正当防衛!
自分の名前は、鏡 善士。
21歳。独身。
職業、自衛官。
階級、3等海曹である。
自分は自衛官である事に誇りを持っている。
『平和を仕事にする』この言葉を胸に、日夜厳しい訓練に励んできた。
真夏には、焼けるように熱い護衛艦の甲板上での、素手による腕立て伏せ。
真冬には、凍るように寒い護衛艦の甲板上での、Tシャツ一枚による海上自衛隊第一体操。
その他、様々な過酷な訓練により、心身共に極限まで鍛えられた。
その成果は明々白々で、いかなる状況においても、冷静沈着かつ、迅速に対応する事が可能になった。
自分は自衛隊で、鋼の肉体と、決して折れない心、言うなれば、何者にも屈しない強靭な精神力と、何事にも耐え忍ぶ忍耐力を手に入れた。
自衛隊で培ったこれらの宝物は、生半可な事では揺るがない。
『ゲギャギャギャ』
はずだった……ここに来るまでは。
「うわぁ〜!なな何だ!来るな、止まれ!」
自分は現在、雨が降りしきる夜の森の中で、未確認生物と遭遇中につき、大パニック中である。
『ゲギャゲギャ』
目の前には、棍棒を振り回しながら牙を剥き出しにして笑っている、見たこともない奇妙な生き物がいる。
「ぎゃ〜!!ままま待てっ!ななな何言ってるのか分かりません!」
未確認生物は、耳と鼻が尖っており、全身青色の気持ち悪い顔の小人である。
「動くな!それ以上動くと攻撃を加えるぞ!」
とは言ったものの、武器は何も装備していない。しかも半袖、ハーパン。要は、運動服装。ヤバすぎる。
「わ、分かった!ほら自分は丸腰だ。戦う意思は無い。な?」
取り敢えず両手を上げて戦意がない事を伝えたが、未確認生物はゆっくりと目を細め、値踏みするかのように、足の先から頭まで舐めるように見ている。
「おおお落ち着け!話せば分かる。だろ?」
馬鹿な事を言ってのは自分でも理解している。こいつは人間じゃない。話が通じるはずもない。
『ゲギャ?』
未確認生物は、木の上で鳥が鳴いたのを見て、首を傾げて動きを止めた。知能は低いようだ。
そう考えると、少し頭が冷めて来た。
いきなり出会してビビったが、見た目の悪さとは対照的に、小柄で動きも遅い。とても弱そうだ。
「し、仕方ない。ふぅ〜。回れ〜右!」
自分は掛け声と伴に右足を後ろに下げ、両足の踵を軸にクルリと180度回転した。そして後方に下げた右足を、左足の横に引き寄せ、元の位置に戻した。
回れ右をして、気を付けの姿勢に戻った次の号令は決まっている。
「駆け足進めぇ〜!」
逃げた。
こんなのと戦うなんて無理に決まってる!戦略的撤退だ。ということで、まずは状況を整理しよう。
自分が何故、未確認生物と対峙していたのか、それはここが異世界だからである。
「ハァハァ……いやいや本当に異世界?女神様が言ってたな転移させるとかなんとか。ハァハァ。いや!あれは夢だろ!」
そう。自分は確かに女神様に会った。でも、あれは夢だったはず……
別の星に転移させるとか言われたような……他にも何か言ってたが、こんな状況ではよく思い出せない。
更に悪いことに、頭痛が酷すぎる。転移による影響なのか、頭部から着地したからなのかは分からない。
痛む頭を抑えつつ振り向くと、未確認生物の姿は見えなくなっていた。すかさず木の影に隠れた。
「ハァハァ。どう言うことだ……夢にしてはリアル過ぎる……女神様が言ってたな……確か、ハァハァ、ステータスと念じるんだったか?」
そんな馬鹿な。恥ずかしい、などと考えていると、目の前に透明なウインドウが現れた。
「うおっ!なんだこれ!」
そこには自分の名前が書いてあり、その隣にレベル1と記されていた。
「レベル1?HP45?MP30?まるでゲームの世界みたいだ……待てよ」
こういう話は漫画で観た事がある。神様の力で転移した主人公は、勇者や賢者といった職業を与えられ、チート的な力を発揮するのが鉄板だ。自分もきっとそうだろう。高鳴る鼓動を押さえながら、職業の欄を確認する。
「え〜っと職業は……は?自衛官?」
そう。職業は、まさかの自衛官(海)となっていた。
「異世界に来てまで自衛官!?しかも海自!!」
つい大声を出してしまった。慌てて口を両手で覆ったが、案の定あの声が近付いてきた。
『ゲギャゲギャ』
「くそっ!何か武器はないのか!……そうだ異世界と言えば魔法だ!MPがあるなら魔法が使えるはずだ!どんな魔法が使えるんだ?」
期待を胸にステータスウインドウを見回すと、スキルの欄には、言語理解、警棒、防弾盾の3種類があった。
「魔法は!?」
『ゲギャ〜!』
見つかった!薄暗い森の中で、怪しく2つの目が光っている。こうなったら、覚悟を決めるしかない。
「仕方ない、出てくれ!スキル警棒!」
『ゲギャ?』
しかし、答えたのは青色の小人だけだった。辺りを見回したが、それらしき物は何もなかった。
スキルを発動させるための、決まったポーズでもあるのか?右手を前に突き出してみる。
「警棒!スキル警棒!警棒〜!」
出ない!嘘だろ?どうすればいいんだよ。助けてください女神様!そもそも女神様なんているのか?
