【第24話】真逆の世界
「もうすぐじゃ」
この空機の中という、閉鎖された空間で、俺は苛立ちに身を捩っていた。
村は、空からではほとんど見えなかった。上手く森を利用して隠しているようにも見えた。
空機が着陸するやいなや、ヴェンはさっさと村へと歩き出した。
俺は重い足取りでそれに続く。
村に近づけば近づくほど、呑気な楽器の音が聞こえてくる。
やがて、さらに唄声までもが響き渡り始めた。
「おぉ? なんか楽しそうだな!」
バスティオのその能天気さが、ひどく癇に障った。
(くだらねぇ……何が楽しいんだ、この状況で)
そして、人影が見えて来た。
そこには、作業をしている者、楽器を奏でる者、踊り狂う者、歌い散らかす者、遊んでいる者……おのおのが、好き勝手に行動していた。
その顔には、一切の偽りのない、純粋な喜びが浮かんでいる。
その光景は、俺の眼には、薄っぺらで欺瞞に満ちたものにしか見えなかった。醜い人間の群れが、また新しい嘘で飾り立てているに過ぎない。
「これは、一体何なんだ? こいつらは?」
「おお! 何かの祭りでも、してるのか?」
バスティオは目を輝かせながら、ノノイに聞いた。
「祭りじゃないけど、たまにこうなる時もあるの。みんな、やりたいことをやってるだけなのよ」
ノノイのその言葉が、一層俺の神経を逆撫でした。
『やりたいことをやってるだけ』?薄っぺらい綺麗事だ。
ますます、どういう村なのか理解不能になる。こんな場所で、何を信じろというのか。
「まあ、好きに過ごせばいいだけじゃ。一先ず、儂の家で泊まっていくといいぞ」
ヴェンは、胡散臭い笑みを浮かべたまま、能天気なことを言った。
このジジイの言葉は、未だに何を企んでいるのか掴めない。
「俺は、ちょっくら村を見ていくよ!」
「じゃあ、私が案内するね」
「俺は、とりあえず寝る……起こすなよ」
中の刻だったが、俺は、この気色の悪い村の正体を目の当たりにして、言いようのない嫌悪感と疲労感に襲われた。
着いてみて拍子抜けしたのもあって、とにかくこの場から逃れるように寝ることにした。
◇ ◇ ◇
次の日、眠そうなバスティオに話しかけられた。
「ふわ~、ご機嫌よう、テリアル」
バスティオが、眠そうに言った。
「昨日は、楽しかったぜ」
「でも、祭りは終わったぞ。今行くんだろ?」
「楽しかった」だと?
俺の胸の奥底から、言いようのない苛立ちが込み上げてきた。
「ちっ! 俺は、今日のように静かな方がいい」
「じゃあ、今日はテリアルにこの村のことを案内するね」
ノノイは、俺の返事も聞かずに、無神経にそう言った。
俺の心を詮索しようとするその態度が、ひどく神経に障る。
「好きにしろ」
どうせ、お前らの薄っぺらい価値観など、俺には何一つ響かない。案内されても変わらねぇよ。時間の無駄だ。
俺はノノイと一緒に歩いていく。
ノノイは隣で、この村の説明を始めた。頼んでもないのに、この女は一体何を語りたがるんだ?心底、苛立った。
「レノヴェール村には、40人以上の人が住んでいて」
ノノイが、説明を始めた。
「みんな、好きなことや得意な事を提供し合いながら助け合っているから、生活に困らないの」
……はっ、群れやがって。たかが40人程度で、何が『困らない』だ?
俺は、一人で魔物がうろついている森の中で何日も生き延びてきたんだ。一人で、生活なんてできて当然だろうが。
「あっそ」
俺は、嘲るように冷たく言い放った。
「それは、ご立派で何よりだな」
結局、勇者学校のあの吐き気のする連中と何が違うってんだ?群れることしか能のない、劣悪な人間に変わりねぇ。
「おい、この村は魔物の脅威からどうやって身を守ってやがる?」
まさか、ただの烏合の衆が、魔物に勝てるとでも言うつもりか?
「それは……ヴェンじいに直接聞いてみて。まずは、この村を見て回ろ?」
……はぁ?なんだよ、自分の口から言えねぇのかよ?ふざけるなっ!
この期に及んで、また俺を騙すつもりか?
