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勝利

「正直な話、負けるぞ」

 ユラスは断言する。

「何とかならない?」

 ヘレンがそう茶々を入れるが、ユラスは乗らない。

「兵が湧き出る魔法のツボを俺が持っていると思うのか?」

 場所は新王都グランカール。

 王宮の一室でユラスとヘレン、そして付き人の翡翠とリムが控えていた。

「もし俺が帝国なら使い捨て戦法を取る」

 魔導騎士団を中枢と置く即席の騎士団を大量生産、そしてそれら全てを一斉にサンシャイン国へと放つ。

 何時暴発するか分からない魔導騎士団に加え、他国の兵で作られた忠誠心が皆無な騎士団。

 国として体裁を取っている分そこら辺の傭兵団より質が悪い、が。

「五割の確率で攻められた都市は灰塵と化す」

 ユラスがそう断言するように、大局的な視点に立てば彼らは恐るべき威力を発揮する。

 下手な鉄砲数うちゃ当たるというか、多少の損害は無視して攻める戦法であった。

「一対一ならば問題ない。しかし数が違いすぎてどうにもならない」

 何よりも問題なのはその圧倒的な量。

 質はともかく、量で圧倒されるがゆえにユラスは勝ち目が低いことを告げた。

「質問ですが、その戦法はカリス国も取ったではありませんか」

「良い質問だ、リム」

 リムの疑問にユラスは頷く。

「あの時と今回との違い、それは魔導騎士団の存在だ。あれがなければ問題ない」

 リムもマージルード率いる魔導騎士団の活躍を聞いている。

 グランカールへ入場する際、外門と第二門、そして最終門が完膚なきまでに破壊されていた。

 あれを引き起こしたのが魔導騎士団、しかも短時間での所行という事実から、相応の攻撃力を保持していることをリムは予想した。

「劣化型だからマージルード並みの攻撃力はない。だが、それでも一般都市レベルの城壁ならば破壊可能だろう」

 ユラスは最後に。

「こちらの兵は精鋭だが育てるのに時間がかかる。向こうは質が悪い代わりに短時間で兵の補充が可能。最初は勝てるが、徐々に差が開き、ついには負ける」

 それがユラスの結論。

 序盤は勝つものの、人材の枯渇によって長期的には負けてしまうと。

「防ぐ方法は二つある」

 ユラスは気分を変えるために希望を明示する。

「一つは防御を捨てて短期決戦で臨むこと。これならば憂いはなくなるが、帝国もその辺りを考えており、本拠地までの道のりに帝国直属の精兵に守らせている」

 帝国の帝都は氷と雪と山で閉ざされた北部。

 地の利はカナリア地帯より悪い。

「もう一つは単純に戦力の強化。魔導騎士団が出張ってこようが撃退できるだけの戦力を各都市に配置すること。これがもっとも現実的だ」

 二つ目は単純なる力押し。

 ここの都市の防衛力が高ければ帝国も必然人数を投入しなければならなくなり、結果的に数が減って的が狙い易くなった。

「一応カリス国、そしてカナリア地帯に住む中間グループの長に戦争の参加を呼び掛けているだけどね」

 ヘレンは策を打っていることをアピールする。

 新たに獲得した領土の住民に権利を与える代わりに協力を要請する。

 古今東西に使われた王道の懐柔策である、が。

「向こうはこちらの足元を見ているのか全然歩み寄ってこないんだなあこれが」

 ヘレンは表情こそ笑っているが内心苛立っているのだろう。

 先ほどから足をせわしなく動かしていた。

「少なくとも今のままでは悲惨な結果となる」

 軍事の天才であるユラスは繰り返し断言する。

 誤解の無いよう断っておくが、ユラスは決して弱気からそう発言しているのでない。

 天才だからこそ、凡人だとおぼろげな未来の形を正確に予想することが出来た。

「「……」」

 ユラスとヘレンは黙り込む。

 打てる策はすべて打った。

 が、それでも負ける。

 この絶望的未来をどう打開していいのか二人の天才は頭を動かす。

「失礼する」

 硬直状態へと陥ったその時、ドアを開ける者がいた。

 フレリア=ヴァルキュリア。

 元王都――ケイスケの治安維持の総責任者である彼女が遠く離れたグランカールにまで訪れる。

