第二百三十三話 『弱いところ』
これまで防戦一方だったダイン。
しかしシンシアの聖力を吸って魔法が使えるようになったことで、攻撃に移行したようだ。
今回の対決では、シンシア、ディエル、ラフィンの三人が倒れない限りは決着がつかない。
バリアを打ち破ろうとする彼女たちの魔法力切れを待っていたのだが、回復力も高い彼女たちなので、倒れることはない。
時間も有限だ。
特にシンシアたちは休日を返上して今回の企画に参加してもらっている。
だから、ダインはここで一気に決着をつけようと考えたのだろう。
触手は避けられる。
なので転移魔法で瞬時に彼女たちの近くにワープし、直接触っての大量吸魔によって気を失わせようと作戦を切り替えたようだ。
そこまでは、彼らの戦いを観戦していたニーニアたちでも理解できた。
ラフィンたちもダインの瞬間移動を察知し、すぐさま転移魔法によってかわしている。
攻撃と防御、両面での動きを余儀なくされた彼女たちの大変さも伝わってくるが…。
「…何か、変ですね」
観戦していたティエリアが呟く。
「ダインさんが攻勢に転じたのは見て分かりましたが、ディエルさん側の動きが若干鈍っているような…?」
そう。
バリアを破ろうと様々な攻撃魔法を繰り出しているのは分かるが、最初のときよりも規模も威力も小さい。
バリアを破る気がなさそうで、ダインの動きにのみ注視しているようだ。
「らふぃちゃんも、何もしてないよね」
ルシラの言うとおり、彼女たちが一番気になったのはラフィンの動きだった。
シンシアもディエルも、初めは自分が使える中で一番強い魔法を使ってバリアを破ろうとしていた。
派手さもあって、ニーニアたちは何度も歓声を上げていたのだが…ラフィンだけは、まだバリアに攻撃していなかった。
ずっとディエルとシンシアのサポートとダインの妨害に徹していた。
彼女から直接バリアに何かすることはなく、司令塔のような役割をこしなしていた。
ラフィンこそ強力な攻撃魔法が使えるはずなのに。
エレンディアの証を持ち、そのエレンディアの再来とまで言わしめた彼女には、噂通りの相当な魔法が使えるはずなのに。
ディエルもシンシアも必死な表情でダインの猛攻を退け、逃げ回っているというのに。
なのにラフィンだけは、どこか余裕さえあるような笑みを浮かべている。
「……」
その様子をじっと見ていたレフィリス。
「何か…待っている…?」
そのとき、ラフィンたちを捕まえようと転移魔法を繰り返していたダインの動きが鈍くなってきた。
いくら吸い取った聖力を内部で増幅できているとはいえ、回復量よりも使用量が上回って枯渇してしまったのだろう。
形勢逆転。
再びディエルたちの派手な魔法の応酬が見れると期待したニーニアたちだが、
「…あふ…」
ルシラの口から小さなあくびが漏れる。
「? なんか…眠い、ね…?」
ルシラだけではなく、レフィリスやニーニア、ティエリアも不思議な疲労感を感じ始めていた。
確かに昼からずっと頭を使ったり体を動かしたりして、体力的な疲労はある。
ぼんやりとした疲労感ではあるが、しかし四人同時に眠たくなるものだろうか?
ダインがこっそり自分たちから魔法力を吸い取ったのではないか、とニーニアは疑った。
だがいま戦闘中の彼は聖力が枯渇しているようで、逆にラフィンの目くらましの魔法によって視界が奪われている。
聖力も魔力も補充できていない様子で、自分たちも吸魔されている感覚はない。
ダインが何かしているようには見えない。
だが、何かが起ころうとしているのは間違いない。
「うひゃぁっ!?」
光の煙幕の中から、突然シンシアの悲鳴が聞こえた。
「あ…!」
煙幕が晴れると、シンシアがダインに背後から抱きつかれているのが確認できた。
「わ…悪いな、シンシア…」
ようやくシンシアを捕まえられたダインは、息も絶え絶えに彼女に話しかける。
「できるだけ、エロくならないようにするから…」
シンシアも転移魔法が使える。
赤ちゃん並の力しか出せないダインから逃げることは容易なはず。
しかし彼女は逃げなかった。
透明な触手が巻きついてきて、徐々に拘束されてきてもじっとしている。
動かないシンシア。
それは狙いがあっての行動だと、この直後にダインは知ることとなる。
「だ、ダイン君…!」
シンシアはダインの力ない腕を一瞬振り解き、すぐに彼のほうに振り返る。
そして、シンシアのほうからダインの頭部を掴み、ぎゅっと抱きついた。
「むぐ…!?」
突然の行動と、顔面が柔らかいものに包まれ、ダインは固まってしまう。
何をされたのかと困惑しながらも、触手は本能に従って動き出し、シンシアから聖力を吸い上げ始めた。
「んあぁ…!」
彼女の口からあられもない声が上がる。
それでもダインから離れず…いや、離そうとしない。
「あう…! ら、ラフィン…ちゃん…! ディエル、ちゃ…んはっ! い、いまの、うち、に…! ああ…!」