「これはやっぱり夢かな?」
『ゲギャッ!』
未確認生物が、棍棒を振りかぶり飛び掛かって来た。
「うぉい!」
咄嗟に横に飛び退き、転がりながら距離を取った。
「痛ぇ〜!いきなり何するんだよ」
攻撃はかわせたが、肘と膝を擦り剥いた。夢にしては、あまりにもリアルな痛さだ。
「夢じゃないみたい……」
『ゲギャギャギャギャギャ』
未確認生物は飛び跳ねるのをやめて、武器を振り回しながら再び走り出した。
「ヤバイ、警棒!」
右手を体の前で、構えるようにして声を出したが、警棒は現れなかった。
「やめろ!」
迫り来る棍棒を、無我夢中で左腕で弾くと激痛が走った。体中が熱くなる。すると、左腕の痛みが引いていった。きっと、恐怖と緊張で、アドレナリンが分泌されているのだろう。
「ぐっ!痛ぇ!こんなのまともに食らったら、一撃で死んでしまうぞ!」
『ガチャッ』
その時、頭の中で何かが開くような音が響いた。今の音は……これはもしかして!
「警棒!」
何か出た!目の前に出している右手で、それをキャッチした。
これは、ホルダーに収納された警棒だ。自分は警棒をホルダーから取り外し、力一杯振りジャキンと音を立てて伸ばした。それから中段に構えた。
「ちょっと待ってくれ!」
しかし、その制止も聞かず飛び掛かって来た。
「待てって言っただろっ!」
警棒を、空中にいる未確認生物の棍棒目掛け、横薙ぎに振り抜いた。
棍棒にクリーンヒットさせると、棍棒は真っ二つに折れ、未確認生物は吹き飛んで木に当たって地面に落ちた。
『ゲゲゲギャ』
腹を抑えて転げ回っている。今がチャンス!何故スキルが使えたのかステータスの確認だ。
ステータス……出た!
ウィンドウをよく見ると、スキルの横に南京錠のアイコンがあり、それが開錠されている。そして一番下に、『自衛官の誇り』という欄があり、その隣に『正当防衛』と表示されていた。
「正当防衛!」
やっぱりそうだ。あの音は鍵が外れた合図。未確認生物に危害を加えられ、正当防衛が成立したから、攻撃系のスキルが使えるようになったんだな?
未確認生物は立ち上がり、腹を押さえて憎らしそうに睨んでいる。追撃するべきか悩んだが、自分が足を一歩出した途端に折れた棍棒を投げてきた。
「嘘だろ!」
自分は左腕を前に出し、盾を構える態勢を取った。
「防弾盾!出てくれ!」
それは、悲鳴に似た叫びだった。冷静沈着が聞いて呆れる。しかし、自分の声に今度もちゃんと応えてくれた。目の前には、長方形の覗き穴付きの真っ黒な大きな盾が現れた。
「良し出た!」
すかさず防弾盾の持ち手を握りしめ、体に寄せて地面に固定する。するとそれは、飛んで来た棍棒を弾き飛ばした。覗き穴から見える未確認生物は、明らかに狼狽えている。
「今度はこっちのターンだ!」
武器を持っていない今がチャンス。自分は防弾盾を手放し、未確認生物に向かって駆け出した。
そして勢いに乗せて、警棒を思い切り振り下ろす。
『ゲギャッ』
それを最後に、未確認生物は動かなくなった。
まだ興奮しているが、アドレナリンが引いていくのがわかった。それは、棍棒を受けた左腕の痛みが戻ったからだ。
肘と膝は擦りむいただけで、その他は特に異常なし。
「ハァハァ。いたたっ。おおむね良好……スキルの説明くらいしてくれよ」
こうして自分の、縛りがエグい異世界行軍が始まった。
(女神様こちら自衛官。
冒頭に格好良いこと言ってましたが、取り消せませんか?冷静沈着やら、決して折れない心やら……恥ずかしいので、女神様の御力で無かったことにしてください。それと、未確認生物相手に正当防衛とかいらないでしょ……どうぞ)
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