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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【終ノ幕】鬼灯祭

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百年目の夜が明けて

 一仕事終えた褒美に林檎飴を頬張る小狐たちを横目に、金魚に餌をやる。小さな口を目一杯開けて食いつく様を暫し眺めてから、千鶴は桜司の傍に戻った。

 祭で買った金魚は、金魚鉢の購入と共に桐斗の希望で居間へと移された。砂利を敷き水草を置いて、それから一匹では寂しいからと、餌や道具類と同時に同じ種類の金魚を購入した。

 鬼灯町にペットショップはないため、買い出しはちょっとした遠出となった。余所へ行く機会が殆どない土地神を連れての遠征は緊張したが、隣町の土地神は細かいことを気にしない質であったため、軽い挨拶だけで通してくれたのだった。しかも金魚を飼う道具を探しに来たことを伝えると、犬猫を取り扱う一般的なペットショップではなく、アクアリウム専門店を紹介してもくれた。彼のお陰で、小赤には少し大袈裟な、けれど長く飼うには十分な設備が整ったのだ。

 小狐も桐斗もいたく気に入って、暇さえあれば部屋の隅にある棚を囲んで、その上に置かれた金魚鉢に見入っている。


「子猫ちゃんも小狐ちゃんも飽きねーなぁ」

「だって可愛いんだもん」


 今日も今日とてゲームに興じていた柳雨が、コントローラを手に仰け反り、逆さまになりながら桐斗を見て笑った。林檎飴を食べ終えた小狐も桐斗に合流し、金魚鉢の傍は満員御礼状態になっている。


「可愛いねー」

「はいっ」

「とても涼しげです」


 桐斗は完全な人間の姿をしているが、小狐たちは耳と尻尾が見えている。金魚が泳ぐ度に尻尾が揺れ、耳が反応するため、金魚以上に見ていて飽きない。

 現在の居間は、金魚を眺める桐斗たちを眺める千鶴を見つめる桜司という一方通行が形成されており、そんな一方通行の光景に気付いた伊月が視線の列を追って桜司を見たことで、また一つ視線の列が加わった。


「……飽きないな」

「飽きないよー? ちっちゃい生き物ってそれだけで可愛いし」

「まあ……それは同意する」

「なんだ。千鶴はやらぬぞ」


 同意すると言ったときの伊月の視線が千鶴に向いていたことで、桜司が反応した。

 二人のあいだにいる柳雨はマイペースにゲームをしているが、睨み合いにならないか内心ヒヤヒヤしていた。桐斗も金魚に視線を向けたまま、耳と意識は桜司たちへ向いている。


「別に、お前だけのものではないだろう」

「なにを言う。千鶴は我の嫁だ」


 柳雨の予感が当たりそうになり、口を挟むべきか迷っていると、伊月はとんでもない言葉を投下した。


「男が複数嫁を持つことが許されるなら、逆も許されるはず」

「なっ……!」

「え!?」


 伊月の言葉に桜司は絶句し、柳雨と千鶴が同じ反応をした。千鶴と柳雨の驚いた声に反応した小狐たちが、尻尾を立ててソファを振り向く。


「お嫁さま、如何なさいました?」

「えっ、えぇと……」


 この状況をふたりにどう説明したものかと困惑している千鶴を、桜司が抱き寄せた。それを見た伊月が、ただでさえ鋭い仏頂面を一層鋭くさせて桜司を睨む。柳雨は諦めてゲーム画面に集中し、察した桐斗が溜息を吐いた。


「伊月……今更そんなこと言われても、千鶴が困るだけだよ」

「……そう、なのか?」

「そうだよ。だって君、いままで千鶴にそーゆー意味で好きだって伝えてた?」


 桐斗の言葉をかみ砕くように、伊月は暫し考える仕草をしてから一つ頷いた。それに驚いたのは千鶴だが、成り行きを見守ろうと飛び出しかけた声を飲み込んで押し黙る。


「護りを、贈ったときに」


 伊月の視線は、真っ直ぐ千鶴の胸元に注がれている。そこには言われたとおり片時も離さず身につけている、赤い石のペンダントが下がっている。


「一度目は、石に。二度目は……」

「っ……! あれは、でも……」


 子供たちの影に囚われた日のことが蘇り、千鶴の顔が燃えるように熱くなった。その隣では桜司が威嚇するように伊月を睨んでいて、あいだに挟まれている柳雨は居心地の悪さに胃が痛くなりそうだった。


