1話:自分達の悪魔は異なると申したい
悪魔との婚姻関係が認められている……とは正直言い難いのが現実であり、それを踏まえた上でこの時代の政府である日本は黙認している、というのが現状であった。紫藤家は悪魔召喚を行う一族ではあるが婚姻関係を結んでいる訳ではない。
だが、綾人と楓の妹で悪魔使いとしての才覚をメキメキと発達させている紫藤家の長女である「琴音」、この少女は既に7歳の年齢にして低級ではあるが悪魔を十数体の使役をしている実力を備えている。兄である綾人と楓は琴音の成長ぶりに少々過保護さを見せている部分もあるが、それでも兄としては鼻が高いと言える。
「婚姻数の上昇は些か政府も容認している部分はあるが、まさかとは思うが……お前達は婚姻を結んでいたりするのか?」
「「ないよ/です」」
兄弟揃いも揃って即否定。これには悠真も凄く安心したのは顔を見れば分かる。だが、悠真はその否定の早さに違和感を覚えてしまったが、それの違和感を解消する理由は次に挙げられる。
「俺達の契約を結んでいる悪魔達は婚姻を結んだり、子供を欲しがったりする悪魔じゃありません。それはお父様の悪魔も同じではありませんか」
「だから、僕達は否定する。それに、僕達は悪魔を従える「紫藤家」の人間。僕達も悪魔を友人だと思っているからこそ、婚姻を結ぶ関係性ではないと断言するからね?」
「だが、お前達は……いや、正確には私達は悪魔の力を受けているのもあるが、共に歩む為の同胞でもあることを忘れてはいけない。だから、私はお前達を信じているとしか言いようがないのだが」
悠真の言葉に綾人も楓も複雑な心境であるのには変わりは無かったが、それでいても悪魔と婚姻を結ぶ感覚は分からないと二人は顔を見合わせていた。二人の複雑な感情を理解することは悠真には分からないだろうと綾人は考えていたが、それよりも早くに楓が綾人の変化には気付いていたが何も言わなかったのも理由があるのだといえる。
悠真はある程度の報告を聞いた上で、最終的な判断を下す為の材料としては少し慎重な言葉を口にすることで、その判断材料の重要さを語っていた。
「それでは、綾人……お前の調査結果で調べた以上分かったことは、アドヴァース・エフェクトについての情報と症例。そして、悪魔との婚姻件数の上昇を記録していたこと、でいいのだな?」
「はい、間違いはありません。兄さんにも確認をしてもらったので間違いや不備はないかと思われます」
綾人はいつの間にか書類仕事に集中している兄の楓をチラッと見て、それからすぐに視線を逸らして悠真へ移動させておく。その悠真は綾人の視線が自分に向いているのを踏まえた上で、少しの間考えていて結論が出なかった事案を口にする。
「綾人、お前は悪魔の力が私達に浸食することが「当たり前」だと捉えていた……そう感じたが間違いはないか?」
「はい。俺は悪魔達の力が既に俺達の身体に浸食をしていると思っています。それだけではありません。基本的なことではありますが……悪魔使いの一族として考えるのであれば、悪魔の力が俺達に与える影響は一部のみで、それ以外は通常時の行動を妨げる事はないと考えます」
「ふむ。それが正論であれば本当にこんなにも調査結果で迷うことはないのだろうがな……。だが、これで少し私達紫藤家が取るべき行動が分かってきたやも知れん」
悠真はそれだけ言って綾人を連れて出て行く。綾人は部屋を出る間際に楓を見ていたが楓は少しだけ視線を綾人に向けていた。だが、言葉を交わすこともしないままで楓とは別れて綾人は悠真と出て行く。
楓は少しの間書類仕事を集中していたが、ある程度の仕事を終わらせると椅子から立ち上がり中庭にて悠真と綾人が、末の妹である琴音に何かを言い聞かせているのが見えていたが、楓は右手の人差し指を唇に添えてそっと撫でるように唇に触れる。
【主様、”まだ”ダメですよ】
「君が僕の行動に注意をしてくるなんてどうかしたのかな? 僕の力を貰いに来たのか」
【ルシファー様より贈り物をお届けに参りました。それをお受け取り下さらないと私も地獄には帰れません】