「あ、テリアル、こっちこっち!」
……まるでバスティオみたいな能天気な女め。俺の神経を逆撫でするな。
「ここの雑貨屋さん、見に行こっ!」
……どうせ、碌なものがあるわけねぇ。
「おう! ノノイ、お帰り」
雑貨屋のおじさんが、明るく言った。
「ただいま! あ! そこにある椅子、お洒落だね!」
確かに、くだらないものばかりの天帝国の店にはないような、細やかなデザインの椅子がそこにあった。
「お目が高いね」
おじさんは、微笑んだ。
「いるか?」
……どうせ、あとで高額な信仰数値を要求するに決まっている。
「うん! ぜひ! ヴェンじいの所まで送ってくれると嬉しいな」
「良し、分かった! 運搬屋のお姉さんに頼んどくよ」
……一体、どういう魂胆で動いている?
「ありがとう!」
ノノイは、まるでそれが当たり前であるかのように、そのまま店から出ていった。
「……はぁ? おい、女っ!」
俺は、ノノイを追いかけた。
「てめぇ、金を払わずに店から出てくのかよ! ふざけてんのか!?」
「この村に、お金の概念はないよ」
ノノイが、当たり前のように言った。
「お店の人に欲しいものを言って、送ってもらうか、持って帰る」
「……はぁ!?」
「何を馬鹿なことを言いやがる!?」
「冗談じゃねぇ!」
「そんな馬鹿なこと、あの汚い天帝国の連中が聞いたら、何でもかんでも盗み尽くすに決まっているだろうが!」
「天帝国では、そうかもね」
「質問だけど、例えば、食べ物を多く盗んで、食べきれずに腐らせました」
ノノイは、俺に質問した。
「それ、自分のためになる?」
「多く取る意味って、あるのかな?」
「そんなものは、当然ねぇ! だが、人は醜い!」
「あの卑劣な連中のように、意地悪で盗むかもしれないだろうが! 誰かを苦しめるためなら、どんな下劣なことでもする!」
「大家族だから、食べ物や物を多く盗むとかな! そんなのは、結局、自分の欲のためだろうが!」
「天帝国では、そうかもね。意地悪で盗むのは、自分が満たされないからでしょ?」
「他には、自分の人生や誰かに負の感情があるか、信仰数値が少ないから」
「レノヴェール村は、みんなが気持ちよく過ごせる村」
「だから、負の感情もないし、奪い合ってまで満たしたい欲もない」
「勿論、怒ったり、悲しんだりすることもあるけど、いつでも根に持たないから、復讐もしないし、起こってしまった事は起ってしまったこと、ただそれだけで済ませて前に進むの」
「あとは、家族が多くて盗むことと、物を盗んで売ってお金を増やすためという理由もあるよね」
「それって、信仰数値がないからという理由だよね?」
「レノヴェール村は、お金の概念もないから、盗んで売る事もない」
「ねぇ、テリアル。もし、お金も物も、心の余裕も全てあったら、それでも誰かの物を盗む?」
こいつは、まるで俺の心を全て見透かしているかのように、真っ直ぐな瞳で口を開いた。
……この女め、この俺の感情の根源を暴こうとしているのか。
俺は、その問いに即答できなかった。喉が乾き、わずかに息を詰める。
「………」
確かに、あの腐った世界でも、信仰数値や物が全て揃っていたら、盗む理由はないかもしれない。
「……盗む理由など、ねぇな……」
俺は、苦々しく吐き捨てるようにそう答えた。
「だがな、誰かを恨んでいたら、その誰かの大切な物を、嫌がらせとして、徹底的に破壊するためなら盗むに決まっている」
「うん、テリアルの言うとおりだよ」
「でも、それって『恨みつらみさえなければ盗まない』ということでしょ?」
「実は、バスティオにもこういう話をしたの。バスティオも疑問に思ってたから」
「こういう話は、私よりもヴェンじいに聞いた方が、腑におちると思うよ」
……この女め、俺に分かったような口をきくんじゃねぇ。
バスティオは馬鹿だから、騙されやすいだけだ。
……だが、ヴェンめ。何かを企んでいるに違いない。
信仰数値という金の概念がない村……
ふざけた話だと思っていたが、あの腐った天帝国の仕組みとはあまりにも違いすぎる。
ふと、俺が小さい頃に漠然と考えていたことが脳裏をよぎった。
信仰数値という鎖に、人間は雁字搦めにされている。
むしろ、信仰数値の概念など持たない動物の方が、よほど豊かな生活をしているのではないかと……考えたことがある。
まさか、こんな場所があるとは思いもしなかった。
この村は、『リンティカ天帝国とは、性質が真逆の場所』……?
だからか、この村に対する俺の中にある深い偏見が、ほんの少しだけ揺らいだ。
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【第24話 終わり】
次回:【第25話】体の声
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