「思い当たる節があるのか、千鶴?」

「は、はい……その……先輩が、いなかったときのこと、です……」

「……あのときか」


 気持ちの整理がつかず、千鶴や周りに当たってしまいそうだったとき、桜司は千鶴の前から姿を消したことがあった。神域に隠り、全ての情報を遮断していた頃。あとから千鶴が秘密基地に囚われ、伊月たちが救い出したことを知った。


「護るべき対象から離れたのはお前だ。恨むなら、未熟な己を恨め」

「貴様……!」


 静かな正論が桜司を射抜き、一触即発となったときだった。


「はいはいそこまで!」

「主さまも、おちついてください!」


 桐斗が伊月を、小狐たちが桜司を、それぞれ確保した。

 立ち上がりかけた両者を座らせ、伊月の膝に桐斗が座ると大きな手を取り自分の体を保定させるように腹の前で掴んだ。

 可哀想なことに、小狐たちは自らの主に忠言する形となってしまったため、尾の先が小刻みに震えている。


「千鶴、あのとき伊月の神域でなに言われたか覚えてる?」

「はい……ペンダントに込めた力を使い果たしたから、込め直すって……それで傍まで行ったら……」

「まさかの口移しだったってことだね」


 頷いた千鶴を見、桐斗は後ろ手に伊月の額を叩いた。


「もう、そーゆーだまし討ちはだめだよ」

「……嘘は、言っていない。それに、あのほうが早かった」

「そうだろうけどさー、君の場合ただでさえ言葉足らずなんだから、ちゃんとはっきり言わないと伝わらないんだって」


 漸く切りのいいところに辿り着いた柳雨がコントローラーを置き、伸びをして桜司を見た。


「狐のも、離れてるあいだアイツがおチビちゃんを護ったのは事実だし、おチビちゃんだってお前さんの気持ちを知っていながら平気で他のヤツに靡くような子じゃないのはわかってんだろ?」

「…………わかって居る。だから余計に忌々しいのであろうが」

「はは、正論は痛ぇよなぁ」


 ケラケラ笑い、ソファから立ち上がると二匹の小狐を抱え上げる。そしてそのまま、元の席に戻って両手に花ならぬ両手に毛玉状態になると、両方を両手で撫でた。


「ま、いいんじゃねーの。オレらのあいだに人間の法律なんざ関係ねぇんだし。重婚も上等だろ」

「おい、貴様までなにをほざくか」

「あ、それいーね! じゃあ僕も千鶴をお嫁さんにする!」

「なぜそうなる!」


 当の千鶴を置き去りにして、なぜか婿候補が増えていく。助けを求めようとして目を向けた先で、柳雨がにやりと笑った。


「なら、オレ様も便乗しとくか」

「先輩!?」


 過ぎった予感は正中を射抜き、逃げ場を失った千鶴は桜司を恐る恐る見上げた。白い横顔は依然不機嫌そうではあるが、どちらかというと呆れや諦めを宿しているようにも見える。


「あの……桜司先輩……」

「……諦めろ。こうなった奴らは止められん」

「そんな……先輩はいいんですか……? その、元はと言えば、わたしが不用意だったせいですけど……」


 眉を下げて困り果てた顔で訴える千鶴を抱き寄せ、頭を撫でながら溜息を吐く。


「お主に咎はない。彼奴の素っ頓狂ぶりを読み切れなかった我の責だ。それに……」


 千鶴の肩口に顔を埋めながら、桜司はチラリと伊月を見る。伊月は桐斗に跨がられた格好のまま、なにやら説教をされているようだ。


「……彼奴らは本当にお主が嫌だと言えば引き下がるが、同時にここへも来なくなる」

「それは……」


 まさかこのような形になるとは思っていなかったが、仲の良い先輩たちの様子を傍で見ているのが好きだった千鶴にとって、この空間が失われるほうがつらい。桜司もそのことを理解しているため、早々に諦めたのだった。


「まあ、彼奴のことだからなにか仕様もない誤解をしている可能性もあるがな」

「誤解ですか……?」

「あれは人間社会に疎いゆえ、愉快犯共があれこれ吹き込んだことがあってな」

「なるほど……」

「ともかく、原因がわかるまでは放置だな。面倒だ」

「どうしてこんなことに……」


 後半のふたりが悪乗りであることは千鶴にもわかるが、約一名は本気だろうと思う。それゆえにいま、桐斗による伊月のための『言葉で伝えることの大切さを説く講座』が開かれているのだから。