「何の用でござるか?」

 それを見咎めるのは翡翠とリム。

 後から現れた無粋な者を非難する色がありありと浮かんでいた。

「う……コホン。私はただの付き人だ。我が主の命により参った次第である」

「ほう」

「まさか彼女が?」

 フレリアの言葉に顔を上げるユラスとヘレン。

「そういえば一人いたな、兵が湧き出る魔法のツボを持つ人物が」

 ユラスは喉を鳴らす。

 その人物とは、教育国家サンシャインにおける教育機関の最高責任者。

「……」

 レンカ=シノミヤが音もなく現れた。

「私に任せてください」

 滔々とした色を瞳に浮かべたレンカは全員にそう告げる。

「お二人方がどうしても解決できないその疑問、この不肖レンカが引き受けましょう」

 静かだが確信のある言葉の前にユラスとヘレンはただ頷くことしかできなかった。


 カナリア地帯にある里の一つ――カーロール。

 牙を生やしているのがカーロール里に住む亜人の特徴。

 その里の長であるマルコム=ローラントは訪れた賓客の対応に戸惑っていた。

 マルコムは五十代と里の長としては適齢期。

 深く刻まれたしわに鋭い眼光は一族の長として相応しい相貌をしている。

 が、今は見る影もなくなっているのは目の前の人物の影響だろう。

 ある面だと国王であるユラスよりも立場が上。

「――ということです、ローラント殿」

 全てを話し終えたレンカは口を閉ざし、マルコムの返事を待った。

「ふーむ」

 マルコムは腕を組んで唸る。

 カーロールの里はカナリア地帯でもサンシャイン国に非協力的な立場である。

 そのため国から要請を受けようとも断っていた。

 するとある日、ユラス王からの全権委任状を持ったレンカが現れ、再度協力するよう頼み込まれて今がある。

「……」

 マルコムはレンカという人物を観察する。

 底が見えそうなほど透明な心の持ち主なのに、深すぎて分からない。

 かといって見そうとすれば、今度は己の心を見透かされそうな錯覚に陥ってしまう。

 レンカを例えるなら深淵。

 深淵を覗き込んでしまったがゆえに、深淵が己を覗き込まれてしまいそうになる。

「カザールの手に余るのは当然かもしれんな」

 当初、マルコムは会う気はなく、代理の者で済ます予定だった。

 が、代理人であるカザールが音を上げてこちらに任せて現在に至る。

「お前達の目的は戦争への参加、兵力を差し出せということか?」

「その通りです」

 逡巡する様子すら見せずにレンカは頷く。

 その態度は傲慢からきているのでなく、考え抜かれた先に出た答えであるが故。

 彼女の表情がそれを物語っている。

「ふーむ」

 マルコムは腕を組んで唸る。

 長年里の長として政治に関わってきた分レンカの純粋さがまぶしく映る。

 まだ幼く、世界の全てが輝いて見えたあの頃。

 忘れかけていた憧憬がマルコムの中で蘇ってきていた。

 通常の、大人の思考で考えれば協力するメリットは少ない。

 サンシャイン国の一強支配より帝国とサンシャインでの二強時代の方がまだ付け入れられる余地がある。

 それが里の長として当然の判断。

 が、レンカと相対し、生まれた思考はそれを否定する。

 単純に、困っている目の前のレンカを喜ばせたいという子供じみた思考。

 笑ってしまうほど幼稚な思考だが、現にそれが抑えきれないほど大きくなり、マルコムの判断を狂わせている。

「シノミヤ殿、其方は魔族の末裔ではあるまいな?」

 思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。

「違います、何故なら私――私達は貴方を含め、全員を生かしたいと考えているのですから」

「生かすとは?」

「自分は自分だと胸を張れること。生老病死に悩み苦しめられようとも幸せだと笑顔を浮かべられることです」

「ハハハ、そんなの絵空事だ」

「いえ、絵空事ではありません。何故なら全ての生物は幸せになりたいと願っているからです。望む物は違えど、行きつく先は同じなのです。が、悲しいことに幸せになるための方法を知る者はごく少数です」

