【第22話】微かな鼓動
今はただ、このジジイがどういう人間なのか、全く掴めそうにもない、その事実だけが、俺を苛立たせた。
「彼なら信用していいぜ!」
バスティオは、自信満々に言った。
「な? 俺の感が言っている!」
感だと?この裏切りだらけの世界で、そんなもの何の役にも立たない。
お前もどうせ俺を裏切るんだろ?その感で、俺が裏切られてきた痛みを理解できるのか?
「はぁ?」
「感かよ……ふざけてんのか? お前の無責任な感に付き合ってる暇はねぇんだよ!」
「感は大事だよ、テリアル」
ノノイが、穏やかに言った。
「全て理屈で割り切れるものじゃない」
「お前まで……俺を馬鹿にする気か?」
こいつも信用できるわけねぇ。俺は、てめぇも信用してねぇんだよ。分かったか。
「私は、真剣だよ」
「はぁ……もういい。さっさと行こうぜ」
俺は、歩き始めた。
「時間が惜しい」
◇ ◇ ◇
「ふむ、そうじゃな……その前に、君たち二人に見せたい場所が二か所あるんじゃが、どうかのう?」
「ヴェンじい、何なんだい、その場所って? 寄り道するのか?」
「サルドゥールじゃよ」
「はぁ!?」
俺は、このジジイの発言に驚愕した。
「あの伝説のサルドゥールだっていうのか?」
正気か?虚言を平気でつくのか、このジジイは?
「おいおい、大丈夫か? このジジイは?」
「頭がおかしくなったんじゃないのか?」
サルドゥールは『最古の文明』であり、伝説の勇者ルミルがかつて魔神に唯一傷をつけた場所だ。
しかし、そのサルドゥールは既に滅び、今行っても何も残っていないはずだ。
「もう、テリアルって口悪いな……」
ノノイが、苦笑した。
「うっせぇよ……」
わざわざ言わなきゃ気が済まねぇのか。どうせこいつも何も分かってねぇくせに。
「え、じゃあ、暗側(西)に向かっていくのか?」
バスティオが、確認した。
「否、明側(東)に向かうぞ」
やっぱりイカれてやがる。コイツの言ってること、全てが信用ならない。
俺を試してるのか?それとも……ただの狂人か?
「おい、こいつ大丈夫かよ」
俺は、バスティオを見た。
「サルドゥールは暗側だと、誰もが知っていることだぞ」
サルドゥールは暗側にあると、俺は両親から、そして勇者学校の座学でも正確に習ったはずだ。
このジジイの言っていることが、まるで正気ではないように思えた。
「例え、モニターの宣告、常識が『これはこういう事です』と言われようが、『真実は実際に見ないと分からぬ』ものだぞ、若者どもよ」
「ヴェンじい、もう一か所はどこなんだ?」
バスティオが、尋ねた。
「そうじゃな、サルドゥールに行った後、クルルム絶壁からさほど遠くないところに行くぞ」
「………あのさ、ジジイ……この行程、遠回り過ぎるんだが、それ……」
俺は、このジジイの戯言に、心底呆れ果てていた。
俺の目的は魔神を倒すことだ。こんな無駄な時間は、一秒たりとも費やしたくなかった。
「それだと、魔神城につくまで5年くらいかかるんだが……!」
「冗談はよせ」
「流石に長いよな……」
バスティオも、困った顔をした。
「ヴェンじい、どうにかならないのか?」
「うふふ……」
なぜか、ノノイが笑いをこらえていた。
意味が分からない。こんな地獄で、何が面白いんだ。
「流石に5年はかからん。かかったとしても、せいぜい5日じゃよ。ほっほっほっ!」
俺とバスティオは、あまりの突拍子のなさに反射的に声を合わせた。
「はぁ!?」と。
どう考えても5日なんて無理だ。
クルルム絶壁にたどり着くことすら、俺が経験済みだが5日では不可能なはずなのに。
このジジイ、一体何を言ってるんだ…!
