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ラティオ・レコード ~砕かれた薔薇と復讐の玉座~  作者: Muu-S


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【第21話】虚無の駒


 だが、街をうろつけば、また奴らに見つかるだろう。


 あいつらに絡まれるのは、時間の無駄だ。


 だから俺は、顔を完全に覆い隠すフード付きコートを買い、フードを深く被って顔を見られないようにして街を歩くことが、復讐を控えた俺の新たな日常となった。


 俺は、フードを深く被り、街の高級店を巡った。


 最高級のステーキ。口の中でとろける食感。芳醇な香り。


「美味い」


 そう、頭では理解できる。


 だが、心は何も感じない。


 まるで、味覚だけが機能して、感情が死んでいるかのようだ。


 次の店。次の料理。次のデザート。


 全てが、舌の上で一瞬で消えるだけの、虚しい快楽だった。


 何を食べても、満たされない。この胸の、底知れない空洞は、決して埋まらない。


「これで、『大人』になったのか?」


 鏡に映る自分に問いかける。答えは、返ってこない。


 三年の歳月が流れた。


 気づけば俺は21歳になっていた。


 その間、俺は『大人』が経験するであろう享楽を、機械的に消化していった。


 だが、何一つ、心を満たすことはなかった。


 ただ、「これで死んでも悔いはない」


 そう自分に言い聞かせるためだけに、虚しく時を過ごしていた。


 だが、三年という時間は、無駄ではなかった。


 これだけの年月を経て、戦闘技術を限界まで研ぎ澄ませた。そろそろあの『魔神』とやらを討ちに行くには、いい頃合いだろう。


 いや、正確には、奴を口実とした、この腐りきった世界への復讐を始める時だ。


 まだ経験していない享楽もあった。だが──もういい。どうせ、何も変わらない。


 この腐った世界で、『大人』が経験するであろう享楽を、ほとんど味わい尽くしたが、心の空洞は、やはり埋まらなかった。


 もう、悔いはない……



   ◇ ◇ ◇



 魔神討伐に行くため、俺はバスティオを訪ねた。


「久しぶりだな、バスティオ」


 俺は、数年ぶりに会うバスティオに、まるで石ころに話しかけるかのように、感情のひとかけらも乗せない声でそう告げた。


「俺は、そろそろ魔神討伐に行く……一緒に来い」


 彼がどう答えようと、もはや俺の心は復讐の炎以外では動かない。


「テリアルじゃないか!」


「家に行っても返事がないから、心配してたんだぜ! 一体、どこにいたんだ!?」


 俺は感情のない瞳で、数秒間バスティオを見つめた。


「……来るのか、来ないのか」


「『はい』か『いいえ』か、それだけ答えろ。無駄な感傷は省け」


「行くさ! もちろんだ! 待っててくれ。父さんとリフィエを呼んでくるからさ!」


「………好きにしろ。無駄な時間を過ごすな」


 その言葉で、全てが確認できた。


 俺はただ、彼が戦力として『利用できる駒』としてそこにいることを確認しただけだ。


 彼の裏切りを探る必要すらない。所詮は、使い捨ての道具だ。


「おいおいおい! 久しぶりじゃねぇか! テリアル!」


 ガルフォスの声が、聞こえた。


「あ! テリアルお兄ちゃんだ!」


 リフィエは、はしゃぎながら俺をふわっと抱きしめた。


 しかし、俺はその抱擁にほんの微塵も温もりを感じなかった。


 いや、むしろ、底知れぬ吐き気を覚えた。


「ああ……久しぶり。今から、魔神討伐に行こうと思っている」


「今からか? 数時間後、日食が始まるぞ? 俺の飯食って、日食が終わってからでもいいだろう?」


「そうだぜ、テリアル! 俺も、魔神討伐前に家族と食事したいしな!」


 どうせ、お前たちも俺に利用されるだけの駒に過ぎない。その程度の時間など、くれてやる。


「分かった」


 そうして、俺はバスティオを連れ、復讐への道を歩き始めた。



   ◇ ◇ ◇



「なあ、テリアル。実は、後一人、俺たちと一緒に魔神討伐に行くという心強い人を見つけたんだ!」


 強い駒は多い方が良い。それは理屈として理解できた。


 だが、また俺の心を掻き乱すような存在が現れるのか?


 過去の裏切りが、何度も俺の脳裏をよぎる。考えるだけで、胸糞が悪くなる。


「ちっ……俺の知り合いじゃねぇだろうな?」


 まさか、勇者学校の、あのゴミクズ共じゃないだろうな?


「大丈夫だ。勇者学校に行っていないが、魔神を倒すために天帝国の外に行った人なんだぜ!」


「修行をしている途中で、出会ったんだ」


「フン……」


 どうでもいい。どうせ、利用するだけだ。


 天帝国を出て、バスティオの後をついていくと、丘の斜面に人影が二つ見えてくる。


「お! いたいた! お~い!」


 バスティオが、手を振った。


「はぁ? おい!」


 俺は、怒りを込めて言った。


「バスティオ! お前、『心強い奴』が一人増えたって言ったくせに、二人も連れてきやがって! 嘘つきやがったな!」


 やはりか。お前も、結局は同じか、バスティオ。俺の冷めた期待を裏切らないな。


「ちょっと待ってくれ! あいつは、もう一人は案内人だから、数には入らねぇよ!」


「はぁ?」


 一人は髭ずらで白髪の老人、もう一人は銀髪の女性だった。


 女性は細身だが、老人は筋骨隆々だ。


 動きからして、確かに生半可な実力ではない。


 フン、これで利用価値のある駒は揃ったということか。


「こんにちは、初めまして、私はノノイ。よろしくね、テリアル」


 またか。バスティオの奴、俺のこと何もかもベラベラ喋りやがって。


 馴れ合いと、そこに付随する感情のやり取りなんて、今の俺には吐き気がする……


「ちっ……バスティオ、てめぇ……俺の情報を勝手に話しやがってんのかよ」


「ああ! その方が、スムーズだろ?」


「こんにちは、テリアル」


 老人が、穏やかに言った。


「儂は、ヴェンじゃ。案内人をしておる」


 俺は、息を呑んだ。


 この腐りきった天帝国で、そいつの顔は唯一、『最重要指名手配犯』として公衆モニターに晒されている。


 天帝国の『秩序』を破壊しようとした、紛れもない指名手配犯じゃねぇか。


 なぜバスティオは、こんなイカれたジジイと組んでるんだ?


 正気を疑う。信じられない……吐き気がする。


 俺の驚愕と、底知れない不信感に満ちた表情を見て、ヴェンはまるで全てを見透かしたように、皺だらけの顔に笑みを浮かべた。


「儂は、指名手配されてはおるが、それは天帝国という『システム』と衝突したに過ぎん」


「魔神を倒したい思いは、君たちと同じじゃ。道案内もできるし、古き知識と経験も提供できる」


「どうじゃ? 悪くはないであろう?」


 薄っぺらい言葉だ。どうせ何か企んでるに決まってる。


 裏の裏の裏を読まなければ、この世界では生きていけない。信用できるわけねぇだろ。


 だが……今はこいつの真意を探るしかねぇのか。この不愉快な取引に乗る以外に、選択肢はないのか。


「……怪しい真似すんなよ、ジジイ。その時ゃ、どうなっても知らねぇぞ」


 こんな腐った世の中だ、真実なんて当事者でなければ分かるはずがない。


 何を信じればいいのか、誰を信じればいいのか、もう分からない。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【第21話 終わり】


次回:【第22話】微かな鼓動


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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回もお楽しみください。

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