もつれ合う二人を遠巻きに見つめながら、ラフィンとディエルは頷いて見せた。
「…作戦通りね」
ディエルはにやりと笑う。
「悪い奴よね、あなたは」
ラフィンは少し呆れたように言った。
「シンシアを餌にするなんて」
厄介なダインを無力化するにはどうすればいいか。
考えれば単純な話だった。
ダインは赤ちゃん並の力しか出せず、いまは誰よりも弱い。
魔法を使って妨害するより、力ずくで動けなくすればいいだけだったのだ。
吸魔され気を失ってしまう可能性は高い。
しかし聖力を吸い尽くされるまでの間だけは、ダインを完全に拘束して動けなくすることは出来る。
「私はそういう方法もあると言っただけよ」
ディエルは意地の悪い笑みを浮かべている。
「それに弱ったダインに堂々と抱きつけるんだし、あの子も嬉しがってるわ。見てよあの満足そうな顔を」
シンシアの腕の中でもがくダインだが、彼女の抱擁から抜け出せる気配は全く無い。
シンシアは聖力を吸われつつもダインにぎゅっと抱きついたまま、彼の感触や匂いを心行くまで味わっているようだ。
「はぁ、はぁ…! ダイン君…ダイン君…!」
「ちょ…し、シンシア! こ、声とか、色々やばいって…!」
二人の周囲が“ピンクい空気”になったのをいち早く察知し、リリが近づいて二人にいまどんな気持ちかを尋ねている。
「シンシアを裏切ったってことね」
ラフィンはそう言ってディエルを咎めつつも、「でも良い判断だわ」と前方に目を向ける。
「私一人になってしまったようですね」
劣勢に立たされたというのに、メデルは未だに笑みを浮かべている。
「…メデル様。バリアを解かなくていいんですか?」
ディエルはそう言いながら彼女のほうに近づいていく。
「強力なバリアを張り続けるのもさすがに疲れるはずですし、そのままでいては…」
どうやら、ラフィンたちはバリアを破壊することよりも、メデルをどうにかしたほうが早いと判断したようだ。
バリアを維持するのは相当な集中力を要する。
逆を言えば、集中力が欠けばどれだけ強力なバリアでも綻びが生じる。
メデルの油断を誘い、その綻びを突いてダイン人形を奪おうと考えたのだろう。
攻撃の要であるダインはまだシンシアの拘束を受けている。
二人はいつの間にか倒れこんでおり、シンシアは吸魔に喘ぎ声を上げつつもダインを抱きしめ、彼の匂いを思う存分味わっている。
ダインは完全に無力化された。
つまり、単体となったメデルはラフィンとディエル同時に相手しなければならない。
「何をされるのでしょう?」
目の前まで迫ってきた二人を見ながら、メデルはどこかわくわくしているような表情を浮かべだした。
「なるほど。ここまできても余裕というわけですか」
子供を相手にする大人の心境か、それとも圧倒的な聖力を誇るゴッド族から来る余裕か。
敵であるラフィンとディエルがすぐ近くまでやってきたというのに、メデルは両腕を左右に広げたままバリアの展開を維持している。
完全なる無防備。
そんな彼女に間近まで肉薄したラフィンたちがとった行動は…、
「いくわよディエル!」
「分かったわ!」
ラフィンとディエルはさっと両手を挙げる。
そしてその両手がメデルの体中を這い回っていった。
「あっ!?」
脇下や脇腹を重点的に攻められ、メデルの全身がびくりと跳ね上がる。
「あ、ちょ…! ちょ…! あ、あは、あはははは!!」
身悶え、メデルの顔面が緩み、口からあられもない笑い声が飛び出した。
予想外のくすぐり攻撃に一瞬でも集中力が途切れたのだろう。
あれほど強固だったバリアが解かれ、ダイン人形の周囲がクリアになる。
「ディエル!」
一瞬の隙を逃さず、ディエルは即座にダイン人形がある玉座まで猛ダッシュした。
が、すぐにバリアが張り直され、直撃したディエルはまるでトランポリンに弾かれたように押し出されてしまう。
「ふぅ、ふぅ…ま、まだまだです…!」
集中力を再度高めつつ、メデル。
「こ、これしきのことで、私はやられませんよ…!」
バリアの強度は先ほどよりも強まったのか、虹色に輝き出している。
「本気の本気バリアです…!」
確かに、見るからにバリアは最高位の強度を誇っていそうだ。
もはやラフィンたちが何をしようが、決して破れそうにない。
気づけばシンシアは聖力を吸われすぎて気を失っている。
が、無意識でもダインだけは逃さないとするかのように、彼を力強く抱きしめている。
シンシアという強力な戦力を失い、メデルが優勢になったようだが…。
ラフィンとディエルは互いに視線を交わし、そしてにやりとした笑みを浮かべる。
突破口を見出した。
メデルはくすぐり攻撃に弱い。
これを繰り返せば、メデルの集中力が切れるのも時間の問題だ。
「でしたら私たちも━━」
「本気の本気でいかせてもらいますね!」
ラフィンとディエルは両手を挙げる。
十本の指を“わきわき”させながら、それをメデルに伸ばす。
序盤は派手な魔法対決だったはずが、一気にこじんまりとしたものになりそうだった。




