピリとした室内の空気を、『和やかで柔らかい雰囲気へと変えることもできる』し、その逆もまた可能じゃ」


「それは単なる気持ちの問題とも言えるかもしれんが、その者の個性一つで、その場の空気感が大きく変わるものなんじゃよ」


「ウプロンドは、その『雰囲気の共振』という技術を巧みに使っておる」


「まず、信仰数値という貧困の恐怖で、人々に常に焦燥感を与え、他者を蹴落とさねばならぬピリピリとした空気を作り出す」


「そうすることで、誰か一人が優しくなろうとしても、瞬く間に周囲の憎悪の空気に飲み込まれ、また苛立ちを募らせる」


「彼は、この負の連鎖こそが、己を満たす最上級の餌だと知っておるのじゃ」


 ヴェンの言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。


 あの腐りきった社会の、根源的な悪意が、今、脳裏に映像として流れ込んだ気がした。


「……全てが、奴の仕業だったというのか。とことん、存在そのものが許せねぇ」


「クソみたいな奴だな、ウプロンドって奴は……!」


 俺の喉の奥から、憎悪に満ちた声が絞り出された。


 俺を、そして全ての人類を苦しめてきた元凶への、底知れぬ怒りが込み上げる。


「根本的にはそうじゃが……負の連鎖が起きるのは人々にも原因があるんじゃよ」


「お主も雰囲気には気を付けることじゃ。奴の策略に、安易に乗らないようにするが良いぞ」


「雰囲気かぁ! じゃあ、俺のこの元気さで、そのピリピリした空気をぶち破ればいいんだぜ! 簡単だろ!」


「ふん、バスティオは元気すぎるんだよ」


 俺は、呆れたように言い放つ。


 だが、その声には、以前のような冷たい嫌悪感はなかった。


「……でも、お前のおかげで、俺は気付かないうちに、自分を保ててたのかもしれねぇな」


 それは、俺にとって、滅多にない本音だった。


 孤独と憎悪に囚われた俺の心を、バスティオの変わらない友情が支えていたことを、俺は今、ようやく、ほんの少しだけ認めることができた。


「……ッ! 久しぶりだな……テリアルの、そういう感じ……!」


「元気になってくれて、本当に良かったぜ!」


 バスティオは、その言葉に感極まったかのように、俺の肩を強く叩いた。


 彼の瞳には、偽りのない安堵と喜びが宿っていた。


「……あのクソどもは、絶対に許さねぇけどな」


 だが、俺の心は、決して過去を許したわけではない。復讐の炎は、未だ燻り続けている。


 俺は、そう釘を刺すように付け加えた。


「………」


 バスティオは、何も言えず、ただ静かに俺の隣に立っていた。


 俺の変わらない憎悪を理解し、受け止めているかのようだった。


「はいっ! 恨みつらみは、おしまいですよ~!」


 ノノイは、まるで俺たちの間に張り詰めた重い空気を、透明なものに書き換えるかのように、透き通るような明るい声で宣言した。


 以前なら、その無神経なほどの能天気さに、俺は苛立ちを覚えていた。


 だが、今は違う。


 彼女の底知れない純粋な優しさと、この村に流れる穏やかな『雰囲気の共振』が、復讐の業火に焼かれていた俺の心を、許容しがたいが、確かに温めようとしているのを感じた。


 ヴェンが言っていた通り、人の個性一つで、場の雰囲気は大きく変わる……。


 ノノイのこの底抜けの明るさこそが、ウプロンドが仕組んだ憎悪の連鎖を断ち切る、唯一の光なのかもしれない。


 もしあの腐りきった天帝国にも、ノノイやバスティオのように光を灯し続ける者がもう少し多くいたのなら、あの国は違った未来を描けていたのだろうか。


 俺は、復讐の目的とはかけ離れた、そんな無益な思考に囚われていた。


 この瞬間、俺は決めた。


 もう、こいつらを利用するのはやめよう。


 隣でこちらを見ているバスティオに、俺は初めて、復讐者ではない、対等な立場で声をかけることにした。