「千鶴」


 桐斗の講義が終わったのか、伊月が千鶴の前まで来て真っ直ぐ見下ろした。こちらが座った状態で直立した伊月が目の前に立つと、威圧感が五割増しに感じられる。


「桜司だけでなく、俺の嫁にもなってほしい」

「えっ」

「こらー!!」


 目を丸くした千鶴がなにも返せずにいると、背後から桐斗が伊月の背に飛びついた。おんぶの格好のまま、桐斗が子犬のように吼える。


「おーじでさえ結婚を前提にお付き合いしてるところなのに、いきなりなにもかも全部すっ飛ばすとかなに考えてんの!」

「なにか違ったか……?」


 本当にわかっていない顔で首を傾げる伊月を見、桐斗のみならず桜司までもが言葉を失って嘆息している。伊月の陰になっていて見えないが、笑い声がきこえることから、柳雨はひとり暢気に笑い転げているのだろう。

 もしかしたら、彼が伊月にあらぬことを吹き込んだのではとすら思ってしまう。


「千鶴だって、いきなり僕らの感覚で言われても戸惑っちゃうでしょ? 人間社会ではだいたい一人としか結婚出来ないものなんだから」

「なら、どうすればいい」

「伊月は千鶴とそんなに会話もしてないんだから、まずはお友達からじゃない? てか先輩後輩の関係からお友達も随分な発展なんだからね?」

「友……」


 ペチペチと軽い音を立てて、桐斗が伊月の頭を叩く。それに合わせて伊月がその場にしゃがむと、押し潰されそうだった威圧感が軽減された。


「千鶴は、それでいいか……?」

「え、っと……」


 困惑しつつ、隣の桜司を見る。

 桜司は諦念に満ちた顔で手を振り、好きにしろと表情だけで語った。


「……お、お友達から、なら……」

「わかった」


 千鶴が答えると、伊月の表情が、どうすればいいのかわからないといった様子から、安堵を滲ませたものへと変わった。


「ごめんね千鶴、びっくりしたよね。僕もだけど」

「はい……」


 伊月の背後に張り付いたまま、桐斗が苦笑する。爆弾を投下した本人だけが、なにをしたのか理解していないのがまた何とも彼らしい。


「伊月も、いまはなんかあったらお嫁さんが贈られてくる時代じゃないんだからさー、段階を踏むとか会話をするとかそーゆーことを省かないの」

「そうなのか……難しいな」


 桐斗に説教されている伊月の様子を見て、千鶴は何となく齟齬の原因がわかった気がした。昔話にあるような出来事は全てが作り話でないことは課外授業のときに気付いていたが、彼らにとって人と関わることは、自然災害や祭事を通してのことであり、直接目の前で会話することではなかったのだ。


(あ……じゃあ、伊月先輩のいうお嫁さんにしたいっていうのも、もしかして……)


 千鶴の魂は、彼らにとって力の源であることは以前に聞いた。桜司自身も当初は魂を手に入れるだけのつもりだったと言っていた。ならば伊月の嫁云々も、もしかしたら、桜司がいないあいだ護った見返りに分け前がほしいと言いたいのではないだろうかと、千鶴は思い至った。


「……なるほど、それなら……」


 思わず漏らした千鶴の呟きに、桜司と伊月が揃って不思議そうな顔をした。千鶴は、やわらかな笑みを浮かべてふたりの手を取り、優しく握った。伊月の手は特に大きく、千鶴の手を容易く包み込んで隠してしまう。


「何でもないです。ただ、これからも一緒にいられるのがうれしいなって思って……」

「千鶴、僕も僕もー!」

「はい。赤猫先輩も一緒です」


 伊月の背中に張り付いたまま伸ばされた桐斗の手を取り微笑む。ふと顔を上げると、面白いものを見つけた顔の柳雨と目が合った。にんまり笑って腰を上げ、桐斗の背後に音もなく忍び寄るとその背にのし掛かった。


「ちょっとー! 僕が潰れる!」

「おチビちゃん、オレ様も仲間に入れろよな」

「ふふ、はい」


 桐斗の抗議もどこ吹く風でじゃれる柳雨に頷き、吼える桐斗をあやすように撫でる。その下でふたり分の体重を支えているはずの伊月は相変わらずの無表情で、桜司は目の前で積み重なっている賑やかな団子を呆れた微笑で眺めていた。


 変わってしまった世界で、変わらない日常を手に入れた。

 檻に閉ざされていた心は解き放たれ、手の中にある喜びを噛みしめる。

 これからもきっと、彼らは変わらないまま。新しい千鶴の日常としてあり続ける。

これにて、鬼灯町の百鬼夜行【祭】は完結となります。

夏から始めて、長らくのお付き合いありがとうございました!

ご感想、レビュー等ございましたらお寄せ頂けると作者が喜びます。


回収出来ていない諸々は、続編【宴】にて回収される…はずです!

では、また次の夏にお会い出来ましたら…

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