【第12話】喪失の赤
【注意】
この話には、動物虐待、動物の死、精神的に非常に重い展開が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
あれ以来、僕はバスティオの家に遊びにいくことが多くなった。
とある日、僕はリフィエを連れて、僕が見つけた白い子猫のユラに会いに行った。
「ユラ~」
名前を呼ぶと、ユラがひょこりと顔を出した。
「わぁ~、可愛い~」
リフィエは、嬉しそうに近づいた。
「こんにちは、ユラちゃん」
リフィエは嬉しそうにユラに近づくと、ユラもまた警戒することなくリフィエにすり寄っていく。
「どうやら、ユラはリフィエのことが気に入ったみたいだね」
「ホント? 嬉しい!」
楽しそうにはしゃぐリフィエと、彼女の足元でじゃれつくユラ。
その光景を見ていると、僕の心は温かい光に包まれ、ふわりと和んだ。
ユラは、僕にとって安らぎを象徴する、かけがえのない存在だったのだ。
◇ ◇ ◇
それから、彼らの陰口も、突き刺すような視線も、僕の心には届かなくなっていた。
僕は、このまま強くなれる。もう何があっても大丈夫だと、心の底からそう信じていた。
いつものように、森での修行を終えて勇者学校に行く。
「おい! また遅刻かよ……」
オベロン先生が怒鳴った。
「何やってんだ。早く席につけ!」
「汗くっせぇな! てめぇ!」
クラスの男子の声が、聞こえた。
「教室の空気を汚してんじゃねぇよ!」
そんな心ない言葉も、もう、ほとんど耳に入らない。
僕はただ、無関心を装って席に着いた。
「ちっ! お前さ、最近何か面白くねぇな。そのすました顔も、何かムカつくんだよ」
バルストの声も、ただの囁き声にしか聞こえない。
僕の心は強くなった。もう、何を言われても気にならないと思っていた。
◇ ◇ ◇
数日後、学校帰りのことだった。
クラスの男子Bが、僕に話しかけてきた。
「おい、テリアル」
彼の声は、どこか震えていた。
「バルストが呼んでたぞ。場所は、学校の裏だ」
「そうか、でも僕は行かない」
「………」
彼は、沈黙した。
「早く行った方が良い……」
その時、胸に言いようのない悪寒が走った。
なぜか彼の顔は青ざめ、その視線は焦りと怯えに満ちていた。
彼の言葉には、僕の知らない不吉な響きがあった。
「な、なんだよ。なんで僕が行かなきゃならないんだよ」
「し、しらねぇよ! 俺は知らねぇからな! と、兎に角、俺は言ったからな!」
彼はそう叫ぶと、足早に走り去ってしまった。
……理屈ではない。本能が、今すぐ駆けつけろと叫んでいた。
次の瞬間、僕の足は勝手に走り出していた。
恐る恐る指定された学校裏へと向かう。
すると、荒々しい話し声が聞こえてきた。
「おい! しっかり押さえつけろ!」
バルストの声だ。
「くっ、こいつ!」
別の男子の声が、聞こえた。
そして、その話し声に重なるように、かすかな猫の鳴き声が聞こえた。
その瞬間、僕は迷わず、声がする方へと急いで駆け付けた。
「何やってんだ!」
「おいおい! 主役が来たぞ!」
バルストは、嫌悪感を催すような笑みを浮かべたまま、僕が大切にしているユラに刃物を突き立てた。
次の瞬間、ユラは、僕の知るどんな甘い鳴き声とも違う、心を引き裂くような悲痛な叫びを上げた。
ユラの真っ白だった毛並みが、みるみるうちに血で濡れていく。
吐き気を催す鉄の匂いが鼻を突き刺す中、僕の時間は止まった。
全身の血液が、瞬間的に冷えて固まったかのように、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「簡単に死なないでくれよなぁ……」
バルストは狂気的な笑みを浮かべながら言った。
「もっとやるか。おい! しっかり押さえろよ!」
「うっ……」
その瞬間、脳裏にユラとの温かい日々が、リフィエがユラと笑い合う無邪気な光景が鮮明にフラッシュバックした。
怒り、絶望、そして、この理不尽な世界への憎悪が、僕の全身を支配した。
バルストに、この手で報いを受けさせようと、僕は衝動的に駆け出したが、次の瞬間、巨人のような力に腕を掴まれた。
