【第13話】甘いひと時
ようやく学校に行く、教室に入った途端、その憎むべき声が響いた。
「やっときたかぁ~」
バルストは、薄汚い笑みを浮かべていた。
「相当ショックだったようだな、テリアル! ざまあみろ、ひっひっひ」
その言葉に、怒りが爆発しそうになった。
頭に血が上り、何も考えられなくなった。
我慢強いはずの僕は、もう限界だった。
次の瞬間、もはや考えるよりも早く、僕は無意識のうちに腰の剣を抜き放った。
「カチリ」という乾いた音だけが響き、冷たい刃先がバルストの喉元へと突きつけられた。
「きゃあー!」
女子生徒の悲鳴が、響いた。
「おいおい……!」
教室中が騒然となり、悲鳴とざわめきが響き渡った。
「ふっ、やってみろよ!へへへ」
バルストは、怯むどころか、さらに僕を挑発してきた。その顔には、嘲りだけがあった。
僕の脳裏には、バスティオの声がフラッシュバックした。
『テリアル、冷静になれ! 殴ったら魔神討伐に駆り出されるぞ。冷静になれ!』
学校内で暴力行為を行えば、即座に魔神討伐という名の「死刑宣告」を受けることになる。
この理不尽な掟が、僕を縛りつける重い鎖だった。
悔しさに唇を噛み締め、震える手で僕はそっと剣を鞘に納めた。
「できもしねぇくせに、やんなよな。はっ、みっともない」
屈辱と、自分自身の無力さに対する怒りが、僕の胸を締め付けた。
僕は、その場に立ち尽くすしかなかった。
何とか怒りを抑え込み、授業を終えた。
休み時間、僕は独り、裏庭の隅で座り込んでいた。心が石のように重く、どこにも出口が見つからない。
その時、優しい声が聞こえた。
「テリアル……何があったか、聞いたよ」
ロニアは僕の隣に静かに座り、その瞳は僕の苦痛を理解しようとしているように見えた。
「何か、私に出来ることがあったら言ってね」
「うん……」
彼女はそっと僕の手を取り、その温かさが僕の冷え切った心を少しだけ溶かした。
「出来ないことが多くて、ごめんね……」
「いいよ。僕の問題だから」
僕の聖騎士団候補という秘密がバレてから、多くの生徒は僕を避けるようになった。
ロニアは周りを気にする素振りを見せつつも、こうして話しかけてくれる。
「でも、力になってあげたい」
「ありがとう……何かあったら頼む」
「うん」
ロニアは僕の言葉に、力強く頷いた。
いじめは相変わらず続き、学校での僕の居場所は、針のむしろのようだった。
しかし、そんな中でも、バスティオは変わらず僕の味方でいてくれたし、ロニアもたまにこうして話しかけ、僕を気遣ってくれた。
彼女の優しさが、僕の心を少しずつ癒していった。
僕は、ロニアの真っ直ぐな優しさに、知らず知らずのうちに心惹かれていった。
この無力な状況の中、彼女の存在は、僕にとってとても大切なものになっていた。
一年半以上の時が流れ、僕とバスティオとロニアは、いつものように時間を共にしていた。
「おっと、もうこんな時間か…」
バスティオが、立ち上がった。
「悪いな、俺はそろそろ帰るよ。じゃあな!」
「え~、もう行っちゃうの?」
ロニアが、残念そうに言った。
「早くない?」
「あ~……まあ……悪いんだけど、待ってる彼女達がいるからさ」
「いや…前から思ってたけど、モテすぎだろ……」
僕は、バスティオのあまりにも堂々としたモテっぷりに、若干引き気味で苦笑いを浮かべた。
「何もしてないんだけどな……でも、せっかくだから楽しまなきゃ損じゃん?」
「うふふ、でも、ほどほどにね」
「あはは……恨みを買わないように気を付けるよ」
「でもさ、モテすぎで恨みを買わない?」
「大丈夫だって!」
バスティオは、胸を叩いた。
「俺はみんなに平等に接しているからな。誰かが不満を抱いたら、その時はその時さ!」
バスティオは、ロニアを見た。
「ロニアだって、そうだろ?」
「あら? う~ん……そうなのかな?」
「でも、私は恋人は作らないよ?」
「ちっ、二人ともモテすぎだ」
「まあ、妬くな、テリアル」
バスティオは、僕の肩を叩いた。
「お前には、この先きっといいことあるさ! じゃあ、俺は行くぞ!」
そう言うと、バスティオは手を振りながら走り去っていった。
◇ ◇ ◇
残された僕に、ロニアはいつもの癖で、じっとりと視線を向けてくる。
「テリアルは、私のこと好きでしょ?」
僕は、心臓が跳ね上がった。
「え!?」
僕は、慌てた。
「と、と、友達として好きなだけだよ……!」
「うふふ、う・そ・つ・き」
ロニアは、いつもよりずっと甘く、僕の耳元で囁くようにそう言った。
「!?」
「うふふ、可愛い。もう……ばればれよ、テリアル」
そう言いながら、ロニアは僕にゆっくりと近づき、僕の手をそっと握った。
「い、いつから分かってたんだよ……」
「一年くらい前からかな~」
「私も、本当はテリアルに惹かれているの。こうして隠れながらなら、私も素直になれるわ」
そう言って、ロニアは僕にぴったりと身を寄せ、その温もりを伝えてきた。
僕の心臓は激しく高鳴り、全身が固まってしまった。
「大丈夫、リラックスして」
優しく声をかけながら、ロニアは僕をふわりと抱きしめた。
「ロ、ロニア……」
僕は震える手で、そっとロニアを抱きしめ返した。
抱きしめられると、心が温かくなった。とても心地良かった。
その確かなぬくもりを感じていると、ロニアが僕の側頭部にそっとキスをした。
「ロニア……好きだ」
「うふふ、知ってる」
ロニアは、少し間を置いた。
「………」
「今度は、テリアルが私に口づけして」
そして、僕は彼女の唇に、そっと僕の唇を重ねた。
温かくて、柔らかくて、心臓が飛び出しそうだった。
このまま、ずっとこうしていたかった。
こんなに甘いひと時が、自分にもあるなんて。
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【第13話 終わり】
次回:【第14話】裏切り
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