「バスティオ、ノノイも入れて、3人で訓練するぞ。あの、ウプロンドという名のクソッタレな魔神を、この手で滅ぼすためにな」


「えっ!? マジかよ!?」


 バスティオは、驚きに目を丸くすると、すぐに満面の笑顔を浮かべた。


「すっげえ偶然だぜ、テリアル! 俺も今、お前を誘おうとしてたところなんだ!」


 彼の裏表のない、心からの喜びが伝わってきて、俺は思わず、皮肉でも嘲笑でもない、純粋な安堵の感情と共に「ふっ」と、鼻で笑ってしまった。


 この底知れぬ善良さは、俺の復讐の目的を果たすための「駒」として、これ以上ないほど有効だが、もう利用するのはやめると決めた。


 だが、ウプロンドという名のクソッタレな魔神を滅ぼす、という点においては、こいつらと歩む道は一致している。


 俺は、すぐさま冷徹な現実へと意識を引き戻した。


 安堵は一瞬で消え去り、再び心の中はウプロンドへの途方もない憎悪で満たされた。


「フン、そうか」


「偶然だろうが何だろうが、どうでもいい。さっさと訓練を始めるぞ」


「おう!ちょうど良かったぜ。ヴェンじいから、魔神は瞬間移動を使うって聞いてるんだ」


「俺たちが、リンティカ天帝国で習った訓練じゃ、全く意味がねぇからな!」


 バスティオの口から出た『瞬間移動』という言葉に、俺の冷え切った心臓が、わずかに波打った。


 憎悪に囚われていた俺の意識は、ヴェンという老人のもたらした真実と情報が、俺の『復讐計画』に不可欠であることを、嫌というほど理解していた。


「じゃあ、まずは『感覚を研ぎ澄ませる修行』からだね! 私が相手になってあげる!」


 ノノイは、俺の深い不信感や憎悪を、まるで空気のように扱っている。


 その無神経なまでの能天気さが、今は鬱陶しいというより、むしろ俺の訓練を助ける奇妙な『雰囲気の共振』となっていることを、認めざるを得なかった。


「チッ、好きにしろ」


 俺はそう吐き捨てると、すぐに目を閉じ、視覚に頼らない戦闘の訓練に入った。


 森の中での激しい修行の日々が、再び始まった。


 俺は剣と短剣を構え、目を閉じ、ノノイやバスティオのわずかな気配、風の流れ、地面の振動、全てを捉えることに集中する。


 ノノイは、その軽やかな身体と、ウプロンドの瞬間移動を模した予測不能なステップで、俺の防御の隙を突き、時折、俺の背後をすり抜けようとする。


 俺は、研ぎ澄まされた聴覚と触覚、つまり瞬間移動を想定した感覚で、ノノイの微かな衣擦れの音さえも剣の切っ先で捉え続けた。


 そして、バスティオは、その巨体と特大剣を駆使した豪快な力任せの攻撃で、俺にプレッシャーを与えてきた。


 彼の攻撃は、ウプロンドの猛攻に耐えうる防御と、一瞬の隙を突くカウンターを磨く、最良の壁となった。


 俺の心は、訓練と復讐の炎だけに集中していた。


 この村の雰囲気や、金の概念がないという常識破りの現実にも、深く関わろうとはしなかった。


 ただ、力をつけ、この腐りきった世界を滅ぼすという目的のためだけに、俺は彼らと一時的に手を組んだ。


 訓練を終え、ヴェンやノノイが用意した美味い食事を囲む。


 その時、俺の凍り付いていた心にも、微かに角が取れてきたことを、俺自身が認めざるを得なかった。


 のんびりとした村の共同生活は、憎悪の業火に焼かれた俺の心を、ほんのわずかだが温めようとしている。


 俺は、それを感じていた。




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【第28話 終わり】


次回:【第29話】尊重


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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回もお楽しみください。

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