「だから教育か」

「その通りです。万物が幸せになる方法を学び、そして教える理想郷を祖父――ケイスケ=シノミヤが造り上げました」

「……」

 マルコムはレンカの言葉を吟味する。

 幸福。

 確かにマルコム自身若い頃はそれを求めていた。

 が、どうすれば幸福になれるのかが分かないまま時が経ち、そして責任が大きくなっていつしか忘れていた。

 もしあの時、幸福になれる方法――心の底から求めている何かが分かったならば、自分は迷わずそちらを選んでいただろう。

「「……」」

 痛いほどの沈黙が周りを包みこみ、しばらく経ったごろ、マルコムが口を開く。

「……協力すれば我が里の青年を同等に扱っていただけるかな?」

「もちろん、サンシャイン国の教育機関は生まれや育ちによって差別しません。それは教育長である私が保証しましょう」

 レンカの力強い答えにマルコムは嬉しくなる。

 自分はもう年を取りすぎた。

 しかし、未来溢れる里の若者なら己が出来なかったことをやり遂げるだろう。

 そう、幸福になるということを。


 こうしてカーロールの里は参戦を承諾した。

 そして、このような里は一つだけでなくカリス国を含めた数多の集団がサンシャイン国しいてはレンカに信頼を寄せ、兵力を差し出した。



「負けてしまったか」

 とある野営地。

 サンシャイン国討伐軍の総責任者であるジャイロはポツリと呟く

 現在はサンシャイン国と交戦中。

 いや、敗北中と表現した方が正しいか。

 ジャイロの元へ上がってくる報告にはどれも芳しい類のものはなかった。

「「「「………」」」」

 ジャイロの嘆きに応える者はこの場にいない。

 サンシャイン国の各都市を攻めた部隊は悉く転進もしくは敗北。

 この事実に誰もが敗色濃厚だと感じ取っていたからである。

「天晴だサンシャイン王。いや、教育長と言うべきか」

 ジャイロの読み違い。

 それはサンシャイン国の潜在力を侮っていたこと。

 カナリア地帯を制圧した当時の軍事力ならジャイロの思い通りになった。

 質は悪くとも動員数の数で圧倒することが出来た。

 が、教育長であるレンカ=シノミヤの働きによってサンシャイン国の兵力は大幅に増加、数の優位はなくなってしまった。

「ウィザード様、これからどうしましょうか?」

 恐る恐る尋ねてきた一参謀の意見にジャイロは正気に返る。

「敗北が確定な以上、一刻も早く本国へ撤退することだ」

 ここで初めてジャイロは撤退という言葉を口にした。

「これ以上戦闘を継続させても無駄な損害が出るばかり、ならば速やかに帰還するべきだろう」

 退くべきところは退く。

 そこのところ弁えているジャイロは世間的に見ても名将の類に入るだろう。

「が、撤退については下級兵に知らせリム、奴らには我らが戻るまで捨石となってもらう」

 まあ、名将だからと言って人間が出来ているかと問われれば疑問符が付く人物だが。

 この後、意見らしい意見も出ずに決定となり、各参謀は速やかな撤退に向けて計画を練り始めた。


 ジャイロを含む首脳が含まれる軍。

 彼らの尖兵が前方にとある兵が集まっていることを報告する。

「詳しくは分からないのか?」

