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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第二百三十八話 『氷の宿』

氷で建てられた旅館、『レインボーコテージ』。

ライトアップされた外観は虹のような輝きを放っており、見た目からして豪華で煌びやかな宿だった。

当然ながら内装も建築家の拘りが随所に窺い知れ、彫像、絵画、家具に至るまで全てが氷製。


まるで氷の迷宮にでも迷い込んだような光景で、スタッフの案内で通された客室も、ほぼ全てが氷でできていた。

温度で解けてしまわないよう魔法でコーティングが施されており、広い卓上に所狭しと広げられている熱い料理が乗った器も、そのままの状態が保たれている。


ダインとラフィンは遅めのチェックアウトだったため、部屋に案内されてすぐに夕食の運びとなった。

毎度の如く旅館に着いてから慌しいが、目に映るもののほぼ全てが氷だという光景に、ダインの目は奪われっぱなしだ。


氷の食器も氷のテーブルも冷たそうな見た目だが、魔法で特殊加工してあるため冷たくなく肌にも張り付かず、むしろ暖かい。

料理が乗った皿を手に取るとその温度が手にも感じられ、何もかもが珍しくて仕方なかった。


「ダイン、上着脱いで」


部屋の内装に目移りしてるところ、薄着になったラフィンが言ってくる。


「あ、ああ」


ダインが脱いだ上着をラフィンが受け取り、氷のハンガーにかけて氷のクローゼットの中に仕舞った。


「すげーな。どこもかしこも氷じゃねぇか…」


素直な感想を漏らすダインに、「そうでしょ」とラフィンは得意げに胸を張る。


「氷の旅館なんて他には無いはずだから、あなたなら喜んでくれるかもと思って」

「よく見つけたな…」


そう話しつつ、ダインは自身の腕を少しさすっている。

魔法によって室内の温度は快適に保たれているはずだが、魔法が効かないダインには若干肌寒いようだ。


やっぱり上着を着直そうかと考える彼に、「私の近くにいなさいよ」とラフィンが身を寄せてきた。


「暑いぐらいに魔法で体温上げてるから、私越しなら暖かいでしょ」


確かに、ラフィンが隣にいるだけでこちらに熱が伝わり、体がぽかぽかしてくる。


対面式で料理が配膳されているが、ラフィンに促されるまま隣り合って広いテーブルの前に座る。


「あー、今日はマジで色々ありすぎたな…」


ふかふかの座布団の上に座った瞬間、これまでの疲れがどっと全身を襲ってきたようで、ダインの口からため息が出てしまった。

ヴァンプ族は無尽蔵に体力があるはずなのに、そのダインが疲れているというのはかなり珍しい姿だ。


ラフィンは今日一日の出来事を思い出し、ダインが疲れるのも無理はないなと思って「お疲れ様」、と彼に笑いかける。


コップに二人分のジュースを注ぎ、乾杯した。


「夕飯食べて回復しましょ。どれからいく?」

「そうだなぁ…」


テーブルの上には、野菜が主食のエンジェ族が作ったとはいえ、見た目が華やかで本当に美味しそうな料理たちが並んでいた。


前菜と思しき、緑豊かなサラダ。

根菜が煮込まれたクリーム色のスープに、キノコが混ぜ込まれた炊き込みご飯もある。


その中で特に目を引くのが、テーブルの中央に置かれた氷でできた小船だった。

様々な野菜類が短冊状に切られ、刺身のように並べられている。


そうめんに似た麺物のスープからは、透明だが魚介のような香りがする。

他にも野菜の天ぷらや、しゃぶしゃぶ、メインなのか牛肉のステーキもあって、どれも何かしらの手間が加えられて丁寧に調理されているのが分かる。


「まずはサラダからいきましょうか」


ラフィンはそう言って、中腰になってテーブルの奥側にあったサラダを小皿に盛り、ダインの前に置く。


「いやいや、取ってもらわなくても自分でするぞ?」

「駄目よ。まだ完全に力が戻ってないでしょうし、あなたは動かなくていいの」


座ったままでいるよう言いつつ、サラダを食べてみてとラフィンが促す。


言われるがまま、ダインはサラダを一口食べてみた。


酸味と甘みがうまく調和されたドレッシング。

その後から、薄くスライスされたタマネギやコーン、レタスといった野菜類の風味と甘みが口内に一気に広がった。


「どう?」


ラフィンが感想を求めてくる。

口を動かしながら、「う~ん」、と唸り声を上げたダインは言った。


「ティエリア先輩と行った旅館で出された食事も、野菜がメインだったんだけどさ…」

「ええ」

「所詮野菜だろって、以前の俺なら思ってたんだけど…生で食っても、心からうまいって思える野菜もあるんだなって」

「つまり?」

「滅茶苦茶うめぇサラダだ」


大富豪であるウェルト家の食事は、雇い込んでいる一級シェフの手料理が普段の食事となっている。

贅沢慣れしているラフィンが選んだ旅館の料理だからかは分からないが、見た目はシンプルなサラダのはずなのに、底知れぬ美味しさに驚くばかりだった。


その反応を見て満足そうな表情になったラフィンは、自身もそのサラダを食べて表情をほころばせる。


「うん、確かに美味しいわね」


お嬢様らしい上品な仕草で咀嚼し、ダインのために次の料理を取り分けている。


「口コミとか見て、実際にうちのメイドたちに泊まったりもしてもらったんだけど、ここを選んで間違いなかったわ」