楓の背後にパックリと割れた空間の裂け目。そこから出てきたのは白銀の長い髪の毛を持っていて、黒色の瞳を持っている悪魔。見た目が美しいがその悪魔の中で確たる地位を持っている実力のある悪魔。名を「サマエル」と呼ばれている。
サマエルは両手で持たないといけない程の大きさを誇る箱を持って、空間から出てきたと同時に楓の前に片膝を突いて楓に忠誠を尽くした。そして、その忠誠を受けた楓は箱の大きさを確認してからサマエルに視線を向けて、静かに箱の中身を問い掛けた。
「この箱の中身は確認済み?」
【魔界の珍味、とだけしか……開けますか?】
「へぇ……もしかして僕が前に食べたいって言っていたドーワスっていう人間界でいう羊の肉、手に入ったのかな? どんなのが入っているか気になるから開けてくれる?」
【匂いが漏れないようにされているとお伺いしておりますので、開封されて匂いが充満しないよう外で封をお開けて下さいとの事でございます。それでは開封します】
サマエルが箱を開けると、赤色の肉が真空パックに近い状態で入っていた。それを取り出すと同時にサマエルが楓の前に差し出す。楓はその赤い色の肉を見て舌なめずりして、少し興奮したように口許をニヤリ、と笑みを刻んだ。
ドーワスとは羊の魔物で、姿は羊と犬を足したような珍妙な姿をしているが、地獄でも食通であれば定期的に食したいと言われる程の美味さを誇ると言われ、楓が契約している悪魔の王でもあるルシファーが楓に贈る理由として挙げられるのは次の3つ。
・珍味として貴重な肉だから。・楓に体力を付けてもらいたいから。・楓が食べたいと言っていたから。これらの3つの理由がルシファーの贈る理由ではある。
「ドーワスの肉をわざわざ仕入れてくれたのはありがたいよ本気でさ。でも、その為にサマエル……君を人間界に送り込むのはどうなんだと思うけれど」
【私自身は構わないのです。楓様のお傍に顕現する事が何よりも嬉しく思うことも出来ますし……それはそれで私にはメリットが多くありますから。それとも楓様は私がお傍に顕現することが基本的にお好ましいことではありませんでしょうか?】
サマエルがその美麗な顔にある黒い色の瞳、それを細めて下げると泣いているような顔立ちになってしまうが楓はそれに動じることもなく。サマエルの言葉にどのような返事をしたら一番に納得させられるか? それを考えていたのは楓の脳内で。
サマエルがドーワスの肉を紫藤家の冷蔵庫に運ぶ為に、当主室から出て台所へと持ち運んでいく。サマエルがいなくなったので楓も移動をしようと書類の整理を終わらせてから当主室からでて、向かう先は実母である詩乃の仕事部屋。
詩乃は実母ではあるが紫藤家の母としての地位を持つ以上、息子でもあり、次期当主でもある楓へは綾人に向ける愛情よりも、鋭い感情を向けてくる。そんな厳しそうな母であるが楓はある理由から母を頼ることも多くなっている。
「お母さん、楓です。今いいですか?」
『いいですよ。お入りなさい』
ギィィと木製の扉をノックしてから奥に押し込んで開くと、室内は芳醇な百合の香りが広がっていて、でも、その香りには意味があることを楓は知っているから嫌な香りだとは思ってなどいない。
詩乃は、腰までの長さを誇る黒髪を持っており、瞳は悠真と同じ赤味の深い瞳を持つ女性。見た目は大和なでしこだといっても通用する姿をしているが、性格が少し破天荒だといえる。
「それで、どうしたのですか?」
「はい。今日ルシファーからドーワスの肉を贈ってもらったのですが調理をお願いしたく思います。綾人にも食べさせたいと思うのです」
綾人、その名前を出せば詩乃は大体が聞いてくれることを楓は知っている。だが、それだけの理由で綾人の名前を出した訳ではない。楓は少し間を取って詩乃に言葉を投げるが、詩乃はそれを見通しているのか、赤味深い瞳を楓に向けては優し気な微笑みを浮かべて見つめてきた。
「楓さん? 私に聞きたいことがあるから部屋に来たのではあるのではありませんか?」
「……僕が少し異常なのは理解しているつもりです。ですが、この感情を持っている理由はお母さんもご理解して下さっているとは思いますが、この感情をどうにかするべきなのかご指南願えませんか?」