「はい、何分遠目だった故確定は出来ません。が、推測を述べてもよろしいのなら彼らの練度は相当高いです」

「……」

 精兵並みの練度を持つ部隊などこの先に配置した覚えはない。

 嫌な予感がしたジャイロは再びその地点に専門の斥候隊を送り込む。

 そして、彼らが齎した報告とは。

「さ、サンシャインです! ユラス王が率いる部隊! 炎帝騎士団の他に魔導騎士団もいます!」

 全員の顔を蒼くするに相応しい内容だった。


「さすがステラステラだ」

 ユラスはクツクツと笑う。

「ヘレンからの地図があったとはいえ、こうまで上手く待ち伏せできるとは……俺の目に狂いはなかった」

「ありがとうございます――しかし、肝心の敵将はまだ見えておりませんが」

 ステラステラの目に映るのは森と草原。

 微かに人影があったような気はしたが、鹿か猪だろうとステラステラは思っていた。

「なあに、遥か向こうにいるのが敵将だ。さて、方向転換されんうちに片を付けるぞ」

 が、ユラスの瞳はもっと詳しい光景が見えていたらしい。

 すなわち、あれは動物なのではなく斥候員だと。

 さらにその斥候員はジャイロ達首脳部から放たれてきたことまで判断できた。

「戦闘準備」

 ユラスは言葉少なく全軍にそう命じる。

 隊の中にはステラステラと同じく何も見えていなかったが、総大将であるユラスが号令をかけた以上従わないわけにはいかない。

「早くしろ!」

 ユラスの叱咤もあり、ものの数分後には彼の望む光景を用意できた。


「敵はジャイロ及び軍の首脳陣! 一人たりとも逃がすな!」

「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」

 ユラスの号令と共に敵軍へ襲い掛かる兵達。

 その活躍は獅子奮迅という形容が相応しく、瞬く間に敵陣を侵食していく。

 断っておくが敵は帝国から選び抜かれた精鋭。

 他の軍と一回りも二回りも上である。

 が、それでも力量差はユラスの方に軍配が上がった。

「ガドウ! 突出しすぎだ! メカン! 焦る必要は全くない!」

 勇猛果敢な軍隊をユラスは的確な指示で効率的に運用する。

「これが帝国の精鋭か、脆い存在でござリム」

 翡翠を始め、指示を受けた者は大人しく従う。

 信頼と信頼でつながった彼らはまるで一体の生物のようであった。

「マージルード! やれ」

「は」

 許可を受けたマージルードは集団魔法を敵――魔導騎士団を狙って放つ。

 無論、向こうも大人しく傍観しているわけではないが、やはり彼我の差が顕著に表れ、魔導騎士団同士の対決はマージルードが勝ちそうだった。

「ステラステラ! 死霊を俺の周りに召喚しろ!」

 頃合いを見て取ったユラスは突撃準備を始める。

 狙うは中枢。

 一気に攻め立てる。

 すでに敵は瀕死状態、ならば止めを刺す。

「待っていろよ、ジャイロ。貴様の面をもう一度拝んでやる」

 ユラスが獣の如く獰猛な笑みを浮かべ、馬を走らせようとしたその瞬間。

「っ、待て!」

 天啓の如きある予感がユラスの脳裏に蘇り、その手を留まらせた。

 簡単すぎる。

 このまま突撃して良いのか?