「おい、ジジイ!」
「計算が合わねぇ。バカも休み休み言え!」
「とりあえず、話は後にして歩きましょう」
◇ ◇ ◇
しばらく歩いて、俺はすぐに違和感を覚えた。
サルドゥールの方向とは、明らかに違う。
「おい、ジジイと女!」
「なんじゃ?」
「サルドゥールの方向と違うぞ。なぜ北へ向かっている!?」
「いいえ、あってるわよ」
「はぁ? いや、あってねぇよ」
お前ら、俺を騙す気か。またかよ。
「まあまあ、あと数分で着くから、もう少し付き合っておくれ」
数分後、丘の向こうに、森に似つかわしくない異様な物体が見えて来た。
おおよそ全長8メートル、幅6メートルで、先端が細長く後ろに行くと幅が広くなっている。
禍々しいその姿は、一見すると魔物のようであり、俺は全身の神経を戦闘態勢に切り替えた。
「ヴェンじい……」
バスティオは、驚いた声を上げた。
「こ、これはいったい何なんだ? 巨大な魔物の骨か?」
「空を飛ぶ機械じゃ」
「空機とよんどくれ。空気なだけに……ほっほっほっ!」
「はぁ!?」
俺は、驚愕した。
「それって、天帝国の法で厳重に禁止されている乗り物じゃねぇか! ふざけてんのか!?」
「ここは天帝国の外だから大丈夫! 天帝国に戻らなければ犯罪にならないし、見つからなければいいわ」
「みんな、狭い常識に縛られ過ぎなのよ」
「それは俺も思ったことがあるけどな……」
バスティオは深く頷いた。
「うんうん!」
「儂が運転するから、乗るのじゃ」
また何か企んでるに決まってる。しかし、この奇妙な状況を探るためにも……乗るしかないのか。
警戒しながら、空機という名の乗り物に乗る。
周りはシンプルで、機能美に溢れている。
色々と見てみると、キッチンやトイレ、風呂場まである。
大きな椅子が7脚あり、グーっと伸ばすことが出来てベッドに早変わりする、とんでもない構造だった。
「何だよこれ……」
こんなものが存在することも知らなかった。一体、何がどうなってるんだ……?
俺の既知の知識の全てが否定されたような衝撃で、言葉が出なかった。
「面白れぇ! すっげえじゃんこれ!」
バスティオは、興奮していた。
「ヴェンじい、飛んで見せてくれよ!」
「そうじゃな、では行くぞ! 発進時と着陸時に椅子に座ることをお勧めする」
軽く小さく「ウ~ン」という低周波の音が聞こえたと思ったら、空機がまるで水面に浮かぶように空高く飛んだ。
「ぬるっと飛んだぞこれ!」
なんだ、この浮遊感は……!
内心、こんな技術が存在したことに、わずかな驚きを覚えた。
この技術の裏側を知ることが、俺の復讐計画に利用できるかもしれない。その冷徹な計算が、死んだはずの心臓を、微かに動かした。
「おお! すげぇ! ヴェンじい、これどうやって飛んでるんだ? 燃料は?」
「そうじゃな……燃料は水じゃ」
「水は空中にもあるからのう……外の空気を水に変換すれば、燃料は無限なんじゃよ」
また、このジジイは冗談を言うのか。どうせ何か裏があるに決まっている。信用できるわけねぇ。
きっと本当の技術を隠そうとしているんだ。
空から見る景色は、今の俺にも綺麗に見えた。
ここからだと、大型の魔物の姿が小さく見える。
空を飛ぶ魔物なんて、あの魔神城の門番であるドラゴンくらいなものだ。空は安全?
以前、天帝国の近くであの化け物と戦ったことがある。こんな腐りきった世界だ、空も完全に安全とは言えないだろう。
横を見れば、バスティオがあの無邪気な顔で景色にはしゃいでいる。まるで尻尾を振る大型犬のようだった。
サルドゥールか。
両親や学校の座学で、サルドゥールはかつて栄えたが、厳しい環境のため人々はリンティカに移住し、とっくに滅びたと教えられてきた。
あのいかれたジジイ、ヴェンが「明側にある」などと言っていたが、それが本当なら、とてつもなく暑いだろう。
あのジジイの戯言など、信じられるわけがない。
俺は、誰にも口を利くことなく、空機の中で一日を終えた。
一刻も早く無駄な時間が過ぎ去ることだけを願っていた。
◇ ◇ ◇
目覚めると、嗅ぎ慣れない、しかし圧倒的に美味そうな飯の匂いが鼻をかすめた。
「あ、テリアル、ご機嫌よう!」
ノノイが、明るく言った。
「……ああ」
俺は、反射的に無感情にそう答えた。
どんな時でも、この身体は戦える状態にしておかなければならない。復讐のためには。
ノノイの料理は、予想に反して、そして俺の警戒心に反して、不愉快なほどに美味かった。
食材も、見たことのない果物や野菜ばかりだ。いったい、どこでこんなものが手に入るのか。
この食材の新鮮さも、また何かのトリックか?
「うんめぇ~なこれ! なっ! テリアル!」
「ちっ!……ああ……」
「わ~嬉しい!」
ノノイは、満面の笑みを浮かべた。
「テリアルも美味しかったんだね!」
ノノイの無邪気な笑顔が、ただただ神経を逆撫でする。この女も、何を考えているか分からない。
「ちっ!」
そうやって、いつでも戦えるように意識を研ぎ澄ましているうちに、どうやら目的地に着いたようだった。
バスティオが窓の外の何かを指差して「何だあれ!」と大声ではしゃいでいるのが、ひどく耳障りだった。
相変わらず、うるさい奴だ。
「サルドゥールに着いたぞ」
ヴェンはそう言って扉を開けた。
みんなと一緒に外へ出てみる。
外を見た瞬間、俺は衝撃に目を見開いた。
「……あれは一体、何だ……」
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【第22話 終わり】
次回:【第23話】常識という嘘
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