「テリアル、冷静になれ!」
バスティオの声が、響いた。
「おい! バルスト、今すぐにそれをやめろ!」
バスティオは、僕を引き留めた。
「テリアル! 殴ったら魔神討伐に駆り出されるぞ。冷静になれ!」
バスティオの声が、血の沸騰する僕の脳に必死に響く。
彼の言葉は、僕を突き動かす怒りの衝動と、この世界の残酷な掟との間で、僕の心を揺さぶった。
学校内での暴力行為が、即座に「死刑宣告」とも言える魔神討伐行きにつながる。
それでも僕は、どうしても冷静になんてなれなかった。
しかし、バスティオの馬鹿力には逆らえず、振りほどくことができない。
「テリアル!」
「ふっ、へへへ。おい、殴ってみろよぉ~」
「聖騎士団候補様よぉ~」
「バルスト! やめろ!」
バスティオが、叫んだ。
「バスティオ! 殴らないから離せ! あいつをっ! あいつを止めないと!」
バスティオが僕を離したあと、二人でバルストを抑え込んだ。
「いってぇな! さわんじゃねぇよ! へへへ」
「ふっ! どうだ? テリアル、お前の猫、死んだぞ?」
僕の視線が、ユラへと向けられた。
微かな希望も、その瞬間、音を立てて崩れ去った。
ユラは、もう息絶えていた……。
「くっ! 俺も、てめぇをぶん殴りたくなって来たぜ」
バスティオの声が、怒りに震えていた。
大声を上げていたせいか、誰かが担任のオベロン先生を呼んでいた。
「ったく、うるせぇ糞どもだな」
「おい、お前ら、解散だ。猫は俺が片付ける」
「はぁ……面倒くせぇ。バルスト、お前、減点な。早く帰れ」
「ははっ、聞こえたろ?」
バルストは、勝ち誇ったように言った。
「さっさと放せよ」
僕は、しぶしぶ彼の体を放した。
「この外道が……」
バスティオが、低い声で言った。
「ひっひっひっ……悪いのは、テリアルだ。じゃあな」
◇ ◇ ◇
僕の目には、怒り、悲しみ、そして、この世界の全てに対する強い憎悪が渦巻いていた。
バルストの嘲笑う顔が、焼き付くように脳裏に刻まれる。
彼は、僕が大切にしているものを狙ったのだ。
この残酷な行為は、許されるものではない。
「ったく、猫ごときで、死ぬわけでもねぇのにわーわーわめきやがって」
「お前らも、さっさと消えろ。じゃまだ」
「テリアル……ここは帰ろう」
バスティオの声が、僕を現実へと引き戻した。
「先生が絡むと、後々面倒だ」
僕は、悔しくてたまらなかった。この無力感、この理不尽な世界の不条理。
オベロン先生の冷酷な言葉は、僕の心に深く突き刺さった。ユラの命が「猫ごとき」と軽く扱われ、僕たちの感情など一切顧みられない。
「リフィエには、ユラがどこかに行ったきり戻ってこないとだけ伝えておくよ」
バスティオは、悲痛な面持ちでそう言った。
「なんで、こんなことに……」
僕はただ、その場に立ち尽くし、声にならない悲しみが胸にこみ上げていた。
なぜ、こんなにも残酷なことが起こるのか。
「バルストは、まともじゃない」
バスティオの声には、怒りと戸惑いが滲んでいた。
「こんなことするなんて……」
バスティオは、拳を握りしめた。
「もしかして、あいつがいじめの主犯格なんじゃないか?」
「絶対に許さない…!」
僕の心には、バルストへの激しい憎悪が燃え上がっていた。あの惨状が、脳裏に焼き付いて離れない。
「………」
バスティオは何も言えず、ただ静かに僕の隣に立っていた。
彼の存在だけが、この理不尽な世界で僕を支えてくれているような気がした。
そして、僕たちはそれぞれ家路についた。
家に戻ると、堰を切ったように抑えきれない悲しみと怒りが一気に押し寄せ、僕は声を上げて泣きじゃくった。
三日もの間、勇者学校に行く気力さえ湧かなかった。
ユラがいない世界は、静かすぎた。
食事をしても、何の味もしない。窓の外を見ても、何も楽しくない。
何もかもがつまらなかった。
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【第12話 終わり】
次回:【第13話】甘いひと時
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回もお楽しみください。