 敵は一時とはいえ己を苦しめたジャイロだぞ。

「どうなされたのですか?」

 ステラステラが眉をひそめて尋ねるがユラスは応えようとしない。

 ユラスの只ならぬ様子に彼の後方に集った面々もざわめき始める。

「……ステラステラ。この戦況、俺が動く必要はあるか?」

 ようやく顔を上げたユラスは先ほどとは打って変わって神妙な表情を作っている。

「意見を述べさせていただけるのなら、陛下が出る必要はないかと」

 冷静な態度を取ることが得意なステラステラ。

 その声の抑揚と言葉にユラスの思考はさらに冷える。

 ステラステラの意見を聞き、しばらく沈思していたユラスだったが、徐に顔を上げ、そして。

「突撃を中止する」

 まさかの撤回命令だった。

「各々、各持ち場に戻り、敵首脳部を追い詰めろ」

 揃った面々が動揺する中、ユラスの言葉がいやに響く。

「ジャイロといった首級の首はどうしましょうか?」

「生死は問わない。大事なことは逃がさんことだ」

 ステラステラの、暗にジャイロと会わなくていいのかという問いかけにユラスは首を振る。

 本音を言えば突撃して相まみえたいが、これまでの経験と自身の直感がその選択を躊躇わせる。

 迷いに迷ったユラスだったが、個人的な動機を兵達に押し付けてはならないという王としての心得から後者を取った。

「……」

 それが吉と出るか凶と出るか。

 どちらにせよ、選んだ答えに後悔はしないと誓ったユラスであった。


「……これまでか」

 ユラスが突撃せず、じわじわと包囲網を狭めていくサンシャイン軍の様相を見たジャイロはついに観念し、椅子に体を預けた。

 ユラス王の突撃はジャイロにとって最後の望みの綱だった。

 いい気になり、傲慢になって突撃したユラス王を渾身の力を以て叩く。

 それしかこの窮地を脱する手はない。

 そうであるがゆえ、わざと陣形を崩したり配置を変更したりと劣勢状態を作り上げたのだが、ユラスはその策を見破り乗ってこなかった。

「さすがユラス王、見事だ」

 ジャイロは笑う。

 他の首脳陣が撤退の準備をしている最中、ジャイロ一人だけ何もせずに笑う。

 彼の聡明な頭脳は、何をしても無駄な足掻きにすぎないという答えを出していた。

「さて、幕引きを図るか」

 ジャイロは懐からナイフを取り出す。

 小さく、頼りないが人一人の命を散らすには十分すぎるほどの大きさ。

 ジャイロは二つの目的から死ななければならなかった。

 一つは、帝国の中でも上の方にいた彼は絶対に知られてはならない秘密が幾つもある。

 それを闇に葬るために彼は死ぬ。

「あいつは私と生きて会いたかっただろうが、そうはいかんぞ」

 ジャイロはそうにっこりと笑う。

 そしてもう一つは、単純にユラスを困らせたいという幼稚じみた理由なのだが、彼の顔を見るとそちらが最大の理由かもしれなかった。



 数ヶ月後。

 場所はグランスコートの執務室。

「リム、落ち着きなよ」

 ヘレンがそう声をかけるとおり、珍しくリムがそわそわしていた。

「そんなに焦らなくとも結果は必ずやってくる」

 対するヘレンはいつも通り。

 山と積まれた報告書を、微笑を浮かべながら目を通す傍らリムに話しかけていた。

「しかし、ヘレン宰相。これが浮き足立たずにいられますか?」

 リムはヘレンにそう反論する。

「この城。いえ、国中見渡しても宰相のように落ち着いている人物はいませんよ!?」

「うーん、そうかなあ? 私の他にもユラスやレンカもいつも通りだと思うよ」

 リムの熱弁をそう茶々を入れるヘレン。

 人を食った笑みを浮かべているヘレンはリムの反応を見て楽しんでいた。

「帝国の帝都――ガドバンズに辿り着いたのが一か月前。私達が望む結果がそろそろ出てきそうだね」

 帝国軍の総責任者であるジャイロを始め、首脳部を討ち取った後、戦況は一気に傾いた。

 弱腰になった帝国軍から離反者や裏切り者が相次ぎ、ただ亀のように国へ閉じ籠った帝国。

 その気に乗じたユラスは総攻撃をかけ、一気に帝都の周辺を制圧した。

 もはや四面楚歌の状態。

 落ちるのは時間の問題であり、さらに帝国の併呑はそのままレルムント地方の支配者が誰なのかが決まる。

「宰相、過程の話になりますがこの後どうしますか?」

 リムはいつになる興奮した調子で尋ねる。

「レルムント地方を平定したサンシャイン国は大陸屈指の国となります。その名実を使い、宰相はどうするつもりなのでしょうか?」

 現在のところ、サンシャイン並みの国土と実力を持っている国は大陸に存在しない。

