むつおよぎ
いまさら、ではなく。
いまなら、泳げるかも?
※noteにも転載しております。
こんないい加減な方法で泳げるようになるひとなんて、果たしているのかといえば。
いくらかは、いるのではと思います。
なぜなら、私が泳げたのも、当時はそんな理屈は立てなかったにせよ、そんなようなやりかただったからでした。小学生のときね。
そして、泳げないと思いこんだまま、成長したり、おとなになったひとたち。
いまだからこそ、再挑戦してみる理由があります。
おさないころや、こどものころと比べて。からだは重くなりましたが、浮力を生むための体積も増しているので、そこは「とんとん」でしょう。
一方、てのひらや足の面積は、むかしより大きくなっているため。浮くためや前進するために、水を掻きやすくなっているはずです。
そして、体力。
からだを沈まないように、前へ進めるように、水を掻く体力もついていることと思います。
極論すれば。
沈まずに、からだを浮かせながら。
沈むより早く、前進して目的地に着いてしまえば。
——それは「泳ぎきった」ことになる。
体力がついたいまなら、ちょっとのコツさえあれば、意外とちからずくで泳げてしまうものなのですよ。
水が苦手でも、平気な泳ぎかたで。
じゅうぶんに足のつく深さの、穏やかな水面のプールなど、溺れるリスクがほとんどない場所で。
「技術」ではなく「体力」で、泳げるところまでがんばってみる。
水への恐怖心がそうとうおおきいのでなければ、チャレンジすることはそれほど難しくはないかと。
それで、泳げるのかどうかは、わかりません。泳げるなんて、確約なんかできません。
でも、挑戦してはみれそうじゃありませんか?
クロールや平泳ぎなんか、こんなふうに泳いで「泳げる」自信がついてから、挑戦すればいいのです。
はじめから、泳ぎかたに悪い癖をつけてしまうのは、あまりいいことではないのかもしれませんが。
その「はじめ」からつまずいたのなら、そこにこだわっていても、いい結果は得られないもの。
だめもとの。
遊び半分。
だけど、これなら泳げるかも。
だけど、これならチャレンジしてもいい。
そう思ってくれれば、おおきな一歩です。
安全を確保してのチャレンジなら、遅くはないのです。