楓の言葉を黙って聞いていた詩乃にはあまり考える様子も見せないが、答えるべき内容は決まっていた訳ではない。だからこそ、楓はその言葉を待っているのである。
だが、詩乃は予想に反してある事例を口に乗せる。それの事例を口にしたのは楓を思うからこその言葉であることは楓に伝わっていると信じていたい。
「楓さん、私はね? 貴方こそが過去のトラウマに出来事に捕らわれることも理解をしているつもりです。ですが、それを元にして綾人への愛情を深めていることも、琴音に向けている警戒心も、理解しているからこそ指南をする訳ではありません。ただ、忘れないでほしいのです。貴方は決して責任を”背負う”必要性はありません」
「お母さん……」
「私は貴方の母です。綾人と琴音の母でもあります。そして……あの子達の母です。だからこそ、私は子供達を導く為の存在になる為にも言わないといけません。貴方も他の子達も”生きて”いるから迷っていい。苦しむのも理解しています。でも、その背後には必ず私や悠真が傍にいます。だから……泣いていいのですよ」
詩乃が椅子から立ち上がりそっと入り口付近に立っている楓に近寄り、両腕を伸ばして包み込むようにして抱き寄せると背中をポンポンとして落ち着くように促す。それだけで終わらないのが母親とい存在である。
楓の背中まである黒髪を優しく撫でる手には、深い愛情を感じ取ることが出来て、それでいて、フワリと香る白百合の香りを感じ取ると、楓は黒い瞳をそっと伏せて母親である詩乃に身体を預けた。
過去に何かがあったのは明白で、それが楓を苦しめていることも詩乃は知っているから、その心を救わんと出来る存在が、もう一人の息子である綾人であることを悔やむ。
「お母さん……僕はどうしても乗り越えることが出来ないと思うんです。あの子のことを失った瞬間に僕の心に刻まれた罪の傷痕を癒せるのは誰もいないと思っているから。僕は永遠に背負っていく……紫藤家の次期当主として僕は向き合わないといけないと思っているんです。それこそが自分に与えられた宿命、だと信じていないと僕は生きていく為の大元に出来ない、それは理解しています」
楓はそれだけ言って、伏せている双眸から一筋の涙を流して床に落とす。楓の生きる理由として、それだけは理解を求める訳にはいかないのも自然と悟ることも出来た。だからこそ、詩乃はこの言葉を口にする為にどれだけの覚悟と痛みを背負っているかを理解して受け入れなくてはならない。
「おかあさーん!! あー楓にぃに! ずるい!! お母さんとハグハグずるいー!!」
「琴音、これは楓さんにお願いされてしているのではありません。お母さんが自分の意思でしているのですよ」
「ははっ……琴音、綾人とお父さんとお話をしていたんじゃないの?」
詩乃の腕から離れた楓は涙をそっと拭いながら、それでいて末の妹の琴音に視線を向ける。その瞳には優しい感情も見て取れる状態ではあるが、直前まで罪の意識を口にしていた名残もあって、それがどうしても意識的に辛さを感じさせる。
だが、琴音はそんな楓の言葉と涙を流していた姿を見たとしても、対して態度を変えるつもりはないのか、子供らしい純情な感情をそのまま出したとして楓を自然ではあるが勇気付ける行動を取った。
「楓にぃにの愛情も欲しいの~! 綾人にぃにの愛情は楓にぃにに向いているし、お父さんはお母さんに向いている。私には楓にぃにだけだよ!!」
「おやおや、それはいけないね。僕からの愛情を貰えば琴音は素敵な大人の女性になる……って感じかな。それはそれで少し嬉しい反面寂しくも感じちゃうな?」
「琴音はね? 楓にぃにのことを一人にはしないよ! 私は絶対ににぃに達と離れたりしない! ずっと傍に、一緒に大人になってもいるの!」
琴音は詩乃の足に抱き着く、その姿を見ていた楓は自分が守れなかった弟のことを思い出す。だが、その記憶は楓だけにある訳じゃない。綾人にだって当然ある。
綾人と悠真がこの詩乃の仕事部屋に姿を見せるまで、そう遅くはないのだろうと楓は考えていた。だが、その時に綾人に向けるこの感情が歪で異常であることを考えると楓は自分の存在が許されない。そう考えてしまうのであった――――