 つまり今は向かうところ敵なしであり、その状態でヘレンは何をするのかがリムは気になっていた。

「仮定の話はするべきじゃない」

 が、ヘレンはリムの問いかけを一蹴する。

「リム。策士にとってやってはならないことは希望を前提として物事を述べることだよ。まだ帝国が落ちていない以上、その後の話をするのは愚人のやることだ」

「……」

 思わぬ叱責を受けたリムは目を丸くして黙り込む。

 ヘレンの言う通り、確かにリムはユラスのように武を競うのでもレンカのように義を説くのではない。

 徹頭徹尾、理によって目的を達成する。

 我見を排し、客観的事実から物事を洞察する理。

 知らずして慢心に陥っていた事実にリムは酷く反省した。

 と、そこに。

「失礼します! ただいま陛下から報告があり、帝都、ガドバンズが落ちたそうです!」

 興奮気味な様子で伝令係がそう報告してきた。

「うん、ありがとう。下がって良いよ――さて、リム。現在の事実からこれからを話そうか」

 先ほどの厳しい視線はどこへやら。

 一転していつものヘラヘラしたやる気のない微笑みを浮かべた。

 リムが、何が何だかわからず混乱し脱力したのは言うまでもない。

「私達はレルムント地方を支配下に置いた。そして、この資産を元手に大陸を統一しなければならない」

 何食わぬ顔でそう切り出すヘレン。

「もう二、三か国ほど落とす余力はあるけど、ユラスはともかくレンカは絶対に承諾しないだろうね」」

 軍神ユラスは嬉しい話だが、聖母レンカからすると更なる戦争は遠慮願いたいところ。

 レンカの応援で帝国を打倒した現状を踏まえると、彼女の意に沿わない事柄は避けるべきだろう。

「だから代わりに内政に力を入れる」

 ヘレンは代替案を提示する。

「正直な話、やるべきことはたくさんある、侵略する暇がないほどね」

 此度の戦争でなくなった兵らの家族の慰撫や減った農作物の回復、そして新たに獲得した領土と領民の再教育とヘレン宰相以下官吏が蒼くなること間違いなしの案件が山ほどあった。

「だからしばらくは内政一択かな」

 ヘレンはこれからの方針を簡単に説明した。

「宰相……次の戦争は何時でしょうか?」

「十年だね」

 ヘレンはあっけらかんと答える。

「長すぎではないでしょうか?」

 リムたちエルフなら十年などあっという間だが、ユラスやレンカは八十まで生きられない短命な種族。

 彼らの寿命を鑑みると聊か悠長な気がしないでもない。

「大丈夫、ユラスからはもう許可をもらっているから」

 リムの懸念をヘレンは吹き飛ばす。

「ユラスのところも人材が足りないんだよ。一軍を任せるに相応しい人材を見つけ、育てたいとさ」

 カリス国から帝国までの戦争、その大部分はユラス一人の功績によるものが大きい。

 これから先の戦をの規模を考えると、それ相応の人材を揃えなければならない。

 具体的にいうならば、現在のユラス以上人材を最低五人揃える必要があった。

「正直十年でも短いぐらいなんだよ。何せこの十年で全ての準備を整える。そう……大陸統一が可能なほどの国力をね」

 大陸統一。

 ヘレンの口から出たその言葉にリムは反射的に体を射すくめる。

 誰もが夢を見、夢のまま終わるのが常であるその言葉をヘレンは本気で叶えようとしているのかと正気を疑いたくなる。

「少なくともユラスとレンカ、そして私の三人は本気で叶えるよ」

 リムの思考を読み取ったのかヘレンは底知れない感情を秘めた笑みを浮かべる。

「一応乾杯しておこうか」

 奇妙になってしまったこの空気を吹き飛ばすかのようにヘレンは戸棚からワインを取り出す。

 こう見えて味にうるさいヘレン。

 そんな彼女の秘蔵の品なのだからさぞかし美味なことだろう。

「大陸統一国家サンシャイン国とその未来に……乾杯」

 チンとヘレンは軽くリムの持っているグラスと合わせる。

 リムはヘレンの言葉の意味を魂に染み込ませるため、チビチビと呑んだがヘレンは一気に煽った。

 奇しくも同時刻。

 レンカはフレリアと果実酒で祝い、ユラスは翡翠、ステラステラと米酒で杯を交わす。

 いずれの場合もヘレンとリムと同様、レンカとユラスは一息に飲み干し、フレリアと翡翠、ステラステラステラは恐る恐る口に運んだ。



 第一部 完

これにて第一部 完です。

第二部はこれから十年後へと飛びます。

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