氷で出来た旅館という、単なるインパクトだけを狙った旅館でないことは、料理を一口食べて確信を得られたようだ。


何度もかみ締めるようにして料理を楽しんでいるラフィンを見て、「少し意外だな」とダインが笑い出す。


「意外って?」

「いや、普段から家で美味しいもん食べてるだろうから、料理に対してあんまり感動とかしないんじゃないかって思ってさ」


贅沢慣れしてしまったラフィンには、どれほど美味しい食べ物でも刺激が弱くなってしまっているのではないか。


ダインやシンシアという“庶民”の食生活を知り、彼らよりは確かに贅沢な食生活を送っていたという自覚が生まれたラフィンは、「まぁ、そうね」、と素直に肯定した。


「うちのシェフもメイドたちも、大抵のものは作れるから。正直に言えば、ここに出されているものも含めてね」

「実際うまいもんな。お前んとこのご飯って」

「ええ。それにあなたたちのおかげで、ハンバーガーとかピザとか、ジャンクフード? っていう食べ物も一通り経験したし、他の人たちよりは味覚の幅はあるでしょうね」


だから美味しいものに対しての感動や感激はあまりしなくなってはいる、とラフィンは続ける。


「美味しいものに食べ慣れすぎて、逆に疲れちゃうときもあるのも事実ね」

「俺には贅沢すぎる悩みだよ」

「ふふ、そうね。でもそんな私でも、心から美味しいって思えるときもあるのよ?」

「そうなのか? どんな料理なんだ?」

「料理じゃないわ」

「え?」


どういうことだ、と尋ねようとしたダインの口に、ラフィンが箸を突っ込ませてくる。


「んっ…?」


一口サイズにカットされたステーキ肉を放り込まれたようで、柔らかすぎるほど柔らかい肉の食感と旨みが口内に広がる。

美味さのあまり無言になってしまうダインを、ラフィンは面白そうな笑顔で見つめていた。


「何を食べたかじゃなくて、誰と食べたか。それだけで、味の感じ方に違いがあるなんて知らなかったわ」


近距離で見るラフィンの笑顔。

長い髪が料理につかないよう後ろで縛ってるのが珍しいこともあり、ダインの胸がまた高鳴った。


「そ、それより、今日はマジで大変だったよな」


顔面も熱くなってきたので、紛らわすために話題を変えた。


「謎解きみたいなことさせられたり、料理対決とか、お色気…お色気? 対決に巻き込まれたりさ」

「そうね。特にあなたは大変だったでしょうね」


ゲーム中のダインのうろたえ具合を思い出したのか、ラフィンが笑い声を上げる。


「精神攻撃されたり力を抜かれたり、色々されたわね。私たちのほうは楽しいだけだったけど」

「でもそっちはそっちで色々あったっぽいじゃん。裏切りしたりされたりさ」

「そうね。結局本当に裏切りがテーマだったわ」


また何かを思い出したのか、ラフィンは笑顔のまま野菜の刺身を食べ始める。


「レフィリスが私たちを裏切ったり、ディエルがシンシアを裏切るところとか全く予想してなかったけど、そういう予想外を含めて楽しかったわ」

「力を出せなくされたのにはさすがに焦ったけどな」


大変だったけど楽しくはあったと、スープを飲んでいたダインが述懐する。


「体力が続かなくて歩くのもやっとで。その間にラフィンがヴァンプ族になったりするしさ」

「さすがにびっくりしたでしょ?」

「さすがにな」

「あれは極秘に進めていた計画だったんだもの」


遠くにあったダインの分の刺身を中腰になって小皿にとりわけ、ラフィンが続ける。


「効果を確かめたのは今回が初めてだったけど、うまく成功してよかったわ」


ラフィンにとっては、自身のヴァンプ族化が最大の見せ場のつもりだったのだろう。


ありえないほどのパワーとスピードが出せる。

シンシアたちから魔法力を吸い上げていたおかげで、あらゆる魔法も使うことが出来る。

あのときのラフィンは、ヴァンプ族の中でも最強の姿だったのかもしれない。


「…まさかヴァンプ族化の薬を改良とか量産とか、考えてないよな?」


色々と起こり得る事態を想像してダインが懸念するも、「そこは安心して」とラフィンが答えた。


「偶然出来上がったもので、同じレシピを用いたとしても二度と作れないものだと思うから」

「そうなのか?」

「ええ。本音を言うと、あなたと同じヴァンプ族になったほうが、色々とできることもあるのだけれどね…」


ラフィンは少々残念そうだ。


彼女が何を思って同族のほうがいいと言ったのか、ダインには分からない。

何となくだが、詳細は聞かないほうがいいと判断し、再びサラダを食べようとトングに手を伸ばした。

が、タイミングよくラフィンもトングに手を伸ばしていたので、お互いの手がぶつかり合う。


「あ、もう、ダイン」


何故かラフィンに怒られてしまった。


「あなたは動かなくていいって言ったでしょ? そういうことは私がするから」


手を掴んで下に降ろされてしまう。


「じっとしてるの。いい?」


手を掴まれたまま、何故かにぎにぎしてくる。


二人きりになったとき、ラフィンはいつもそうだった。

ダインに対するスキンシップが多くなり、シンシアたちといるときよりも密着しようとしてくる。


すべすべの肌と、暖かな体温。

真横で見る笑顔は美しく、ダインには輝いて見える。


綺麗で可愛くて、ダインの胸は高鳴りっぱなしだ。

穏やかでゆったりとした時間は、まだもう少し続きそうだった。

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